冬のとある寄り道
ガシャン
自販機から出てきた熱い缶コーヒーを慎重に取り出して開け、軽く一口。
慣れ親しんだ苦味のある黒い液体が喉を通り、冷えた体に染み渡る。
いつ頃からか習慣となった仕事帰りの一杯。
子供の頃ならブラックコーヒーを好んで買うようになるなんて想像もつかなかった。
叔父さんの家で厄介になってた頃なら、買うなら同じ黒でも甘いコーラを買ってたはずだ。
甘党の叔父さんとは違って、今の自分にとってコーラは甘すぎると感じてしまう辺り、歳をとったと実感する。
子供の頃といえば、悪戯好きな生意気小僧だったあの頃、サンタからプレゼントを貰う為に世界を救いにいこうとした事があった。
なんでそんな発想が出たのかは憶えて無いけど、仲の良かった友達と悪の秘密基地とかを見つけに確か、裏山とかを探したんだったか。
探したと言っても、整地された遊歩道を駆け回ったりしてただけだけで探した気になってて、クリスマスにヒーローセットを貰ってからは更にハートアップしてたっけ。
チラッと時計を見れば七時ちょい過ぎ。
明日は休日。
空は暗くなったが、街灯で十分な明るさはある。
寒いけれど久々の運動がてら、思い出を振り返りに行くのも悪く無い。
そうと決めたら自宅のアパートに向かう道を外れ、裏山へと足を向ける。
大人の足なら一時間もすれば裏山に着く。
飲みきって冷えた空き缶をゴミ箱へ捨て、遊歩道へと足を踏み入れる。
設置された街灯は電灯が切れているのもチラホラあって、明るい所と真っ暗な所が交互にくる感じだ。
スマホのライトも点けて歩くが、このシチュエーションにどこか既視感を覚える。
悪の秘密基地を探しに来たのは明るい昼頃。
間違ってもこんな暗い山の遊歩道を歩くわけがない。
ないんだが、何か引っ掛かるようなモヤモヤ感がある。
寒い夜風とライトが頼りな暗い道。
何か他に、裏山について忘れてる思い出があるんだろうか?
小学校、中学校、高校、大学……
モヤモヤを晴らす為、記憶の糸を辿り、頭の中のアルバムから零れている思い出を拾い探そうとする。
歩きながらスマホのライトを動かし、辺りの光景からヒントがないか見渡す。
だが一向に思い出せる気配はなく、ただの気のせいだったのかと天を仰ぐと、それを見た。
電灯が切れた暗い山道だからか良く見える星明かり。
シリウス、プロキオン、ベテルギウス。
大犬座と小犬座とオリオン座、それぞれのパーツとなる星明かりからなる大三角が、目に入った。
『ほら、あれが冬の大三角だよ』
懐かしい声が頭の中で再生される。
あれは中学の頃。
クリスマス前、クラスの誰かが言い出して裏山で肝試しする事になった。
その時にペアになったのは、片思いしてた彼女だった。
肝試しの時にどんな会話をしたのかとかは憶えてないけど、とにかく緊張してたのは間違いない。
録に話も出来てなかった可能性すらある。
もしかしたら、だから話題作りとして彼女は星座の話を振ったのかもしれない。
この大三角のシリウスとプロキオンに他の星明かり4つを足したら冬のダイヤモンドになるんだと楽しそうに話してた。
まぁ、この肝試しで急速に仲が深まるなんてミラクルは起こらず、その後は録な関わりがないまま別の高校に進学してそれっきりなわけだけど。
悪の秘密基地よりも大切な思い出なはずなのにすっかり忘れて思い出せないとは、告白する勇気もでないまま別れた彼女の事を無意識に思い出さないようにしてたのかもしれない。
……自分の事ながら女々しいもんだ。
そう自嘲していると、遊歩道から開けた広場みたいな所に出る。
裏山の山頂付近に造られた場所で、明るいときには街中を見渡せ、暗い今だと星明かりが良く見えるスポットだ。
そんな場所だからか、自分以外にも物好きなのが居たらしい。
暗い広場で星を見るように上を向いている人影が一つ。
その人影を認識する前にスマホのライトを向けてしまったため、その人影を直接照らしてしまう形になってしまった。
その人影は女性でびっくりしたように此方を見たので、アワテテライトの向きをずらして謝罪する。
すると、女性は思わぬ言葉を口にした。
「もしかして、○○君?」
今度は此方が驚き、女性の顔を見る。
ライトを当てれない為に良く見えないが、その声には聞き覚えがあった。
あの頃と比べ大人びているが、彼女の声だ。
半信半疑で彼女の名前を言うと、嬉しそうな声が返ってくる。
近づいて見ると、記憶にある彼女より大人びて綺麗になった彼女の姿。
偶然来た山で偶然思い出した彼女と偶然再会するなんて、どれ程の天文学的な確率なのか。
そんな事は分からないが、この偶然に感謝しつつ彼女と色々な話をした。
今の生活についてや別になった高校と大学の思い出、そして中学の頃の思い出とか。
中学の話になると記憶力の差が歴然とするぐらい、彼女は色々と憶えていた。
こっちが忘れてた失敗談や黒歴史を暴かれて羞恥に悶えもしたが、そんな様子も楽しんでいたようだった。
ひとしきり話終えると彼女が連絡先を交換しようと言ってくれる。
再会して話せただけで満足してて、連絡先の交換とか全く思い付かなかった。
だからダメなんだよと自分にダメ出しながら、連絡先を交換した。
その後は折角だから一緒に戻ろうと、他愛ない会話を交わしながら遊歩道の入口へ揃って進む。
その道中、彼女は今度一緒に遊びに行こうと誘ってくれる。
社交辞令だろうとは思いつつも嬉しく、もちろんオーケーした。
LINEで予定を調整しようねと言われたから、暫くは通知音に敏感になって生活する事になるだろう。