にちじょうとおもいで
二話目です。お願いします。
「……でまた遅刻?ヒナタ」
箸を右手に握りながら少女は私のほうを見て話した。私たちは学校の屋上にて昼食をとっていた。普段は立ち入り禁止であるのだが、彼女が写真部であり、いつも屋上で撮影会を開いていることもあるためか、屋上への鍵を職員室から勝手に持ち出したとしても注意する教師は誰一人いないそうだった。
「まったく、朝のお祈りのせずに罰が当たっても知らないんだから」
藍色の髪は首元まであり、艶やかであった。制服の上に黒のパーカーを着て足元にはいつも持ち歩いているカメラがあった。
「仕方ないですね。うん」
「しかたないじゃないでしょ! いつまでそんな子供みたいなこと言ってんの! ……それなのに誰に対しても敬語、敬語、敬語!なんで私にもなの。五歳からの幼馴染だっていうのに」
「それは癖だからどうにもなりませんよ」
私はセキさんの作ってくれた卵焼きを口にしながら、ネムの話を聞いた。うん、卵焼きうまい。
「しかもこんな可愛い幼馴染いると思う?」
「……! 自分で言いますか。しかし毎度言っているようにあなたは可愛いというより、精悍な――」
彼女の箸の先端が動きの見えない速度で眼前まで来た。勢い余って刺し違えてしまいそうなところまで迫っていた。突然の出来事に身の危険を感じた私は、肩に力を入れ、目を瞑った。
「どんな感性してたら、私の顔がそう見えるのよ。というか言葉がむずくてこの前調べたわ!(語学テスト赤点)」
あなたにはその言葉が似合うからですよ。と言いそうになったが、また命の危険にさらされることは勘弁してほしいので私はそれを飲み込んだ。
「私が言ってるのは性格の方ですよ、困っているひとがいれば必ず助ける。誰にでも優しくする。そんな責任感の強いあなたへの最大の賛辞じゃないですか」
「ぐっ……う、嬉しい……」
「そんな苦しみながら頬を赤らめるのを見るのはあなたが初めてですよ」
私はため息をつき、再び箸を口に運んだ。うん、卵焼き美味しい。
彼女は私のことを許したのか、スカートを整えると、すっと立ち上がって、海辺の方へカメラを構えていた。
彼女はいつも私をこの屋上に連れてくる。それが単純に昼食を一緒に取りたいという理由なら何の疑問もわかなかったのだけれど彼女はいい写真が取れたら私に見せたいからという理由で誘ってくるのだ。私には写真や動画の技術はないというのに。
「…うーん、もうちょっと暗くして…調節しないとかなぁ…」
私は箸を加えながら、その姿を見ていた。写真を撮るのに夢中な彼女はここが学校だということも忘れ、自らの世界にもぐりこんでいるようだった。……彼女には夢のことを話しても揶揄われないだろうか。
私が何故、揶揄われることを恐れているのか、自分でも分からなかった。が、自分の大切なものを傷つけられてしまうのではないか。そんな漠然とした不安が、口を開こうとするたびに襲われる。セキさんやネムには心を開いてもいいんじゃないか。そう思うのだけれど、ある程度人と距離を保つことに安心を見出す私はそこから抜け出すという勇気がなかった。
「…ヒナタは来週の生誕祭どうするの?」
ネムはカメラを構えて、私の方は見ずに話始めた。写真を撮ることに集中すればいいものの、彼女の人柄の良さというものか、声の調子はいつもより落として私に話をかけてくれた。
「生誕祭は、去年と同じくセキさんと行く予定ですよ。尤も仕事でですがね。ネムは行くのですか?」
「うん、いくよ。というか行かないとだしね……ところでセキさんは元気にしてる?」
「ええ、してますよ。最近は生誕祭に向けて近所の店の人と何やら計画していることがあると言ってたし、逆に元気がありすぎて、困っている始末ですよ」
「はは、それは大変だね。……そうだ」
彼女は撮影を一旦中断しこちらを向いた。
「今日、海辺を撮影しに行こうとおもうからさ、酒場寄ってくかもってセキさんに言っておいてくれない? そこまで撮影しに行くとヒナタの家に泊まった方が、学校に近いんだ」
「ん、分かりました」
私は卵焼きに夢中になっていたのだと思う。彼女の要望はしっかりと聞き入れたはずだが、聞く姿勢が悪かったのかもしれない。
「幼馴染の可愛い女子が泊まるっていうんだから少しは反応してよ…」
彼女は肩を落として、頬を少し膨らませた。
「昔から泊まりには来てたじゃないですか」
私は訂正した。
「昔とは違うの!」
また彼女を怒らせてしまったか。私は反省してどこか悪いところがあったか確かめた。……結局よくわからなかったが、次は彼女にもっと配慮した会話を目指さなければ。と私自身に約束した。
しかし、その後彼女は突然笑いだし、ほんと面白いねヒナタは。と言われたので私は反省したことが馬鹿らしくなった。
さて、生誕祭というのは世界を作ったレーテーという神が生まれた日を祝う祭りのことだ。街の北東部分に位置する叡智の塔にて開催され、当日にはこの街にいるほぼ全員の人がそこに集まり、塔に向かって祈りを捧げることになっている。
この街からその塔までは古代遺跡風の建物があり、塔に向かって石畳が敷かれているのだが、その通りでこの街の飲食店を営む人々が生誕祭向けの店を出したり、古代遺跡を活用したレストランを出したりしている。その中でセキさんも店を出店していて、私も毎年その手伝いをしている。
去年の出来事を顧みながら私は最後の卵焼きを口にした。うん、おいしい。
「今日は大変でしたね」
私はゴミ袋を縛りながら、セキさんに言った。既に陽は落ち、夕刻前まで数多の人がこの店の前を通りかかっていたというのにめっきりいなくなっていた。
この日になると非日常的な雰囲気を味わえる。いつもは賑やかな酒場でむさ苦しい男か荒々しい女性しかいないルーズな雰囲気の店だが、祭りになると本格的な料理を提供するレストランに姿を変える。
いつもとは違う客層、違う空間、厳然たる風貌を周囲にふりまく叡智の塔が目の前にあるという事実。これが私の胸の内を確かに高揚させる。私はこの三日間はホールに出て注文を取り、皿を洗い、只管掃除をした。
セキさんは最期の客を送り終えた後で、少し緩んだエプロンを結びなおしていた。
「ああ、よく頑張ったな。体力のないヒナタにしてはがんばっただろうよ」
「友人の力もありましたがね」
「そうだな。今日は軽くしかお礼を言えなかったから今度連れてきな。なんでも作ってやっから」
「はい、伝えておきます」
セキさんは髪をかきながらため息をついた。私はまた何か怒られるのかと思ったが、そうではないだった。
「ヒナタ、相変わらず敬語なんだな…。まいいかそれはな。……よしじゃあ叡智の塔にでも行ってみるか」
「片づけは?」
「いいよ、後で」
私はセキの後を追った。セキさんはライトをもって歩いた。街灯はあるが、足元は暗いためだ。月明り
はあるが、セキさんは心配性なのだ。
既に祈りを捧げ終わり帰る人々がすれ違う。私たちと同じ方向に歩いている人は後ろを振り返っても誰一いなかった。
セキさんは暗闇を歩く中、ヒナタ、と呼びかけた後ゆっくりと話始めた。
「何でしょう」
「この前言ってたあれだよ。この世界で何故生きるのか。それが何か知りたいといったやつだ」
「はい。確かに言いました」
それは私が随分前に投げかけた質問だった。私は子供っぽい疑問かと感じていたが、それでも真摯に向き合ってくれるのはセキさんの隠れた真面目さが所以だ。私のくだらない質問にもいつも返事を返してくれる。その返事を突然、話始めるのもいつも通りの彼であった。
「それをずっと考えてたんだけどな。いや難しいなと思ってな。何故生きるかって言っても生きることこしかできないからなぁと」
暗闇の中で二人だけという秘密基地にいるような特別感は二人に会話の恥ずかしさを感じさせなかった。少しいい気分になりながら私たちは会話を進めた。
「世界を疑うのは本来ダメなことですよね、すいません」
「いや、俺は別にいいと思うぜ。これを俺以外の誰かに言ったら最悪どうなるか分かったもんじゃないがな。それで俺の回答だが、そんな疑問クソくらえ! と敢えて言っておこうと思う」
「……へ?」
「といってもほかの奴らとは少し違う視点でな。この世界に疑問を抱くことはとても大切なことだが、そのヒナタの質問にはこれが当てはまっちまうってことだ」
私はセキさんが神妙な面持ちで話を始めるものだから少し期待したのだが、その答えは私の予想した斜め上の回答だった。彼は続けてこういった。
「そんな何故生きるのか…とかはさっきも言ったが、生きること。この世に存在し続けることが動かぬ事実何だから何を言ってもそれは変わらない。それを覆すんだったら、それ以上の発見をする。しかも発見だけではダメだ。宗教。倫理。人間の無意識。全てを超えて相手に納得させることができなきゃダメなんだ。それを実現させるには自分の想像の遥か上を行く時間がかかってしまうだろう。それに生涯、(俺たちは死ぬことはないが、神様にこの体を最期には預けないとダメだからな。)そこまでの生涯。この生涯にその問題の解明を求め続けるのもいいが、もっと大切なものがあると俺は思うから、今回の質問そこまで重く考える問題だと俺は思わない。まあ。俺が単純に馬鹿だからとあまりそういうの考えたくないっていうのもあるがな! ……勿論、どんなことでも疑問に思うことはいいと思うぞ。正教会の連中にばれない程度ならな」
「じゃあ、セキさんはなんのために生きて、何のために最期まで生き抜くんですか」
私は我ながら残酷な質問を投げかけてしまったことに少し後悔したが、セキさんは私の疑問に嫌な顔せず、答えてくれた。
「それはだな、何のためにじゃない。そんな風に未来を見ることも大切だが、俺たちはどうあがいても今を生きる存在なんだ。勿論、きちんと考えて、後悔しそうだなと思うよなら止めたほうがいいこともあるがな。まあ要するに、最期後悔しないように怯えて生きるのではなく、俺はいつもこう思ってる。――刹那を生きろって」
「刹那を生きる」
私はその言葉をそのまま繰り返した。それに疑問形はなかった。その真意はどのようなものか分からなかったが、不思議とその言葉を受け入れることができた。
「ああ、それのほうが馬鹿な俺には単純明快で不安も少ない。ただ今を生きろじゃない。刹那を生きろだ。一分一秒を無駄にせずではない0.1秒も無駄にせず、毎日を生きる。」
「……そうですね、私も私の生きる考え方として譲れないものはありますが、刹那を生きる。うん。セキさんのいう通りです」
二人には珍しい少し熱い話が終わった。終わった途端、互いに自分の言っていたことが恥ずかしくなっ
た。それを紛らわすようにセキさんは何か思いついたようにあ、と言い、その口元はにやりとしていた。
「そうだな。ヒナタの寝坊も一分一秒無駄せずだな」
「……あ! ……それは……すいません。ですが、セキさんのあまりにも長い長風呂は考えものですよ!一時間って何ですか!」
「それは、俺が一分一秒風呂のありがたさを味わっているからだろうな」
「そんな屁理屈な!!!(私が敬語をしないで言ったのはこの日が初めてかもしれない)」
去年の出来事がつい最近のように思い出される。毎年のように開催されているのにこんなにも熱狂的にできる祭りは中々ないだろう。それだけ特別な日でこの街で大切なものであった。