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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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33話 やり直し

 人のせいにするな。


 学校で虐めにあった事を嘆いた時に、よく親からこう言われてきた。




 お前が悪いからこうなったんだ。お前がちゃんとしなかったからこうなったんだ。


 学校で酷い目に遭った時に泣き事を言うと、よくこう言われてきた。




 実際の所、これは単に父や母が僕に対する慰めの言葉をかけるのを面倒がった上で発言した台詞であり、実際に僕が悪いという訳ではない。

 



 でも今回の一件は、完全に僕が悪い。




 本当は、薄々気づいていた。

 直樹はモテる。女の子をとっかえひっかえしていたし、事実複数人の女の子とヤりまくっていた。


 でもそれは本人の望んだことじゃない。

 直樹はあくまであの友誼部で、友達として皆と仲良くしたかっただけだ。

 でも他の皆はそれを望まず、直樹の恋人になる事やヤる事だけを求めた。


 その上、直樹に好意を持つ女の子は皆何かしら心に深い傷を負っていて、直樹に対して救いを求めていた。

 言ってしまえば、直樹に好意を持つ女の子は全員尋常でないくらい重いのだ。


 そんな彼女達に直樹は依存され続け、荒んだ現実から救ってくれる救世主だの王子様だのという役割を勝手に押し付けられ、毎日毎日身体を求められ、心身共に疲労していった。




 片桐さんはその典型だ。

 僕といる事で辛うじて精神の均衡を保っていた片桐さんは、僕との仲が拗れてしまった事により再び精神が不安定になってしまった。


 その結果、友達としての僕ではなく恋人としての直樹の存在に依存するようになり、直樹を他の誰かに取られるかもしれないという不安からおかしくなってしまった。

 だから直樹の子をせがんだ。

 してくれないと自殺すると直樹を脅迫し、殆ど強姦に近い形で直樹と事に及び、直樹の望まないまま妊娠し、我に返るとやっぱり堕ろすと言い出し、堕ろしてからやはり堕ろしたくなかったと言いだし、その結果片桐さんは壊れてしまった。




 今回の出来事の直接の原因は直樹だ。 

 これは完全に直樹の不誠実さが招いた事態だ。

 でも、直樹にだって同情の余地は十分すぎる程にある。


 心の弱い女の子に抱いてくれないと自殺するなんて言われて、何食わぬ顔で突き放せる男なんているわけがない。

 それは僕にだってわかってる。




 だからあれは、ただの憂さ晴らしだ。


 僕は前から直樹の事が大嫌いだった。

 女の子達からの好意をごく日常的に受けていた直樹が羨ましかったのだ。


 片桐さんの心を滅茶苦茶にした報復という、立派な大義名分を得た僕は憂さ晴らしの為に直樹を一方的に殴ったのだ。

 僕の大好きな片桐さんをあんな風にしてしまったという正当な理由を振りかざし、僕は直樹に対して暴力を行使した。




 でも、そんな事をしても片桐さんはもう戻ってはこない。

 僕が直樹をいくら殴ろうと、僕が幸せになることはない。

 僕の心は決して満たされる事はないのだ。




 直樹は悪くない。勿論片桐さんだって悪くない。誰も悪くない。

 僕が全部悪いんだ。




 いつも何か悪い事が起きる度に、必ず誰かが僕が悪いという事にしようとしてきた。

 虐めも、学校で上手くやれないのも、親の不仲も、僕がモエと呼ばれ続けるのも、全部僕が悪いという事にされてきた。


 僕が不甲斐ないから、僕が周りの連中と上手く出来ないから。僕がどう思おうと関係ない。全部僕が悪い。

 ずっとそう言われ続けてきた。




 なのに今回だけは、誰も僕を責めない。

 僕が全部悪いのに、誰も僕を責めない。

 責める人すらいないのだ。




 それが余計に辛い。




 それでも僕はやっぱり直樹を恨むしかない。

 そうでもしなけりゃやってられない。


 ああなったのは全部僕のせいだなんて認めてしまったら、僕の矮小な心は耐えられない。

 



*




 目が覚めたら夜中だった。


 スマホの時計を確認すると、どうやらあまりにも疲れてしまった為に、次の日の夜まで丸々一日眠ってしまった様子だった。

 片桐さんの事が心配には思ったが、病院はもう閉まっている時間だ。


 明日朝一で見舞いに行こうと思った僕は、スマホを操作して次の日の朝に目覚ましをセットした。




 でも今思うと、すぐにでも片桐さんの元へと向かうべきだった……。




*




 事件から翌々日の朝、僕は学校をサボって片桐さんが連れていかれたあの大学病院に見舞いに行こうと試みた。


 でも窓口の看護師のお姉さんによると、どうやらこの大学病院での措置はあくまで一時的なものらしく、片桐さんは今は別の設備が充実した他の精神病院に移されたと聞かされた。

 その病院はどこにあるのか聞いた所、看護婦のお姉さんからはプライバシーの観点から教えられないと言われてしまった。




 その後僕は、警察署に出向いて片桐さんはどこにいるかを聞いてみた。

 しかし警察の人達からも、事件の後の事には関与していないから片桐さんが今どこでどのような処置を受けているのかは一切わからないと言われてしまった。




 仕方がないので、凄く抵抗はあったが僕は片桐さんの家に出向いた。

 散乱していたゴミや家具等は、誰がやったかわからなかったが何故か片付いていた。


 5時間以上家の玄関の前で待っていたら、あの時のスーツ姿の男性がやってきた。


 僕はその人に片桐さんが今どこにいるかをすぐさま聞いてみた。

 だけどその人は教えてくれなかった。


 恐らく、初対面でいきなり自分を殴り飛ばした陰キャ高校生に、精神病の娘の入院先を教える義理はないとでも思われたのだろう。




 でも僕としてはどうしても納得がいかなかった。


 なので僕はその人に対して土下座をし、お願いだから片桐さんが今どこにいるのかを教えてほしいと頼み込んだ。

 しかしその人は、身内の恥だのなんだのと言って、頑なに片桐さんの居場所を教えてはくれなかった。


 僕が片桐さんに会わせてくれるまで帰らないと言って土下座を続けたら、警察を呼ぶと言われて追い返された。




*




 ほとぼりも冷めたと思い、片桐さんの居場所を聞くべく数週間後にも再び片桐さんの自宅に行った。

 でも家は空き家になっていた。


 近所の人に聞いてみたところ、片桐さんの父親が出どころのよくわからない大金を用意し、壊れた車代やその他の物の代金を全て弁償し、1人でこんな広い家に住んでいても仕方ないから故郷に帰ると言い残して去っていったらしい。

 引越し先は、やはり不明らしい。




 半ば自棄になった僕は、片桐さんが連行されたあの大学病院で再び入院先を聞くことにした。

 でもやはり、プライバシーの観点から教えられないと言われてしまった。


 病院のロビーで土下座して頼み込んだら、やはりここでも警察を呼ぶと言われて追い返されそうになった。

 でも僕は粘り、周りの人たちに奇異の目で見られ続けても土下座を続けた。


 そしたらある看護師のオバサンから、詳しい事は言えないけど県外の病院に移ったとだけ教えられた。

 何県かは教えてくれなかった。


 あまりにも僕の態度が切羽詰まっていたから、もしかするとストーカーの類だと思われたのかもしれない。




*




 いつだったか、橘さんは言っていた。


『最近のアニメってさあ、ループとかタイムリープとかですぐやり直すわよねえ。一度しかない人生なんだから大事にしなさいよって思うわ』




 アニメ等でよく見るような、時間を巻き戻したりループを引き起こすような都合のいい機械もチートスキルもこの世にはない。

 自殺したところで以前のセーブポイントに戻れる訳でもないし、全力で走ってもタイムリープはできないし、ご大層な機械を使って一秒ごとに世界線を超える事もできない。


 だからやり直しなんて出来ない。

 この結果はどうやっても変えられない。


 僕は幸せになる為に必要な選択肢の選択を全てミスった。

 その上これは現実だ。セーブもロードもない。

 選択肢を間違えたからといって、都合のいい結果が訪れるまでやり直すなんてことはできやしない。


 していればよかったと言う後悔はいつまでも心の奥底で残り続け、その後悔を抱えながら生き続けるしかないのだ。




 パトカーに連れ込まれる際、片桐さんは僕ではなく直樹の名前を呼んでいた。

 だからもしかすると、あの時僕が片桐さんを抱きしめたとしても、結果は何も変わらなかったのかもしれない。




 それでも、他にやりようはいくらでもあった筈だ。

 あそこで僕が片桐さんを抱きしめる以外にも、この最悪の事態を回避する方法はいくらでもあった筈なんだ。


 一回告白を断られたくらいで諦めず、片桐さんに何度も思いの丈を伝えていれば、もしかするとこんな事にはならなかったのかもしれない。

 橘さんの言う通り、どこかで僕が感情と性欲に身を任せて片桐さんを押し倒していたら、そしたら今みたいな事にはならなかったのかもしれない。

 片桐さんに振られた後も、依然として僕が部室に通い続けていれば、もしかしたらこんな事にはならなかったのかもしれない。


 どんな形であれ、片桐さんは僕と一緒にいる事を望んでいた。

 だけど僕は片桐さんの一番の友達であったにも関わらず、そんな事にすら気付けなかった。




 でも今更後悔しても遅い。

 現実は創作物とは違う。




 片桐さんはアニメやラノベのヒロインとは違う。

 都合のいい時に、僕の望む事をしてくれる都合のいいキャラクターじゃない。


 悩んで、困って、傷ついて、我慢して、落ち込んで、怒って、泣いて、嘆く。僕と同じ一人の人間だ。

 だけど僕は片桐さんに理想の女性のイメージを重ね、勝手に片桐さんの事を救いの女神か何かだと思い込み、そんな簡単な事も忘れていた。


 僕は片桐さんに対して、二次元美少女以上に都合の良い存在である事を望んだ。

 その結果がこの有様だ。




 片桐さんは精神病院送りになった。

 恐らく戻ってくる事も、僕と再び会う事もないだろう。




 片桐さんと楽しくお喋りする事も、片桐さんが手を繋いでくれることも、片桐さんが再び僕に優しくしてくれる事も決してないのだ。

 片桐さんと過ごした楽しい日々はもう戻らないんだ。


 それだけが事実なんだ。




 それでも、やっぱりどうしても納得出来ないことがある。


 世の中は理不尽な物だと今まで何度も思ってきたが、入院している友達にすら会えないなんていくらなんでも理不尽にも程があるだろ。

 実際今回の事件は僕が巻いた種だが、これはいくらなんでもあんまりだろ?

 僕は片桐さんに会って、謝る事すら許されないのか?

 誰か一人くらい、片桐さんの居場所を教えてくれる人がいたってバチは当たらない筈だろ?

 もしかして神様ってのは、アドルフ・ヒトラー以上の大悪人なのか?




『人のせいにするな』


 僕の両親の口癖が何故か頭の中に流れる。




『もしかしてさ、あんたが智代を押し倒したいって気持ちが少しでもあれば、もう少し智代と上手く行ってたんじゃないの?』


 今になって、橘さんに言われた言葉が身にしみる。




 でも今更感情に身を任せても仕方がない。




 僕は自分の気持ちに素直になるのが、あまりにも遅すぎたんだ。


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