27話 誰でもいい
あれから僕と片桐さんは、以前のように毎日一緒に登下校をし、休み時間もほぼ毎回会っているし、昼休みや放課後は部室でいつも一緒に過ごしている。
片桐さんと一緒に些細な話題で盛り上がったり、一緒に愚痴をこぼし合ったり、昼食時に一緒におかずを交換し合ったり、部室でダラダラとスプラッタ映画や海外産の変なアニメを見たりレトロゲームをやったりしていつも過ごしている。
以前とは何も変わらない毎日だ。
唯一変わったのは、片桐さんの派手なギャルメイクが自然で大人しいナチュラルメイクになったことぐらい。
何も知らない片桐さんの友達も、「よりが戻せてよかったね」と言ってくれた。
何はともあれ、前と同じような片桐さんと一緒に笑う楽しい日常が帰ってきたんだ。
いい事づくめだ。
いい事づくめの筈なんだ。
でもやっぱり、僕は心の底から笑う事が出来なかった。
いつも片桐さんが僕に見せてくれる笑顔は、どこか無理しているようにしか見えなかった。
直樹との間であった事を、必死になって忘れようとしているようにしか思えなかった。
勿論僕もそんな片桐さんに合わせて、あの事には触れないようにしていた。
未成年者の中絶には親と相手の同意書が必要らしく、片桐さんがいつどうやってそれを書いてもらったか気にならない訳ではなかったが、とてもじゃないがそんな事を聞く気にはなれなかった。
片桐さんは学校に復帰したが、橘さん曰く直樹は依然として学校に来ていないらしい。
片桐さんや小鳥遊さんと顔を合わせにくいとか、精神的に深く傷ついたとか色々な事情があるのだろう。
いずれにしても僕としては直樹にどうしても文句を言いたい心境で、橘さんに直樹の居所を問いただしたりもしたが、やはり橘さんは口を割らなかった。
そんな事もあり、最近橘さんとはちょっとだけギクシャクしている。
橘さんの方もその事で僕と顔を合わせにくいのか、はたまた僕と片桐さんに気を使っているのか、橘さんは部室にも顔を出さなくなった。
*
そんなある日の昼休みの事だった。
いつものように片桐さんと共に昼食を食べようと部室に移動していた僕は、またしても弁当箱を持ったまま女子トイレに入ろうとしている橘さんを目撃した。
「なによ。見世物じゃないのよ」
この展開何度目だよ……。
イザナミかよ……。
直樹のことで少しギクシャクしてたが、目が合ってしまったし無視するのも感じが悪いと思った為、僕は普通に返す事にした。
「相変わらず便所飯かよ……」
「悪い?」
「三年なっても友達できないの?」
「いっぱいいるわよ。男子限定だけど」
「だったらその辺の男と食べればいいのに……」
「だからそれは嫌なんだって」
「相変わらず、変なところでプライドあるね……」
「あいつと同類になりたくないだけよ」
そういえば、小鳥遊さんは依然として直樹に振られたショックから常に放心状態で、相変わらず女子達にも虐められているらしい。
っていうかそもそもあの人、片桐さんと直樹との間で何があったのか知ってるのかなあ……?
まあ、今となってはあの人と僕とは何の関係もない訳だけどさ……。
「直樹は今、どうしてるの?」
「相変わらず自分の部屋に引きこもってるわ」
「妹さんも一緒に住んでるんだよね?」
「そうよ」
「また、求められるんじゃ……」
「流石の妹さんも、あんな状態の直樹とする程良心欠けてはいないわよ……」
「小鳥遊さんの方は……?」
「なんかちょっと前まで、毎日直樹の家に押しかけてきてたみたい」
「あの人らしいね……」
「妹さんから聞いたんだけど、直樹の電話が通じないからって毎日のようにやってきて、直樹が会いたくないって知っても家の前でずっと立って待ってたりして、本当にストーカーみたいで怖かったんだって」
「十分警察、呼べるレベルだね……」
「だけど、最近ようやく諦めてくれたみたい」
「そうなんだ……」
小鳥遊さんにも、諦めるって発想あったんだ……。
「智代の方はどうなの?」
「いつも笑ってる、けど……」
「けど?」
「なんか無理して今まで通りに振舞おうとしてる感じで……、いいとは言えない……」
「そう……」
「うん……」
「あんたやっぱり、今でも智代の事、好きなの?」
「……好きだよ」
「あの子非処女よ?」
「だからなんだよ……」
「直樹と何度もしてた」
「そりゃあんたもだろ……」
「縋り過ぎは身を滅ぼすわよ」
「それでも、やることヤって、都合が悪くなったら逃げた直樹よりはずっとマシだよ……」
「そうかもね。あんた本当に、智代に何もしていないもん」
橘さんは含みのある言い方をしてきた。
「まあでも、安い同情感にかられてアホな事するよりはマシよ」
「…………」
「もっとも、あんたの病的なまでに受け身な姿勢もどうかって思うけどね」
「そんなの……、自分でもわかってるよ……」
「あんた今でも智代の事、素敵な女の子だって、思ってるの?」
「…………」
僕は黙って頷いた。
「自分を慕ってくれた男と上手くいかなくなったからって、すぐに他の男の所行って中出しセックスしまくって、勝手に苦労して勝手に自分追い詰めてるバカなメンヘラよ?あんたは本当にあんなのがいいの?」
「そんな言い方やめてよ……」
「でも事実よ」
「…………」
悔しいけど、否定できなかった。
「前にも言ったでしょ。あんたが好きなのはまともな時の智代。好きになったのも単に優しくしてくれたからってだけ。智代の全てを受け入れている訳じゃない」
「受け入れてるよ……」
「本当に?」
「…………」
正直、堂々とは否定できなかった。
「あんたは椿や前の私と同じで、智代の事全部をちゃんと受け入れている訳じゃない。自分にとって都合のいいところだけ見て、智代が理想の女だって思い込んでいるだけ」
「…………」
「本当は誰でもいいから優しくされたいのに、自分に優しくしてくれる人はその人だけだって思い込んでる」
「…………」
「多分智代の方も似たような物よ。本当は誰でもいい。でも自分はこの世に必要のない人間だから、自分に優しくしてくれる相手なんていないって思い込んでる。だからあんたに依存して、あんたとの仲が上手くいかなくなったら今度はまた直樹に依存しだした」
「…………」
「んで、直樹が他の女に取られると思って、自殺するって脅して中出しセックス強要して身籠って、案の定捨てられる。バカ過ぎて言葉も出ないわ」
「…………」
橘さんの言う事は、何も間違っていないと思う。
っていうか本当の所、僕も心のどこかで橘さんと同じような事を思っていた……。
「直樹に捨てられて、子供も堕ろして、落ち込んでいる智代に取り入ろうとしているのならやめなさい。どうせロクなことにならないわ」
「放っとけないよ……」
「心配するのはいい。仲良くするのもあんたの勝手。でもそう思ったばかりに直樹はあんな事になった。それだけは忘れないでね」
「わかってるよ……。そんなこと……」
「智代だけが、女じゃないのよ?」
「でも僕には他の人なんて……」
「世の中には女なんていくらでもいるの」
「……いないよ」
「智代以外にも相手は沢山いるの」
「……僕は橘さんとは違う」
「違わない」
「……違うよ」
「あんたを大事にしてくれる人だって、そのうちきっと見つかる」
「いつ見つかるって言うんだよ……?」
「そりゃ、今はそう思うかもしれないけど、時間が経てばきっとあんたの良さをわかってくれる相手が現われてくれる」
「そんな相手、どこにいるって言うんだよ……」
「誰かを頼りたいのなら、尚の事他の相手を探しなさい」
「…………」
無責任な事を言う、と僕は思った。
「今更無理かもしれないけど、あんまり入れ込みすぎると、あんたまで壊れるわよ」
「もう壊れてるよ……、大分前から……」
「……………………」
僕がそう言うと、橘さんは憐憫の眼差しを一瞬向け、何も言わずに女子トイレの中へと入って行った。




