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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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12話 妥協

 僕の憂鬱な日常が帰ってきた。


 退屈な学業。やりたくもない勉強。僕を虐めるリア充達。僕をキモがる女子達。贔屓する教師。バイト先の嫌な先輩。怖いクレーマー。将来の不安。嫌な家族。その他諸々にまみれた嫌な事が盛り沢山の日々。

 休日の予定はバイトかジム。

 気晴らしと言っても精々ネットサーフィンかオナニーくらい。


 僕を取り巻く何の喜びもない無気力な日常が戻ってきた。




 いや、戻ってきたという表現は適切ではないか。


 正確に言うと、それらの嫌な事全てが気にならないくらい最近の僕は幸せだったんだ。

 なにはともあれ、つい最近までの幸せいっぱいの学校生活が嘘みたいだ。




 あれからしばらく経った。

 あの日から、僕は一度も片桐さんとは会っていない。


 何を話せばいいのだろうか。

 どう接すればいいのだろうか。

 どんな顔をして片桐さんに会いに行けばいいのか。

 

 それすらわからなくなった僕は、片桐さんを避けるようになった。




 あの日以降僕は通学の時間をズラし片桐さんとの接触を避けるようになった。

 勿論部室にだって行ってはいない。昼食だって以前のようにトイレで食べている。

 当然ラインや電話もしていない。


 片桐さんだってきっと僕が急に来なくなって寂しく思っている筈だ。それは僕にもわかっている。


 でも片桐さんの事を考えるだけで辛い気持ちになるのだ。息苦しくなり、耐えられなくなるのだ。

 こんな気持ちのまま片桐さんに会ったら、どんな事になるのかわからない。


 だから僕は片桐さんと会う事を避けているのだ。

 



 我ながら思う。

 本当に女々しい。


 自分で自分が嫌になる。




*




 僕が片桐さんに振られてから二週間程経ったある日の事だった。


 便所飯をするべく、弁当箱を持ったまま男子トイレに入ろうとしていた所を橘さんに目撃された。




「いつかの時とは逆の立場ね」


 そういう橘さんの手にも弁当箱が握られていた。


「あんただって、今から便所飯するつもりだろ……」

「そうだけど?ってかあんた、今日は智代とお昼を食べないの?」

「…………」

 僕は俯いた。


「なにそのお葬式みたいな顔。もしかして振られたの?」

「…………」

 僕は黙って頷いた。


「まあ……、ドンマイ」

「いつになく優しいね……」

「滑り台、行く?」

「行かない……」


 僕は小さくため息をつくと、橘さんは同情的な視線を向けながら尋ねてきた。


「ちなみに聞くけど、なんて言われて振られたの?」

「そんな事聞いてどうするの……?」

「いや、なんとなく。あんたと智代、かなり仲が良かったのになんでかなあって思って」

「……………………」

 僕はしばらく黙った




 そしてかなり抵抗はあったが、もの寂しかった為素直に話す事にした。


「駄目人間と付き合っても幸せにはなれないから、このままでいよう……。って」

「駄目人間、ねえ……」

「きっと僕が、頼りないからだよ……」

「私には、智代が自分は駄目人間だからあんたを幸せにできる自信がないって言ったようにしか聞こえないんだけど?」

「違うよ……。だって僕なんかよりいい男なんて、いくらでもいるもん……」

「本当にそう思ってるの?」

「だって僕、弱いし、キモいし、惨めだし、本当全然駄目だもん……」

「あんたちょっと卑屈過ぎるでしょ?」

「事実だもん……」

「そんなんじゃ、仮に付き合えたとしても多分共依存止まりよ」


 共依存と言えば、ある一つの心当たりがあった。


「…………」

「どうしたの?感慨深い顔して」

「片桐さんのお父さんとお母さんも、そうだったのかなあって……」

「は?」


 橘さんにこんな話しても、わからないか……。




「片桐さんは、やっぱり僕と付き合うのは嫌だったのかなあ……?」

「そんな単純な話じゃないような気がするけど……」

「どういうこと……?」

「あんたと智代の関係って、排他的な二者関係っていうの?二人だけで完結しているっていうか。あの調子で本当に付き合いでもしたら、多分ロクな事になってなかったんじゃないの?」

「……要点言って」

「要するに智代は誰かに依存したかったんでしょ?っていうか、もう既に結構あんたに依存してたんだと思う」

「片桐さんが……?」

「でもあんたも智代に依存したくって、あんたも智代を頼りたくって仕方がなかった。それで、あんたに告白されて智代はその事に気付いた。だからあんたからの告白を断ったのよ、きっと」


 橘さんの話はいつも思うが、要点がまとまっていない為理解するのが難しい。

 もっとも、単に僕の理解力が足りないだけなのかもしれないが。


「だってほら、今まで曲がりなりにも上手くやれてたんでしょ?友達としてだけど」

「……うん」

「付き合いでもしたら本当に後に引けなくなるっていうか、多分お互いの身を滅ぼすような事になっていたと思うわ」

「身を滅ぼす……?」

「智代は自分に釣られて、あんたまでダメにならないようにって思って振ったんじゃないの?」

「片桐さんは、全然ダメなんかじゃないよ……」

「少なくとも本人は、そうは思ってないんじゃないの?」

「…………」

 僕は黙った。




「実際、あんたは智代のいい所しか見ようとしてこなかったし、あんたは智代の事を理想の女性だって思い込んでて、智代に縋って頼ろうとしてた訳だし」

「そんな事……、あるかも……」

「その事に気付いたから、智代はあんたからの告白を断ったんじゃないの?あんたに頼られても、智代にはあんたを守れる自信がなかったから」


 橘さんの言いたい事が、なんとなくわかってきた。




「だからなの……?だから片桐さんは断ったの……?幸せになれないって、そういう事だったの……?」

「まあ、智代に直接聞いてみないとわからないけどね」

「でもやっぱり、納得できないよ……」

「そう?」 

「いっそのこと僕の事が嫌いとか、付き合うのだけは生理的に絶対無理とか言われた方が、まだスッキリするのに……」

「智代にそう言われたいの?」

「…………」

 僕は黙って首を振った。




「あんたって、相当面倒臭いわね……」

 橘さんは呆れた様子で言ってきた。


「橘さんには言われたくないよ……」

「別に智代、あんたの事が嫌とかあんたが嫌いとか言ってた訳じゃないんでしょ?」

「うん……」

「なら別にいいじゃない」

「そう単純にはいかないよ……」

「割り切りなさいよ。他の相手を探しなさい。智代以外にも女なんて腐るほどいるわ」

「割り切れないよ……」

「みんなそうしてるわ。思い人に振られてヘコんでも、1週間もすればまた他の相手を好いてたりする。それが世間一般でいう恋愛ってものよ」

「片桐さん以外に、僕に優しくしてくれる人なんて、いないよ……」

「はぁ……」

 橘さんはため息をついた。




「あんた智代の事が大好きなんでしょ?ならもう友達でもいいじゃない別に。むしろ友達の方がお互い付き合いやすいんじゃないの?もう友達で妥協しなさいよ」

「確かにそうかもしれないけど……、橘さんにだけは言われたくない……」

「はぁ?」

「親友の直樹に振られて、モテる癖に彼氏も作らずよりを戻す機会をずっと窺っていて、他の男と絡む所見せつけて直樹の嫉妬心煽ってるあんたにだけは、妥協とか他の人を探せとか言われたくない……」

「痛いとこつくわね……」




*




 その日の放課後、僕は約二週間ぶりに部室に向かった。

 あんな事言っておいてなんだが、橘さんの言葉に触発されたからだ。




 よく考えたら確かに橘さんの言う通りだ。

 要は僕が片桐さんを頼りすぎなきゃいいんだ。


 片桐さんと一緒にいるだけで僕は幸せだ。なら別に友達でもいいじゃないか。

 あんなに素敵な人なんだもん。

 だったら一緒にいられるだけでいいじゃないか。


 そう思ったらこの悲観的な気分も晴れてきた。

 なんか人の言葉に左右され過ぎているような気もするけど、橘さんの言っていた事は何も間違ってはいない筈だ。


 なにも付き合う必要なんてない。

 きっと片桐さんだって僕がいなくなって寂しく思ってる筈だ。


 一緒にいられるだけでいいじゃないか。

 それだけで僕は幸せなんだ。ならそれでいいじゃないか。




 そう思いながら僕は部室のドアに手をかけた。


「あれ……?」


 部室の扉には鍵がかかっていた。




 とりあえず僕は、部室前の消火器の下に隠してあった鍵を使い、部室の中に入り片桐さんを待つことにした。




(きっと掃除か何かで長引いているんだ)


 そう思い僕は片桐さんが来るのを待ち続けた。




 最終下校時刻を告げる放送が流れるまで僕は片桐さんを待ち続けたが、結局その日片桐さんは部室には来なかった。




*




(多分昨日は、片桐さんには何か予定があったんだ)


 そう思った僕は翌日、登校時間に片桐さんに話しかける事にした。




 ここ最近僕は片桐さんと出くわさないように登下校の時間をズラし接触を避けていた訳だが、その日は従来通りの時間に登校した。


 しかし通学路で片桐さんと出くわす事はなかった。

 恐らく、片桐さんの登校した時間が僕より早かったか遅かったのだろう。




*




 一限目の授業が終わり、休み時間が来た。

 僕はすぐさま片桐さんのいるE組の教室に向かった。


 


 片桐さんに会いたい。


 たとえ片桐さんが僕の事を男として意識してなかったとしても、片桐さんが僕にとって大切な人であることには違いない。

 

 片桐さんだけは僕の話を真剣に聞いてくれる。

 片桐さんだけは僕に優しくしてくれる。

 いつだって片桐さんは、僕の味方だった。

 片桐さんがいるだけで、僕はこの最低な世の中でも笑って生きていく事が出来るんだ。


 片桐さんの方だって、僕の事を大切な友達だと思っている。

 なら高望みなんてする必要はない。

 今のままで満足すればいいんだ。


 早く仲直りをしよう。

 片桐さんだってきっとそれを望んでいる筈だ。


 片桐さんも僕も、お互いの事を大切な友達だと思っている。

 恋人でなくても、片桐さんと僕とはちゃんとした信頼関係を築けている。


 何も男女の仲でなくても、こういう関係でもいいじゃないか。


 


 そう思いながら、僕はE組の教室に入ろうとした。




 その時、クラスメイトの女子らと談笑をしている片桐さんの姿が目に入った。

 

 片桐さんは僕と話す時とまったく同じ顔で笑いながら、その女子達と楽しそうにお喋りをしていた。




 




「友達……、できたんだ……」


 僕は小さくそう呟くと、E組の教室を後にした。


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