漂白剤
[事情聴取]
シャオは神殿に来ていた。
神樹の結節点から、アーカイブが枝分かれする事は
理論上は有り得ても、アーカイブの中を約一万年分、
遡ってみたが確認できなかった。
極めて希な事かと思えば、
神殿の記録にはちょくちょく在るらしい。
とすると、アーカイブの中からでは判別することが出来ない
事象なのだろうか。
しかし、今回の分岐は、しっかりと痕跡が残っているのが
確認された。
神樹アーカイブの一部が欠損しているのだ。
とまれ、分岐の中へ一時的にでも取り込まれてしまっていた
と言う、三人娘に事情を聴かねば為るまい。
「カアカア」三娘Cは、証言するのだが生憎カラス語である。
「カァァァ」ヤタスズメも補足してくれるが、カラス語だ。
「先に解呪をしなければ為りませんね」
神官長が溜め息を吐く。
三娘Cは仮面を取って神官長に手渡した。
「ちょっと待てやー!」三娘A。
「呪いは何処いった!」三娘B。
「あれ?」C。
そう言えば、作者の記憶する限り、三人娘が仮面を外そうと試みた事は無い。呪いとは、ただの思い込みだった様だ。
[リンカー]
呪いの魔道具ではないらしい事が分かったとは言え、十分謎である仮面を卓の中央に置き、シャオ、神官長、三人娘が、グルリと席に着いている。
「カラス語専用の翻訳魔道具と言うだけではないと?」A。
「主機能はリンカー」頷いてシャオ。
「リンカー?」三娘ABC。
「最初に着けた者を結節点に紐付ける」シャオ。
「???」ABC。
「紐付けられた者は、管理プロシージャとして認定される」
「はい?」AB。
「あー、やっぱり」C。
「気が付いていた?」AB。
「なんとなく」C。
簡単に言えば三娘Cがダンジョンマスターに成った
と言う事なのだが、色々と間尺が合わない。
その内の一つに誰かの眷属で有ればダンジョンマスターには
成れないと言う仕組みがある。
此れは、結節点同士が反発し合ってはじかれてしまうからである。
高々、個人的な範疇になる、シャオとのリンクが切れた位で
キャンセルされる仕組みではないのだ。
「それがこの仮面で可能になる」
一旦、眷属的な物も含め全ての紐付けを強制的に解除して、
新たな結節点に紐付ける。そう言う機能だ。
「ある意味、漂白剤」C。
「サブタイ、それ?」B。
「なんか違わなくない?」A。
「仮面の名前は[強制解除の仮面]」シャオ。
「しょうもな!」AB。
「皆ステータス確認して」C。
自分のステータスウィンドウを開いたらしい三娘Cが、鋭く言った。
このウィンドウシステムは[歪なダンジョン]固有の物で在る筈
なのに、移籍しても普通に使えている。
個人のアーカイブ領域が移動する分けではない
と言う事なのだろうか。
「あー、所属が[漂泊のダンジョン]になってる!」A。
「しかも、[チャタン・ミホの眷属]って、……誰?」B。
「親友の名前くらい覚える!」C。
[偵察]
神樹の森のダンジョン領域は恐ろしく広い。
真冬だと言うのに葉も落とさず青々と繁っている広大な森が、
その領域だ。
その外側は樹氷の延々と広がる管理領域と言う事に為っているが、
それは人族に対する安全保障の意味合いであって
絶対的な物ではない。
敵対の意思が無ければ入る事を止められる事は無い。
その上空もしかりである。
故に、素材を求めて別けいる冒険者達に紛れ、
狩猟訓練の名目で何個分隊かのイバーラク軍兵士が、
常に彷徨しているし、
これも、訓練名目でダンジョン領域ギリギリまで接近する
同空軍機が在る。
ダンジョン領域外周を巡っていた二機の鷲型は、
慌てて面舵を取った。
ほぼ真円で在る筈の領域から、
突出した緑の一角が在ったからである。
前回の偵察の時は無かった。
領域を拡張しているのか、訝しく思いながら報告を入れた。
[消えたダンジョン]
シャオは溜め息を吐く。折角手に入れた、面白い手駒が早々と手を離れていく事に為りそうだからである。最悪、三娘との接点は、彼女等の[歪なダンジョン空軍]での任期由来の物だけに、為ってしまうかも知れない。
[漂泊のダンジョン]は、決損した神樹アーカイブを根として結節点が生まれた物だろう。しかし、うちの物だから返せとは言えない。返すことは出来ないだろうし、仮に返して貰ったとして、そもそも、受け取りようがない。新たなダンジョンとして認知するしかないのだ。当然の事、そのダンジョンマスターと眷属達も認めざるを得ない。
そのダンジョンの位置を同定しようとして、シャオは困惑した。
「どこにもない?」
てっきり、ダンジョンに成ってしまったと思われた物置は、元に戻っていた。
「私達のお家何処?」ABC。