18話 レイプ
ある日の登校中の時だった。
通学路のある道で片桐さんの姿が見えた。
片桐さんは相変わらずこの世の人とは思えないくらい可愛かったが、何故だか浮かない顔をしながらため息ばかりついていた。
(もしかしたら友達と上手くいっていないのかなあ……)
心配には思ったが、僕は声をかけずにその場から早歩きで立ち去った。
*
その日の放課後も、僕は橘さんと一緒に部室でアニメを見ていた。
そのアニメは、巫女とロボットが出て来る輪廻転生ネタの百合アニメであり、今から10年以上前の古いアニメではあるが、その界隈では非常に有名らしく今でも根強い人気があるらしい。
僕はこのアニメのタイトルと大まかな内容だけは知ってはいたが、橘さんに紹介されるまで見ようとは思わなかった作品である。
アニメを全話見終わり、僕と橘さんは感想を語り合っていた。
「やっぱ千歌音ちゃんの病み具合は凄いわね」
「闇落ちして主人公をレイプとか凄いね……。ってか、百合アニメでレイプシュチュとか初めて見たよ……」
「愛憎劇もここまで来るとむしろロマンチックね」
「あの主人公も、中々悲惨だったね……。命がけであれだけ尽くしてたのに、結局は好いてた女の子にも振られるし……」
「まあこれ、主人公は女の子二人で、振られる男の子の方はあくまで脇役なんだけどね」
好きな女の子に振られてしまう報われない脇役か……。
まるで僕みたいだ。
「好きな子寝取られて、何をやっても報われない可哀想な男の子とか、なんだかあんたと被るわね」
「うるさいよ」
「それにしても、ソウマ君は本当に可哀想ね」
「ちょっと離れてる間に、好きな女の子が知り合いのお嬢様にヤられて喪失してるとかびっくりだよ……」
「見事なまでのNTRね。まるでどっかの誰かさんみたい」
「才色兼備なお嬢様が思い人を好くあまりNTRって、なんだかあの人と被るよね……」
「でも千歌音ちゃんはあいつと違ってなんか嫌いになれないから不思議だわ」
「にしても、純潔奪った後の『ずいぶんと遅かったじゃないの』って台詞。中々強烈だったなあ……」
「まるで私と直樹みたい。ソウマくんの気持ち、私にはよくわかるわ。でも千歌音ちゃんのままごとはもうたくさんって台詞にもシンパシーを感じるわねえ……」
「思えば友誼部って、言ってしまえばままごとみたいなものだったしなあ……」
「だから千歌音ちゃんはなんとなく憎めないのよねえ」
「確かにこのアニメの壮絶さやドロドロ具合は橘さん達と通ずるものがあるね……」
「私はドロドロよりちょっと固めの方が……」
「それはもういい!」
毎度の事だけど橘さんの下品さ加減には本当に呆れる。
まあ、それがこの人の面白いところでもあるんだけどさ……。
僕がそんな事を思っていたら、橘さんはおもむろに尋ねてきた。
「そういえばあんたさ、このアニメみたいな事、思った事ない?」
「このアニメみたいな事?」
「好きな子をレイプしたいって思った事」
「片桐さんを?」
「そう」
「ないよ」
「一度も?」
「ないに決まってるでしょ」
「マジなの……?」
橘さんは何故か引き気味で聞いてきた。
「当たり前でしょ?何言ってるの?」
「私は何度もあるわ」
「実質強姦みたいな形で直樹としたもんね」
「好きな相手となら何をしてでもそうしたいって思うのが普通でしょ?」
「ない。絶対ない」
「そう?好きな人と何が何でもしたいって思うのは、当たり前の事じゃない?」
「だからって土下座してヤらせてもらうってどうなんだよ……」
「誰だって好きな人とする為なら手段を選ばないでしょ?」
「そりゃあんただけだよ……」
「あんただって、土下座して智代がヤらせてくれるんだとしたらそうするでしょ?」
「しない」
「なんで?」
「嫌がるから」
「ハァ?」
僕がそう言うと、橘さんは煽るような声をあげながら首を傾げた。
「なんで嫌がるってわかるのよ?」
「わかるもん」
「なんで?」
「当たり前じゃん」
「なんで当たり前なのよ?」
「だって僕だもん」
「いや、だからなんであんただと智代は嫌がる訳?」
「だって僕、こんなだし」
「こんなってなによ?ダサくてウジウジしててこれと言った取り柄がなくて周りの奴らからキモオタ扱いされてる程度でしょ?」
「それだけ駄目な理由があれば十分でしょ……」
「そんなこと言ったら智代の方がもっと駄目じゃない」
「片桐さんは駄目じゃないよ。僕なんかとは違う」
「だからなんであんたは駄目で智代はそうじゃない訳?」
「だってそうじゃん。片桐さんは優しいし可愛いし、クラスの人達とも上手くやれてるし……。それにひきかえ、僕なんか全然……」
「はぁ……」
橘さんはまたしてもため息をついた。
「ってか今ちょっと思ったんだけどさ、あんたって恋愛感情と性欲、完全に切り離して考えてない?」
「あんたが異常なくらいに直結させ過ぎなんだよ」
「いいえ、私から見たらあんたの方が変」
「なんでだよ?」
「あんたって石化した女子で抜いてるでしょ?その上クジラックスみたいな女を徹底的に蔑視したオカズでも抜いている」
「なんであんた、僕がクジラックスで抜いているって知ってるんだよ……」
「そんな事今はどうでもいいの。でもあんたは実際に女の子を石にしたいとか、幼女を誘拐して強姦したいと思った事はないわよね?」
「当たり前でしょ。僕はあんたと違って、現実と空想の区別は付いているから」
「私が言いたいのはそれよ。あんたにとって、自分の性癖満たす事は全部空想の中の出来事なの?」
「あんたみたいなヤる事しか考えていない人と違って、僕はモラルを弁えてるから」
「したいって感情抑えて、一人シコシコ処理するのがあんたのモラルなの?」
「抑えてないよ。抜いてるし」
「じゃああんたは抜いてるだけで満足なの?」
「別にそういう訳じゃないけどさ……」
「だったらなんで智代を押し倒さないのよ?」
さっきから何を言っているんだこの人は……。
「だから嫌がるからって言っているじゃん」
「だからなんで嫌がるってわかるのよ?」
「わかるもん。だってそうに決まってるじゃん」
「あんたってまさか、一度死んで生まれ変わらないと自分は女とエロい事できない人間だとでも思ってるの?」
「別にそんな事は……」
「まさかあんた、三次元の女じゃ勃たないとか?」
「別にそういう訳じゃないけど……」
「ならあんたは、女と普通にセックスしたいとか、ちんぽしゃぶってもらいたいとか思ってる訳?」
「そりゃ……、まあ……」
「本当にそう思ってるの?」
「思ってるよ」
「じゃあなんで智代を押し倒さないのよ?」
「だから嫌がるからって、さっきから言ってるじゃん……」
「だからなんで嫌がるってわかるのよ?」
さっきから同じような事ばかり聞いてきて、イザナミかよ……。
「わかるよ。そんな事しても片桐さんは喜ばないから」
「喜ぶかもしれないじゃない」
「それはない。絶対に」
「なんでそう思うのよ?」
「だってそうでしょ。当たり前の事でしょ?」
「嫌がらなかったら押し倒すの?」
「そんな事、ある訳ないじゃん……」
「やってみないとわからないじゃない」
「やってみなくてもわかるよ。エロ漫画じゃあるまいし」
「………………」
橘さんは黙った。
論破できたのか?と思ったら、橘さんは何故か僕を憐れむような視線を向けてきた。
「やっぱり……、あんた。変よ……」
「変なのはエロ漫画と現実を混同してるあんたでしょ」
「いいえ、あんたの方がどう考えても変」
「レイプされて喜ぶ女子なんて現実にはいないだろ。常識的に考えてさ」
「私は喜ぶわよ」
「直樹が相手の時だけだろ……」
「そうよ。でもレイプ願望ある女なんて別に珍しくもないわ」
「少なくとも、僕にヤられて喜ぶ人はいないよ」
「智代は喜ぶかもしれないじゃない」
「喜ぶ訳ないじゃん。絶対に」
「だからなんでそれがわかるのよ?」
「わかるよ。自分の事は自分が一番よく知ってるから。こんな僕にヤられて喜ぶ女の子なんていないよ」
「あんたいくらなんでも、自己評価低過ぎでしょ……」
「だって事実だもん」
「やっぱりあんた、おかしいわよ……」
橘さんのさっきからの発言の方がどう考えてもおかしいだろうに……。
「好きな人とうんこまみれでヤる事しか考えていないあんたに変とかおかしいとか言われたくないよ」
「そんなに変かしら?」
「おかしいよ。うんこ好きなのもそうだけど、だってあんたのはただの自分のエゴを好きな人に押し付けてるだけじゃん」
「それの何がいけないの?」
橘さんは真顔で僕に問いかけてきた。
「いけないに決まってるじゃん。普通そんなことされたいなんて思わないよ?」
「好きな人に好きな事をして欲しいって思うのって、そんなにいけない事なの?」
「あんたは自分の欲を押し付けすぎたせいで直樹に振られたんだろ。あんただってよくわかってるだろ」
「そうよ。確かにやり過ぎた。だから振られた」
「自分でもちゃんとわかってるじゃん」
「でも私は自分の気持ちまで否定する気はないわ」
「なんでだよ?」
「私は直樹とするのが好き。ちんぽしゃぶるのだって好きだし、直樹に汚してもらうのも好き。直樹のおしっこ飲むのも好き。直樹にうんち塗ってもらうのが好き。たまにうんちを舐めるのも好きよ」
「当の直樹は嫌がってただろ……」
「でも私はそれが好きなの。直樹とスカトロプレイするのも、普通にするのも大好きなの」
「単にヤる事しか考えてないだけじゃん……」
「そうよ。私は大好きな直樹としたい。とにかくしたい。沢山したいの。この気持ちだけは絶対に否定しないし、誰にも否定させないわ」
「そんなの、ただのエゴだよ……」
「好きな人に自分のエゴを満たして欲しいって思うのは、そんなにおかしい事なの?」
「あんた程行くと、十分おかしいよ……」
「私程ってどういうこと?どのくらいならおかしくないの?」
「それは……」
僕は思わず口を噤んでしまった。
「手を繋ぎたいとか、一緒に楽しく過ごしたいとか、そのくらいの事を思う程度ならおかしくないの?」
「…………」
僕には返す言葉が思いつかなかった。
「好きな人と沢山したいって思うのは、そんなに変な欲求なの?」
「わかんないよ……、僕には……」
「そう……」
橘さんは少し悲しそうに呟いた。
「……………………」
「……………………」
僕と橘さんの間に、長い沈黙が流れた。
そしてしばらくすると、橘さんは口を開いた。
「私に言わせれば、やっぱりあんたの方がずっと変よ」
「なんで……?」
「あんたはさ、リア充達を妬ましく思ってるんでしょ?」
「それが……?」
「友達と楽しそうにしてたり、彼女がいるから妬ましいんでしょ?」
「そうだけど……」
「あんたと違って、キスやセックスだって当たり前にしてる。それも羨ましいんでしょ?」
「そうだよ……」
「でも当のあんたは、いざ大好きな人を目の前にしても、そういう事をしたいと思わない」
「別に思ってない訳じゃないけど………」
「本当にそうなの?」
「…………」
「もしかしてさ、あんたの中じゃエロい事って全部空想の出来事って、完全に切り離して考えているんじゃないの?」
「別にそんな……」
本音を言うと、心のどこかでそんな風に思っていたような気がする……。
「あのね、セックスって別にそんなに特別な事じゃないの。普通の事なのよ。ご飯食べたり寝たりオナニーするのと何も変わらないの。男と女がいたら誰にでもできる簡単なことなの」
「橘さんにとってはそうかもしれないけど、僕にとっては違うよ……」
「違わない」
「違うよ……」
「あんたにだってその機会はあった。智代に一言、『したい』って言えば、してくれたかもしれないでしょ?」
「そんな事、ある訳ないじゃん……」
「あんた、あんなに智代と仲よかったじゃない」
「それとこれとは話が別だよ……」
「だから智代にちゃんと聞いた訳でもないのに、なんでそれがわかるのよ?」
「してくれる訳ないじゃん……。振られたんだし……」
「……………………」
橘さんはまたしても、僕に同情的な視線を向け憐れむように見つめてきた。
「そりゃあんたはモテない。エロい事全般、自分には関係のない事だと思うのも無理はないかもしれない。でもやっぱり変よ……」
「何が変なんだよ……?」
「あんたってさ、女をレイプするエロ漫画とかで抜いたことあるわよね?」
「あるけど……」
「何度も?」
「何度も……」
「実際に女をレイプしたいって思った事はある?」
「ないに決まってるでしょ……」
「一度も?」
「一度も……」
「やっぱりそうなの……?」
「当たり前じゃん……」
「あんたレイプや石化やクジラックスだけじゃなくて、普通のオカズでも抜いているのよね?」
「そりゃ、まあ……」
「じゃあ、智代に対してそういうことしたいって思った事、一度でもある?」
「……………………」
そう言われた瞬間、僕は言葉を失った。
「椿の時だってそうよ。あんたは遠くから見ているだけで満足して、したいだなんて本気で思っていなかった」
「それが……?」
「精々画面越しに見るアニメの美少女キャラと同じで、引いた目線から見て魅力的な子だなあ程度に思っていたんでしょ?」
「……そうだよ」
本当にこの人、勘が良すぎるだろ……。
「だから嫌われるくらいなら関わりたくないって思ってた」
「だから……?」
「その後あんたは椿に振られて、代わりに智代と仲良くなって、優しくされて智代の事好きになったけど、それでもあんたは智代とセックスしたいとはこれっぽっちも思わなかった」
「それがなんだよ……」
「あんたは智代の事を可愛いと思ってる。尊敬もしている。智代に優しくされたい、智代に守ってもらいたい、智代に自分を肯定してもらいたいとも思っている」
「だったらなんだよ……」
「それだけ智代の事が大好きなのに、何故かそういう感情だけは持っていない。何故かしたいとは思ってない」
「それがどうしたって言うんだよ……?」
「こんな閉鎖的な部室で、毎日大好きな智代と二人っきりでいたのに、あんたは智代に何もしなかった。それどころかしたいとすら考えなかった。そっちの方がよっぽど変だと、私は思うわ」
「何が言いたいの……?」
「あれだけ仲良くしていて、見ようによっては付き合ってるようにも見える状態で、あとはもうヤル事やるだけって感じだったのに、あんたは何故かヤルとかヤらない以前にそもそもヤりたいとすら思わなかった」
「だから何が言いたいの……?」
「私なら好きな人とする為なら、レイプだろうと土下座だろとなんだってする。でもあんたは違った」
「だからなんだよ……?」
「私が言いたいのは、あんたの好意は歪んでいるって事」
「……………………」
僕は再び、言葉を失ってしまった。
「……………………」
「……………………」
僕と橘さんの間に、再び長い沈黙が流れた。
沈黙に耐えきれず、僕は口を開いた。
「……あんたの方が歪んでるよ」
「本当にそう思うの……?」
「…………」
言い返せなかった。
「そもそもあんたはなんで智代に告白したの?」
「好きだから……」
「仮に智代と付き合えたとして、あんたは智代とどうなりたかったの?」
「……………………」
僕は少し考えた上で言った。
「僕はただ……、幸せになりたかっただけだよ……。
「漠然としてるわね……」
「別にいいだろ……」
「あんたは智代と付き合えれば幸せなの?仮に付き合えたとして、それで一体何をするの?」
「…………」
「智代があんたの事肯定してさえしてくれれば、あとは一緒に過ごしてたまに手を繋ぐ程度で満足なの?」
「…………」
「それってわざわざ付き合う必要ある?それなら友達でも十分なんじゃないの?」
「…………」
「そもそも、あんたは智代と何がしたかったの?」
「そんなの……、自分でもわからないよ……」
「わからない、ねえ……」
「……………………」
「もしかしてさ、あんたが智代を押し倒したいって気持ちが少しでもあれば、もう少し智代と上手くいってたんじゃないの?」
「そんな事……、ある訳ないじゃん……」
「そうかしらねぇ……」
僕が時々リア充が自分とは別の生き物のように思えてしまう原因。
今日のこの一件で、それがちょっとだけわかったような気がする。




