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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第三章
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1話 僕の物語

 僕は今、パトカーに乗せられている。


 快適かと言われたら、そんな事はない。

 特別広くもなければ狭くもないが、とにかく煙草臭い。

 その上ちょくちょく耳障りなノイズの混ざった無線が入る。


 落し物を落としたり、道を尋ねたり、実生活で警察のお世話になる事は何かと多いだろう。

 でもパトカーに乗ったことがある人は多分そんなにいない筈だ。

 たまにお年寄りがパトカーをタクシー代わりに利用するという話を聞くが、そういう事以外でパトカーに乗った人間は間違いなく童貞のまま一生を終える人よりは珍しいだろう。


 そういう意味では僕はかなり貴重な体験をしている。


 だが全然嬉しくない。

 パトカーを見て興奮するような幼い子供とか、警察官に憧れているとか、そういう人以外がパトカーに乗っても嬉しい気分になれないのは当然の事である。

 

 合法的にTENGAも買えない年齢の僕が、なぜ警察のお世話になっているのか、その理由を語るとなると今から半年以上は遡らければならない。その上非常に長い話にもなる。




 今までのこの物語は、相沢直樹や彼を取り巻く女の子達の歪な人間関係を、脇役である僕の一歩引いた視点から傍観した物語だった。


 だがここから先の僕は傍観者ではない。

 僕もこの物語の当事者になる。


 これまでは相沢直樹が物語の中心でその脇で振り回される僕の苦労や葛藤が描かれていたが、これから始まるのは正真正銘僕の物語だ。




……………………

…………

……




*




 片桐智代かたぎりともよさん。

 端的に言うと、彼女は僕の部活仲間だった人だ。

 その部活、友誼部とは以前僕が所属していた世にも歪な仲良しサークルもどきであるが、まあ今更それについて説明する事は何もないだろう。

 片桐さんがどういう人物なのか、一言で言うと、とても風変わりな人だ。


 見た目は派手派手な今風のギャル。

 でも見た目に似合わず誰に対しても礼儀正しく常に敬語で話し、実は美少女アニメやコスプレが大好きなハイテンションなオタク少女。

 かと思いきや実は心に病を抱えていて、それらのアニメ染みたキャラ設定の全てが好きな男に取り入る為の演技だったというとても難儀な人。

 そして社会の弾かれ者である僕に対し、唯一一切の下心なしで優しくしてくれた人だ。

 訳あって心に深い傷を負い、長らく人との関わりを避けていた片桐さんだったが、長い時間をかけて気持ちに整理をつけ、ついに僕の元へと戻ってきた。




 片桐さんと再会出来た事に対する喜び。

 片桐さんと別れてから起きた数々の嫌な思い出。

 昨日僕が橘さんに対してしてしまった酷い行いに対する自己嫌悪。

 それらの全ての感情が溢れだし、僕は片桐さんの前で号泣してしまった。


 片桐さんが学校に来なくなってから起きた事を、僕は泣きながら説明した。

 最後の方以外は泣き叫びながら話した事なので、正直伝わってるかどうか怪しかったが、片桐さんはやっぱり笑いもせずに最後まで真剣に聞いてくれた。




「そうですか……。色んな事があったんですね……」

「うん……」

「私に話して、少しは気が晴れましたか……?」

「…………」

 僕は無言で頷いた。


「橘さんに……、酷い事をした……」

「小夜さんを殴った事ですか?」

「…………」

 僕は再び無言で頷いた。


「誰にだってそうしたくなる時はありますよ」

「でも、もっと酷い事もした……」

「もっと酷い事……?」

「本気で詫びるが気あるなら……、付き合えって……」

「小夜さんのこと、好きだったんですか……?」


 僕は首を振った。


「嫌がらせだよ……。今までのお返しのつもり……」

「嫌がらせ……、ですか……」

「もっと酷い事も言った……。最後までしたくないなら手でも口でも足でもいいって、言った……」

「モエさんが言ったんですか……?」

「…………」

 僕は無言で頷いた。


「そんな事言うなんて、モエさんらしくありませんね……」

「あの時は、完全にどうかしてた……。橘さんにだって泣いて拒否られた……」

「泣いて……、ですか……」

「当然……、だよね……。なんであんな最低な事、言っちゃったんだろう……」

「まあ今まで小夜さんがモエさんにしたことに比べたら、大分ソフトな気もしますけど……」

「そんな事ないよ……。あんな最低な発言、前の橘さんだってしなかったよ……」

「そうですかねえ……」

 片桐さんは首を傾げながら言った。


「今まで小夜さんがモエさんにした事を思うと、『玉しゃぶりやがれ!』くらい言ってもバチは当たらないと思いますよ?」

「流石にそれは……」

「そうですか?今まで小夜さんがモエさんに言ってきた事、ちょっと思い出してくださいよ」

「…………」


 僕は橘さんの発言の数々を頭の中で回想した。




『毎日シコシコイカ臭く過ごしているブーwこんなキモオタの僕だけどよろしくブヒーw皆仲良くしてブヒねwwwwブヒブヒヒwww』


『ハァ?クソムシにも劣る犬畜生以下の分際でなにいっちょまえに人間様である私に抗議してるのよ?』


『ところで、モエ。あんたってなんで自殺しないの?』


『いいの!?本当にバラすわよ!?私がバラしたらあんた一生性犯罪者よ!?人生台無しよ!?破滅よ!?それでもいいの!?』


『これで好きなだけオナればいいわ。クロッチ部分も適度に汚れてるわ。あんた的には最高のオカズでしょ?』


『キモオタのあんたがオタクやめたらただのキモになるわよ?』


『だってモエ、さっきそこでスマホでdmm開いてみずなれいの足コキ動画見てたもん』


『そうね。あんた童貞だもんね』


『キモイキモイキモイ!なにこれ!?いくらなんでもキモすぎるわあんた!頼むから犯罪起こさないでよ!?』




「ロクな事言われてない……」

「でしょ?小夜さん相手なら、ちょっとくらい酷いこと言ってもバチはあたりませんよ」


 片桐さんのその発言を聞き、罪悪感がちょっとだけ薄れた。




「でもそれ以外にも、変なこともたくさん言った……」

「変なこと?」

「自分で自分がよくわからなくなって、橘さんには絶対にわからないような話を、沢山した……」

「どんな話ですか?」

「…………」


 僕は歯切れの悪い様子で告げた。


「一言で言うと、賢しらに僅かな不運を見せびらかすようなこと……」

「不幸自慢?」

「まあ……、そんな感じ……」

「誰にだってそうしたくなる気分の時もありますよ」

「でも、僕なんかが、そんな事を……」

「僕……、なんか……?」

「僕は片桐さんや橘さんと違って、そこまで酷い境遇じゃないし……」

「そうですかねえ……」

「それなのにまるであんな、ひけらかすようなことして……、何でもかんでも人のせいにして……」

「別にいいじゃないですか。人の身に起きる苦労なんて、当人にしかわからないものですよ」

「でも橘さんにも嫌な思いさせたし……、泣かせたし……」

「まあ、そんなに自分を責めないでください。モエさんも小夜さんも、誰も悪くありませんよ」


 片桐さんのその言葉を聞き、僕の胸の辺りが暖かくなったような気がした。




 優しい。

 本当に優しい。

 やっぱり片桐さんは、僕が今まで出会ってきた誰よりも優しい。

 他の人達と違って、この人は絶対に僕を否定しない。

 そんな片桐さんにまた会えて、本当に良かった。




 僕がそう思っていたら、片桐さんは尋ねてきた。


「あの、モエさんって、愚痴をこぼせる人っていますか?」

「え……?」

「愚痴をこぼしたり、悩みを相談できる人」

「いないけど……」

「そうですよね。私もです」

「よく考えたら、だからいきなり我慢できなくなって、あんな八つ当たりみたいな事しちゃったのかなあ……」

「そうかもしれませんね」

「うん……」

 僕は弱気な態度で首を縦に振った。




「モエさん、友誼部が作られた目的を覚えていますか」

「橘さんが直樹と二人きりでイチャつく為に作った……、だっけ?」

「まあ、そうなんですけどね。本来のって言うか、建前上の活動目的を覚えていますか?」

「…………」


 僕は少し考え、言った。




「友達を作る為の部活……、だっけ?」

「はい」

 片桐さんは笑顔で頷いた。




「モエさん。私の友達になってください」


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