14話 ストーカー
その日の放課後、僕は片桐さんの事が心配になりあとをつける事にした。
何故あんなイメチェンをしたのか。
彼氏が本当に出来たのかどうか。
もしも彼氏ができていたとしたら、それがどんな奴か確かめないと不安で夜も眠れない。
もしかするとまた直樹みたいな変な男に騙されているのかもしれない。
もしそうなら、なんとしてでも止めなければならない。
同じ方角で下校する友達がいなかったのか、片桐さんは一人で下校していた。
そんな片桐さんを僕は後ろから距離を置き、気付かれないように尾行した。
片桐さんはいつもの通学路を通り、いつもの電車に乗り、いつもの最寄り駅を降りていった。
だが片桐さんは真っ直ぐ家の方へと向かわずに、回り道をした。
(まさかこれから彼氏に会いにいくのか……?)
なんて不安が僕の脳裏を横切った時、片桐さんはとあるスーパーの店内へと入っていった。
ショッピングカートに買い物かごを乗せ、いくつかの食料品とゴミ袋とサランラップを籠に入れ、そのままレジに行き会計をした。ポイントカードにポイントも入れてもらっていた。
買い物が終わると片桐さんは、学生鞄の中に入れていたエコバックを取り出し、その中に購入した商品を詰めて店を出た。
何てことのない日用品の買い足しだった。
そんな片桐さんの様子を見て、僕はふと我に返った。
「何やってるんだろう……。僕……」
キモすぎる……。
いくらなんでも気持ち悪すぎる……。
橘さんを笑えないレベルで気持ちが悪い。
今まで散々誰かからキモイって言われてきたけど、今日の僕は群を抜いて気持ちが悪い。
何やってんだよ僕……。
何様のつもりだよ……。
片桐さんは物じゃないのに、片桐さんが誰と付き合おうとそんなの片桐さんの勝手なのに……。
ただの友達の一人でしかない僕が、片桐さんの交際関係にまで口出しする気かよ……。
「これじゃ、ストーカーだよ……」
僕は小さくそう呟くと、尾行をやめてそのまま自宅へと帰った。
*
翌日の朝、僕はいつもの通りに登校し、自分の席に座るとまたしても橘さんに話しかけられた。
「女の子が惨死するアニメが好きな奴ってさ、女に恨みでもあるのかしらねえ?」
いつもの橘さんの突拍子もない発言だった。
「その割にちょっとでも暗い展開があるとすぐに鬱だ鬱だって騒ぎ立てるし、最近の若者のメンタルってどうなっているのかしらねぇ?」
「あんただって、最近の若者だろうに……」
「智代の事、何かわかった?」
「…………」
突然まったく関係のない話題に切り替えた橘さんに対し、僕は黙った。
「なに?まだ聞いていないの?」
「…………」
僕は無言で頷いた。
「なんでイメチェンしたのか気になるなら直接聞けばいいでしょ。直接会うのに抵抗あるならラインか電話で聞けばいいでしょ」
「確かに……、そうだけどさ……」
「ああ、イカ臭い。聞きたい事があるならさっさと聞きなさいよ。他に友達がいようと話したいなら話せばいいでしょ」
「だって……、振られたんだもん……」
「それがなんだって言うのよ?一回振られただけなんでしょ?」
「一回って、そんな言い方……」
「椿を見なさい。直樹の難聴主人公の真似で幾度となく告白をスルーされてきたのに、今じゃ毎日直樹とズコバコよ。ヤりまくりよ。あんたもあのくらいのふてぶてしさを見習いなさいよ」
「僕は小鳥遊さんみたいに、スペック高くないし……」
「だから私はそういう事言ってるんじゃなくて、要はやる気の問題よ」
「小鳥遊さんは僕と違うよ……」
「一体何が違うって言うのよ?」
「何もかもだよ……」
小鳥遊さんは僕みたいな気持ち悪い事はしない。
あんな気持ち悪い事、する人なんて他にいない……。
「片桐さんも、僕とは違う……」
「はぁ?」
「片桐さんは相手さえ見つかれば、ちゃんと誰かと付き合えるんだ……。男女交際だってできるし、ちゃんと結婚だってできる……。僕なんかとは違って、片桐さんはそういうことが出来る側の人間なんだ……」
「いや、誰だってそうでしょ」
「片桐さんは可愛いし、本質的には凄くいい人だから……。だから片桐さんの良さをわかってくれる人が現われても、何も不思議じゃないよ……」
「いや、だからあんたがその智代の良さをわかる人なんじゃないの?」
「本当だったら僕なんかが片桐さんなんかと付き合う道理もないし……、僕と友達になってくれたのもたまたまだし、他に良い人が見つかれば、片桐さんがそっちに行くのも当然だよ……」
「いや、それ決めるのあんたじゃなくて智代でしょ?」
「でも片桐さんは、部室に来なくなった……」
「それがなんだって言うのよ?」
「きっと……、ちゃんとした友達が出来たから……」
「たまたまじゃないの?ってか、あんたはちゃんとした友達じゃなかったの?」
「僕は……、全然ちゃんとしてない……」
「なんでそう思うのよ?」
「…………」
気持ち悪いから。
と言おうとしたが、昨日の事を橘さんに詮索されそうだと思ったのでやめた。
「だって僕、何をやっても駄目だし……、何の取り柄もない、駄目人間だし……」
「はぁ……」
橘さんはため息をついた。
「ごめん、あんたの話聞いていたら、段々イライラしてきた……」
橘さんはうなじをかきながら呆れ気味に言ってきた。
「片桐さんはきっかけさえあれば、彼氏ができる人なんだよ……」
「いや、んなこと言ったらあんただってそうでしょ?」
「僕は……、違うよ……」
「なんでそう思うのよ?」
「だって僕……、こんなだし……」
「いや、こんなって言うけど、どう見てもあんたの方がマシでしょ?」
「そんな事ないよ……、絶対に……」
「あんたマジで言ってるの?智代、病気なのよ?」
「確かに片桐さんは心の病を抱えているし、育った環境だってとんでもなく悪いけど、いい人だから普通の人としての普通の人生を歩むことができるんだよ……」
「いや、まず普通の人ってなによ?」
「僕が片桐さんに惹かれた理由は、それは僕が弱い人間で、片桐さんも弱い人間だったから……。でも違ったんだ……。片桐さんは強かったんだよ……」
「いや、あんたさっきから何言ってんの?」
「あんな悲惨な境遇なのに、それでも片桐さんは一生懸命努力して普通になろうと頑張ってるんだ……。僕なんかと……、全然違う……」
「はぁ……」
橘さんは再びため息をついた。
「わかった。とりあえずあんた、トイレで一発抜いて頭冷やしてきなさい。少しは頭も冴えると思うから」
橘さんは呆れながらそう言ったが、生憎今の僕には橘さんの下ネタを返す元気すらなかった。
「それに片桐さん、前に言ってたんだ……。普通の人間になるのが夢だって……」
「それがなんだって言うのよ?」
「片桐さんは普通の友達を作って、普通の人間になろうとしてる……」
「いや、だから普通の人間ってそもそもなによ?」
「僕が片桐さんに話しかけたら……、きっとその邪魔になる……」
「いや、だからなんであんたと話すと智代は普通の人間になれない訳?」
「僕と傷の舐め合いなんてしても、片桐さんの為にならないよ……。だって僕、駄目人間だから……」
「あんたねえ……。はぁ……」
橘さんはまたしてもため息をついた。
「わかった。つまりこうね?駄目人間のあんたと関わると智代は普通の人間になれない。で、智代は今、あんたとは違う普通の人間と友達になって普通の人間になろうとしている」
「…………」
「あんたはその邪魔をしたくない。だからあんたは智代と関わらないようにしてる。そういう事でいいのね?」
「……そうだよ」
「で、仮にもしその通りだったとして、あんたはそれでいいの?」
「片桐さんに迷惑かけるより、ずっといいよ……」
「智代と話せなくてもいいの?一緒にいられなくてもいいの?」
「…………」
「あんたは、本当にそれでいいの?」
「いいも悪いもないよ……。片桐さんに甘えても、何にもならないよ……」
「前々から思ってたけど、あんたどっかおかしいでしょ」
「……………………」
僕は黙った。
*
その日の昼休みと放課後も、僕は部室に行き片桐さんが来るのを待ち続けた。
その日も僕は最終下校時刻まで待っていたが、片桐さんはやっぱり来なかった。




