13話 イメチェン
片桐さんとの疎遠状態を維持したまま、僕は冬休みを迎える事になった。
冬休み中、特筆するほど面白い事は何も起こらなかった。
強いてそれらしいイベントを一つあげるとしたら、クリスマスイブ当日にバイト先で過ごした事が唯一の冬休みらしい思い出だ。
あらかじめシフトが組まれていた先輩が彼女と不純異性交遊に勤しむべく見え透いた仮病を使ってサボった為、店長と二人で店を回す羽目になった。
世間はクリスマスだというのに、何故かコンビニなんぞに来る物好きな客が多くて大変だった。
お陰で滅多にしない残業までさせられた。
いつもの常連クレーマーにパーラメントを渡すとパーラメントワンをよこせって怒鳴られ、パーラメントワンを渡すとパーラメントをよこせって怒鳴られた。
他にも店長の八つ当たりに巻き込まれたり、型が合わないから開封済みの充電器を返品したいという客が癇癪を起こしたり、陳列棚の下に小銭を落とした子供が大泣きしたり、その日は何かとトラブル続きで終始大変だった。
バイトが終わった後、滅茶苦茶疲れたのに何故か眠れなかった為、何を血迷ったのか僕は秒速5センチメートルと海がきこえると耳をすませばと時をかける少女を見て性の6時間を過ごす事にした。
とてつもなく死にたくなった。
*
そんなこんなで冬休みが明けた。
新年の新学期という節目を迎え、それを機に片桐さんとの仲直りを画策していた僕だったが、登校の最中の通学路で片桐さんの姿を目撃した瞬間そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
片桐さんは明らかに校則違反だった派手な金髪を黒く染め、着崩している上に装飾だらけの派手なファッションも全面的にやめ、落ち着いた雰囲気漂うナチュラルメイクの真面目な女子高生風の格好へと様変わりしていたのだ。
やはり以前僕が思った通り、片桐さんは元々顔立ちがいいからナチュラルメイクになっても反則的なまでに可愛かった。
でも、そんな事は今はどうでもよかった。
何故片桐さんは、あそこまで急なイメチェンをしたのだろうか……。
片桐さんは自分の容姿や性格にコンプレックスを持っているからこそ、ああいった派手で明るい子に見える格好をしていた筈なのに……。
しかも心なしか、片桐さんは機嫌も良さそうだった。
嫌な事があった為にイメチェンをしたとは考えにくい。
となるとやはり、何かいい事があったのだろうか……。
気にはなったが、僕は片桐さんに声をかける事ができなかった。
聞く勇気が湧かなかったのだ。答えを聞くのが怖かったのだ。
我ながら思う。
本当に女々しい。
*
「はぁ……」
教室に着き自分の机に座って早々、僕は大きなため息をついた。
そんな僕に、話しかけてきた人がいた。
「どうしたの?新学期早々辛気臭い顔して」
橘さんだった。
「お気に入りの抱き枕カバーを、お母さんに勝手にベランダに干されたりでもしたの?」
「してないよ……」
「じゃあなに?めん棒使ってアナルオナニーに挑戦してたら失敗して尻穴から血が出てきて、その瞬間をお母さんに見られでもしたの?」
「最っ低のギャグ……」
「ギャグじゃないわよ。私も最初はそうやって開発したわ」
「…………」
新学期早々この人は相変わらず下品だ……。
っていうか、アナルセックスって滅茶苦茶敷居が高いって聞いてたけど、そういや前に直樹にケツ穴犯してもらったって言ってたな、この人。
処女捨て間もない時期にそれが出来るのは変だと思ったけど、そういう事だったのか……。
「やっぱりあんた、気持ち悪いわ……」
「新学期早々釣れないわね。なにかあったの?」
「はぁ……」
僕は再び大きなため息をついた。
「片桐さんがさ……、イメチェンしてたんだよ……」
「イメチェン?」
「あの今時の派手なギャルっぽい格好やめて、髪も黒く染め直して大人しい感じのナチュラルメイクになっていたんだ……」
「ああ、そういえばさっき私も智代っぽい子を見たわ。大分雰囲気変わってたけど、やっぱりあれ智代だったの?」
「そうだよ……」
「随分と思い切ったイメチェンだったわね。なんであんな風にしたのかあんた何か知ってる?」
「しらないよ……。っていうか、ここ一月くらい話してすらいないよ……」
「振られた事気にして、まーだ智代のこと避けてるの?」
「…………」
僕は頷いた。
「あんた相変わらずイカ臭いわね」
否定できないのが悔しい。
「彼氏でもできたのかしら?」
「え……?」
橘さんの思わぬ発言に、僕は耳を疑った。
「いや、女のイメチェンって彼氏が出来た時か、彼氏を作ろうとしてる時か、彼氏に振られた時って相場が決まってるでしょ?」
「彼氏……」
『他に相手がいないから……、ですかね』
彼氏という単語を聞いた時、僕は以前の片桐さんのある発言を思い出した。
「何か心当たりでもあるの?」
「そりゃ片桐さんは可愛いし、いい人だし……、彼氏くらい出来ても不思議じゃない、けど……」
「そう?」
「でも、相手なんていないって……、自分の事を好きになる人なんて、いないって……」
「冬休みの間にナンパでもされたんじゃないの?」
「そう……、なの……?」
「いや、知らないけど」
「…………」
彼氏?あの片桐さんに彼氏?
そりゃ片桐さんは可愛いし、優しいし、今まで僕が出会ってきた誰よりもいい人だ。
僕を振った時は、片桐さんは自分に自信がなくて僕からの告白を断ったけど、もし仮に頼りがいがあって片桐さんの心の穴を埋められる人が現われたら、きっと片桐さんはその人を快く思う筈だ。
今まではたまたま縁がなかっただけで、彼氏くらい出来ても別に不思議ではない。
ずっと彼氏を欲していた片桐さんに彼氏が出来ていたとしたら、僕は素直に喜ぶべきだろう。
僕には片桐さんを幸せにする事はできない。
それ以前に僕はあくまで片桐さんの友達にすぎない。
だから僕が、片桐さんが誰かと付き合った事に関してとやかく言うのはナンセンスだ。
そんな事は僕にだってわかっている。
でも僕なんか目じゃない程のいい男と片桐さんが付き合ってしまったら、片桐さんが僕と関わる理由が本当になくなってしまう……。
もしそうなったら、僕はどうすればいいんだろう……。
悲観にくれる僕に対し、橘さんは告げた。
「気になるなら、直接聞けばいいじゃない」
「…………」
聞くのが怖い。
もしも僕の懸念通りの事が起きていたら、片桐さんが僕と一緒にいる理由が完全に消えてしまう……。
「あんた一応智代の友達でしょ?だったらなんで急にイメチェンしたのかくらい聞いても何も問題ないでしょ?」
「友達……」
その単語を聞き、僕は更に悲観にくれ俯いた。
「どうしたのよ?そんな顔して」
「冬休みの前……、片桐さんがクラスメイトの女子と話してたところを見たんだ……」
「そりゃ誰だって話くらいするでしょ。私らだって今話してるじゃない」
「でも……、仲、よさそうだった……」
「なに?智代が他の子と仲良くしてたら何か問題ある訳?」
「…………」
「まさかと思うけど、智代に他に友達が出来たから、もう自分は智代にとって必要ないとか、そんなイカ臭い事考えているの?」
「…………」
僕は無言で頷いた。
「キモ。オタクの独占欲もついにここまで来たの?」
「そんなんじゃないよ……」
「じゃあ何よ?」
「僕にとって片桐さんは、ただ1人だけ優しくしてくれた唯一の人だけど……、片桐さんにとっては違うんじゃないかって……」
「何言ってるのあんた?」
「部室に来なくなったのも……、他に友達が出来たからなんじゃないかって……」
「いや、だから何言ってるのあんた?」
「片桐さんにとっての僕って……、何人もいる友達のうちの1人でしかないんだよね……」
「要するにあれ?なろう作品読んでたら、ヒロインが主人公以外の男と喋るシーンがあって、それに文句言うキモオタの理屈でしょ?」
「…………」
「ばっかじゃないの?」
「そんなんじゃないよ……」
「ああ、同性の友達と話してるだけでそれだけ落ち込んでるんだっけ?だったら尚の事キモいわ」
「…………」
僕は何も否定できなかった。




