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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
81/102

17話 普通

 あれから数ヵ月経った。


 途中で修学旅行があり、吉田、佐藤、田中、直樹、僕というまるで拷問のようなメンバーで二泊三日の京都奈良旅行をする羽目になった訳だが、特筆して語るような点は何もなかった為ここでは特に言及しない。




 僕は三年生に進級した。

 我が校では成績でクラス分けが決まる。

 特に成績が上がったり下がったりした訳ではないので、僕のクラスは相変わらずB組のままだ。


 幸運なことに僕は直樹とは別のクラスになった。

 橘さんと直樹は学校をサボり過ぎた反動で評価が下がり、成績下位クラスであるD組に落とされたのだ。

 橘さんは最近よく話すからそうでもないが、直樹に関してはいい気味だ。

 欲を言うと、あれだけ学校をズル休みしていた訳なんだから、直樹には是非とも退学になって欲しかった。


 小鳥遊さんは依然として成績最上位クラスであるA組だ。

 不純異性交流に励んでいる割に成績はちゃんと維持しているらしい。

 何はともあれ、正直あまり顔を合わせたくないと思っていたからよかった。


 だが残念なことに吉田、田中、佐藤の三名とは依然として同じクラスだ。


 もっと残念なことに、片桐さんも別クラスになってしまった。

 片桐さんは元々あまり勉強の出来る方ではなかった。加えて、一時期学校を休んでいた時期もあった。

 だから片桐さんのクラスは以前と同じ最下位クラスのE組である。

 僕と別のクラスになってしまうのも当然と言えば当然ではあるが、やはり残念だ。




 あれからも僕は依然として毎日部室で待ち続けたが、片桐さんは一度も部室には来なかった。

 恐らくそれだけ今の友人関係が上手くいっているのだろう。

 喜ばしい事ではあるが、僕としてはやはり寂しい。


 その代わり、橘さんがちょくちょく部室にやってくるようになった。

 橘さんは部室に来ると、僕にオススメのアニメを紹介してくれたり、ギターの演奏を聴かせてくれたりしてくれた。




 友誼部時代にもアニメ鑑賞は頻繁にしていたが、基本的に近年の有名な作品ばかりだった。

 だけど最近になって橘さんが僕に見せてくれたアニメは、有名だけど見たことがなかった作品や僕の知らないようなマイナーな作品も含まれており、古いアニメもあれば最近のアニメもあり非常にラインナップが豊かだった。


 その中には当然萌えアニメもいくつかあったが、何故か僕が見ても不快感の湧かない物ばかりだった。

 橘さんの選ぶアニメはどれも今の僕の嗜好に合っており、殆どハズレはなく楽しめた。 


 橘さんの豊富なアニメ知識には本当に感服する。

 まあ、違法視聴で仕入れた知識なんだけどね……。




*




 そしてその日の放課後も、僕と橘さんは部室で一緒にアニメ観賞をしていた。

 その作品は十五少年漂流記や蝿の王をモチーフとした群像劇の作品で、宇宙船という閉鎖空間が舞台で、少年少女達が敵に追われながら極限状態をどうやって生き抜くかといった内容だ。

 僕等が生まれたばかりくらいの時期に放映された古いアニメだったが、人間関係や心理描写が秀逸で今も一部のアニメファンからは高い評価を受けているらしい。

 オタク層に対する媚びやサービス精神を徹底的に排除した作風のアニメだったので、僕は心豊かな気持ちでアニメを視聴する事が出来た。




 そのアニメをひとしきり見た後、橘さんが言ってきた。


「このアニメの主人公、なんだかあんたに似てるわね」

「え、どこが?」

「揉め事が嫌いで、『なんだよもう……』っていつも嘆いてる所とか。しょっちゅう酷い目に遭う所とか」

「僕はこんなにメンタル強くないよ」

「それもそうね。でもあんたって、この世界は果てなく閉ざされた闇って考えてそうじゃない?」

「確かにそうだけどさ……」

「寂しさも時々やりきれないって言うか、終わりのない悲しみ抱えてない?」

「あながち間違ってないけどさ……」




 橘さんはそのアニメのヒロイン的な立ち位置の女の子を指差して言った。


「ねえ、この宗教やっててフェレット飼ってるヒロインポジションの女、なんか椿に似てない?」

「どことなく……」

「でしょ?美人で無駄に家柄だけ良くて頭おかしい所とかそっくりだわ」

「確かに……」

「挙句の果てに、こいつ主人公殺そうとしてるし」

「まさかと思うけど、このアニメみたいに直樹もその内小鳥遊さんに殺されるんじゃ……」

「ははは、まさか」

 橘さんは苦い笑いをした。


「まさかね……?」

 橘さんは首を傾げながらそう呟いたが、小鳥遊さんなら本気でやりかねないかもしれない……。




「『普通でいろ』、か……」

 橘さんはおもむろにそのアニメのある台詞を呟いた。


「どうしたの?そんな顔して」

「ほら、私の親って世間の基準だと駄目親でしょ?だから私、普通の人とか普通の家って言われてもあまりピンとこないのよ」

「…………」


 またしてもリアクションに困る話……。


「ちょっと前まで野原家や磯野家がごく平均的な日本の家庭だと思ってたけど、最近の基準だとあれは昔の裕福な時代の裕福な家庭らしくて、全然普通じゃないらしいのよ」

「確かにそうかもしれないけどさあ」

「あんたの家ってどんな感じ?」

「まあ……、普通だよ」

「普通?どんな感じ?」

 橘さんは興味ありげな顔をしながら尋ねてきた。


「んなこと急に言われても……」

「兄弟はいるの?」

「いや、いないけど」

「ちょくちょく家族でどっか出かけたり旅行に行ったりするの?」

「ほとんど行った事ないよ」

「やっぱり夕飯は毎日一緒に食卓囲んで食べるの?」

「いや、毎晩各自で勝手にって感じ」

「ご飯はいつもどんなのを食べるの?」

「基本コンビニとかファーストフード。最近は殆ど自炊してるけど」

「…………」

 僕がそう言った途端、何故か橘さんの顔が引きつっていた。




「あんたのお母さんって、料理作ってくれないの?」

「仕事に出てるもん」

「あんたの親って……、なにしてるの?」

「お父さんもお母さんも会社員」

「共働き?」

「そうだよ」

「休みの日とかは、家族で一緒に過ごすの?」

「休みなんて殆どない。土日も基本働いてる。平日も毎日夜遅くまで働いてるよ」

「仕事が好きなの?」

「そういう訳じゃない」

「貧乏なの?」

「貧乏じゃないけど、今はこんな時代だから、子供一人の三人家族ですらやって行くのが大変なんだよ」

「アベノミクスのせい?」

「そうかもね。子供の学費や生活費もかかるし、仕事の量は増えているのに給料は上がらないし、景気だって全然良くならないし、色々大変なんだよ」

「世知辛いわね……」

 橘さんは少し寂しそうに呟いた。

 

「今の時代、どこもこんなもんでしょ」

「家族とはどんな話するの?」

「殆ど話さないなあ」

「仲悪いの?」

「そうでもないよ」

「仕事が休みの日には話すの?」

「家にいてもたまにしか話さないよ」

「たまに話す時はどんな話をするの?」

「勉強しろとか、大学はどうするのかとか、同期の桜井さんの息子はお前と同い年でバスケ部でレギュラーだけどお前はどうだとか、そういう話」

「冷めた家族ね……」

「こんなもんでしょ」

「あんたのお父さんとお母さんって、仲良いの?」

「基本顔を合わせても黙ってるよ。たまに話してる時は些細な事で口論ばかりしてるような気がするなあ……。あと家にいる時は基本疲れたって言ってるね」

「普通の家族って、そんな感じなの……?」

「普通こんなもんでしょ。多分」

「マジなの……?」

 橘さんは動揺を隠せない様子で尋ねてきた。


「あんたのお父さんとお母さんって、なんで結婚したの?」

「知らないよ。ってか、気にしたこともない」




「え!?」

 橘さんは急に大声を出し驚いた。




「いや、なんでそんなに驚くの?」

「だってそれ、あんた自分が生まれた理由を知らないってことでしょ……?」

「それがなんだって言うんだよ?たかが結婚の理由くらいで」

「いや……、たかがって……」


 橘さんは明らかにショックを受けている様子だった。

 僕には橘さんが何故こんな顔をするのかわからなかった。




「ねえ、あんたの家って……、本当に普通なの……?」

「いや、普通でしょ」

「そりゃ、私の家ってかなり変だから、世間の普通がどういうのかよくわからないけど……」

「橘さんの言う普通の家の基準って美化されまくりの磯野家や野原家でしょ?あんなの今の時代じゃありえないよ。今の時代の普通の家なんて、どこもこんなもんでしょ」

「…………」

 橘さんはとても残念そうな顔をしていた。

 



「ねえ、あのさ……」

「なに?」

「あんた、家、出たいって思った事、ない?」

「ないよ」

「なんで?」

「だって僕だよ?」

「だから?」

「僕みたいな駄目な奴が、こんな社会で一人で生きていける訳ないじゃん」

「そんな事ないでしょ?」

「そんなことあるよ。今までだってずっとそうだったし」

「今まで?」

「何をやっても駄目。勉強も、運動も、バイト先でも怒られてばかり。周りの奴等とも上手くやれない。いつだってそうだったもん」

「そりゃ今はそうかもしれないけど、大人になれば変わるかもしれないじゃない。人生先はまだ長いのよ?」

「変わる訳ないじゃん。今までだってずっとそうだったし。学校ですら上手くやれない僕みたいな奴が社会に出て、まともな人間として生きていける訳ないじゃん」

「ちょっとあんた、いくらなんでも悲観的過ぎるでしょ……」

「だってそうだろ。どうせ僕みたいなのはブラック企業入ってクソみたいな給料でクソみたいな仕事やるか、ニートかフリーターにでもなって親に迷惑かけるくらいしかないでしょ」

「あんたそれ……、本気で言ってるの……?」

 橘さんは憐憫のまなざしを僕に送ってきた。




「前々から思ってたんだけど……、あんた本当におかしいでしょ……」

「別に僕みたいな奴、今時珍しくもないでしょ」

「絶対におかしいわ……。どう考えても普通じゃない……」

「ニュースとか見てりゃわかるでしょ。学校で虐められた子供がひきこもりになったとか、ブラック企業の社員が自殺したとか、今の時代そんな人珍しくないでしょ。僕だってそういう連中の内の一人だよ」

「そんな連中が、あんたの言う普通なの……?」

「こんな世の中で、上手くやれてる奴の方がどうかしてるだろ……」

「……………………」

 橘さんは珍しく真剣な表情をし、まるで同情するような目で僕を見つめていた。


 


「変な事聞くけど……、あんた、智代みたいに薬やってる訳じゃない……、のよね……?」

「そうだけど、なんでそんな事聞くの?」

「あんたと智代……、どっちが病気でどっちが健康なのか、たまにわからなくなる……」

「それ、どういう意味……?」

「自分でも、よくわからない……」

「なんだよ、それ……」

「とにかくあんた、変よ……」

「あんたにだけは言われたくないよ」

「っていうか……、あんたの家って、なんか変じゃない……?」

「なんで?」

「だってあの時も……」

「なんだよ?」

「……………………」

 橘さんは話している途中に黙りこんでしまった。




 そしてしばらくすると、煮え切らない様子で口を開いた。


「なんかあんた……、自分の親の事、恨んでるみたいだったから……」

「……………………」

 

 橘さんがあの合コンの帰り道で僕がキレた時の事を言っていると察し、僕は一瞬言葉を失ってしまった。




「あれはただの、反抗期みたいなものだよ……」

「そうなの……?」

「……そうだよ」

「……………………」

 橘さんはやるせなさそうな表情をしていた。




「あんたもしかしてさ……、自分は全然普通じゃないってわかってるのに、無理やり自分が普通だって思おうとしていない?」

「どういう意味?」

「全然普通じゃないのに、無理して普通の人間であるふりをしているっていうか……」

「ごめん、言っている意味がよくわからないんだけど……」

「普通じゃない自分を認めたくないっていうか、自分が異常な境遇である事を認めたくないっていうか……」

「まあ、ただ僕は普通未満だって認識はあるけどさ……」

「あんたのその卑屈な性格ってさ、もしかして親の影響……?」

「違うよ。誰のせいでもないよ。僕が暗いのも僕が周りの奴等と上手くやれないのも全部僕が悪いんだよ」

「その考えも、もしかして親の教育……、なの?」

「……………………」

 僕は黙った。




「あんたの家……、どうなってるの……?」

「どうと言われても……」

「あんたの家……、放任主義なの?」

「そうかもね」

「あんたの親ってもしかしてさ……、子供に対して異常なまでに無関心なんじゃないの?」

「どういう意味?」

「例えばあんたが悩んだり困ったりしている時、あんたの親はちゃんと相談に乗ってくれる?」

「いや。むしろ泣き言言うなとか、言い訳するなとか、自分で何とかしろとか言ってくる」

「あとは人のせいにするな……、とか?」

「……そうだよ」

「……………………」

 橘さんはまたしてもまるで僕を憐れむような視線を向けてきた。




「普通の家って、子供に対してそういう事言う物なの……?」

「どこの家だってそんなもんだろ……」

「私にはよくわからないけど、そうなの……?どこの親もそんなに冷めてるものなの……?」

 橘さんは血の気が引いた様子で聞いてきた。


「そりゃそうだよ。野原ひろしみたいなよく出来た親は現実じゃありえないって、ネットでよく書かれてるだろ。そういうことだよ」

「そう、なの……?」

「いつも幸せいっぱいで笑顔に満ち溢れた家庭なんて、二次元美少女と同じで空想の世界でしかありえないよ」

「そう……、なの……?」

「そりゃ誰だって自分の事で精いっぱいだもん。子供の事を第一に考える親なんて、漫画かアニメにしかいないよ」

「……………………」

 橘さんは複雑な表情をしていた。


 自分の持つ普通の家のイメージが崩れた事がそれだけショックだったのだろうか。






 しばらく黙った後、橘さんは静かに告げた。


「あんたの言うのが本当だとしたらさ……、普通の人って、案外どこにもいないのかもね……」



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