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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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26話 責任

 あれから数日の時が経った。

 片桐さんも直樹も、相も変わらず学校を休み続けている。




 以前片桐さんは言っていた。


 片桐さんのお母さんは、ある日を境に薬を飲まなくなり、元々病気だったけど更におかしくなったらしい。

 今回の件も恐らくそれと同じような話なのだろう。


 片桐さんは多分、薬は毎日ちゃんと飲んでいた筈だ。

 でもその代わり、僕が片桐さんの元から離れてしまった。

 今まで普通でいられた片桐さんだったが、そのせいでおかしくなってしまった。


 片桐さんにとっての僕は、きっとそういう存在だったのだろう。




 こうなってしまったのは全部僕のせいだ。

 だから僕は、責任を取らなければならない。


 そこで僕は片桐さんの為に何が出来るかを考えた。




*




 ある日の放課後、僕は片桐さんの家に行くことにした。

 家に着くと、片桐さんはこの前と同じように何食わぬ顔で僕を招き入れてくれた。


 片桐さんの家の中は、やはりこの前と同じくゴミでいっぱいだったし、片桐さんの家族も誰もいなかった。

 まあ今はそんな事はどうでもいい。


 片桐さんは先日と同じように僕を自分の部屋まで案内すると、テーブルの上に置かれたゴミを退けたスペースにコップに注いだ綾鷹を置き、僕をもてなしてくれた。




「いやぁ、本当汚い部屋ですみません」


 片桐さんの態度はやはり淡々としていた。


「本当、色々と心配かけて申し訳ないです」

「あの……、さ……」

「はい?」

「あれからさ……。僕に出来る事、考えたんだ……」

「出来る事?ああ、別にいいですよ。強さんには関係のないことですから」

「そんなこと……、ないよ……」

「関係ないですよ。本当ごめんなさい。なんか物凄く心配させてるみたいで」

「…………」


 心配……、するに決まってるよ……。




「だって……、全部、僕のせいだもん……」

「だから違いますって。これは全部私の自業自得、私が悪いんです。大丈夫ですよ。一人でなんとかしますので強さんは心配しないでください」

「…………」


 一人で……、なんとかなる訳、ないじゃん……。




「片桐さんの事……、支えたいんだよ……」

「別にいいですよ。強さんにはそんな事する義理はありませんから」

「あるよ……」

「ありませんよ」

「…………」


 僕は片桐さんに出された綾鷹を飲み干した。


 そして鞄の中から封筒を取り出し、片桐さんに差し出した。



 

「なんです?これ?」

「これ……、少ないけど……」

「……?」


 片桐さんは封筒の中身を改めた。




「……………………」


 そしてその中身を確認すると、片桐さんは血の気の引いたような表情をしながら黙り込んでしまった。




「その……、少ないけど、どうせ使い道とかないし……」

「…………」

「今は少ないかもしれないけど、バイトのシフトを増やしてもらうから……」

「…………」

「なんだったら……、僕も学校をやめて働いて……」

「いりません」


 僕の意を決した提案を片桐さんはきっぱりと否定し、僕の差し出した封筒を返そうとしてきた。




「こんな物……、受け取れません……」

「でも……、僕のせいでこうなった訳だし……」

「いりません」

「だって僕のせいでこうなったから……」

「強さんのせいじゃありません……。だからいりません」

「片桐さんの事……、支えたいんだよ……」

「本気で……、言ってるんですか……?」

「本気だよ……」

「……………………」


 僕がそう言うと、片桐さんはひたむきな視線を向けてきた。




「強さんには、こんな事をする義務も責任もないんですよ……?」

「そんなの関係ないよ……。僕がそうしたいから……」

「私がこの子を産んでも、ずっとこんなことをするつもりですか……?」

「そうだよ……」

「生活費、学費、その他諸々、全部負担するって言うんですか……?強さんが死ぬまでそうするんですか……?私と強さんは、付き合ってすらいないんですよ……?」

「だって、友達が困っていたら……、助けるのが当然だから……」

「これは友達のする事じゃありません」

「……………………」


 片桐さんのあまりにももっとも過ぎる発言に対し、僕は言葉を失ってしまった。




「恋人のする事でもありません……。援助交際以下の行為ですよ……、これは」

「でも……、片桐さんの為に、何かしたいんだよ……」

「なんでそこまでするんですか……?」

「大好き……、だから……」

「……………………」


 僕がそう言うと、片桐さんはこれ以上ないくらいの憐れみの視線を向けてきた。




「一応ですね……、障害者年金と生活保護で、なんとかできないこともないんですよ……?」

「そう……、なの……?」

「だから強さんが、そんな事をする必要はないんです……」

「でも……、だって僕が……」

「それよりも……、心配な事があります……」

「心配な事……?」

「強さん。今でも私の事、好きなんですよね……?」

「……好きだよ」

「じゃあ、直樹さんの事は……?」

「嫌い……。大っ嫌い……」

「ですよね……。当たり前ですよね……。強さんが好きな私に対して、これだけの事をしたんですから……」

「でも、片桐さんの事……、支えたいんだよ……」

「この子は私の子であると同時に、直樹さんの子なんですよ……?」

「それでも、片桐さんの役に立ちたいんだよ……」

「もし仮に私に何かあって、強さんがこの子の面倒を見ないといけない状況になったとしたら、どうするんですか?」

「面倒……、見るよ……」

「じゃあこの子を実の子のように愛せますか?あなたの大嫌いな直樹さんの子供ですよ?」

「……愛せるよ」

「それは嘘です」

「嘘じゃないよ……」

「私の親は実の子である私を無視し続けています。だから赤の他人、それも大嫌いな人の子供を実の子以上に愛せる人なんている訳がないです」

「僕は……、君のお父さんとは違うから……」

「この子が直樹さんにそっくりだったら?あなたは私の子だからとそれでも愛せるんですか?」

「…………」


 僕は一瞬口を噤んでしまった。




 そしてその一瞬の隙を突くように、片桐さんは尋ねてきた。


「強さん……、世の中っていい物だと、思いますか……?」

「え……?」

 

 突然の片桐さんからの突拍子もない質問に対し、僕の思考回路は一瞬フリーズした。




「この世の中、強さんはどう思います……?」

「どう……、って……」

「嫌な事ばかりだと、思いませんか……?」

「思う……、けど……」

「多少良い事があったとしても、それを上回る程の悪いことが必ず起きる……。そんな事の繰り返し……。そういうものだって、思いますか……?」

「そりゃ……、そう思うけど……」


 今がまさにそうだ。


「私、思うんですよ……。仮にこの子を産んだとしても、きっと幸せになれない……」

「なんで……?」

「この世の中は嫌な事で満ち溢れている……。虐めに不況、クソ教師に毒親。ブラック企業に将来の不安。犯罪に不況。年寄りの暴走運転。街を歩けば外国人ばかり。年金だってきっと貰えない。それ以外にも嫌なことばかりです……」

「そりゃ……、そうかもしれないけど……」

「私自身、生まれてこなければよかったって思った事が、何度もあった……。強さんだってそうでしょ……」

「そんなこと……、ないよ……」


 この言葉は嘘だ。


「なんでそう、思うんですか……?」

「だって……、片桐さんに会えたから……」


 この言葉は僕の本当の気持ちだったが、それを聞いた片桐さんは苦悶の表情を浮かべていた。


「なんでそんな風に言えるんですか……?」

「だって……、片桐さんはこんな僕にも優しくしてくれたから……、大事に思ってくれたから……」

「その私が、こんなバカな事して、失望してるでしょ……?」

「そんなこと……、ないよ……」

「唯一の友達と上手くいかなくなって、親切に声をかけてくれた人達とも上手くやれずに塞ぎこんで、かつて自分をぞんざいに扱った男の人の元へと駆け寄って、彼女でもないのに誰かに取られるんじゃないかって不安になって、勝手にトチ狂う」

「…………」

「挙句相手を脅してセックス強要して、避妊しようとすると自殺するって脅して、それで妊娠したって打ち明けたら案の定逃げられて、唯一の友達も困らせる……。こんな頭も股も緩い最低のメンヘラバカまんこ、どこを探してもいる訳ありませんよ……」

「そんなこと……、ないよ……」


 僕には片桐さんの自傷のような言葉を、弱々しく否定するしかできなかった。




「強さんに言われて……、目が覚めました……」

「え……?」

「こんなバカな私が産んだ子供が、幸せになんてなれる訳がない……。こんなのただの、私のエゴでしかありません……」

「そんなこと……」

「仮に産んだとしても……、直樹さんはこの子を無視し続ける……」

「そりゃ……、そうかもしれない、けど……」

「強さんにだって……、きっと、迷惑をかける……」

「でも……」

「もしも私が、私のお母さんみたいにある日突然トチ狂って、一生精神病院暮らしになったら、この子は一人で生きる事になる……」

「…………」

「そしたらこの子は私と同じ、不幸な子供になる……。そう思いませんか……?」

「そんな……、こと……」

「じゃあ強さんはこの子が絶対に幸せになれるって保証出来るんですか?この子は私以上に状況が悪いですよ……?」

「そりゃ……、そうかもしれないけど……」

「この子が、自分が生まれてきてよかったと思えるような人生を歩めることなんて、ありえませんよ……」

「……………………」


 何も否定できなかった。




「辛い人生を歩むくらいなら、生まれない方がいいんです……。強さんだって、ずっとそう思ってきたでしょ……?」

「……………………」


 何も否定できなかった。








「私がバカだった……。満足に育てられる訳ないのに……一時のテンションで子供を産んだらどうなるかなんて、私が一番よく知ってた筈なのに……」


 片桐さんはとても悲しそうな顔をしながら呟いていた。




「一時の性欲と感情に任せて、軽率なことをしました……、でも、今ならまだ取り返しがつきます……」

「片桐さんは……、本当に、それでいいの……?」

「いいも悪いもありません……。これしかないんです……」

「でも……」

「私……、堕ろします……」

「本当に……、それで、いいの……?」

「同じ事を何度も言わせないでください……。良いとか悪いじゃなくて、これしかないんですよ……」

「…………」

「子供なんて産んでも……、誰も幸せになりませんよ……」




 そう言う片桐さんの瞳は、涙で潤んでいた。 




*




 そしてそれから数週間後。

 片桐さんは、まるで何事もなかったかのように学校に復帰した。


 片桐さんと一緒に過ごす元通りの日々が戻ってきた。


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