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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
67/102

3話 本名

 ある日、僕がA組の教室の隣の廊下を歩いていた時の事だった。

 ふと教室の中を覗くと、小鳥遊さんがぞうきんで自分の机を拭いている所が見えた。

 机には死ねとかクソビッチといった文字の数々がマジックで大きく書かれていた。




 直樹は一体どこで何やってるんだか。

 彼氏なんだから、何とかしてやれよ……。

 まあ、小鳥遊さんの自業自得かもしれないけどさ。




 そんな事を思いながら、僕はその場から立ち去った。




*




 僕と片桐さんは、登下校や休み時間の時だけでなく放課後も一緒に過ごす。

 ちなみに片桐さんと少しでも長く一緒にいる為に、僕は店長に頼み込んでバイトのシフトを休日のみに変更させてもらった。


 部室にあった備品の数々は片桐さんが破壊してしまったり、他の部員たちが持ち帰ったりしてしまった為、今部室にある娯楽用品のは僕や片桐さんが新たに持ち込んだ物である。

 僕達二人は放課後になると部室で一緒に愚痴をこぼしたり、一緒にレトロゲームをやったりする。

 他にもノートパソコンの狭い画面で動画や海外産の変なアニメやスプラッタ映画を見て過ごしたりもする。

 意外な事に片桐さんはその手の作品が好きらしい。


 なんでもリア充が高確率で酷い死に方をするという、ちょっと捻くれた理由でその手のスプラッタ映画が好きなんだそうだ。

 まあなろう作品とかでも、何故かリア充が真っ先に殺されたり何故かリア充だけが酷い目に遭う作品は割とよくあるから、多分片桐さんもそういう嗜好なのだろう。

 僕はスプラッタ映画はそこまで好きではないが、楽しそうにスプラッタ映画を見てる時の片桐さんを見るのは好きだ。




 あと片桐さんは風刺のきいたブラックジョークも好きらしく、海外産の変な風刺的アニメを好んで見ている。

 四人の小学生が出て来る切り絵風の説教臭い奴、黄色い人が沢山出てきてよく原発事故が起きる奴、下品でバカバカしいジョークの多い前後撞着な奴、動物のキャラクターが毎回グロ死にする奴等。

 片桐さんは色々な変な海外アニメを僕に見せてくれた。

 グロ要素やナンセンスなジョークがかなり多かったが、今の僕には正直萌えアニメよりずっと面白く感じた。

 



 そんなある日の放課後、僕はいつものように片桐さんと雑談していた。

 僕はふと他愛もない質問を片桐さんにした。


「そういえば、片桐さんって休みの日なにしてるの?」

「オナニーです」

「え……」


 片桐さんは何食わぬ顔でとんでもない事を言ってきた。




「モエさんだってするでしょ?」

「いや、するけどさ……」

「なんですか?女はオナニーしないとでも思ってたんですか?普通にしますよ」


 いつだったか、橘さんが片桐さんみたいな人は性欲が強いと相場が決まっているって言ってたけど、やっぱりそうなのか……?

 橘さんも小鳥遊さんもそうだったみたいだけど、もしかして直樹の周りにいた女の子って皆性欲が強いのか?




「女だって基本的に男と同じ生き物ですから、普通にすることしますよ」


 だからと言って、一応男である僕の前でこんな事を堂々と言うのは流石にどうなんだろう。

 やっぱり、異性として認識されてないのかなあ……。


「世の女性達は見栄を張って匿名のアンケートですらしないって書きますけど、誰だって普通にしますよ」

「そう……、なんだ……」

「女だろうとなんだろうと、多分皆家にいる時はモエさんと同じような事して過ごしてますよ。うんこだってしますしオナラもするし鼻だってほじります。体重だって普通に50以上あるし、ネットで悪口も書きます」


 多分片桐さんは、僕の事を自分と同族だと認識しているからこれだけのぶっちゃけトークが出来るのだろう。

 それを踏まえると、片桐さんに対して失望するどころか、むしろある種の安心感すら湧いてくる。




「うんこと言えば、橘さんってスカトロ趣味があるらしいよ」

「え……、本当ですか?」

「なんでも橘さん、直樹と付き合っていた時、お風呂場でよく直樹の小便を飲ませてもらったり、うんこを塗りたくってもらってたらしいよ」

「直樹さん……、断らなかったんですか……?」

 片桐さんは明らかにドン引きした様子で聞いてきた。


「嫌がると橘さん、全裸で泣きながら土下座して頼み込むから断るに断れなかったんだって」


 僕のその発言を聞き、片桐さんは大声で笑いだした。


「キモいです!キモ過ぎますよ!引きます!いくらなんでも気持ち悪すぎます!」

 片桐さんは床を叩きながら笑っていた。


「そんなキモい事してるから振られるんですよ!」

「まったくだね!しかも橘さん言ってたよ。好きな人に汚されると最高に気持ちいいんだって」

「なんですかそれ!いくらなんでもヤバすぎますよ!」


「「あははははは!」」


 僕達二人は一緒になって大笑いした。


 片桐さんとこうして過ごす時、僕はいつも思う。

 誰かに笑われるでもなく、笑いたくないのに笑うでもなく、気が置ける友達とこうして一緒に笑うって、こんなに幸せな気持ちになれるんだと。




 しばらく笑った後、片桐さんは笑い疲れたのか息を切らしてぜいぜい言っていた。 

 そしてゆっくり深呼吸し、ちょっとだけ黙り、間をおいて僕に聞いてきた。


「そういえば、モエさんは休日は何をするんですか?」

「何って?」

「モエさんは休日どうやって過ごすのかなあって。やっぱりアニメとか見てるんですか?」

「…………」

 僕は思わず口を噤んでしまった。




「……もう、アニメは見ていないんだ」

「え?」

「友誼部の事や、小鳥遊さんと色々あったり、いざって時に僕を見捨てたアニメを勧めてきた親友が彼女作って幸せそうにしてたの見たり、色々あってアニメが楽しめなくなったんだ……」

「そうだったんですか……。すみません、変な事言ってしまって……」

「いいんだよ、別に。元からそんなに好きじゃなかったし、グッズとかはラノベの本程度しか買わなかったし、現実逃避の為に見てただけだし……」

「現実逃避……、ですか……」

「でも最近あんなの見ても、全然気が紛れなくなったんだ。それどころか友誼部での事や、小鳥遊さんとの嫌な事を沢山思い出すから、かえってみてると辛くなるんだよ……」

「そう……、なんですか……」

「特に萌え系が駄目になったんだよ……。男にとって都合のいい女の子とか、男を好いてくれる女の子とか、冴えない男を肯定してくれる女の子とか、そういうの見てると凄く辛い気持ちになるんだ……」

「…………」

 片桐さんは憐憫の眼差しを僕に向けた。




「だから最近は休日はジムかバイトしかしてないよ……。家にいる時も精々ネットの記事見ながら昔のゲームのプレイ動画とか見て適当に時間を潰してばっかり……」

「私と……、同じですね……」

「え……?」


 片桐さんの思わぬ発言に、僕は耳を疑った。

 

「私も直樹さんに近づく為に、好きでもない萌えアニメを沢山見てきましたから……」

「そう……、なんだ……」

「まあ好きで見てたと言うよりは勉強目的で、最初の内は見ていてもつまらないなって思うだけでそんなに苦しくなかったんですけど、直樹さんに告白を無視されるようになってから、見るのがどんどん辛くなって……」

「…………」

「でも見ないと直樹さんは私を嫌いになるって勝手に思いこんで、全然好きじゃないのに見続けて、そしたら余計に辛くなって、今思うとバカですよね……、ほんと」

「そんなことないよ……」

「現実逃避の為になろうとかでよくある悪役令嬢物をよく読んでいたんですけど、こんなの読んでても自分の人生は何も変わらないって思えてきて、最近読んでても虚しくて……」

「その気持ちわかるよ……。僕もそんな感じだよ。もう今はハーレムとかチートとかTUEEって単語見るだけでも嫌……」

「私もそうです……」

「だからもう、アニメはまる子とサザエさんくらいしか見ていないよ……」

「それは流石に行き過ぎですよ」

 片桐さんは少しだけ笑いながら言ってきた。




「モエさん、もうアニメ見ていないんですよね?」

「うん……」

「ならいつまでもモエさんって呼ぶのはおかしくありませんか?」

「え……?」

「だってもう萌え作品見てないですし、そもそももうオタクですらないのに、なのにモエさんっていつまでも呼ばれ続けるのは変じゃないですか?」

「そうだけど……、皆僕をそう呼ぶし、見た目だってそれっぽいから……」

「そうですかねえ……。少なくとも見た目に関しては、大分オタクっぽくなくなった気がしますけど。喋り方も前より随分ハッキリしてますし」


 片桐さんは優しいからそう思うだけだ。

 きっと他の人から見たら、僕の印象は相変わらずキモオタのままなんだ。

 だから僕は未だに周りの連中からバカにされ続けているのだろう。




「っていうか、皆僕の本名なんて知らないし……、そもそも興味も持たないし……」

「そうなんですか?」

「片桐さんだって、僕の本名知らないでしょ……?」

つよしさん」

「え……」


 面食らったのも無理はない。

 だって僕が家族以外の人からその名前で呼ばれる機会なんて、恐らくもうないと思っていたからだ。


 僕を弱い人間に育てた両親がつけた、僕にもっとも不似合いな本当の名前。

 その名前を今、目の前にいる片桐さんが呼んだ。




「なんで……、名前を、知ってるの……?」

「そんなに驚くような事ですか?」

「だって……、クラスだって違うし……」

「そりゃまあ、友達ですから」




 涙が出てきた。




「つ、強さん!?大丈夫ですか!?」


 心配する片桐さんの目の前で、僕は嬉しさのあまり小一時間泣き続けた。




 そしてその日以来、片桐さんは僕のことを本名で呼ぶようになった。


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