プロローグ
sky。
その異名を知らないゲーマーはいないとまで言われている伝説的なゲーマーの名前である。
曰く、数々のタイトルを総なめした異端児である。
曰く、その頭の中は常人が理解できる範疇を超えている。
曰く、化け物である。
彼と対戦した多くの人がそう言葉にするのだ。
それも多くのプロレベルの選手がこぞって、多岐にわたり。
とある世界大会の話をしよう。
そのゲームはいわゆるサードパーソンシューティング、TPSと部類されるe-sportsで、かつては世界的に人気を博していたゲームであった。
性質は銃で撃つという元来のゲームスタイルに加え、自分で壁を付け加え、階段を駆使し、移動の幅をいくつも広げる建築というスタイル。
それが爆発的にヒットし、その世界大会での賞金は優に億を超えるほどのタイトルが存在していた。
そこでもちろん優勝候補は上げられる。
有名なインフルエンサーの人が挙げられたと思えば、あまり知られていないながらもその実力ゆえに優勝候補として持ち上げられる存在もあった。
しかしもちろん世の中には無名の強者は存在しているわけで、現実ではそんな予想もことごとく打ち砕かれるものである。
それも誰もが想像もしないだろう形で。
その男はいつの間にか日本の肩書を背負って世界大会への出場資格を有していた。
ゲームのバトルロイヤルという縮まるフィールドで戦い、百人の中からたった一人の生き残りだけが勝者だという性質上、決勝に行けるのはたったの百人。
それもアジア圏から出場できる選手もたったの七名しかいない。
そんな中、その一枠を日本の選手がつかみ取り決勝へといつの間にか進んでいた。
名をskyと名乗った男はまったくの無名。
これまでで一度も話題にもならなかった新進気鋭の存在であった。
きたる決勝の日。
会場には何万人もの人がそろっている中、多くのパソコンが中央に立ち並ぶ。
決勝はオフラインでの大会でもあるためであるが、そこに百人の面々が仰々しく並んでいるその場には緊張が走っている。
その中に一人のアジア人顔の少年が斜に構えて座っていた。
その重圧も緊張感も感じさせない雰囲気をまとい、一人ただ何かを見据えていた。
試合数は六試合。
最後の一人になると一番高い点数がもらえ、そこから順位に倣って点数が割り振られている。
ほかにも、敵をキルしたことによるポイントもキルポイントとして換算されるためその戦闘における戦略も数々ある。
多くの選手が試合前の独特の雰囲気に緊張感を覚え、そろそろ一試合目が始まろうとしていた。
この時の誰が想像できただろうか。
いったいどんな結果であるのかを想像する時ほど面白いものはないのだから。
「一試合目一位は日本の選手スカイがとったぁぁ。まさに圧倒的!!ほかのプロをものともしない圧倒的なキルムーブでの一位だぁぁ。いったい誰が予想できた!?」
「二試合も終盤、そろそろ物資状況もつらくなってきたところかぁ?おっとここで一試合目一位のスカイ選手落ちた!順位は四位……おっとぉ?ところがスカイ!道中に十二人もキルしている!!いったいどこでキルしたというんだ!」
「続く三試合目。一、二試合目と他と大差をつけて現在ポイント数一位に昇り詰めているのは日本のスカイ。いったいこの男は何者なのか!おっとまだ物資も少ない中敵のほうへ矛先を向ける。……なんだこれは!駆け引きが生ますぎる!一回の戦闘時間が十秒と掛かりません!相手はトッププロだぞ!!?」
「現在二位と十ポイントの差をつけてトップに躍り出ているのは依然、スカイだ!いったい誰がこの男を止められる!?これまでの三試合の平均キル数八!いったいどうしたNA!アメリカの意地を見せてみろ!」
「五試合目、最後の円の中には十六人の選手がせめぎあっている!四試合目の一位であるキングも粘り強く生き残っている!ただ物資の状況は厳しいか!おっとぉ!これは……スカイだぁ!スカイが一番上に陣取っている!なんだそのエイム!?浮かぶ敵をことごとくエリア外に追いやっていく!?どうしても近づけないというのか!?」
「最終戦、ポイント差は歴然と言ったところでしょうか。誰がこんなことを予想できたでしょう。日本の唯一の出場者、スカイ。現在二位と二十三ポイント差をつけてトップに君臨し続けている。いったいどこから現れた!?このまま負けていいのか!?最終戦、六試合目開始!!」
「いったい誰が想像できたでしょう。いえ、この場にいる誰もが納得をせざるを得ません。まさに天才。ここに新たなる王者が誕生しました。島国からこのアメリカへ羽ばたいてその頂にすら立ち続けるのはこの選手!全六試合中二試合の一位、そして合計キル数四十、二位とのポイント差三十という圧倒的な差を見せつけ、この初代王者にふさわしい実績を手に取ったのは、日本のスカイだぁぁぁぁ!!!」
そう、異例も異例。
日本の選手が世界をとってしまったのである。
それも若干十六歳の少年がだ。
e-sportsの世界にとってはむしろそういう年齢が多いのは周知の事実ではあるが、日本にとってはその事実など周知されていることではないわけで、そんな少年がこの瞬間そのゲームの頂点として君臨したことで一番の驚きを示すのは日本に住むいわゆる普通の人たちである。
それもその賞金額、三百万ドル。日本円換算で約三億円を手にしたのだ。
「日本のsky選手。米ニューヨークで開催された初の世界大会にて堂々たる一位を獲得。その賞金総額は約三億円」
ツイッターではトレンドに上がり、もちろん世界のトレンドの一位をskyという単語が並ぶにまで至った。
そのニュースが全国的に広まるのにもそう時間もかからないのも必然的だ。
日本はいわゆるe-sports後進国。
ゲームは単なる娯楽や趣味という発想を持つ人が多いのが現状だ。
プロゲーマーと聞いていい印象を持たない人が多い。
そんな中で賞金三億円を手にした少年が現れてしまったのだ。それはもう阿鼻叫喚となるしかないというものだ。
素直に賞賛の言葉を送るものもいれば、まだ高校生の身でありながらそんな大金を手にしたことへの嫉妬をつぶやくもの、高校生という学生という身分でありながらも学業をおろそかにしていると根拠のない批判をする人すらいる。
それが誹謗中傷に発展するのだってそう時間はかからなかった。
親はどうしているんだとか、学生としての本分はどうなのかとか、世界のトップにさえ立ったというのに所詮ゲームだとののしる声だって絶えない。
大多数は称賛の声だというのに、広がっていくのはたいていそういう声で、あたかもそれが全ての意見だと思ってしまうほどに。
しかしそれも次第に時間が記憶を風化させて、伝説となっていった。
なぜなら日本の選手として華々しく頂点に君臨したskyは、世界大会でトロフィーを手にしたその瞬間からまた何もなかったように姿をくらませたからである。
無名の強者が大会だけに現われ、頂点に立ったと思ったらそれを誇示するわけでもなくまた姿を消す。
どんな称賛の声があっても、どんな非難の声を浴びようとも。テレビの取材はもちろん、彼個人をたたえようとするそのことごとくでさえ押しのけて彼は伝説となったのだ。
ただし、とある日世間に伝説として語られる一方でゲーマー界隈で震撼される事実が明るみになる。
「最近話題になってたskyってもしかしてあのスカイのこと?(画像添付)」
このメッセージとともにこのツイートがで回ったのである。
「これマジ?」
「は?」
「てかこんな奴おんの……?」
「嘘じゃないん?」
「なんだこれ」
「タイトル総取りじゃん……」
「嘘だろ……」
「伝説が似合う男だわ」
ゲーム界の異端児、スカイまとめ。
そう書かれた記事の一部分をツイートしたのだ。
そこにはこう書かれていた。
四年前から現れた賞金付きの大会に次々と出まくって、優勝してはその姿を消すある男がいる、という摩訶不思議な都市伝説が。
しかしそういう伝説はたいていの場合、世間が考えるほどの美談にはならないものである。
奇しくもその批判的な意見が正論であることも世の摂理であるのだ。
かくいうskyもまたその部類の人種なのだから。