ゲーマー、末っ子に懐かれる
俺の朝は決して早くない。
むしろこういう生活になるまで遅いほう、というかめちゃくちゃに遅かった。
でもなぜだろう、今なら雅に起こされることもなく、朝日をまぶしいと思うでもなく。
朝を迎えることが出来そうだ。
だって寝れそうにないから。
「う、うそだろ……。朝が来ちまった……」
今日は特に朝を迎えたくはなかった。
何より、昨日の夜のことがまるで昨日のことのように思い出せてしまう。
普段なら忘れるような、床のシミを数えた時間でさえ。
昨日、あの楓によって脅されたのち俺は頷くしかなかった。
というか頷く以外に選択肢はなかった。
あの瞬間、あの扉を勢いよく開けたその時から俺は、あいつらに俺のすべてを握られてしまったのだ。
俺のばれてはいけないという、その意志こそが俺にとっての弱みになるだなんて……。
そして俺の反抗心を根こそぎに奪ったやつらは、コーチを認めさせるだけではおさまらずいろいろなことをさせようと動いた。
「学校にも来るように」
その雅の言葉に嫌だ、と答えることすら許されず、傍目にはどこからか持ってきたトロフィーを写真に収める葵の姿が。
気だるげにしてた葵がなぜそんなに積極的になってるかお兄ちゃんわからないよ。
結局俺はそれにイエスと答え、あまつさえ明日から、という期限についても頷くしかなかった。
「……水とってきて」
そして順番が回ってきたかのように末っ子の葵は俺への要求をこともなく言ってのけた。
俺が水をとってきては「次はあれ……」「次はこれ……」とどんどんと要求する葵に、俺はとんだ皮を被った怠け者だと称するしかなかった。
そして貧弱な俺の体は一階と二階を往復するだけでもぜぇぜぇと息を切らせ、結局もう一度風呂に入りなおす事態にもなった。
ということがままあり、夜が明けた今、俺は制服に着替えて学校に向かわなければならない。
俺がベッドから起き上がり、よもや立とうとしたその時、どたどたと音を立たせながら近づいてくる者の音が聞こえる。
そしてバンッと勢いよく扉を開いてやってきたのは今までできっと一番に爽やかな笑顔を浮かばせた雅の姿だ。
「空!おはよう!!って起きてる!?」
「残念。寝れなかっただけだ」
「昨日のことは覚えてるよね?」
言い知れぬ圧を感じた俺はぶんぶんと頭を振るしかない。
そしてなぜそれを見て満足げな表情を浮かべていくんだ……!
解せん……。
「ていうかノックぐらいしろよ」
いままでが今までだから仕方もないんだろうが、一応男子だぞ?
ノックくらいしてほしいものだ。
ていうか、こんなに早い時間に起きていることは珍しいせいで、生活のルーティーンが全くわからん。
二度寝……はまぁできないだろうが、目を覚ますためにも顔くらい洗っておくか。
「げっ」
ついた先にいたのは、昨日さんざん俺をこき使ってくれた葵がいた。
俺が扉の前で逡巡していると、葵は俺の存在に気づいたようで「ん……」と手を出してくる。
「はい?」
「ん……」
「それはいったい……」
「……いつも雅ねぇにやられてるやつ」
雅にやられてる……?
そういうと葵は仰向けになって両手を万歳するかのように伸ばした。
まさか、俺が雅に引きずられて運ばれていることを言ってるのか?
いやいやいや。
さすがに気だるげでめんどくさがりだといっても、あんな運ばれ方のどこがいいって……。
―――
結局俺は葵をリビングまで引きずった。
女の子を引きずった罪悪感とかもなく、それはもう無心だったと言っておこう。
「あら雅ちゃんと葵ちゃん席変えたの?」
「あ〜、なんか葵がもうそこに座ってたから?なんか変わってくれそうになかったので」
「たまにはいいわね。それになんだか仲良くなってるみたいだし」
「そう、なのか……?」
「それにしても空。今日は制服着てるってことは」
「あぁ、行くよ。もうちょっと休んでようかと思ってたけど」
「そう、楽しんでらっしゃい」
「それは……どうだろうね」
俺は視線の端に映る銀色の髪をいじる。
別に親譲りの地毛というわけでもなく、ただ銀髪に染めている髪。
今でこそ家族には何も言われないものの、雅なんかはよく突っかかってきたのを覚えている。
これも元々は自分を隠すために染めたというのに、今ではアイデンティティになりつつある。
それもこれも母さんのおかげだ。
俺が言うのもなんだが、母さんは美形だし俺の顔がその母さんに似ているからこそこの銀髪も浮いて見えない。
いまでは母さんの銀髪姿を拝みたいと思うほどだ。
そういえば染めたのはいつだったか。
まだあっちにいた頃だから秋あたりか?
久しく学校にも行っていないし、少し億劫でもあるが……まぁ気にすることもないか。
どうせ友達がいるわけでもないし。
「あれ、今日ももしかして母さんが作った?」
「あ、分かっちゃった?ちょっと早く起きれたから代わりに作っちゃいました」
「今日も仕事だろ?家事は雅に任せておけばいいのに」
「それ空がいうこと!?」
「家事命なんじゃないの?」
「違うわよ!」
「そっか……じゃあ仕方ないよな。母さん、大変かもしれないけどお願いするよ」
「ちょ、え、そういう意味で言ったんじゃ……」
「わかってる。本当はやりたくなかったんだよな。無理やり押し付けちまってごめんな」
「いや、だから……」
「雅ちゃん……!そんな……!ごめんね、私がなかなか準備できないから押し付けちゃって……。グスグス」
「雪さんまで〜〜むぅ〜」
不貞腐れるように頬を膨らませる雅。
「私だって家事が好きでやってるんだもん。雪さんの負担を減らしたいし……」
そして素直な感情を漏らす雅。
そんな雅に耐えきれないとでもいうように席から立ち上がって抱きつきにかかる母さんは、雅をそのままに抱きついた。
「いつも本当にありがとうね。雅ちゃんにはほんとに助けられてるから」
「雪さん……ずるいよぅ」
顔を好調させる雅。
全くけしからん。
ま、母さんの抱擁がそれだけ母性あふれるものだと俺が一番知っているからよしとしよう。
「……そら、顔」
おっと、思い出していたら顔がだらしなく。
そういえば昨日までは隣だったのは雅だったのになぜ今日になって葵が隣へ来たんだろうか。
これまではちゃんとリビングの扉に一番近い席を確保していたというのに自らその位置を明け渡すとは。
いや、もしかしてそれ以上に意図があるというのかっ……?
「……もうちょっと……こう、キリッとさせて。……奴隷の躾がなってないって思われる」
「ん?」
奴隷?聞き間違いか?
たしかに俺は君たち三人に弱みを握られ、道化のように従順にならってはいるが。
いやたしかに奴隷か?
「葵はさっき俺に自分を引きずらせてたけどな」
「……あれ、痛かった」
「そりゃあ俺がやられてるやつだからな」
「……奴隷はもっとご主人様を敬って行動してほしいのに」
「残念、奴隷じゃないのでそれは承りかねまする」
俺はパクりと母特性の卵焼きを口に頬張る。
甘みが口に広がるなんとも言えない幸福感が訪れる卵焼き、絶品だ。
ただツンツンと俺の太ももを突く感触を感じればすぐにその多幸感も失われるもので。
「こ、今度は誠心誠意運ばせていただきますっ」
だからそのスマホの待ち受けにまでしているその写真をチラつかせるのはやめましょう?葵さん。
「……よろしい」
それによろしいんですか……。
これは俺をカモに自分が楽するためにこの席に移動したな?
全く、最悪だ……。
「おっはよー、雪さんーーって、なんだこれ」
そんなこんな朝食を少し経ってから訪れた楓は、母さんが雅に抱きつく場面を片目に俺が葵に頭を下げる様子を扉から覗いていた。
その片方でもある俺の方に視線を向ける楓は不器用に笑ってみせながらいう。
「もしかして……私のせい?」
はい、概ねそうです。