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最後の女王クランベル~断罪王妃は草食系執事に愛される~  作者: 朝比奈呈
◇冤罪かけられました
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1話・側妃が毒殺された?


 抜けるような青空の下。


 クランベルは森の中にいた。小鳥の囀りを耳にしながら夢中になっているのは木苺摘み。散策中、鼻先を掠めた甘い香りに誘われるように、足を向けた先で見つけたのは木苺の群生。木苺に目のない彼女は、さっそく頂戴しようと摘み始めていた。


 毎朝、森の中を散歩するのが日課となっている彼女は、何かしら目に付く木の実や、果実を取って帰ることになるので、普段から手籠を持ち歩くようにしている。その為、籠の中はすでに真っ赤に熟した実でいっぱいになった。

 彼女は背中まで伸びたマルメロの花のような、ストロベリーブロンド色のストレートの髪を揺らし、手籠の中を見て満足そうに、大きな新緑色の瞳を輝かせた。


「これだけあればジャムが沢山できるわね」


 喜びが抑えきれない口元に、浮かぶえくぼが愛らしい彼女は、童顔で小柄。まるで森の妖精のようにあどけないが、これでも一国の王妃であり、もうじき20歳になる。

その彼女の目の前に、白い手袋をした手が差し出された。思ってもみなかった相手の登場に瞬くと、そこには燕尾服に身を包んだ執事のバンがいた。


「大量ですね。ベルさま、それは私が持ちましょう」

「バン。いつの間に? あなた街までブルアンの買い出しに同行していなかった?」

「私の用は済んだので、先に戻って来ました。さあ、貸して下さい」

「いいわよ。これぐらい自分で持つから」

「さようですか……」


 申し出を断ると、彼の口角が上がる。クランベルは、華奢な見た目に反して意外に食いしん坊だ。この摘んだ木苺を料理人のブルアンに渡して、食後のデザートに木苺のパイを頼む気でいた。それがバンには見透かれていたようだ。面白くない。軽く睨むと苦笑が返ってきた。


 執事のバンはクランベルより3つ年上。23歳になる。端正な顔立ちの彼は、艶やかな濃紺色の髪に、濃い紫に赤味が差したような印象的な瞳を持つ。物に例えるならば、真夜中の青に映える、椿の花のように凜とした美しさがあった。それに加えて腕も立つ有能な若者だ。

 しかし、物静かな性格で、クランベルの影のように一歩下がって付き従うせいか、あまり目立たない。そのせいかこの国では、彼は異性からさほど注目を集めなかったし、関心も持たれなかった。その事でクランベルは、いらぬ嫉妬をする暇もなかった。


「何よ。バン」

「ベルさまが可愛いなと、思っただけですよ」

「どうせ食い意地が張っていると、言いたいんでしょう?」

「そのようなことは……。でも、そんなに小さな体なのによく収まるものだと感心しております」

「まあ、酷い」


 むくれるクランベルに対し、バンは困ったように、髪の毛と同色の縦長の耳をピクリと反応させた。彼は馬獣人である。その素性は彼の見目麗しさを、損なうことはないとクランベルは思っているが、この国では違うらしい。その彼は、遠くを見て険しい顔付きをした。

 そこへ緊張感を伴った声が飛んできた。


「ベルさま!」

「今の声は……? ミーシャ?」

「そのようですね」


 バンと顔を見合わせる。バンのようにクランベルの愛称を呼ぶ者は、ここでは限られている。その内の一人である侍女ミーシャの切羽詰まったような声に、何かが起きたとしか考えられなかった。


「お待ち下さい。ここから先は……」

「そこをどけっ」

「我々の邪魔をするならば……」


 風が拾ってきた言い争う声の様子から、どうやら招かれざる客が訪れたようだ。それをミーシャが止めようとしているらしい。

 ここはイモーレル国の王妃である、クランベルに与えられた離宮。国王の許しもなく、立ち入ることは許されていない。ミーシャの制止を振り切り、こちらへ向かって来ようとしているのは一体誰なのかと、眉を顰めた時だった。


「ベルさまっ」

「ミーシャ。いきなりどうしたの?」


 突如、押し寄せてきた赤い一陣の風。瞬く間に赤毛に褐色の肌のミーシャが盾のように、目の前に立ちはだかった。彼女は豹獣人。クランベルより3つ年上で、主人である彼女に、絶対の忠誠を誓っている。

クランベルを背に庇い、彼女が向き合うのは、王宮付きの近衛兵達だった。それを見てバンも何かを察したように、彼女の前に出た。ミーシャとバンが並び立つ。


── 一体、何事? ──


 小柄で華奢な主人(クランベル)よりも、頭二つ分ほど背が高く、凜々しい顔付きをしているミーシャは、耳を尖らせ鋼のような黒い瞳で相手を鋭く見据えた。一歩も譲る様子がなかった。


「クランベル妃殿下。そちらの汚らわしい獣人達を下がらせて頂けませんか?」


 そう言って、クランベル達の前に姿を見せたのは、王宮付きの近衛隊の隊長ヨワーゴで、ここにいる近衛兵達は彼が率いてきたようだった。

 ヨワーゴは、金髪に碧眼の優男風の容姿をした美男子で、右目の下に涙黒子がある。細身で荒事とは無縁だと聞く。執事のバン曰く、寵妃が陛下にお強請りして、容姿重視で選んだ者で大した実力はないらしい。


「ミーシャ、バン。下がって」

「でも、ベルさま……」

「何があったのか、話くらいは聞きたいわ」


 ヨワーゴの「汚らわしい獣人」発言に、不快な気分にさせられたが、陛下や寵妃の側に侍っているはずの彼が、わざわざ配下の者を率いて、ここを訪れた理由を知りたかった。

 普段、この離宮には近衛兵や、侍女など在中していない。クランベルが嫁ぐに当たって、帝国から連れて来た4人の使用人のみで事足りたので、ここでは彼女を含め5人で暮らしている。

国王イオバは、クランベルが国元から連れてきた、使用人である獣人のバン達を快く思わなかった。婚礼の後、すぐに離宮に移るようにと指示をされ、当てつけるように言われていた。


「王妃の連れて来た使用人達は大変有能らしいな。離宮に割く人材は不要だろう? もしも他に人員が必要とあれば自費で賄うのだな」


 それに対し、クランベルは何も思わなかった。彼ら4名が有能なのは確かだし、陛下の口車に乗って余計な事を言い、こちらを不愉快にさせるような、イモーレル国側の使用人はいらなかったのだ。

 14歳で嫁いで来たクランベルは、離宮で暮らし始めて今年で6年目になる。王宮側とは、ほぼ絶縁状態の中、離宮では静かで穏やかな日々を送ってきた。そこへこのような何の前触れもなく、近衛兵が足を踏み込んできたのは初めてのことだった。


「妃殿下の声が聞こえなかったのか? 目障りだ。どけ、獣人めら」


 渋るミーシャとバンの両名の肩を押し、ヨワーゴは前に進み出ると、慇懃無礼に頭を下げた。それをミーシャとバンは不服そうに見守る。


「申し上げます。クランベル妃殿下。昨晩、キミラ側妃が毒を盛られて殺害されました」

「キミラ様が毒を盛られた? どうしてそのようなことに? 誰がそのようなことをしたの?」


 想像もしてみなかった話に驚きを隠せない。キミラ側妃と言えば、陛下が寵愛している女性だ。陛下との婚礼の際、一度だけ顔を合せたことがある。


 彼女は派手な顔立ちで、豊満な体つきをしていた。金髪に青い目をした、自身の美に絶対の自信を持ち色気に溢れた彼女を見て、陛下の好みの女性とはこんな感じなのかと、思ったのを覚えている。

陛下は彼女に心酔しているようで、クランベルに「キミラに何かしたら許さないからな」と、言っていた。


 その彼女が毒殺された? 陛下の嘆きや、怒りはさぞ大きいことだろう。陛下の事を慮っていたら、不穏な空気に包まれた。


「あなた様には、キミラ側妃毒殺の容疑がかけられております」

「わ、私が彼女を……? 私は何もしていません」


 ヨワーゴの容赦の無い言葉に、衝撃のあまり頭が真っ白になった。気がつけば手にしていた籠は地に落ち、足下に零れ落ちた木苺が、バラバラと辺りに散らばっていく。


「我々にご同行頂けますね? 妃殿下」

「そんな……! ベルさま」

「ベルさまっ」


 有無を言わせぬ声だった。呆然としている間に、ミーシャやバンと引き離されて、数名の近衛兵達に取り囲まれ馬車の中に押し込まれていた。



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