ゲーマー、腕は衰えない
「で、なんで楓だけなんだ?」
「さぁ?」
「さぁって……。なら俺は部屋に帰らせていただこう」
「ちょっとまったぁ!」
「ゔぇ」
「2人が来るまでちょっと遊んでようよ、ね?」
「ねって……いてぇ」
フードを掴まれ首にダメージを負った俺。
そして今いるのは俺の部屋でもなく、三人のゲーム用のPCが三台並んでいる部屋だ。
ここはもともと防音室としてそれなりのスペースのある部屋だったんだが、いつからかこの三人によってゲーム部屋へと改造されていたそうな。
「遊ぶって一体何で?ジェンガでもするか?俺うまいぞ?」
「ジェンガって……。センスが腐ってない?スカイくん」
「待て、なんでスカイ呼び?」
「んー?いいじゃんいいじゃん。私もゲーマーの端くれとして尊敬してるんだよ?スカイくん?」
「嘘こけ。その尊敬している相手に脅して見せたのはどこの誰なんだか?」
「おっとそろそろ時間だ」
「なんのですかー?」
「もちろん今から遊ぼうと思ってるゲームの、さ!」
「ゲームぅ?ジェンガか?」
「なんでそんなテーブルゲームに偏ってるのさ!スカイはそれでもオンラインゲームの世界最強っていうタイトルもちなんだよね!?」
「あー、聞こえない聞こえない」
「逃げた……!」
最近はジェンガのコツを掴んできたと言うのに。
あれで結構深いゲームなんだぞ?
重心を考えてどこを引き抜くか、そして引き抜き方がやっぱり重要で一気に引き抜くことが有利に働くこともあれば、ゆっくり擦らせるようにして抜く方がいい場合もある。
そこの見分けで勝敗の雌雄が決するといっても過言ではないほどだ。
そんな風に腕を組んでジェンガに想いを耽っていると向かって正面、楓のPCのディスプレイに怪しげな光が見え始めた。
「おぇ」
「なんでえずくのさ……。スカイが世界を取った伝説のゲームなのに」
そこには、TPS視点のバトロワに加え建築というスタイルを加えた異色のゲームのスタート画面が、俺が世界を取ったゲームの忌まわしきスタート画面が映されていた。
「これを見せて一体何を……!?まさか、それをやると言うのか!?」
「え、そうだけど……って行かないの」
「ゔぇっ、反射神経良すぎ」
「これに至ってはスカイが遅いだけだけどね」
「地元じゃ一番って言われてたんだがなぁ」
下からだが。
「はぁ、ともかく。はい」
楓はそんな風に言うと楓の椅子だろうゲーミングチェアをくるっと回転させた。
「ん?」
いや、まさかな。
流石にそんな残酷じゃあないって。
俺、そんな卑屈にならなくてもきっと楓はいいやつさ。
そんな俺にあのゲームをやらせるなんて酷いこと、するはずない、よな?
「はい、ココ座って?」
「ん?ちょっと待とうか」
「いーや待たない。2人が帰ってきちゃうでしょ!」
「いや、ヤーメーロー!え、嘘だよな?嘘だと言ってくれ!お、俺にそれをやらせる気なのか!?」
「いいでしょ!?私も最近までバーンナイトやってたんだから!スカイのプレイに憧れてたんだから!だから見せてって!」
「うわあぁぁぁ、やめろ!その名を口にするなぁ!絶対やらんぞ!やらんからな!」
大袈裟なまでに俺は楓の誘いを断るも、その様子にはぁ、とため息をつく楓。
そして俺の耳元まで近づいてきたかと思うと、そっと呪文の如く囁くのだ。
ーーばらす、と。
「誠心誠意やらせていただきます」
「やった!」
くそっ、なんでこんなことになった?
この間までの俺は自室で好きなことをしていたというのに。何も悪いことなんてしてないのに。
悪魔だ。
計りかねていた楓の正体は悪魔なんだ。
今、はっきりした。
俺は慣れた手つきで自分のアカウントでログインする。
そしてゲームのマッチング画面まで行ったところで色々と設定を変えた。
こういう色々と操作が複雑なゲームほど、人によって操作するキーを使いやすい位置に変えることが多い。
そういう背景もあって、楓のゲーム設定と俺のゲーム設定は全く違うキーバインドをしている。
そのためにもともと俺が使っているキーに必要な操作を割り当て、銃で狙いを定めるための自分にあった感度も設定していく。
「このマウスDPI何?」
「800」
「うわ、ガチガチじゃん」
「参考にしてるって言ったでしょ」
マウスのDPIというのもその一種で、800DPIというのはマウスを1インチ動かしたらカーソルが800ドット分移動しますよ、という数値を表す。
概ねFPSやTPSといったシューティングゲームで推奨されるDPIが400や800といった数値なのだ。
最初っから設定されているものもあるが、こうして簡単に答えてしまう以上、意図して800にしていると考えるのは難しくない。
かくいう俺も現役時代は800DPIでやっていた。
そうしてゲームが始まる。
俺の背後には仁王立ちの楓がいて、まるで監視しているかのように立ち尽くしているのだ。
一度「椅子に座ったらどうだ?」と聞いたものの、「いい」と一蹴されてしまったらもう何も言えまい。
こういうバトルロイヤルもののゲームは基本、真っ直ぐに飛行する機体からそれなりの大きさのあるフィールド(殆どが島)に各々飛び降りていく形で始まることが多い。
行き着いた場所でいろいろな武器や回復、建築に必要な資材を集めたのち、それらを活用にして同じように降り立った敵を倒していく。
ちなみにキャラクターはもともと資材を獲得するための武器しか持っていないため、基本物資を漁らないと敵を倒すことすら叶わない。
「あれ、そこの街激戦区じゃ……」
「いいんだよ。ちゃっちゃとやって早く終わらせるんだから」
「げ、十人くらいいない!?」
「あれ、てか地形変わった?なんか街並みが違う」
「そりゃアプデがいっぱい入ってるからね。てか、本当に今はやってないんだ!?このマップに変わったのは二ヶ月くらい前だっていうのに!」
「武器が……ない」
「ほら!言わんこっちゃない!激戦区で武器なしは命知らずだよ!」
「まぁまぁ、早く死ねればそれだけ早く終わるじゃないか」
「死のうとしてる!?全員倒すためにここに降りたのかと思ったのに!?あーー、なんか頭痛くなってきた」
「お、それはいけない。早くお風呂に入って寝ないといけないなぁ」
「原因はスカイだけどね」
俺はそんな雑談に近しいものをしながらも淡々と操作していく。
武器はレアリティが低いアサルトライフルと、同じようなサブマシンガン、それに加えてグレネードの三点セットのみだ。
「っていうか本当にスカイなんだよね……?」
「俺がスカイじゃなかったらこんなことをやらずに済んだかもな」
「でも、このアカウントは世界大会で見た時のやつだし……。あのトロフィーも確実にskyって書いてあった」
「聞いてないし」
全く楓は俺をスカイだと信じたいのかそうじゃないのか。
いっそのこと「お前なんかスカイじゃねぇ!」って言ってくれればはいそうですっつって自分の部屋に返り咲けるというのになぁ。
そしてそんな中でも絶え間なくなり続ける街中の銃声。
激戦区はその名の如く、物資が上手い、資材が沢山ある、という特徴があるが故に、それなりのプレイヤーが集まり互いに凌ぎ合う結果になる場所でもある。
そのため誰かが戦い始めれば、それを皮切りに街中全体で戦闘が起こりうる。
俺もその例外にはなり得ない。
「お、撃たれてる」
「死んじゃダメ?」
「ダメです」
「はぁ、やっぱり?本当にだめ?」
「そう聞いてる時点で勝てるんでしょ?じゃあダメ」
まぁ負ける気はしない。
「さすがに何試合もやらせるつもりはないよね……?楓さん……?」
「んー、一位をを取るまで?」
「ほんと?それでいい?」
「あ、じゃあもっとやってもらおうかなぁ」
「あ、一位了解」
そんな残酷なことを言おうとする楓の言葉を遮ってそう言う。
バトロワの一位はそれなりに運ゲー要素があると言う人は多い。
安全地帯の縮まり方や自分が圧倒的不利な位置にいたらそれだけで形勢は不利な方へ傾く。
ただしこのゲームに至ってはその運ゲー要素が限りなく少ない。
自分で移動する道を作ることも、不利なポジションに壁を築くことも可能だからだ。
だからさすがに俺が負ける未来が想像つかない。
「じゃ、そろそろやるか」
「やるって?」
「敵を、だよ」
「お、あのスカイのキルムーブキタ!?ってえぇぇ……」
「まず1キル」
「い、今どこの敵やったの……?」
「あそこ」
そう言って俺が示すのはこの街の端の位置から一番遠くに見える建物の屋上。
つまりは端から端の距離の相手である。
「今、一瞬だけしか武器構えてなかったよね……?」
「さっき拾ったからなスナイパー。んで2キル目」
次いでは隣の家の敵だ。
体を出すその一瞬に相手の体力を全て削り切る。
建築というスタイルを正面から蹴破っていくこのゴリゴリのエイム任せな戦闘は案外このゲームの理にかなったキルである。
建築が駆け引きを生み、キルのスピードを遅くするなら相手に建築させる暇を与えなければいい。
とは言っても中級者にもなれば一瞬で建築をされてしまうからいかに駆け引きをうまく支配するかが重要になってくるんだが、まぁ今の敵はそこまで強くなかったというだけだ。
「いや、キルに1秒かからないってどういうこと……?」
まぁさすがにアマチュアレベルに苦戦するはずもない。
それからはまず激戦区に残った五人を順番にキルしていき、次に安全地帯に指定されている場所とは反対側に進んでいく。
「そっち安地じゃないけど?」
「いいのいいの」
マップに改変があったとは言っても、言うて街の位置が極端に変わったわけではない。
ともなればこのルートはまだ健在のはずだ。