ゲーマー、惰眠を貪る
「そぉ〜らぁ〜?そろそろ起きなって!」
「…………?」
ばっとカーテンを開かれる音がまだ眠りに入って浅いという時間によく響く。
そして何より明かりが鬱蒼と俺に襲いかかる。
「ほら、朝ごはん!」
「んん……。さっき寝たばっかだっていうのに……」
「布団に籠らない!ほら早く一階に来てよね」
「うぅ、つらいぁ」
眠気目なまま一つの影が去っていくのを見送り、そっと布団にくるまる。
春先の朝の寒さは決して舐めるべからず。
凍え死にかねないからな。
そしてまたドタドタと地を踏み鳴らして響く音が扉の方に近づく。
「そぉらぁぁぁ!!!行くよ!!」
「……うっそぉ」
勢いよく布団を捲り上げられたかと思えば、首根っこを掴まれて引きずられる始末。
いくら体重が軽いからと言ってもこうも簡単に同年代の女子に引き摺り回されるとは……。
恐ろしい怪力の持ち主、雅。
「か、階段まで引きずらなくても……っていて、いたっ、痛いぃってぇ!」
雅が持ってくれてるおかげで後頭部直撃は避けられてるが、それ以外は打ち付けられる度に全身が悲鳴をあげている。
ていうかもう少しでもこの階段が急だったら滑り落ちてるからな?俺。
「泣き言言わない。今日は雪さんが作ってくれたんだから……って変わり身早いわね」
「何言ってる。俺はいつもこんなんだろ」
「そのだらしない寝癖を直してから言って欲しいわ」
まぁ普段が直毛のストレートだから、なまじ目立ちがちな寝癖をいじりながら言う。
「チャームポイントだろ?」
「うっさい、ばか。早く行くよ」
「あ?バカとはなんだ。ちょっ待てって!!バカってぇ!」
意識の覚醒しない中のおぼつかない足取りゆえに、つまずいてしまいながらも俺はリビングへと向かった。
全くまだそう年月をともにしたってわけでもないのによくあんな風に喋れるものだ。
ーーー
「いただきます」
「お、空。今日はちゃんと起きれたんだな」
「ほぼ無理矢理だったけどな」
「ガハハハハ。雅の起こし方はすごいだろ?絶対に目が覚める」
「強引にも程がある」
「ちょ、お父さん!」
「なんだ?まだ気恥ずかしいか?もうそろそろ慣れていい頃だと思うけどなぁ。いや、ある意味慣れてはいるのか?」
「うっさい!早く雪さんのなんだから冷めちゃうでしょ!」
「おー怖い」
「いいのよ、こうやってみんな一緒に食べれればそれで」
「雪さん……」
今リビングで卓を囲むのが今の俺の家族。
言ってしまえば母の再婚した家族たちだ。
この通り、一応は円満な家族と言っていいんだろう感じはしている。
というのも、ちょうど新年に入るあたりで再婚してこの家で暮らすことになったから、およそ三ヶ月の月日が経っている。
そのためいろいろとわかってくることもあるというものだ。
「あ、楓。ちょっと醤油取ってくれない?」
こいつは佐伯雅。
同い年でもあるため今年から高校二年生である。
今日の朝っぱらから俺の部屋に立ち入って布団を引き剥がしたというのもこの女だ。
実に当たりが強く、まだ出会って数ヶ月だというのに罵詈雑言の数々は絶えない。
それほどまでにキッツイ性格をしている。
「あいよ。葵、姉ちゃんに渡しといて」
そしてその向かいに位置するのは雅の妹、佐伯楓である。
妹とはいうものの二人は双子でありほんの誤差でしかないのだが。
そんな楓についてはあまり掴めていない。
というか雅が特殊なのだ。
特殊な雅ほど性格が掴めていないという点で語るのであれば、楓ははつらつな印象を受けるというくらいだろうか。
俺以外にであればそういう態度であることも多いから。
まぁ仕方がないだろう。
「……楓ねぇが渡せばいい。……はい」
そしてこの三姉妹の末っ子。
名を佐伯葵。二人より一学年下の今年から高校生になる一年生である。
この子はわかりやすく、というか普段からそうだというか、とにかく彼女は普段から気怠げな印象が強い。
めんどくさがることは基本しないし、だからといってやらなきゃいけないことは誰よりも早くやって終わらせるような、そんなタイプ。
ただ傍目からでもちょっとは伺える、姉たちへの信頼はそういう気怠さをちょっとだけ上回っているらしい。
ちなみに結構辛辣だ。
性格が気怠げだから余計にその一言一言の重みが違うのだ。
「あら、醤油少なくなってるわね。確か塩とみりんも少なくなってたし早く買いに行かないと。ちょうど今日はあそこが特売だし一緒に買ってこようかしら」
そして今こうして早口で喋っている女性こそ我が母、佐伯雪。旧姓、風見雪だ。
再婚して佐伯姓となった母だがまだ何かと貧乏性が抜けずに時折そんなことを口走ってしまったりする。
我が母ながらその姿はまだまだ二十代を感じさせる若さを誇っている美人だ。
実によきかな。
今日も久しぶりの母さんの味でもあるから、箸が止まらない。
雅とは段違いだ。
塩分を控えめな味が実に俺好みなところが特に。
「雪さん、もうちょっと肩の力抜いていいんですよ?」
「雅ちゃん……」
「俺だっているんだ、買い物にもいつだって連れてっていいんだからな」
「亮さん……」
そして我が母の対面に座っているのが新しく父になった佐伯亮。
肩幅が広く、その体の全体的な印象は猛々しい。
それに顔も無精髭……かと思ったら、ちゃんと整えて清潔感を出してやがる。
そっか、今日は平日だから……。
整えやがったな?
昨日は三連休最後だったからあんなに髭がまばらに生え散らかっていたのか。
「お父さん!その顔気持ち悪いって」
「マジきもいよ親父」
「…………」
「我が娘ながらひどい言われよう!?」
「私はちゃんと分かってますからね、亮さん」
「雪さん……」
「あ、そのご飯粒はもちろん残しませんよね?それ」
母さんは親父の持つお椀に残る数々の米粒をさして言う。
それはもう目力から覇気を感じさせるほど。
「あ、はい」
意気消沈気味な親父を後にして俺は手を重ねる。
「俺の味方は空、お前だけだよ……トホホ」
「あ、そこまだ白身残ってる」
「お前もか……!」
「フンッ。母さん、美味しかった。ごちそうさま」
「はい、お粗末様。空は今日、も?」
「あぁ、うん」
「じゃあ私もごちそうさまでした」
俺は食器を台所で洗い流し、早々に二階への階段へと進む。
「空!」
「ん?」
雅はそんな俺をリビングから出た扉から顔を覗かせて言う。
雅たちはもう既に学校の準備はできて、あとは出発を待つのみだ。
我が家では何かと一緒にやることが多い。
朝ごはんしかり、夜ご飯しかり、登校や出勤時間もなるべく合わせている。
だから必然的に俺も朝ごはんにはちょくちょく顔を合わせるようになっていた。
「今日も、学校には来ないの……?」
雅はそんなことを言う。
今日は四月最初の始業式の日。
学校に行くやつはとっくにお前みたいに準備をしているはずの時間だ。
ましてやこんな寝癖をたたせて行くような場所でもない。
「あぁ」
俺は雅の返事を待つことなく、階段を登りきり自分の部屋へと足を踏み入れる。
カーテンは開かれ、窓も開かれ、春の暖かいような少し肌寒い空気がこの部屋を侵食していた。
俺はそこから射す日が、まるで何かを導くように不気味に光って見えた。
「寒いな」
俺は窓を閉め、カーテンを閉じる。
電気もついていない部屋は遮光カーテンに阻まれた光を若干写すだけで、淡い色を空間に漂わせる。
ただこの時には思いもしなかった。
まさかあんなことが起こるなんて。
よりにもよってあの三人に。