11話 笑顔
文化祭が終わり、僕達二人は下校するべくいつものように一緒に電車に乗っていた。
「今日は本当に楽しかったです」
「そうだね」
「学校行事がこんなに楽しく思えるなんて、初めてですよ」
「そりゃ僕もそうだよ」
僕達二人はいつものように一緒に笑いあった。
「つまらない事でも、大切な友達と一緒にいるだけでこんなに楽しくなるんですね」
「本当僕もそう思うよ」
「友誼部があった時なんて毎日色々な事をしましたけど、正直苦痛で仕方なかったです。でも強さんとこうしていられるようになってから、毎日が本当に楽しいんですよ」
「そりゃ、僕だってそうだよ」
「こんな日がずっと続けばいいですね」
片桐さんは僕に笑顔を向けながら、少しだけ寂しそうな顔をした。
「そういえば、今になって気付きました」
片桐さんは唐突に言ってきた。
「強さん、私と一緒に歩く時、必ず車道側を歩くようにしてますよね?」
「え……?」
「気付いてなかったんですか?」
そういえば、今思うといつもそうしてた気がする。
小鳥遊さんと付き合っていた時にやっていた習慣が、無意識に癖になっていたのだろうか。
「やっぱり強さんって、いい人ですよね」
「そんな事、ないよ……」
「そんなことありますよ。強さんは私の事、本当に大事に思ってたんだなって、今になってやっと気付きましたよ」
片桐さんは笑顔で言ってきた。
その笑顔が、僕には辛かった。
そうこうしていたら、電車が片桐さんの最寄り駅に到着した。
電車の扉が開き、片桐さんが駅のホームへと降りようとしていた。
「強さんと友達になれて、本当によかったです」
「僕だって、そう思うよ」
僕は精いっぱい笑顔を取りつくろいながら言った。
「また明日、学校で」
片桐さんは笑顔でそう言いながら手を振り、駅のホームへと降りていった。
僕はそんな片桐さんを見ながら、笑顔で手を振った。
僕も片桐さんも笑った。
いつものように楽しそうに、嬉しさ溢れる表情で笑い続けた。
やがて扉が閉まり、電車が発車した。
電車の窓から片桐さんの姿が見えなくなるまで、僕は笑顔を続けた。
そして片桐さんの姿が完全に見えなくなった時、僕は人目を憚らず号泣した。
*
僕は今日、大好きな片桐さんに振られた。
『ごめんなさい……』
『別に強さんのことが嫌いとか、強さんが嫌とかそういうのじゃないんです……』
『強さんが私の事、本当に大事に思ってくれてるのはわかります……。私だって本当に嬉しいんです』
『でも私は、強さんが思い描いているような素敵な女性ではないんです……』
『私は周りの人達に常に迷惑をかけてきた、ただの弱いメンヘラなんです……。だから今は大丈夫でも、きっといつか強さんに迷惑をかけます……』
『私にはきっと、強さんが望むことをしてあげられない……』
『強さんなら、私なんかよりずっといい相手が見つかりますよ。だからこんな私なんかじゃなくて、もっといい相手を見つけてください』
『大丈夫ですよ。強さんなら、きっと私なんかよりずっといい人が見つかりますから』
『私なんかと付き合ったら、きっといつか強さんは辛い思いをします……。今は大丈夫でも、いつか絶対そうなります……』
『駄目人間と付き合っても……、きっと幸せになれないと思うんです……』
『今のままの方が……、お互い幸せだと思うんです……』
*
僕が女の子に振られるのは、多分4度目だ。
一回目は小鳥遊さん。二回目も小鳥遊さん。三回目は橘さん。そして今回は四度目だ。
それにしても、僕って本当よく女の子に泣かされる。
一体何度泣かされたのだろうか。
でも今回の告白は今までとは事情が違う。
そりゃ、僕が初めてちゃんと告白したってのも理由の一つではある。
今までと違って、片桐さんは僕を嫌悪してないし、むしろ僕の事を大事に思ってる。
だから僕からの告白を断る時も、僕を傷つけない為に精一杯気を使った筈だ
それなのに今までのどの告白よりも、いや今までの僕のどの辛い記憶よりも、切ない気持ちになるのは何故だろう……。
本気で好きになった相手に振られた今になって、主人公に振られたハーレム物のヒロインの気持ちが少しわかったような気がする。
他に相手が見つかるとか見つからない以前に、その人以外の人と付き合うこと自体がまず考えられない。
こんな気持ちを経験したら、他の人の事なんて1ミリも考えられる気がしない。
いくら時間をかけようと、この虚無感が晴れる気がしない。
失恋の事を一生引きずり、自棄を起こし滑り台で一生独身を誓いたくなる気持ちも、今の僕なら納得出来る。
僕には片桐さんと付き合えば、きっと幸せになれるという確証があった。
片桐さんが手を繋いでくれたあの時、僕は人生で一番幸福な一時を過ごせたからだ。
だからもっと片桐さんと親密になりたいと思った。
もっと沢山の事を片桐さんとして、もっと沢山の時間を片桐さんと一緒に過ごしたいと思っていた。
だけど片桐さんはそうは思ってくれなかった。
片桐さんは僕ともっと親密になるよりも、今の関係を維持した方が幸せだという結論を出した。
そりゃ僕は弱い。片桐さんだって決して強い人間ではない。
だからそう思うのだって無理はない。
でも僕は、片桐さんは今まで僕が出会ったどの人よりも魅力的な人だと思ったからこそ、告白に至ったのだ。
勿論片桐さんだってその事は承知している筈だ。
しかしその事を踏まえた上で、片桐さんは僕からの告白を断ったのだ。
でも、本当は僕だってわかってたんだ。
片桐さんの僕に対する優しさは、あくまでも善意であって好意ではなかった。
片桐さんは他の女の子達みたいに、僕に対して嫌悪感を向けない。それどころかむしろ肯定的に見てくれていた。
だからと言って、僕に対して異性としての好意を持つかどうかは、完全に別の問題だ。
片桐さんは僕の事を異性として認識していない。
だからこそ僕とあれだけ打ち解けれたし、僕と仲良くする事もできたんだ。
だから僕と付き合えないというのも当然だし、下手に付き合ってお互い傷つくよりも、今の関係のまま一緒にいたいと思うのも当然の事なんだ。
片桐さんにとって僕は、あくまで友達にすぎない。
たとえ交際出来ないとはいえ、僕はこれだけ素敵な人と友達になれた。
それに片桐さんだって告白は断ったが、僕と友達であり続ける事を望んでいる。
本来なら僕はそれで満足すべきなのだろう。
勿論僕だって、以前の僕の散々な日常を思えば、それだけでも十分幸せだということくらいわかっている。
でも人の感情はそんなに単純なものではない。
やはりどうしても、僕の心にはわだかまりが残る。
僕がもっとちゃんとしていれば、片桐さんは僕の告白を受け入れてくれたのかなあ……。




