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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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30話 失踪

 あの後警察の人から、片桐さんの家族は忙しくてこれ以上の連絡が取れず、色々と話も聞きたいから一緒に来てくれないかと言われた。

 片桐さんがこれからどうなるのかを考えたら居ても立ってもいられなかった為、僕はその申し出を受けることにした。


 片桐さんの後を追うように、僕は別のパトカーの助手席に乗せられた。




 パトカーに乗るのは生まれて初めてだった。

 快適かと言われたら、そんな事はない。

 特別広くもなければ狭くもないが、とにかく煙草臭い。

 その上ちょくちょく耳障りなノイズの混ざった無線が入る。


 落し物を落としたり、道を尋ねたり、実生活で警察のお世話になる事は何かと多いだろう。

 でもパトカーに乗ったことがある人は多分そんなにいない筈だ。

 たまにお年寄りがパトカーをタクシー代わりに利用するという話を聞くが、そういう事以外でパトカーに乗った人間は間違いなく童貞のまま一生を終える人よりは珍しいだろう。


 そういう意味では僕はかなり貴重な体験をしている。


 だが全然嬉しくない。

 パトカーを見て興奮するような幼い子供とか、警察官に憧れているとか、そういう人以外がパトカーに乗っても嬉しい気分になれないのは当然の事である。




 はじめは警察署か留置所にでも行くのかと思っていたが、どうやら僕達は近くのとある大学病院に向かってるらしい。


 警察の人同士の会話を聞いた限りだと、なんでも精神科のある大学病院にとりあえず移送し、そこの先生に診てもらう手はずになっていたそうだ。

 警察の人達の手際が妙によかった所を見ると、どうやらあらかじめ確保ができ次第そうする事になっていたらしい。




「あの子が心配で、わざわざ学校早引きしてきたんですってね……」

「ええ……」

「まさかこんな事になるなんて、思ってもいなかったですよね……」

「はい……」


 今パトカーを運転しながら僕に話しかけてきている警察官のおじさんは、さっき僕を取り押さえたおじさんである。

 警察官のおじさんは気まずくならない程度に僕に話を振ってくれたが、僕はあんな事態に遭遇したショックで終始上の空で、「ええ」とか「はい」程度の受け答えしか出来なかった。

 

 ちなみに後部座席にもさっき僕に事件の説明をした警察官とは別の二名が座っていたが、その二人は特に話しかけてきたりもせずずっと黙っていた。




「まったくもって酷い親ですよ。娘がこんな事になっているのに、仕事が忙しくて手が離せないだなんて……」

「はい……」

「6、7年前にも似たような事があったんですけどね、丁度その時も私が対応したんですよ」

「そう……、なんですか……」

「あの子のお母さんもね、隣の家の人が自分を殺そうとしているだのなんだの言って、110番したんですよ。調べてみたら家の中の物を片っ端から壊した後だったようで、元から病気だったみたいですけどね。あの時は特にまともな精神状態じゃなかったみたいで……」

「そう……、なんですか……」

「元から近所の人からの評判は良くなかったみたいですが、なんでも今でもずっと病院にいるらしいですよ……。血は争えないって言ったらそれまでですが、いくらなんでも娘さんが可哀想ですよねえ……」

「…………」


 前に片桐さんから聞いた話だ。




「病気は仕方ないと思いますが、かなり身勝手な親のようでしたねえ……。なんでも学生の時に妊娠したもんで、それで高校中退して駆け落ちしたとか。その時の子があの子みたいですが……。まったく、最近の親はどうなってるんだか……」

「知ってます……」

「え……?」

「片桐さんから……、全部聞きました……」

「…………」


 僕がそう言うと、警察のおじさんは黙った。




 パトカーの中に沈黙が流れ、ただでさえ居心地の悪いパトカーの中の居心地が余計に悪くなった。




「君、あの子の彼氏?」

「そんなんじゃ……、ないです……」

「じゃあ友達?」

「……はい」

「いずれにしても、可哀想な子ですよ……。今回のはあの時よりもずっと酷い……。近所の家にも被害が出てます。お隣さん、買ったばかりのプリウスのフロントガラスが割られていたって嘆いていましたよ。まあ、本人としてはそれどころじゃないんでしょうが……」

「そう……、ですね……」

「まあ元々病気だったみたいですし、未成年だから罪は恐らく免除されるでしょうね……。でも多分、普通の生活はもう絶望的だと思いますよ……。母親の時もそうでしたし、少なくとも一年や二年じゃ無理でしょうね……。あれだけ精神的に追い詰められて、これだけの事をやったんだから、もしかしたら一生……」




 一生……?

 一生って、なに……?


 片桐さん、ずっとあのままで、ずっと病院で暮らす事になるの……?




 動揺している僕の様子を察したのか、警察のおじさんは慌てた様子で言ってきた。


「すみませんね……。専門家でもないのに、適当な事言ってしまって……」

「…………」


 警察のおじさんはそうは言ってはいたが、僕の不安は募るばかりだった。




 あんなことをやってしまう程追い詰められていた片桐さんが、果たして今まで通りの生活に戻れるのだろうか……。




*




 病院についた。

 何故か僕と警察の人達は緊急外来用の出入り口から病院に入る事になった。


 警察の人達曰く、やはり片桐さんの家族とはろくに連絡が取れなかった様子で、代わりに僕が病院のロビーの待合用のソファで簡単に事情聴取をされることになった。




 普段の片桐さんの様子。病気の症状について。こんな事をするに至った理由に心当たりはないか。新興宗教をやってるかどうか等、色々な事を聞かれた。

 一応片桐さんの名誉の為に、最近男女関係で物凄く傷ついたとだけ僕は説明した。




 事情聴取はほんの数十分で終わったが、その後僕は数時間に渡って病院のロビーで待たされた。

 僕は片桐さんの安否を確認する為にわざわざ煙草臭く居心地の悪いパトカーに乗った訳なのだが、病院内で待機していた警察の人に何度かその事を言っても、診察の途中だから今は会えない的な事を言われるだけだった。




*




 しばらくして、窓から外の様子を窺うと空も暗くなり、事件開始から既に結構な時間が経っていたことがわかった。

 夕食時の時間が近づいてきてたが、とてもじゃないが何かを食べるという気持ちにはなれなかった。


 そんな時、警察の人が僕の元へとやってきた。


 片桐さんの診察が終わったことを伝えに来たかと思いきや、医者から今の片桐さんは精神状態が大変不安定だから面会謝絶との事で、それを僕に伝えに来た様子だった。




「何の為に何時間も待たされたんだよ……」


 僕が聞こえるか聞こえない程度の声で文句を言ったら、その警察の人は苦笑いをしていた。


 


 その警察の人は、お詫びという訳ではないがこんな時間まで待たせてしまったので僕をパトカーで家まで送ると申し出てきた。

 またあの居心地の悪いパトカーに乗せられるのかと一瞬思ったが、この病院から僕の家まで地味に距離があり歩くのは非常に面倒だと思った為、僕はモヤモヤしつつも申し出を受け入れる事にした。




*


 


 病院から出る際も、緊急外来の出入り口から出るようにと言われた。

 もっとも、今は診療時間は過ぎている為、それも仕方のない事ではある。




 僕と警察の人が緊急外来の出入口に差し掛かったところ、僕の向かいの道を30代半ばのスーツ姿の男性が歩いていた。


 その男性は僕の隣の警察の人のすぐ側までやってくると、何気ない様子で頭を下げながら告げた。




「いやあ、娘がご迷惑おかけしました」






 気がつくと僕は、その人の顔面を殴っていた。






「あんたがもっとちゃんとしてれば、片桐さんはこんな目に遭わなくて済んだのに!」


 僕はそう言うと、その場を走って去った。




*




 警察の人にパトカーで家まで送ってもらう手筈になっていたが、僕が感情に任せて片桐さんの父親を殴り、それにより警察の人が唖然とし、挙句僕はその場から逃げ去ってしまったがた為に、パトカーに乗せてもらうタイミングを完全に逃してしまった。


 よって僕は、徒歩で帰る事になった。

 家まで地味に遠い距離だったが、今はなんとなく歩きたかった気分なので別にいい。




 片桐さんは何故あんなことをしたのか、ちゃんとした理由は僕にはわからなかった。

 でも道中、僕は僕なりの解釈で片桐さんがなんであんな事をしたのか考えてみた。




 片桐さんは直樹との間に出来た子供を堕ろした。

 片桐さんにとってそれは、人殺しと同義だった。

 そして片桐さんは、自分は人殺しだから死刑になると思った。

 それにより、家の近くにいた人が自分を死刑台に送る為に来た刺客のように見えた。

 だから物を投げて、追い払おうとした。


 もしかすると、片桐さんが起こしたあの行動は、こういう事だったのかもしれない。




 僕がもっとしっかりしていれば、何とかなったのかもしれない……。




 でも僕としてはこの期に及んでもなお、心のどこかではそれを認めたくないと思っていた。

 もしも今回の事件の原因が全て僕にあると認めてしまったら、それは僕の不甲斐なさが片桐さんをあんな風にしてしまったということになるからだ。


 責任を全て転換するつもりではないが、どうしても僕はあいつに文句を言いたかった。

 そう思った僕は、駄目元であいつに連絡を取るべく、スマホを起動した。




 着信をかけようとスマホの画面を開いたら、橘さんからの不在着信が50件以上来ていた。

 あんな事があったショックなのか、どうやら僕はこんなに沢山橘さんから電話が来ていた事にすら気付かなかったようだ。


 状況がさっぱり呑み込めなかったが、ただ事ではないという事だけはわかった。

 橘さんの元にも何が起きているのかわからなかったが、とりあえず僕は橘さんに電話してみることにした。




 橘さんはワンコールですぐに出た。

 橘さんは僕からの発言なんて一切聞く事なく、泣き声交じりに言った。


『直樹が……、いなくなったのぉ……』


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