観覧車の一周、そして一周
「ねえ、どうして私に付き合ってくれるの?」
独身のまま一生の日々を、間もなく終えようとするまゆみは、そう言いつつも外を見つめ続けている。今振り返られてしまうと、どんな顔をすればいいのか。それが怖くて僕は顔を伏せた。
思えば、彼女との付き合いは30余年。多分、彼女には僕に対する好意があるのかもしれない。それに応えられていない後ろめたさがあるのか、僕は彼女への態度をいつもあいまいにしている。そして今も。
あいまいにしているのは、彼女の愛に応えられないから? 彼女の愛が怖いから? いつしか、僕はいつも彼女に感情の高ぶりを見せることが無くなった。ただ、彼女の傍にいてあげたいと思うだけ。なぜだろう。少なくとも崩れてしまわないように、彼女を保ちたいからだろうか。多分、それだけなのだと思う。
KRASG12Dで活用できる遺伝子変異は無し。PD-L1も陰性。分子標的薬も免疫療法も効果が無い。ほかの手段もすべて試し尽くした。彼女は彼女なりにそれを知っており、私も専門的知識からその事実を認識している。だが、現実感が無い。まだそんなことが起こるなんて思ってもいない。
でも、でも、観覧車から見える夕日は動いていないように見えても、現実では確実に沈んでいく。そのことを知っているから、やがて来る終末の日を覚悟しなければならない。観覧車の一周も終わりが来る。
こうして、一周が終わった。
降りてから彼女は言った。
「私、一人でもう一周乗ってくるね」