コント#3『一人暮らしの準備』
ツッコミがリビングに座って、スマートフォンを見ている。
ボケ、リビングに入ってくる。
手には最新型のタブレット。
ボケ「ちょっと、(ツッコミ)。いつまでスマホ見てるの?」
ツッコミ「いいじゃんかよ。母さん。別にやることもないんだし」
ボケ「そんなこと言ったって、引っ越し来週でしょ。準備とかしなくていいの?」
ツッコミ「明日でもよくない? 時間あるんだしさ」
ボケ「いや、こういうのは早め早めで、進めていかなきゃダメなの。家具とか家電とか、何買うか決めた?」
ツッコミ「それは、向こうに着いてから決めるよ」
ボケ「まったく。お母さん、何が必要かちゃんと考えといたから」
ツッコミ「いいよ。自分で考えるし」
ボケ「ダメ。(ツッコミ)は一人暮らし初めてなんだから。先輩の言うことはちゃんと聞かなきゃ」
ツッコミ「……分かったよ。どんな感じで考えたの?」
ボケ「うん。まずは家具ね。一番大事なのはベッド。人間、一日の三分の一から四分の一は寝て過ごすんだから、それなりに良いものを買わなきゃ」
ツッコミ「まあ、確かにそれは大切だね」
ボケ「やっぱりリラックスして寝られるのが、一番だと思うのね。だから、ベッドはキングサイズにする」
ツッコミ「シングルサイズで十分でしょ。何、キングサイズって。場所とるでしょ」
ボケ「でも、彼女ができたときのことを考えれば、大きい方がいいでしょ?」
ツッコミ「余計なお世話だよ。心配が明後日の方向に向かってる」
ボケ「それに収納も充実してるしね。ベッドの下の収納、文庫本なら五〇〇冊は入るんだって」
ツッコミ「そんなに本買わないよ。もはや小説家の部屋じゃん。ドラマとかでよくある。そもそもそんなデカいベッド、いくらすんの?」
ボケ「えっとね、一五万円くらいかな」
ツッコミ「いや、高い高い。金銭感覚バグってんじゃん」
ボケ「そうかな。毎日使うものだから、これくらいお金をかけて、当然だと思うんだけど」
ツッコミ「耳障りのいいCMかよ。もうベッドの話はいいから。テーブルとか椅子の話しよ」
ボケ「うん、分かった。テーブルは四個でいいね?」
ツッコミ「いや、多いよ。ちょっとした定食屋じゃん」
ボケ「そう? 友達が二〇人くらい来たら、これくらい必要になると思うけど」
ツッコミ「それマジのお店じゃん。そんな友達来ないから」
ボケ「もしかして(ツッコミ)、大学で友達できるかどうか不安なの? 心配なの? え?」
ツッコミ「なんでちょっと煽ってんの。友達ぐらいサークルにでも入れば、簡単にできるから」
ボケ「じゃあ椅子は三〇個必要ね」
ツッコミ「増えてんじゃん。どっから一〇人連れてきたの? 第一そんなに入んないよ」
ボケ「それなら折り畳み椅子にすれば、場所とんないでしょ」
ツッコミ「いや、キャンプかって。友達の家にやってきたのに、折り畳み椅子に座らされる人の気持ちにもなってよ」
ボケ「非日常的な空気が味わえて、いいと思うけど」
ツッコミ「ゆっくりしたいところに、非日常的な空気持ち出してどうすんの。歓迎されてないのかな? って思っちゃうよ」
ボケ「椅子だけに居座れないみたいな?」
ツッコミ「うん、ちょっと黙ってて。そういう親父くさいの少し腹立つ」
ボケ「ごめんごめん。お母さんが悪かったよ。気を取り直して、家具考え直そ」
ツッコミ「分かったよ。でも、あと必要な家具ってなんかあったっけ」
ボケ「(ツッコミ)、ソファがあるでしょ。お客さんが来たときに床に座らせる気?」
ツッコミ「まあ、言われてみると」
ボケ「でしょ。お母さんね、このレザーソファなんかがいいと思うの。ほら、黒色がクールでかっこいいでしょ」
ツッコミ「いや、これはなんというか……よく事務所にある感じみたいな……」
ボケ「ああ、ヤクザの?」
ツッコミ「いや、言わないでよ。せっかくごまかしてたんだからさ。お客さんがやってきて、このソファ見せられたらどう? 怖いでしょ」
ボケ「確かになんかメンコ詰められたりとかしそうだよね」
ツッコミ「それを言うならエンコでしょ。いきなりバッグにメンコ詰めたら、それこそヤバい奴だと思われるじゃん。いや、別にエンコも詰めないけど」
ボケ「こう組長がドッス取り出してきてさ、これで詰めろやとか言うやつだよね」
ツッコミ「なんでエンコ詰めに食いついてんの。ヤクザ映画でも見たの? あと何? ドッスって。ロックの言い方じゃん」
ボケ「そうだ。ロックって言ったら、CDプレイヤーとかほしくない?」
ツッコミ「いや、もうCDって時代じゃなくない? サブスクでいいでしょ。それにCDプレイヤーってもはや家具ですらないし。家電だし」
ボケ「CDプレイヤーはいると思うけどなぁ。緊急時にはラジオとか聞けるし」
ツッコミ「いや、それもスマホで十分だから。今は何でもアプリで聴けんの」
ボケ「でも、いざとなったら窓にたたきつけて、そこから逃げることもできるでしょ」
ツッコミ「どんなケースを想定してんの? そんな監禁されないから。メーカーもそんな鈍器みたいな使われ方するとは、思ってないだろうし」
ボケ「でも、大学で外国語勉強するってなったら、CDプレイヤーある方が便利じゃない?」
ツッコミ「しつこいな。どんだけCDプレイヤー推してくんの。メーカーの回し者かなにか? いずれにせよ買わな
いから。ほら、あと何かいるものあったっけ?」
ボケ「(ツッコミ)ったら。家電でしょ。家具しかない部屋で生活するつもりだったの?」
ツッコミ「よかった。まともなこと言ってくれて」
ボケ「当たり前でしょ。お母さんはいつもまともなんだから。じゃあ、まず家電で考えていくと、絶対に必要になるのは餅つき機ね」
ツッコミ「やっぱまともじゃなかった。なんで餅つき機? 男の一人暮らしに、餅つき機いらないでしょ」
ボケ「でも、つきたてのお餅を食べたい気分になるときってあるでしょ?」
ツッコミ「いや、ないよ。あっても正月ぐらいだよ。ほら、まず必要な家電といったら、冷蔵庫とか洗濯機とか色々あるでしょ」
ボケ「そうだった。確かに冷蔵庫は必要ね。氷のうを冷やしたりとか」
ツッコミ「うん、使い道はそれだけじゃないけどね。食材とか飲み物とか入れないと腐っちゃうでしょ」
ボケ「何? (ツッコミ)、自炊しようと思ってるの?」
ツッコミ「まあできる限りはね」
ボケ「だったら冷蔵庫も大きい方がいいわね。分かった。業務用の冷蔵庫用意してあげる」
ツッコミ「いや、いいよ。家庭用で」
ボケ「そう? この幅一二〇〇ミリのなんて、色々入るし、ぴったりだと思うけど」
ツッコミ「絶対持て余すでしょ」
ボケ「ほら、ここに小ぶりなイノシシならまるまる一頭入ります、って書いてあるけど」
ツッコミ「小ぶりでもそんな機会ないから。山奥じゃないんだからさ。普通の冷蔵庫でいいの、普通ので。二〇〇リットルくらいので十分だから」
ボケ「そう? 大きい方が何かと便利だと思うけど」
ツッコミ「テーブルもそうだったけど、お母さん俺にお店開こうとさせてる? 何度も言うけど、ただの一人暮らしだよ」
ボケ「でも、将来お酒を飲むってなったときには、大きい方が安心じゃない」
ツッコミ「それにしたって、二〇〇リットルので十分だよ。四リットルくらいの焼酎、買うわけじゃないんだからさ。とにかく冷蔵庫は小さい方がいいの。ほら、別の家電考えようよ。洗濯機とかさ」
ボケ「洗濯機だったらお母さんあれがいいと思うのよね。ドラミ式洗濯機」
ツッコミ「なんでドラえもん? 四次元ポケットに洗濯物ねじ込む気? ドラム式でしょ」
ボケ「そう、それそれ。水道代も節約できるし、掃除も簡単だし、いいことずくめじゃない?」
ツッコミ「まあウチが縦型洗濯機な分、憧れはあるね」
ボケ「そうでしょ。ほら、これなんていいと思うんだけど。一〇キログラムでたっぷり洗濯できて、乾燥も一五分で終わるんだって」
ツッコミ「部屋に置けるかどうかは心配だけど、悪くはないね」
ボケ「でしょ。カラーバリエーションも、赤紫と青紫と京紫の三つから選べるしね」
ツッコミ「幅狭くない? なんで全部紫なの? 家電で紫ってあまりないよ?」
ボケ「あっ、他にどどめ色っていうのもあるみたい」
ツッコミ「何どどめ色って。めったに聞かない色なんだけど。もっと普通に白とかでいいよ」
ボケ「でも、白って面白みがなくない?」
ツッコミ「別に洗濯機の色に、面白みとか求めてないから。落ち着いた色の方がいいよ」
ボケ「よく見たら白もあるみたいね。あまり人気はないみたいだけど」
ツッコミ「なんで人気ないんだよ。そんな洗濯機に、アバンギャルドさ求める人ばっかなの? いいよ、白で。で、値段は?」
ボケ「えっとね、三五万円だって」
ツッコミ「いや、これも高くない? 相場よく知らないけど、三五万円は明らかに高すぎでしょ」
ボケ「でも、頑丈みたいよ」
ツッコミ「いや、それにしてもだよ。もっと安いの探してよ。もう洗濯機はいいからさ、他の家電から決めてこうよ」
ボケ「うーん……。あと必要な家電っていったらテレビとか?」
ツッコミ「ああ。俺別にテレビとかいらないから。今もあんま見てないし、最近の大学生は、テレビを持っていない人も少なくないって、ネットに書いてあったから」
ボケ「そう? せっかく七二インチの買ってあげようと思ったのに」
ツッコミ「いや、大きすぎるって。なんでそんなに甘やかそうとするの? あったとしても四二インチで十分だって」
ボケ「えっ? でも、最近流行りの8Kみたいよ。知ってるでしょ? 8K」
ツッコミ「まあ言葉だけはね」
ボケ「今の4Kテレビよりも、ずっと綺麗なんだってね。画素数が多いから」
ツッコミ「俺さ思うんだけど、そんなに綺麗な映像って必要? 別に見られればなんでもよくない?」
ボケ「いや、綺麗な映像は必要でしょ。例えばスプラッターものの映画なら、飛び散る血が鮮明に見えるだろうし」
ツッコミ「たとえが物騒すぎない? そこはもっと雄大な自然とかあるでしょ」
ボケ「昆虫の足に生えた細かい毛とか?」
ツッコミ「多分違うと思うけど。とにかく俺はテレビなんていらないから。勝手に買わないでよ」
ボケ「分かったよ。ばれないようにぽっくり買うから」
ツッコミ「いや、そこはこっそりでしょ。なんで死んじゃうの。それにテレビとかって、こっそり買うようなもんじゃないから。俺もついてくんだし」
ボケ「えっ? 一緒に来るの?」
ツッコミ「当たり前でしょ。住むの俺なんだよ? ここまで聞いた限り、お母さん少しでも高いものを買おうとしてるみたいだけど、そんな高機能なものを買っても持て余すだけだから。本当ほどほどでいいんだからね」
ボケ「でも、最低でも四年間は使うことを考えると、それなりのものを買っておいた方がいいんじゃ……」
ツッコミ「お母さんはそれなりの程度が高すぎんだよ。大体さ、俺にも少しぐらい決めさせてよ。心配なのは分かるけど、全部お母さんに決められたら、俺将来、自分一人じゃ何もできない大人になっちゃうよ。それでもいいの?」
ボケ「……確かにそれは困るわね。分かった。(ツッコミ)の意見も聞くようにする。でも、当日にあたふたしないように、あらかじめ少しは考えといてね」
ツッコミ「うん、分かった。考えとくよ」
ボケ「ああ、あともう一つだけ決めなきゃいけないことがあったんだった」
ツッコミ「何?」
ボケ「餅つき機の色、どうする? シルバーとメタリックシルバーとシルバーグレーの、三色があるみたいだけど」
ツッコミ「いや、餅つき機は買わないよ」
完