4話 絶好調
ある休み時間の教室にて、僕はいつものように吉田達に絡まれていた。
「モエェ……、お前ホントキモいなァ……」
こいつ等にこういう事を言われるのはもう慣れっこだ。
今更この程度の事を言われたくらいじゃ何の感情も湧かない。
「そういや俺、この前モエが女子と一緒に登校してた所見たぞ」
「マジかよ田中wどんな女子だよwww」
「なんか凄く派手な感じだった」
多分田中は、片桐さんの事を言っているのだろう。
「なんだよwお前また性懲りもなく女に騙されてるのかよw」
「最初は小鳥遊で次は橘さんで、今度はその派手な子とかお前本当に騙されやすいよなあ」
「どうせまた手すら繋いでくれないような彼女なんだろ?」
ズレた事言ってるなあ、こいつ等。
「友達だよ」
僕は笑顔でそう言った後、片桐さんのいる教室へ向かうべくその場を後にした。
*
片桐さんのクラスに向かう途中、廊下の片隅で直樹と小鳥遊さんが一緒にいる所が見えた。
どうやらまた小鳥遊さんはヒスを起こしている様子で、直樹は大声を出す小鳥遊さんに対して勘弁してくれとでも言いたげな顔をしながら黙りこんでいた。
この二人、明らかに上手く行ってなさげだなあ……。
そんな二人とは対照的に、最近の僕は絶好調だ。
テレビやネットのニュースを見ると、やれ某広告代理店の新入社員が自殺しただ、あるアニメーターが不当解雇されただ、無能と無能が大統領争いしてるだ、何かと暗いニュースばかりが流れるが、そんな事は関係ないとばかりに僕の日常は調子が良い。
最近、学校が楽しい。
片桐さんとの仲が、どんどん深まっている気がする。
楽しい事だけじゃない。嫌なことも一緒に分かち合ってくれる本物の友達。
それがやっと僕にも出来た。
僕の楽しい青春ライフは、やっと始まったんだ。
*
片桐さんのクラスの教室にて、僕はいつものように楽しく談笑していた。
そんな中、片桐さんが言ってきた。
「さっき、直樹さんに謝られました」
「え……、直樹が?」
「はい。今までごめんって、土下座されました」
「また土下座かよ……。懲りないなあ……」
「でもかなり申し訳なさそうな顔してましたよ」
申し訳ないと思うくらいなら、最初からあんな事しなければいいのに……。
「それで片桐さんは、あいつに謝られてなんて言ったの?」
「椿さんとお幸せにって言いました」
「それだけ?」
「それだけです」
片桐さんはあの件は全面的に自分が悪いと思っていたので、きっと片桐さん的にはあの件は直樹を許すとか許さないとか、そういう問題ではないのだろう。
それに片桐さんは元々、仮に直樹と付き合えなかったとしても、最悪友達として一緒にいられるだけでいいと言っていた。
なので直樹と小鳥遊さんが付き合った事を祝福するのもあながちわからない話ではない。
多分片桐さんは、その点に関してはある程度割り切っているのだろう。
「まあそんなこんなで、私の初恋は完全に終わりました。まあ元々終わってたから今更って感じですけど」
「きっと他にいい相手が見つかるよ」
「見つかりませんよ」
「片桐さんの良さをわかってくれる人がきっと見つかるって」
「仮にそんな都合のいい人が現われたとしても、きっとすぐにボロが出て幻滅されますよ」
「大丈夫だって。片桐さんにはいいとこいっぱいあるもん」
「ありがとうございます。そんな事言ってくれるのは強さんだけですよ」
片桐さんにこういう事を言ってもらえると、僕の心は非常に温かい気持ちになれる。
「でも私、特技とかないですし、勉強もそんなに出来ませんし、それ以前に病気ですし、こんな私を選んでくれる人なんていませんよ……」
「そんなに気にすることないと思うよ。世の中には精神病じゃなくてもおかしい人なんていくらでもいるから」
「例えばどういう人ですか?」
「小鳥遊さんとか橘さんとか……」
僕がそう言うと、片桐さんは大笑いをした。
「そうですね!強さんの言う通りですね!確かにあの人達みたいな本物の異常者に比べたら、私なんて真人間そのものですね!」
「そうだよ。だから片桐さんはもっと自信を持つべきだよ」
「ありがとうございます!強さん、私強さんのお陰で私自分に自信がつきました」
片桐さんとこういう他愛もない会話をしている時、僕はこの上ない喜びを感じる。
僕が片桐さんを否定しない限り、片桐さんは決して僕の事を否定しない。
世間一般の人間から見たら、僕らのこの関係はきっと傷の舐め合い以外の何物でもないだろう。
でも、別にいいじゃないか。
こんなクソみたいな世の中だ。このくらいの癒しがあってもバチは当たらない筈だ。
傷の舐め合いなんて、未成年なのに煙草や酒をやったり、薬物や犯罪行為に走ったり、学校サボって男女がヤりまくるよりるよりもずっと健全だ。
だったら誰かから後ろ指をさされようと、横から文句を言われる筋合いはない。
片桐さんだって嫌がっていない。むしろ喜んでくれている。
勿論僕だって嬉しい。
別に誰かに迷惑をかけている訳でもない。
そりゃ傍から見たら見苦しいかもしれないけど、心の弱い僕たちがこの過酷な世の中で生きてく為に、このくらいの事をしても許される筈だ。
だったらそれでいいじゃないか。
*
ある日、僕と片桐さんはいつものように仲良く登校した後、始業のベルが鳴るまでの一時を教室の前で何気ない雑談をして過ごしていた。
「よく言ってる主婦は忙しいって台詞、有職主婦が過半数占めている今のご時世でよくクレーム来ませんよね」
「前にパートやったことあったけど、二日しか持たなかったしね」
「しかもやめた理由がタラちゃんが寂しがるって、フネもワカメもカツオもいるのに何言ってるんだかって感じですよね」
「あそこまで恵まれた環境の家なんて今の時代じゃまずないだろうに」
「食事時にやってる番組だからトイレだけは映さなかったり、性行為連想するからって家にティッシュだけは意地でも置かない方針にするくらい配慮してるのに、何故かそういう所は徹底してませんよね」
「徹底してないと言えば、携帯普及してなくて未だに黒電話やブラウン管テレビが現役なのに、何故か電車や公衆電話のデザインだけは平成基準だよね」
「スカイツリーもありますしね。本当にサザエさんってガバガバですよね」
「これで家電メーカーがスポンサーってのが一番の凄いところだよね。食洗機も薄型テレビもないんだもん」
「スマホどころかゲーム機すらないですしね」
「カツオだって外で野球している時以外はいつも漫画読んでるし」
「でも最近じゃちょくちょくサッカーしてますよ?」
「きっと70過ぎの脚本家だから、野球をサッカーにすれば現代の子は共感出来ると思ってるんだよ」
「なるほど、確かにありそうですねえ」
そういえば、前に小鳥遊さんにもこんな感じの話を振って、全然相手にされなかった事があったっけ……。
「どうしたんですか?そんな顔して」
「いや、前小鳥遊さんと付き合ってた時さ、これと同じような話したんだよ」
「そうなんですか?」
「でも小鳥遊さん、終始つまらなさそうな顔していて、全然盛り上がらなかったんだよ」
「やっぱり私達気が合うんですね」
僕と片桐さんが話に花を咲かせていた所、まるで水を差すかのように後ろから「邪魔なんだけど」という声が聞こえてきた。
僕と片桐さんがほぼ同時に振り返ると、橘さんが立っていた。
どうやら僕たちは、雑談するのに夢中で知らない間に教室の入り口を塞いでいた様子だった。
「あ、ごめん……」
僕はそう言うと、片桐さんと共に場所を移動した。
「……………………」
橘さんは何か思う所があったのか、眉間にしわを寄せつつ何も言わずに僕の顔を凝視していた。
「イカ臭い」
橘さんは唐突にそう告げた。
「え……?」
困惑する僕を無視し、橘さんは教室の中へと入って行った。
「イカ臭いって、小夜さん、もしかして強さんに言ったんですか?」
「どういう意味だろう……?」
「スカトロマニアが何言ってるんですかね?」




