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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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32話 死ねばいい奴

 何故直樹が部室の鍵の隠し場所を知っていたのかとか、何故畳が敷き詰めてあるこの部屋で直樹は土足で入っているのかとか、そんな些細な事はこの際どうでもよかった。




「なにやってんだよ……、お前……」

「…………」


 僕がそう言っても、直樹は体育座りのまま無言で俯くだけだった。


「私も妹さんも……、凄く心配したのよ……」

「…………」


 橘さんがそう言っても、直樹はやはり体育座りのまま無言で俯くだけだった。

 僕も橘さんも、そんな直樹の様子をを黙って見続けていた。 




 しばらくすると、直樹は俯いた姿勢のまま語りはじめた。




「……みんなでアニメを見るんだ」


 僕も橘さんも、直樹が唐突に放った意味のわからない発言に戸惑った。




「小夜がアニメをボロクソに批判して……、智代がそんな事ない面白いって言って、椿が黙ってそれを見ていて……」

「は……?」

「そんな皆を、俺は笑いながら見ているんだ……」

「なに言ってるんだよ……?お前……」

「みんなでスマブラをやるんだ……。ステージはプププランドで、アイテムなしで、残機は99機にして……、誰が最後まで生き残るか、競うんだ……」

「いや、だからなに言ってるんだよ……?」

「でも言いだしっぺの小夜が真っ先に飽きて自殺しはじめて、最初は乗り気だった智代も途中で飽きてやる気を無くして、でも何故か椿だけは最後まで真面目にプレイしてて……、俺もそんな椿に合わせて真面目にやるんだけど、やっぱり疲れて……」


 さっきからこいつは何を言っているんだ……?

 とうとう頭までおかしくなったのか……?




「夏になったら祭りに行くんだ……。椿が意外と美味しいとかって言ってる中、小夜が高い割に不味いって貶して祭りの屋台はヤクザがカタギの人から金巻き上げる為にやってるとか身も蓋もない雑学披露して……、そんな二人には目もくれず、智代は射的とか型抜きとか楽しそうにやってて……」


 今の直樹の様子は明らかに普通じゃなかった。

 恐らく、片桐さんらの事が原因で精神的に相当参っているのだろう。


「祭りの後は、皆で花火をやるんだ……。小夜がうんこ花火をじっと眺めてて、椿は火なんて危ないって怖がって、智代が両手に花火持って俺を追いかけてきて……、危ないとか思いつつも、俺も楽しくって……」

「…………」

「明日も、明後日も……、そうやって皆で楽しく過ごすんだ……。こんな日がずっと続けばいいって、そう思いながら……」

「何バカな事言っているんだよ……」

「卒業後も、社会に出ても……、俺達はこうして皆で楽しく過ごすんだ……」

「ハナから楽しんでたのはお前だけだっただろ……」

「勿論みんなにだってそれぞれの事情があるんだろうし、みんな別の生活をする事になるかもしれない……。だからこの先、俺たちがずっと一緒にいられるかどうかなんて、わからない……」

「いられる訳ないだろ……」

「でもクリスマスとか、正月とか、そういう時期になるとみんな一緒に揃うんだ……。他の皆に彼氏が出来ても、誰かが結婚して子供が生まれても……、その日だけは絶対に友誼部の皆で、集まるんだ……」

「集まれる訳、ないだろ……」


「…………」


 僕と同じ事を思っていたのか、橘さんの方も何も言わずに寂しそうな目で直樹を見つめるだけだった。




「そりゃ社会に出ても嫌な事ばかりで、昔みたいに楽しく笑えないかもしれない……。時間が経つ事に皆、変わるかもしれない……。でも、その日だけは昔みたいに、皆でワイワイ楽しくやるんだよ……」

「やれる訳、ないだろ……」

「大人になっても、爺さん婆さんになっても……、皆で揃って昔みたいに、楽しく過ごすんだ……」

「過ごせる訳……、ないだろ……」

「小夜がアホな事言って……、智代がコスプレ着て……、椿がたまにお菓子とか作ったりする……。それがいつもの楽しい友誼部なんだ……」

「だから、楽しかったのはお前だけだっただろ……」

「だからこんなの……、ありえないんだよ……」

「この期に及んで……、まだそんな事言うのかよ……」

「皆で色々な事をやって楽しく過ごすんだ……。ゲームやアニメ鑑賞とか、カラオケとか不思議探索とか……。、ボーリングにプールとか。夏祭りやBBQやクリスマスパーティーや徹マンとか……。大みそか、謹賀新年、天体観測、温泉旅行、バレンタイン……。毎日そういう楽しい事をして、過ごすんだ……。今までもこれからも、ずっとそうやって過ごすんだよ……」


 今の直樹は、どう見ても現実から目を背けようとしているようにしか見えなかった。

 多分今まで僕がしてきたどの現実逃避よりも酷い。




「現実……、見ろよ……」


 僕がそう言うと、直樹は顔をあげた。

 直樹の顔は真っ赤になっていて、目の周りは涙でいっぱいになっていた。




「こんなの、現実じゃない……。夢だ。夢に決まってるんだ……」

「こんな時まで、まだアニメみたいな事言うのかよ……」

「だってそうだろ……。俺も、小夜も、椿も智代も、みんな仲良くやっていたんだ……」

「仲なんて初めから良くないし、仲がいいって思ってたのは、お前だけだよ……」

「でも、楽しくやれてたんだよ……」

「そう思ってたのはお前だけで、みんな嫌がってただろ……」

「でも……、それでも、楽しかったんだよ……」

「だからそう思ってたのも……、お前だけだろ……」

「たとえ茶番でも、楽しかったんだ……。何もない俺の、唯一の居場所だったんだ……」

「モテる癖に……、なにが何もないだよ……」




「なんでこんな事になるんだよ!?」


 僕の発言に対して、直樹は急に怒鳴りだした。




「なんでこうなっちまったんだよ!?だってそうだろ!?俺はずっとこんな楽しい日々が続けばいいって思ってたんだよ!ただそれだけだったのに、なんでこうなるんだよ!?」


「…………」「…………」


 被害者面していきなり逆ギレをかます直樹に対し、僕も橘さんも冷ややかな目で見るしかできなかった。




「こんなの間違ってる!俺はこんな事望んでない!望んでないんだよ!こんな事になるなんて思ってなかったんだよ!?やり直せる物ならやり直させてくれよ!?」


 直樹はそう叫ぶと、またしても顔を下げて俯いてしまった。

 あまりにも情けなさ過ぎて、もう言葉も出ない。




「電話が来たんだ……」

「電話……?」

「智代から……、電話が来たんだ……。このままじゃ殺されるって……」

「…………」

「私は生きていてはいけない。私は人殺し。私は死んだ方がいい。そんなような事を言われた後、電話が切れたんだ……。それで俺、心配になって智代の家に行ったんだ……」

「…………」

「そしたら智代が、狂ったように部屋の窓から物を投げてたんだ……。何度も、何度も……」

「ちょっと待てよ……」


 今日警察の人から聞いたのと、同じ話だ……。 


「隣の家の人がやってきて、やめるように怒鳴っても、それでも智代は物を投げるのをやめなくて……。でも俺、どうすればいいのかわからなくて、ただ突っ立って見るしか出来なくて……」

「それって……」

「しばらくすると警察がやってきて、家取り囲んで、ドアをこじ開けて、智代を無理やり連れ出して、パトカーに無理やり押し込んで……」

「お前……、あそこにいたのかよ……?」

「それで俺、自分が本当にとんでもない事をしたって、やっと気付いたんだよ……」




「何度もお前の名前を呼んでただろ!?なんで助けてやらないんだよ!?」


「俺にどうしろって言うんだよ!?」


 僕が直樹を怒鳴るようにそう言うと、直樹の方も同じように怒鳴り声で返してきた。




「なんとか出来た筈だろ!?お前片桐さんに好かれていたんだろ!?」

「俺に……、どうしろって言うんだよぉ……」

「お前ならなんとか出来ただろ!?」

「なんでこうなったんだよぉ……」

「全部お前のせいだろ!?」

「子供なんて出来ても……、満足に育てられる訳ないだろ……」

「責任とれよ!孕ませたんだろ!?」

「どうやって取れって言うんだよ!?俺はただ、この部室で皆で楽しくやりたかっただけなんだよ……。なのにどうして、こんなことになるんだよぉ……」

「だから全部お前のせいだって言ってるだろ!?」

「こんなの現実じゃない……。これは全部悪い夢だ……。悪い夢なんだ……。俺は誰とも付き合ってないし、誰ともヤってない……。だから目を覚ましたら、いつもの楽しい友誼部があるんだ……。きっとそうなんだ……」




 この期に及んでまだ現実から目を背け続ける直樹の態度に我慢できなくなり、僕は俯いていた直樹の胸倉を強引に掴み、顔面に向かって力いっぱい殴りこんだ。


 僕が殴った衝撃で、直樹はその場に倒れた。




 そんな直樹を見て、橘さんは「直樹!?」と叫んだ。




「被害者面するな!」


 僕は倒れる直樹に馬乗りになり、再び直樹の胸倉を掴み怒鳴りつけた。


「何が居場所だ!?女に困らないお前が、いっちょ前に非リア気取りかよ!?」


 僕がそう言うと直樹はまるで子供のように大声をあげて泣きはじめた。




「大切にする気もないのに、なんであんなことしたんだよ!?その場の雰囲気まで軽はずみな事をしても、傷つけるだけだろ!?」

「俺はただぁ……、みんなと楽しくやりたかっただけだったんだよぉ……」

「何が楽しくだ!結局はヤりたいだけだろ!?」

「ヤりたぃなんて……、一度も、言ったこと……、ない……」

「…………」


 直樹のその発言に対し、僕は腸が煮えくりかえるような気持ちになった。


「それ……、マジで言ってるのかよ……?」

「俺はただ、みんなと普通に仲良くしたかっただけなんだよぉ……。それなのに皆、抱いて欲しいとか、ヤりたいとか……、セックスしたいって……」


 直樹の言う事が事実でも嘘でも関係ない。

 単純に僕の頭にきた。


「なんでこうなるんだよぉ……。俺はそんなこと、望んでなかったのに……」


 直樹の言う話が本当の事だと考えると、尚の事不快感が湧いてくる。 


「椿に求められた時も、智代と生でした時も、小夜を汚した時も……、本当はしたくなかったのに、興奮したんだよ……。辛いって思ってるのに、勃つんだよ……。気持ちいいんだよ……。そんな事俺は望んでない筈なのに、心地いいんだよ……。それが苦しくて、辛いんだよぉ……」


 その発言を聞き、僕は反射的に直樹の顔面を殴った。




「しるかよ!?訳のわからない事言いやがって!」


 そう怒鳴ると、僕は馬乗りになった状態のまま再び直樹の顔面を殴った。




「誰かから好かれたり誰かに迫られたりすることが、どれだけ恵まれたことなのか、お前わかってるのかよ!?」


 僕がそう言いながら殴っても、直樹はただ大声をあげて泣くだけだった。


「お前に言い寄る女の子なんていくらでもいる!でも僕には一人もいないんだよ!?なのになんでお前ばかり!」


 僕はそう言いながら再び直樹の顔面を殴った。

 一回じゃ気が収まらなかったので、何度も何度も直樹の顔面を殴りつけた。




 そんな僕を見て、最初は茫然としていた橘さんは血相変えた様子でやってきて、僕を直樹から引き離すべく僕の腕を両手で掴んで全力で引っ張ってきた。




 橘さんによって直樹から引き離され、再び殴る為に直樹に近づこうとしたら、橘さんに「やめて!」と大声で叫ばれた。

 すると橘さんは、その場で蹲る直樹をまるで庇うように抱きしめた。




「お願いだから……、もうやめてよ……」

「そいつのせいで、片桐さんが……」

「わかってる!わかってる……」

「なら!」

「あんたの気持は、わかる……。でも、このままじゃ……。直樹が、死んじゃう……」




 橘さんのその発言を聞き、僕は我慢できなくなった。




「死ねばいいだろ!?こんな最低な奴!生きている価値ないだろ!」




 僕はずっと前から心の奥底に潜めていた言葉を吐き出した。




 すると橘さんまで、直樹に次いで泣きだしてしまった。


「そんな事……、言わないでよぉ……」

「…………」


 あまりにも悲しそうな顔をしながらそう呟く橘さんを見て、僕は何も言えなくなった。




「確かに直樹は……、最低かもしれない、けど……。好きになったんだから、しょうがないじゃない……」

「…………」

「だからもう……、酷い事、しないで……」

「…………」

「直樹の事が……、大好きなの……。だから、死ねなんて、言わないでよぉ……、」


 橘さんはそう言うと、まるで子供に寄り添う母親のように直樹を強く抱きしめた。

 そして直樹の方も、まるで母親に縋る子供のように橘さんに抱きつきながら大声をあげて泣いていた。


 そんな二人の姿を見ていたら、何故だかわからないが僕の目からも涙が溢れてきた。




「お願いだから!もうやめてよぉ!強ぃ!」




 橘さんから、初めて本当の名前で呼ばれた。




 その瞬間、僕の心の中に渦巻いていた後悔や妬みや悲しみや虚しさや罪悪感や切望といった列挙しきれないあらゆる感情が心の奥底から溢れだしてきて、僕は思わず言葉にならない声をあげて叫んだ。




「なんで……、なんで、お前ばかり……。僕は何も悪い事をしていないのに……、今まで誰も、庇ってくれなかったんだよ……」




 ずっと片桐さんにしてもらいたかった事が、今僕の目の前にいる橘さんと直樹によって行われている。




「なんでお前なんだよ!?なんで僕じゃないんだよ!?僕だって、誰かにお前みたいな事をされたかったんだよ!?手を繋いで、抱きしめて、抱きしめられて、キスして、大好きな片桐さんとしたい事して、エロいことも沢山して、沢山イチャイチャして、毎日楽しく過ごしたかったんだよ!?なのになんでこうなるんだよ!?なんでいつもお前ばかり!」




 その光景を見ていたら、僕は日頃必死で押さえつけていた気持ちを押しとどめる事が出来なかった。




「僕に優しくしてくれる人なんて……、一人もいなかったんだよ……。片桐さん以外に……。誰もいなかったのに……。なのに、なんで……」


「…………」

「…………」


 泣きながら思いの丈をぶちまける僕に対し、直樹も橘さんも何とも言えない眼差しでただ黙って見つめるだけだった。




「僕だって、お前みたいになりたかったんだよぉ!」




 僕はそう叫ぶと、その場から走って去った。








*








 家に帰ると、もう真夜中だった。

 僕はあまりにも疲れた為、服も着替えずすぐにベッドで眠った。




 その日僕は夢を見た。

 片桐さんと付き合って、沢山イチャイチャして、エロい事も沢山する夢だった。


 とても幸せで寂しい夢だった。


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