2話 僕の友達
ある数学の授業が教師の風邪により急遽自習になった。
クラスメイトの大半が自習になった事を喜んでいたが、生憎僕は自習が嫌いだ。
何故ならテストの直前でもなければ、大抵の場合長めの休み時間となるからだ。
僕みたいな友達すらいない非リア充の陰キャは真面目に勉強してても絡まれるし、勿論サボっていても絡まれる。
しかも自習の場合、下手をすると10分で終わる休み時間と違い1時間丸々絡まれる。
トイレで過ごすって手もあるけど、1時間丸々寒いトイレの個室でスマホ弄るのも抵抗があるので、自習になる度に僕はどうやって過ごすのか悩む羽目になる。
でもその日はツイてた。
僕に絡んでくる機会が最も多い吉田達三人は、橘さんや他のリア充グループを巻き込んでのUNOに夢中になっていたのだ。
でも油断はできない。
テスト直前でもないのに勉強なんてしてたら、間違いなくキモオタの癖にガリ勉等と言われてバカにされるだろう。
だから僕は目立たないように寝た振りをしてやり過ごす事にした。
そうしていたら、近くで談笑していた女子達の会話が聞こえてきた。
「ねえ、うちのクラスの男子の中だと、誰と一番付き合いたくない?」
「そりゃあいつに決まってるでしょ」
どうせ僕だろ。
この手の女子の陰口は今に始まった事ではないしもう慣れっこだ。
それに絡まれるよりは陰口の方がまだマシだ。
だからと言って、勿論不愉快な気分にならない訳ではないが。
「あれでしょ。アニメキャラの同人誌とか買ってエロい事するんでしょ」
「ほんとキモイよねえ」
買わないよ。落とすけど。
「ちょっと前まで橘さんとよく一緒にいたけど、最近あまり一緒にいないよね」
「捨てられたのかなあ」
「飽きられたんじゃないの?」
女子ってのはなんでこうも陰湿な話題を堂々と出来るんだろう。
人の陰口言うくらいしか楽しい事ないのかなあ、この人達。
「モエってさ、アニメキャラが彼女なんでしょ?」
「キモイよねー」
「オタクだもんねえー」
僕はもうアニメはサザエとまる子しか見ていないのに、何故僕は未だにオタク扱いされていて、クラスメイトにもキモがられているのだろうか。
そもそも、萌えアニメなんて今時リア充だって見るし、吉田達だって見てるし橘さんだって普通に見ている。
なのに何故僕だけがキモがられるのか。
何故僕だけがバカにされるのか。
顔……、だけじゃないよなあ……。
精いっぱい努力してイメチェンしたつもりでも、やはり根っこの部分は何も変わっていないということくらい、自分でもよくわかっている。
なんていうか、人として最低限必要な根本的な部分が他の人と比べて圧倒的に劣っているというのが僕が皆からバカにされる一番の理由のような気がする。
周りより劣っている者や醜い者に対して勝手なレッテルを張り、馬鹿にする行為はこの世の中では普遍的な行為だ。
学校。家庭。会社。どこの社会だってそうだ。それが普通なんだ。
劣っている者。浮いている者。周りに馴染めない物は必然的に社会から阻害され蔑視される。
だから僕は周りの人間から見下され、馬鹿にされ続ける。
それは当然の事で、仕方のない事だ。
だから僕に優しくしてくれる人はいないし、僕を大事にしてくれる人もいない。
あの人以外には誰もいないのだ。
*
あの日、僕と片桐さんは友達になった。
そしてその日から、僕は片桐さんとよく一緒にいる。
家族への不満。クラスメイトへの悪口。将来の不安。自分はなんて駄目なんだろうといった後ろ向きな話題。
ネットで見かけた面白い記事。片桐さんの大好きな海外産の変なアニメの話。最近笑った面白いニュース等の楽しい話題。
最近の僕は登下校時や休み時間にそういった話を片桐さんとよくする。
ちなみに、休み時間に雑談する際はいつも僕が片桐さんの教室に出向いている。
僕なんかと一緒にいたらよからぬ噂が立つかもしれないのに、片桐さんは一切気にしていない様子だ。
片桐さんはどっかの誰かと違って、許可もなく勝手に会いに行ったからといって不愉快な顔は絶対にしない。
それどころか嬉しそうな顔をしてくれる。
そして今、僕たち二人はあの忌々しかった部室でお昼ご飯を食べている。
片桐さんも僕と同様に教室には居辛いらしく、昼休みにはいつも部室でご飯を食べる事にしているらしい。
最近の僕は、昼休みになるといつもこうして片桐さんと雑談しながらお昼を食べる。
「片桐さんはさ、なんで僕の事気持ち悪がらないの?」
「はい?」
「この前だってこんな僕の惨めな話を笑いもせずに真剣に聞いてくれたし、普通の人なら僕の事気持ち悪いって思ったり、バカにするだろうし……」
「モエさんの中の普通の基準って、随分荒んでますね」
「そう……、かも……」
「まあ、気持ちはわかりますよ」
「でも、片桐さんの前でその、大泣きしたし……」
「私だって以前モエさんの前で大泣きしましたよ」
「いや、そうだけどさ……」
「まあ理由があるとしたら、私の方がずっとモエさんよりも気持ち悪いからですかね」
「そんな事ないよ」
「そんな事ありますよ。モエさんには沢山醜態晒してきましたし」
「醜態って、そんな……」
「泣いたり騒いだり、トチ狂って暴れて物を壊したり。私の方がずっとモエさんより気持ち悪い事してますよ」
「あれは片桐さんのせいじゃないよ……」
「いいえ。毎日薬飲んで辛うじて精神を安定させたり、嫌な事があるとすぐに取り乱して叫んだり泣いたりしたり、酷い時には周りの人や物に当たるし、あげていったらキリがないですよ、本当。普通の人が見たら気持ち悪いって思うのが自然です」
「気持ち悪くなんかないよ……」
「気持ち悪いですよ。世間一般の基準でいくと」
「そんなことないよ……」
世間一般の人間がどう思うかは知らないが、少なくとも僕は片桐さんの事を気持ち悪いだなんてこれっぽっちも思わない。
もっとも、僕は社会から見て相当ズレた位置にいる人間だから、世間一般の価値観と僕の価値観がかなり離れているという可能性も否定はできないが。
「なんか、傷の舐め合いみたいですね」
「ごめん……」
「何で謝るんです?」
「僕なんかと傷の舐め合いしても、嫌でしょ……?」
「いえ、別に。むしろそれがしたくてモエさんをここに呼んでいるような物ですし」
片桐さんにこういう事を言ってもらえると、なんか嬉しい。
人として劣っている者は周りの人間から勝手なレッテルを張られ、バカにされる。
それがこの社会の必然であり、いい悪いではなく当然の事だ。
でも何事にも例外はある。
この人だけは僕を気持ち悪がらない。
この人だけは僕をバカにしない。
この人だけは僕の存在を否定しない。
そういう人に、僕はやっと出会う事が出来たんだ。
「そのほうれん草入りの卵焼き 美味しそうですね」
「食べる?」
「え?いいんですか!?」
「そのつもりで作ってきたし」
「じゃあ、お返しに私の鯖味噌とからあげあげます」
「二つも貰ったら悪いよ」
「いえいえ、そんないい物貰って一品で済ませる方が悪いですよ。それにモエさんにあげる為に多めに作ってきましたし」
「僕の為に?」
「はい!」
片桐さんは笑顔でそう答えた。
こんな感じに、一緒にお昼を食べる際は弁当のおかずもよく交換している。
惰性で続けていた自炊だったが、片桐さんのお陰で最近やっと作る甲斐が出てきた。
「おいしいですか?」
「うん、とっても」
「よかったです。この卵焼きも甘さが絶妙でおいしいです」
片桐さんはあくまでも僕の友達だけど、ちゃんとした彼女がいるって、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。
幸せって、こういう事を言うのかなあ……。




