6話 虚言
翌日の昼休み、僕は橘さんとの間に起きた出来事を直樹に告げ口する事にした。
本当はすぐにでも言いたかったのだが、直樹の周りには常に女子がいる為昼休みくらいしか話せるチャンスがなかったのだ。
「あははは!小夜がそんな事する訳ないだろ!大体なんだよ?小夜がお前を脅迫して無理やり部活に入れようとしているだって?そんな事して何の意味があるんだよ?」
「だから何度も言ってるでしょ。小鳥遊さんを部活から追い出す為だって」
「なんで小夜が椿を追い出すんだよ?」
「だから橘さんは小鳥遊さんの事を邪魔だって思ってるんだって」
「なんでだよ?」
「直樹の事が好きだから」
「あはははは!」
こいつの理解力の無さには腹が立ってくる。
「小夜が俺の事を好き?それこそあり得ないだろ。あいつと俺はただの幼馴染だぞ?」
「だから向こうはお前の事そうは思ってないんだって」
「第一、昨日の椿の服を汚した犯人が小夜だって時点でありえないだろ。精液で汚れていたって話だし、あいつは女だぞ?」
「だからあれは卵と練乳で作った疑似精液を使ったトリックだって、橘さんが自分から得意げに言ってたんだよ」
「疑似精液って、そこまでして小夜に何のメリットがあるんだよ?」
「だから橘さんは小鳥遊さんに嫌がらせして、学校から追い出すつもりなんだよ」
「小夜と椿は友達だぞ?それに小夜は俺の親友だ、だからそんな事する訳ないだろ?」
「だからそう思ってるのはお前だけだって。橘さんはお前の事を好いていて、小鳥遊さんの事を嫌ってるの!さっきから何度も言ってるだろ!」
「もしかしてお前、友誼部に入りたいのか?」
どうしてそういう話になるんだよ。
「もしかして友誼部に入りたくてそんな嘘をついているのか?」
「だから違うって」
「入りたいって言うなら別に入れてやってもいいが」
入れてやってもいいだって?どうしてこいつの話はいつもこう上から目線なのだろうか。
「まあお前がどうしても入りたいって言うなら、俺の方から話を通してやってもいいぞ」
そう言うと直樹は弁当箱を鞄にしまい、どこかへと立ち去ってしまった。
友誼部とかいう得体のしれない部活に行ったのか、他の女子達と駄弁りに行ったのかは定かではない。
いずれにしても今の僕にはどうでもいい事だった。
今僕にとって最も重大な事は、僕が唯一会話できる相手である直樹が僕と橘さんとの間であった出来事を信じる気配が一切なかったという事だ。
何故か昔から僕の言う事は他人に信じてもらえない傾向がある。
家族を除く人間で僕が会話する機会が一番多い人物は直樹以外にいない。
友達と呼べるかどうかは微妙ではあるが、彼以外に僕の証言を信じてくれる人間は恐らくいないだろう。
だが結果はこれだ。まあ予想はしていた。
親友の橘さんと友人と呼べるかどうかも微妙な僕とじゃ、直樹は当然橘さんの方を信じる。真偽なんて関係ない。
それに昨日橘さんにも言われた。
橘さんが僕が小鳥遊さんの制服を汚した犯人だと嘘の証言をした場合、生徒も教師も下手をしたら親すらも僕の無実を信じてくれはしないだろう。理由は僕がキモイからだ。
僕は自他共に認めるキモオタで、いつもクラスのリア充達の玩具にされている。
勿論女の子と親しく接する機会もない。
だから僕が仮に小鳥遊さんに対して性犯罪紛いな行為をしたとしてもさほど違和感はない。
そして真犯人である橘さんは、性格が尋常ではなく悪い事を除けば表面上はごくごく普通の可愛らしい女子生徒と言える。
そんな彼女がこのような性犯罪に近しい行為をするとは誰も思わないだろう。
もしも小鳥遊さんの制服に精液をぶっかけた変態糞野郎の性犯罪者は僕だと橘さんが言いふらしたら、僕がいくら自らの無実を訴えた所で誰も信じてはくれないだろう。
そしたら僕の人生は破滅する。小鳥遊さんにも嫌われる。学校もやめなきゃならない。
選択の余地などない。
そう思い僕はスマホを手に取った。
昨日あの脅迫の後、橘さんのラインIDを教えてもらったのだ。
入部する気になったら連絡しろとの事だった。
僕は味気なく『入部するよ』とだけメッセージを書き橘さんに向けて送った。
これが僕の人生初の女子に向けた記念すべきラインとなった。
そもそも橘さんの名前を僕のスマホに登録した時点で、僕の人生において初めて女子の名前が登録されたという事になる訳だが、事情が事情だけにまったくもって喜べなかった。
僕がラインを送った数十秒後に橘さんからの返事が来た。
『Welcome to Underground』と書かれてあった。
橘さんは明らかにふざけていた。
正直腹は立ったが怒った所でどうしようもない。
*
僕は放課後、あの茶道部室へと向かった。
部室の前に辿りつくと、橘さんが扉の側に立っていて「待っていたわよ」と声をかけてきた。
「あんたの役目は小鳥遊椿をこの部活から追い出して直樹から遠ざける事。いいわね?」
「……わかってるよ」
「それともう一つ。あいつを追い出せさえすればあんたがあいつに好かれようと嫌われようと私にはどうでもいい。だけど小鳥遊椿との仲が上手くいかないとか、あいつと仲良くなれそうにないとか、そういう勝手な理由で『はい、やめたー』ってのはなしよ」
勝手なのは橘さんの方だろ。
と言ってやりたかったが僕は脅迫されている身だ。だからそんな上等かつ真っ当な文句は言えない。
「あともう一つ。直樹に私に脅されたとか、私が小鳥遊椿に今まで何度も嫌がらせしてるとか、私が小鳥遊椿を追い出そうとしてるとか絶対にチクらないでよ?私の印象が悪くなったら元も子もないんだから」
「もう言ったよ。だけど信じてくれなかった」
「それは結構。じゃあ行くわよ」
橘さんはそう言うと、扉を開き僕を部室へと招き入れた。
お察しのいい皆さんならこの後の展開の予想はつくだろう。
僕、通称【モエ】の物語はこの友誼部という得体の知れない部活の一員になる事によって動き出す。
その結果僕の非常に冴えない普遍的日常は一変し、彼女と行動を共にする内に僕は色々な美少女と出会い次々とフラグを立てていく。
そして気がつけば僕を取り巻くハーレム環境が出来上がり、「やれやれ」と言いながら僕は周りの女の子とイチャコラする。
これが普通のハーレム物語ならそういう具合に話が動く筈だ。
でもこれはあくまで相沢直樹の物語で、僕は取るに足りない脇役にすぎない。
だから先程交流した橘さんとのフラグが立つ事もないし、当然僕が好意を寄せている小鳥遊さんと親しくなる事もない。
勿論他の女の子が僕を好いてくれる筈もない。
クドいようだが僕はこの物語においては脇役でしかないのだ。
加えて僕はこの社会の最底辺に位置するキモオタだ。
これはキモオタで脇役の僕という外側の視点から、相沢直樹のハーレムライフを傍観した物語だ。 僕が誰かと結ばれるような展開は決してない。
しかし、この頃の僕はまだその事に気づいてはいなかった。
それどころか、この友誼部というラノベ等でよく見るような活動目的不明のヘンテコな部活こそが日頃僕が求め続けていた嘘みたいなサプライズであり、この部活での交流を通して小鳥遊さんと仲良くなれるかもしれないとか、付き合うとまで行かなくても友達くらいにはなれるかもしれないだなんて、そんなバカな事を思っていた。