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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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25話 バカ

 片桐さんの家から出た直後、僕は片桐さんの自宅付近のコンビニで待っていた橘さんと合流した。

 片桐さんの話を聞いた後、片桐さんの見解を橘さんに報告する手はずになっていたのだ。


「どう……、だった?」

「産みたいって……」

「そう……」

 橘さんは、こうなるのも薄々わかっていたとでも言いたげな顔をしていた。


「学校やめて働いて、一人で育てるって……」

「育てられる訳……、ないじゃない……」

「…………」


 その通りだと、僕も思った。




「正直、今でも信じられないよ……」

「直樹が智代を孕ませた事が……?」

「それもだけど、片桐さんがこんなバカな事をするだなんて、信じられないよ……」

「私だって、流石にここまで智代がバカだなんて、思わなかったわよ……」


 正直片桐さんの行いは、バカだとしか言いようがないと僕も思う。

 そりゃ原因の一端が僕にあるのは十分わかっている。

 片桐さんが病気で、普通の人よりずっと繊細なのだってわかってはいた。


 でもだからって、ここまでバカな事をするものなのだろうか……。




「前々から智代の事はバカだとは思っていたけど、まさかこんな要領の悪いバカ女みたいなことを本気でするだなんて思わなかったわ……」

「…………」


 否定の言葉が思いつかなかった。


「片桐さんは、なんでこんな事をしたんだろう……?」

「寂しかったんじゃないの……?」

「僕との仲が拗れて寂しかったのはわかるよ……。でもだからって、自分を何度も傷つけた直樹を、脅してまであんなことして、子供も産みたいって……。しかも一人でも育てるって……」

「理由なんて、智代がバカだから以外にないでしょ……」

「…………」

「何度も好意を蔑ろにして、一時の罪悪感に流されて軽はずみなことして、こんな事になってもただ嘆いて引き籠るだけで、そんな相手との子供を産みたいって言うんだから、バカ以外の何者でもないわ……」

「…………」


 やっぱり、否定の言葉が思いつかなかった。




 僕はこの状況に未だかつてない程の憤りを感じているが、僕の心の奥底には非常にもやもやとした感情があった。

 完全に直樹が悪いのなら怒りの矛先をあいつに向けるだけで済むが、元を辿れば僕のせいだと思うと、非常に複雑な気持ちになる。




「智代はバカだけど、でも直樹は……、もっと馬鹿よ……」

 橘さんは苦虫を噛み潰したような顔をしながら呟いていた。


「こんな事になる前に……、相談くらいしてくれても、よかったのに……」

「……そうだね」

「あんなバカ女に関わって、安い同情心にかられてこんなバカなことして、勝手に破滅に突っ込んでいく……。本当に馬鹿よ……」


 橘さんも一応は直樹の親友だけあって、色々と思うところがあるのだろう。

 僕だって似たような心境だ。




 なんで片桐さんも直樹も、僕や橘さんに相談しなかったのだろうか……。


 僕や橘さんに対する不信感があったのだろうか。

 それとも、自分のした事に負い目があったのだろうか。


 でもだからと言って、ここまで状況が悪くなるまで誰にも言えないものなのだろうか……。




「そりゃあいつはバカで不誠実で、悪意ゼロで人を傷つけるような事を沢山してきたけど、でもこんな事をするとは思わなかったわ……」


 僕だって同じ気持ちだ。

 直樹は今まで散々バカな事をしてきたが、まさかここまでバカだったなんて思いもよらなかった。


「椿との交際に疲れてたり、智代に対する罪悪感があっただろうし、精神的に参ってたのはわかる……。でもだからって、ここまでバカな事をするものなの……?」

「僕だって、そう思うよ……」

「流石の私も……、今回のあいつのした事には、正直幻滅してる……」

「…………」


 直樹に対してあれだけ過度な好意を抱いていた橘さんも、それだけの言葉を吐いてしまう程のショックを受けているのだろう。




「片桐さんは、なんであんな事したんだろう……?」

「さっきから何度も言ってるでしょ……。バカだからに決まってるでしょ……」

「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」

「ストレス溜まるとセックスしたくなる女なんて、別に珍しくもないわよ……。私にだって身に覚えがあるわ……」

「でも、だからって……。なんで子供なんかを……」

「知らないわよ……。子供が出来たら、直樹が一生自分の事を大事にしてくれるとでも思ったんじゃないの……?」

「そんなバカな……」

「バカなんだからしょうがないでしょ……。しかもバカの上にメンヘラよ……。私らじゃ到底及ばないようなイカれた考えしてるに決まってるでしょ……」

「…………」


 確かにその通りかもしれないけど、そんな言い方流石にあんまりだ……。




「友達作って……、上手くやってると思ったのに……」

「そう思ってたのはあんただけだったんでしょ……」

「そりゃ傍から見ていて上手くいってるように見えても、本人は疲れてるって事もあったとは思うけど、だからってこんなことって……。よりにもよってどうして、直樹なんかに……」

「さっきから何回も言ってるでしょ……。バカだからでしょ……」

「片桐さんは、あんな事する人じゃなかったのに……」

「そんな事する人だったんでしょ……」

「だって僕と一緒にいる時の片桐さんは凄く親切で、あれだけ僕に優しくしてくれたのに……、僕と一緒にいる時はいい人だったのに……」

「だからそれは、あんたの事男として見てなかったからでしょ……」

「でも片桐さんは、こんなバカなことする人じゃなかったんだよ……」

「なに言ってるの……?智代は元々おかしかったでしょ……」

「そりゃ確かに片桐さんは病気で、たまに取り乱したり、色々問題起こしてたのも本当かもしれないけど、僕といた時は普通だったんだよ……。」

「あんたといれば、安心できたんでしょ……」

「え……?」


 橘さんの口から思いがけない言葉が出た。




「あんたといる時は、落ち着いてたんでしょ……?」

「うん……」

「基本取り乱さなかったし、優しくしてくれたんでしょ……?」

「うん……」

「多分あんたが智代に依存してたから、きっとそれで心に余裕が持てたから。それが智代にとっては心地よかったんだと思う……」

「え……」

「多分……、智代はあんたのお陰で、普通でいられたんだと思う……」

「え……?」

「私にだって覚えがあるわ……。自分なんかこの世に必要ない人間だって思ってたから、だから直樹に好かれれば自分は生きていていい人間になれるって思い込んでて、直樹に依存していたの……」

「…………」

「でも他の連中とも絡むようになって、学校の男子からも告られるようになって、自分は生きてもいい人間で、自分を必要としてくれる人なんて探せばいくらでもいるって気付いたわ……。そしたら直樹と一緒にいなくても、安心できるようになった……」

「…………」

「智代だって同じよ……。自分に自信がなかったから、直樹に好かれる事でそれを埋めようとしてたのよ……」

「埋める……?」

「でも直樹に振られて、智代が自分なんか生きてる価値がないって思ってた時に、あんたが側に来てくれた……」

「僕が……?」

「あんたは智代の事好いてたから、智代はあんたといる時だけは安心出来たんだと思う……」

「…………」

「智代は智代なりに、きっとあんたのこと、大事に思ってたんだと思う……」


 大事に?

 片桐さんが僕を、大事に思ってたの……?


「多分智代も昔の私と同じで、あんたと直樹くらいしか、自分の事を受け入れてくれる人はいないって、思い込んでるんだと思う……」

「…………」

「だから多分……、あんたが智代の元から離れていって、おかしくなったんだと思う……。本当にバカよ……」

「それってつまり、僕がもっとちゃんとしていれば……、片桐さんはこんな事にならなくて、済んだってこと……?」

「あんたのせいじゃない……」

「僕がちゃんとしてれば……、僕が告白なんかしたから……、断られた後、すぐに片桐さんに会わずに、ウジウジ悩んでたから……」

「仮にもし、あんたと智代の仲が上手くいっても、多分同じようなことになってたと思うわ……」

「そんなことないよ……。だって僕は直樹と違って、僕には片桐さんしかいないもん……」

「あんたも……、私や智代や椿と、一緒なのね……」

「……………………」




 何も言い返せなかった。



 

 自分自身、直樹に依存しきってた頃の橘さんや片桐さんや小鳥遊さんと僕は何も変わらないと、ずっと前から心のどこかで思っていたからだ。




「この話はやめましょう……。もしとかたらとかればとか、考えても無意味だから……」

「……………………」




 確かにその通りかもしれないが、それでもやはり後悔の念は僕の心の奥底で残り続ける。


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