10話 告白
我が校の文化祭は非常にショボイが、何故かいっちょまえに後夜祭はある。
自由参加で校庭で歌に合わせて生徒がフォークダンスを踊る事になっているのだが、大抵の奴がアホらしくって参加していない。
僕と片桐さんもフォークダンスなんて馬鹿馬鹿しいと思い適当に校内をふら付いていたら、普段は施錠されている屋上の扉が何故か開いている事を発見した為、とりあえず入ってみる事にした。
夜の学校の屋上で大好きな人と二人きり。
そんな青春物語的シュチュエーションに遭遇するなんて、少し前の僕ではとてもじゃないが考えられなかった筈だ。
そんな中、片桐さんが少しはしゃぎ気味で言ってきた。
「文化祭終わりに学校の屋上で黄昏るなんて、まるで青春漫画のワンシーンみたいですね」
「そうだね。本当にベタベタな漫画みたい」
「流石に星は見えませんね」
「田舎でもなきゃねえ……」
「これでアレガとデネブとアルタイルとベガが見えたら、ますますそれっぽいんですけどね」
「そりゃ夏の星座だよ」
「アレガにも突っ込んでくださいよ」
そんな何気ない会話をしていたら、冷たい風が吹き荒れ片桐さんが身震いをした。
「流石にこの時期の屋上は寒いですねえ……」
「そうだね」
もっとも、僕の心は大好きな片桐さんと一緒にいられるお陰で常にぽかぽかな訳だが。
そんな時、片桐さんはフェンス越しに見えた校庭の様子を覗きながら言った。
「あそこのカップル達、楽しそうにオクラホマミキサー踊ってますね」
片桐さんの発言を聞き、僕は視線を校庭に向けた。
殆どの奴がつまらなそうな顔をしてる中、数組がカップルはまるで見せつけるかのようにオクラホマミキサー踊っていた。
「本当だ」
「こんなクソみたいな文化祭ではしゃいで、リア充なんて死ねばいいのに……」
そう呟く片桐さんの表情はどこか寂しげだった。
「なんて、以前の私ならそう言ってた所でしたね」
片桐さんはわざとらしく笑顔を取り繕い、僕にそう言った。
「やっぱり、羨ましいの……?」
「そりゃ……、まあ……」
「オクラホマミキサー、踊りたいの……?」
「いいえ、そういう訳じゃないんですけどね……。ふと、思ったんですよ」
「思った?」
「本当はリア充が死ぬより、自分がリア充みたいになることを望んでいる筈なのに……、そんな自分を否定しようとする自分に嫌気がさすっていうか……」
「気持ちはわかるよ……」
「一番死んだ方がいいのは、そこにいるカップル達でもリア充でもなくて、私なんですよね……」
片桐さんにそういう事を言われると、僕の胸は自分が辛い目に遭う時以上に痛くなる。
「僕は……、片桐さんにいてほしいよ」
「ありがとうございます」
片桐さんは少し虚ろな様子で笑った。
「強さんって、いい人ですね」
「え……?」
いきなり片桐さんにそんな事を言われたから僕の顔は熱くなった。
「だって私みたいなメンヘラ糞女に毎日会いに来てくれますし、こうして親切にしてくれますし、話だって親身になって聞いてくれますし」
「そんな大した事……」
「私にとっては、十分大した事ですよ」
大好きな片桐さんにそう言われてあがってしまった僕は、思わず目を逸らしてしまった。
「みんな私の事、メンヘラとか気持ち悪いとか思ってますし、実の親にすら必要とされない始末ですし、誰も私の事を大事にしませんし……」
「そ、そんなこと……」
「でも強さんは違いますよ。ちゃんと私の話を聞いてくれて、いつも励ましてくれますし」
「そ、そりゃ、僕にとっての片桐さんだってそうだよ!」
「そうですか……」
「うん……」
「嬉しいです……」
片桐さんは微笑んだ。
なんだろう。
なんだこのいい雰囲気は。
後夜祭の屋上。
大好きな人と二人きり。
こんな青春漫画チック全開なシュチュエーションで、このロマンチックなムード。
今にも告白イベントが発生しそうな状況だ。
「今が一番楽しいです。直樹さんといた頃よりも、ずっと」
「え……」
「思い描いていた理想の青春とは全然違うけど、こういうのもありかなって最近思いました。っていうか、もうこれでいいやって思えてきました」
「そ、それって……」
僕は一瞬期待した。
片桐さんが、僕の知らない間に僕に対して好意を持ち、これから僕に愛の告白をする。
そんな展開を夢想した。
「彼氏なんかいなくても、私にはもう友達がいる。だからもういいんです」
片桐さんのその言葉を聞いた時、僕は落胆し、ある一つの事実を確信した。
片桐さんは間違いなく、僕の事を男として見ていない。
僕の存在をこれっぽっちも異性として認識していない。
良くも悪くも、片桐さんにとって僕は大切な友達であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「だからもう、誰かから好きになってもらいたいなんて言いません。こんな私の話を真剣に聞いてくれて、大切に思っている友達がいるから。だからもう、大丈夫なんです」
片桐さんのその態度は、まるで自分で自分に言い聞かせているように見えた。
「私の事を好きになってくれる人がいなくても、今のままで幸せですから」
寂しそうにそう呟く片桐さんの姿を見た時、僕はどうしようもない胸の痛みに襲われた。
片桐さんはこんなにいい人なのに、片桐さん自身はまったくもってその事に気付いていない。
それどころか、依然として自分はどうしようもない駄目人間だと思い続け、自分の存在には価値がないと本気で思い込んでいる。
そう思うと、僕の胸に耐えきれない程の激痛が走る。
「ここにいるよ」
気がつくと僕は、この言葉を口にしていた。
「え……?」
困惑する片桐さんに対し、僕は思いの丈を告げた。
「……好きです」
絵に描いたようなベタな告白だった。
でもこれ以外に、僕の気持ちを素直に伝えられる言葉が思いつかない。
「強さん……。何、言ってるんですか……?」
「好きです……。片桐さんの事が、大好きです……」
「もしかして……、私を励ます為に言っているんですか?」
「違うよ!そんなんじゃない!」
僕は胸の中に貯め込んでいた感情を吐き出すように叫んだ。
「でも私……、いい所なんて、何もないし……」
「あるよ!片桐さんにはいい所、いっぱいある!」
「なにも……、ないですよ……」
「片桐さんは優しいよ!可愛いよ!いつも僕を大事にしてくれる!一緒にいると気持ちが安らぐ!幸せな気持ちになれる!片桐さんよりいい人なんて、いる訳ないよ……」
「本気で……、言ってるんですか……?」
片桐さんは戸惑っていた。
「本気だよ。片桐さん以上の人なんていない。片桐さんらこんな僕でも優しくしてくれた……。悩みだって聞いてくれた……。いつも僕を励ましてくれた……」
「なんで……」
「初めて会った時は、正直怖かったよ……。こんな派手なギャルみたいな格好した人が、一人称ボクで萌えアニメの曲ばかり歌っていて、男に擦り寄る為に何故かオタ芸とかしてて、どう見てもキャラ作り過ぎててそりゃ怖かったよ……」
「……………………」
「でも最初の不思議探索の時、小鳥遊さんに振られて橘さんに酷い事言われて落ち込んでる事に気づいてくれた時、凄く嬉しかったよ……」
「……………………」
「だって皆、僕が苦しんでいても悲しんでいても、誰も何もしてくれないもん……。友達も、先生も、親も、皆……」
「……………………」
「でも片桐さんは違うよ……。何も言ってないのに、僕が傷ついているって、苦しんでいるって気付いてくれた……」
「……………………」
「片桐さんは、いつも僕の悩みを聞いてくれた……。いつも僕の相談に乗ってくれた……。弱くて、キモくて、みっともない僕を、一度もバカにしなかった……」
気がつくと、僕の目からは涙が垂れていた。
片桐さんは泣きながら思いの丈を打ち明ける僕を真剣な眼差しで見つめていた。
「僕の人生で一番辛かった時の事を話しても、片桐さんは笑わずに真剣に聞いてくれた……。いつも僕の話を真剣に聞いてくれた……、いつも親切にしてくれて、嬉しかった……」
「……………………」
「友達になってくれた……。名前を呼んでくれて嬉しかった……。手も……、つないでくれた……。一緒に楽しそうに笑ってくれた……」
「……………………」
「嬉しかった……。楽しかった……。片桐さんと一緒にいられるだけで、それだけで幸せだった……」
「……………………」
「気がつくと好きになってた……。っていうか、大分前から好きになっていたって、やっと気づいた……」
「……………………」
「片桐さんは前に、素のままの自分じゃ誰も好きになってくれないって言ってたけど、僕はとっても素敵な人だと思うよ」
「……………………」
「片桐さんは自分の事が大嫌いかもしれないけど。僕は片桐さんの事が大好きだよ……」
「……………………」
「片桐さんのお陰で、生きてて良かったって思えた。死ななくて良かったって、本気で思えた」
「……………………」
「嫌な事ばかりの世の中だけど、片桐さんがいてくれたお陰でいいって思えた。片桐さんがいてくれたら、ずっと笑って生きていけるって、本気でそう思えた……」
「……………………」
「片桐さんはとっても頑張りやで、今まで僕が会った誰よりも優しい……。多分これから先、片桐さん程いい人なんかとは出会えない……。こんなに優しくしてくれる人なんて片桐さんの他にいないよ……」
「……………………」
「だからお願い……。付き合ってください」
「……………………」
やっぱり片桐さんは、僕の話を笑うでもなく気持ち悪がるでもなく、真剣に聞いてくれた。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
僕たち二人の間に、長い沈黙が流れた。
「えっと……、その……」
しばらくすると、片桐さんが口を開いた。
「その……、なんて言えばいいのか……」
片桐さんの口からどんな言葉が発せられてもいいように、僕は身構えた。
「好きだなんて初めて言われたし……、そもそも誰かにそんな事、言ってもらえるなんて思ってなかったですし……。その……、凄く……、嬉しいです……」
その言葉を聞いた時、僕は心から叫びたい気持ちになった。
ついに思いが届いたんだ。
「まさか私なんかが、誰かから好きになってもらえるなんて、思いませんでした……。本当に、嬉しいです……」
片桐さんが喜んでくれた。
僕の告白を聞いて、喜んでくれた。
もう死んでもいい。
本気でそう思えるほど幸せな気持ちに包まれた。
「強さんが本当に私のこと、大切に思ってくれてるってことが、よくわかりました……。強さん、私のこと、本当に好きなんですね……」
「…………」
僕は無言で頷いた。
「そういえば、いつもそうでしたね……」
「え……?」
「強さんは、いつも私の事、大切に思ってくれましたよね……。あの時だって……」
「あの時……?」
「前に私が暴れた時だって、強さんは私の事、励ましてくれました……。強さんが私の家に来てくれた時、嬉しかったんですよ……」
「嬉……、しい……?」
「私と出会えた事が、強さんの嫌な事ばかりの人生の中で起きた唯一のいい事だって言われた時、本当に嬉しかった……」
僕のした事は、無駄じゃなかったんだ。
「ありがとうって言ってくれた……。いい人だって言ってくれた……。優しいって言ってくれた……。死んでほしくないって言ってくれた……。駄目人間じゃないって言ってくれた……。生きてていいって言ってくれた……」
片桐さんからそう言われた瞬間、僕の目から大量の涙が溢れてきた。
「強さんはこんな私を認めてくれた……。強さんがいなかったら私、本当に駄目になっていた……」
喜んでくれてたんだ。
ちゃんと届いていたんだ。
「今だって本当に嬉しいんです。無理なキャラ付けをしていない根暗な素の私を受け入れてくれた……。産まなきゃよかったって何度も言われてきた私を、好きになってくれた……」
片桐さんは、目元を潤ませながらそう告げた。
「ありがとう、ございます……。本当に、嬉しい……、です……」
片桐さんの声は震えていた。
片桐さんは手で目を擦ると、僕に問いかけた。
「強さん……。私のことが、好きなんですよね……?」
「うん……、だい……、すき……」
僕は啜り泣きながら、やっと聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で応えた。
「私と……、付き合いたいんですよね……?」
「うん……」
僕は再び、今にも消えそうなくらいの弱々しい声を出し肯定した。
「私の……、彼氏に、なりたいんですよね……?」
「…………」
僕は無言で頷いた。
「……………………」
片桐さんはしばらく何も言わず、その大きな瞳で僕の目を見続けていた。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
僕たち二人の間に、再び長い沈黙が流れた。
そして一呼吸した後、片桐さんは答えた。




