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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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28話 最低の駄目人間

 ある日の放課後、僕と片桐さんはいつものように部室のノートパソコンを使ってアニメを見ていた。


「やっぱりトレイとマットは最高ですよね」

「そうだね」

「この映画、やっぱり何度見ても面白いですね」

「やっぱりアンクルファッカーは名曲だよね」

「でも吹き替えは糞ですね」


 いつもと同じ、片桐さんと過ごす楽しい一時だった。




 色々あったが、僕は今こうして片桐さんと一緒に楽しい時間を過ごしている。


 片桐さんは僕といる時いつも楽しそうで、とても嬉しそうな顔をしてくれる。

 その笑顔も今はどこか影があるが、片桐さんの傷ついた心もきっと時間が解決してくれる筈だ。


 片桐さんはとっても優しくて頑張りやで、でも心が弱くて気が滅入ってる時には少し周りが見えなくなる所もあるけれど、それでも僕にとってはこの世で一番素敵な人である事には変わりない。




 別に付き合えなくてもいい。

 片桐さんが僕の事をどんな風に思っていても構わない。

 片桐さんは楽しい事だけではなく、嫌なことも一緒に分かち合ってくれる。

 片桐さんにとっての僕は一番の友達であり、形はどうあれ片桐さんは僕の事を必要としてくれている。


 だったらそれでいいんだ。

 こうして一緒にいるだけでいいんだ。


 それだけで僕は幸せなんだ。




 そう思った時だった。




 オナラに火をつけることが出来るのかを試したケニーが死ぬシーンを見て、片桐さんが何故か涙を流していた。


 いつもならケニーが死ぬシーンを見る度に大笑いするのに……。




 困惑する僕に対し、片桐さんは尋ねてきた。


「強さん……。私……、生きていていいんですか……?」

「なに言ってるんだよ……?いいに決まってるじゃん……」

「でも……、生まなければよかったって……」

「そんなことないよ……」




 僕がそう言うと、片桐さんはその場に泣き崩れた。




「だって私……死んだ方がいいってぇ……」

「そんなこと……、ないよ……」

「私みたいなのは、生きているだけで、皆に迷惑かけるから……」

「そんなこと……、ないよ……」

「お父さんも、お母さんも……、私なんか、産まなければよかったって……」

「そんな悲しい事……、言わないでよぉ……」




 泣きながら訴えてくる片桐さんの姿を見ていたら、僕まで涙が出てきた。




「強……、さん……、私、生きている意味、あるんですかぁ……?」

「あるに……、決まってるじゃん……」

「だって私……、生きてるだけで……、皆に迷惑を……」

「そんなの……、僕だって……」

「でも……、子供、だって……」

「やめてよぉ……」

「私ぃ……、生きている価値、ないですよぉ……」

「お願いだから……、そんな事言わないでよぉ……」

「でも私ぃ……、死んだ方がいい人間だってぇ……」




 片桐さんはそう言うと、タガが外れたように泣き叫びだした。

 そして死にたいとか自分はゴキブリ以下とか生きている価値がないといった、自己否定の言葉を延々と吐き続けた。




 こんな時、アニメの主人公ならきっとこうするだろう。

 泣いている女の子を優しく抱きしめ、そして優しい言葉をかけて慰める。


 橘さんだってきっとこう言う筈だ。

 押し倒せ、と。




 でも僕には、片桐さんを抱き締める事が出来なかった。

 それどころか、かける言葉すら思いつかなかった。




 片桐さんが非処女だからとかそんなんじゃない。


 顔も良くない。勉強も運動も出来ない。これと言った特技もない。学校でも上手くやれず、虐められている。女子にだってキモがられているし、誰からも好かれた事がない。実の親にすら大事にされない。

 バイト先でもミスばかりしていつも怒られているし、何をやっても駄目で、どこに行ってもつまはじきにされる。


 こんな僕なんかじゃ、この人の抱えているもの全てを受け止められる訳がない。

 この人の心に空いた穴全部を埋められる訳がない。




 僕自身、自分がこの世に不必要な人間で生きている価値なんてないって思ってるのに、一体どうやって片桐さんの心を癒せばいいんだ。


 僕の中から込み上げて来る悲しみや嘆きや虚しさといった感情や、涙すらも押さえつけられないのに、一体どうやって片桐さんからそれらを取り除けばいいんだ。




 結局、僕には片桐さんの横で惨めに泣き叫ぶ事しかできなかった。




*




 目の前で自分の存在価値を見失い泣き叫ぶ片桐さんを見て、僕自身も涙が止まらなかったあの状況で、片桐さんを慰めるなんて事は僕にはできなかった。


 片桐さんがもしも嫌がったら、きっともっと片桐さんは傷つくことになった筈だ。

 辛い時に好きでもない男に抱き締められるなんて、普通なら耐えがたい程の苦痛だろう。

 一度は片桐さんに振られた僕がそんなことをしたら、片桐さんはきっと嫌な思いをする。


 僕はアニメの主人公でもなければ片桐さんに好かれている訳でもない。だから何もしなかったんだ。

 というか、できなかったんだ。




  いや、違う。


 こんなのただの言い訳だ。




 本当は、片桐さんに拒まれるのが怖かったんだ。

 大好きな片桐さんにまで拒まれたら、ただでさえこの世で生きる価値のない僕の存在は、ますます矮小なものになってしまう。


 ただでさえゴミクズ同然だった僕の存在価値が、完全にそれ以下の物になってしまい、本気の本当に死んだ方がいい人間になってしまう。




 結局は自分の為だ。




 前に僕は、橘さんに自分のことばかりで直樹の事を一切考えていないと偉そうな説教を垂れた事があるが、いざ自分の事になると結局は自分の保身の為の行動しか出来なくなる。


 大好きな人が苦しんでいる時でさえ、僕は自分が傷つく事を恐れ、その人の為に何もする事ができず、ただ惨めに泣くしかできなかった。




 自分で自分が情けない。


 情けなさ過ぎて死にたくなってくる。


 


 僕は最低だ。

 今すぐ死んだ方がいい最低の人間だ。


 大好きな人の為に何もすることができない、心の弱い最低の駄目人間だ。




*




 その日の翌日、僕はいつものように登校時に片桐さんに会おうとした。

 だけど片桐さんといつもの通学路で出くわす事はなかった。


 その後の休み時間も、僕は片桐さんのいるE組の教室に出向いた。

 でもやはり、片桐さんは教室にはいなかった。




 もしかすると、また学校を休んでいるのかもしれない。


 後でお見舞いに行こう。

 きっと今日は調子の悪い日なんだ。




 とりあえずのところ僕はそう思う事にして、普段通りに授業を受ける事にした。




*




 昼休みがやってきた。

 いつもの通り僕は部室に向かった。


 その日は片桐さんが学校を休んでいた為、僕は1人で昼食を食べる事になった。




 昼食を食べた後、僕は片桐さんにラインを送った。

 返事は来なかったし既読マークもつかなかった。


 その後僕は電話もした。

 でも電話は繋がらなかった。




(この前の状況と似てる気がする……)


 


 嫌な予感はしてはいたが、僕はそれはただの杞憂だと思い込もうとして、気を紛らわす為に部室のノートパソコンでネットサーフィンを始めた。




 そんな時、随分前に片桐さんが言っていたある発言をふと思い出した。




『今そこで走ってるトラックに轢かれて死んだらそんな都合のいい世界にいけるかなぁー!行けたらいいなあー!』




 何故今になってこの台詞が、僕の脳裏に過ったのだろうか。


 猛烈に嫌な予感がした。




(片桐さんは、そこまでバカじゃない筈……)




 僕は自分の心にそう言い聞かせようとした。

 でも胸騒ぎが収まらなかった。


 かつてない程にロクでもない事が起きる、というかもう既に起きている予感がした。




*




 結局その日、僕は仮病で学校を早退し、片桐さんの家に向かう事にした。

 早まったことをするつもりなら、なんとしてでも止めなければならない。


 理屈や根拠なんてどこにもなかった。

 ただ、確かな不安だけが僕の心を渦巻いていた。




 電車が片桐さんの自宅の最寄り駅に着くと、僕は片桐さんの元へと全力で走った。








 僕の嫌な予感は、的中していた。




 まるで津波が通り過ぎた後のように多くのゴミや家具等が片桐さんの家の周りに無秩序に散乱しており、その中には片桐さんが以前購入したベビーカーやベビーベットや哺乳瓶も含まれていた。


 そして数台のパトカーと数人の警察官が片桐さんの家の周りを取り囲み、中の様子を窺っていた。


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