表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第二章
64/102

28話 涙

 今更だけどこの物語はある種のセカイ系だ。

 僕という社会的弱者の偏った視点から世界を傍観し、勝手に世の中に対して失望する非常に自己完結的で無気力な物語だ。

 わかりきった事ではあるが、この世の中は嫌な事ばかりだ。


 腹立たしくて苛立たしくて頭にくる事ばかり。

 希望も救いもありゃしない。何をやってもムカつく事しか起きない。そんなクソみたいな世界だ。

 こんな世界でも楽しくやっていける奴もいるにはいるが、少なくとも僕にとっては嫌な事ばかりの嫌な世界でしかない。




 それでも、最近は割と上手くやっていけるような気がしてたんだ。

 そりゃ相変わらずクラスメイト達にはキモがられてるし吉田達にだってよくからかわれてるけど、最近は特に目立った嫌な事もなかったし、それに一人友達と呼べるかどうか凄く微妙な仲の変な知り合いも出来た。


 性悪でバカで下品で好きな男とヤる事しか考えていない上にスカトロマニアで、水爆実験直後のビキニ環礁のようなどうしようもない性格で、とにかくズレにズレまくってていつもアホなばかりやっているどうしようもない人だったが、最近は割と上手く付き合えていたんだ。




 そんな彼女に、僕は酷い事をしてしまった。


 女の子に暴力を振るったのは初めてだ。

 というか、誰かに対して暴力を行使した事自体が初めてだ。

 暴力だけじゃない。とんでもないセクハラ発言もしてしまった。


 女なら出来る事がある。最後までヤるのが嫌なら手でも口でも足でも構わない。

 自分でも本当に酷い事を言ってしまったと後悔している。


 そりゃあの人が今までしてきた事はかなり酷い。だからと言って、僕が彼女に酷い事を言っていい理由にはならない。

 つい頭に来ていたとはいえ、今までの僕では絶対に言わないであろう酷い言葉の数々を投げつけてしまった。


 色々とアレだが、橘さんだって一応女の子だ。

 あんなこと言われたらそりゃ泣く。




 それだけじゃない。昨晩の僕は完全にイカれていた。

 日頃自分の心にかけていたリミッターが完全に外れ、自分で自分がわからなくなり、自分の中に貯めこまれていたヘドロのような感情の多くを橘さんに向かって吐いてしまった。




 なんであんな事をしてしまったのだろう……。




 僕はあの後、激しい自己嫌悪感に苛まれた。

 あそこまで取り乱したのは間違いなく僕の人生の中でも初めての事だった。

 つい最近、僕は橘さんと片桐さんと小鳥遊さんに対し、他人に依存しがちな不安定な人間と評した事がある。

 でも僕だって偉そうにそんな事を言える立場じゃないと、昨日の一件でしみじみと思った。




 今回の一件は完全に僕が悪い。

 橘さんは橘さんなりに、僕の事を思って行動してくれた筈だ。


 合コンというリア充的イベントの中、橘さんはリア充的な対話方法を僕に対して取っていただけだ。

 リア充はお互いを弄りあって親睦を深めることくらい、僕だってわかってた。

 むしろ橘さんは、あのリア充的な空気の中、僕を馴染ませようと頑張っていただけだ。

 ややズレてはいたものの、橘さんは僕の為に行動してくれただろうに、どうしてあんな事を言ってしまったんだろう……。


 自分のコミュニケーション能力のなさとストレスコントロール能力の無さに嫌気がさす。




 それに橘さんは僕の本当の名前を言えなかったが、それも無理はない。

 何故なら僕はクラスメイトは勿論の事、教師にすらモエと呼ばれているからだ。

 橘さんが僕の本名を知る機会がなかったとしても何の不思議もない。

 それなのに、最近よく話していたから知っているのが当然だなんて思うのはやはり僕のエゴでしかない。




 自分でもその事はわかっていたのに、なんであんなにキレてしまったんだろう……。




*




 翌日の学校は非常に気まずかった。


 橘さんは一見すると何事もなかったかのようにいつもの通りクラスメイトの男子達と楽しそうに談笑していたが、でもどこか上の空な様子だった。

 時折僕の方を見てはすぐにまた逸らしたりするが、たまに目が合ってしまいかなり気まずかった。

 橘さんは僕の事、絶対にヤバい奴だって思ってる……。




 その上吉田達にも、僕が昨日途中で帰ると言ったせいで、橘さんもトイレに行くと言って勝手に帰られたと因縁をつけられ絡まれた。

 他にも教材を忘れた事を散々教師になじられたり、授業中にクラスの男子が丸めた消しカスを全力投球されたり、クラスの女子に罰ゲームで告白されたりと、その日は終始踏んだり蹴ったりな状況だった。




*




 そして昼休み。


 何故だか知らないが、その日学食は満席で、席が空くのを律義に待っていたら確実に昼休みが終わる時間になってしまう程の盛況っぷりだった。

 今日は悪い事は重なる物だとつくづく痛感する日だ。


 昨日の事もあり、弁当を用意する気にもなれなかったし、学食も満員だった為、仕方なく僕は購買で余っていたナイススティックを購入し昼食にする事にした。

 食料は一応確保できた訳だが、僕は食事をする場所に困っていた。


 思えば最近ずっと橘さんと一緒に昼食を食べていた。

 でもあんな事があった直後なので、一緒に昼食を食べるなんてとてもじゃないが出来やしない。

 かといって、教室内で一人で食べていたら橘さんに振られたから等と吉田達に確実にからかわれる。

 それに今更便所で食べるのも気が引ける。


 どうしたものかと困った僕は、あてもなく校内を徘徊していた。




 そうだ、中庭で食べよう。


 と思い中庭に行ったら、小鳥遊さんとイチャつきながら重箱弁当を食べる直樹と目が合ってしまった。

 そんな彼らを見て僕はいたたまれなくなり、その場からすぐに立ち去った。




 中庭が駄目なら非常用階段だ。

 

 と思い非常階段に行ったら、あるカップルが仲良さげに一緒にご飯を食べていた。

 そんな彼らを見て僕はいたたまれなくなり、その場からすぐに立ち去った。

 



 非常用階段が駄目なら体育館裏だ。

 

 と思い体育館裏に行ったら、あるカップルは不純異性交流の真っ最中だった。

 そんな彼らを見て僕はいたたまれなくなり、その場からすぐに立ち去った。




 どいつもこいつも盛りやがって……。

 発情期かよ……。

 学生なんだから勉強でもしてろよ……。




 僕はそんな事を思いながら旧校舎の辺りをうろついていた。

 使えそうな部屋があればと思ったが、どの部屋も人がいたり鍵がかかったりしていた。




 いっそのこと廊下で食べるか……。


 そんな考えが頭の中に過ったその時、僕はあの忌々しい和式部屋の前にいた事に気付いた。




 そういやここ、最初は学校に馴染めなかった片桐さんがよく一人飯するのに使ってたんだっけ。

 まあ、今は使用禁止になってるんだけどさ……。




 どうせ閉ってると思いつつも、僕はドアに手をかけた。




「開いてる……」




 何故か部屋の戸は開いていた。




「誰ですか……?」


 部屋の中から声が聞こえた。

 とても聞き覚えのある声だった。


 部屋の奥から一人の女子生徒が僕の前にやってきた。


 明らかに校則違反の金髪と派手な化粧。

 着崩している上に装飾だらけの派手なファッション。

 今時のギャルのイメージを敷き詰めていった感じの派手な見た目の女子生徒。

 彼女はどう見ても、僕がよく知るあの人だった。




「どうして……」


 僕がそう呟くと、彼女は答えた。


「モエさん……?」

「なんで……」

「ああ、モエさんでしたか。久しぶりですね」


 片桐さんはまるで数年振りに旧友にあったような態度で嬉しそうに語りかけてきた。




「学校……、来てたんだ……」

「ええ。ちょっと前から」

「どうして……、戻ってきたの……?」

「あはは……」

 片桐さんは苦笑いをした。


「まあ、その……。あまり休み過ぎると、進級できなくなりますし……」

「そう……、なんだ……」

「ええ、そうなんです」

「ここ、使用禁止になってたよね……?」

「そうですね」

「使用禁止になって、鍵も返したのに、片桐さんはどうしてここに……?」

「別に何も不思議な事ではありませんよ。最初にこの部屋を見つけたのは私なんですから」

「どういう……、こと……?」

「何かあった時の為に、予備の鍵をあらかじめ部室の前の消化器の下に隠していたんですよ。まあ何か起こしちゃったのは私なんですけど……」

「そう……、なんだ……」


 何故だろう。

 片桐さんがまた学校に来てくれたのは凄く嬉しい事の筈なのに、どうにも実感が湧かない。


 なんていうか現実感が持てない。

 もしかしたら夢を見ているのではとさえ感じてしまう。




「最初見た時、誰かと思いましたよ。なんか雰囲気変わりましたね」

「何も……、変わってないよ……」

「そうですか?かなり痩せましたけど」

「…………」




 片桐さんが戻ってきた。

 片桐さんが戻ってきてくれた。

 凄く嬉しい筈なのに、でもやっぱりどうにも現実感が持てない。


 常に嫌な事ばかり起きてきた僕の人生の中で、こんなご都合的な事があっていいのだろうか。

 僕が落ち込んでいる時に、ずっと会いたかった片桐さんが僕の元に現われてくれるだなんて、そんな夢のようないい事があっていいのだろうか。


 この世の中は嫌な事ばかりで、いい思いをするのは僕とは別の人種のリア充だけで、僕は常に嫌な目にばかり遭うように出来ている筈なのに、こんな事があって良いのだろうか……。




 僕がそんな事を思っていたら、片桐さんが浮かない顔をしながら尋ねてきた。


「あの……、何か嫌な事でもあったんですか……?」

「え……?」

「泣いているようでしたから……」


 僕は手で瞳を擦った。

 僕の瞳から涙が垂れていた。


 それに気付いたその瞬間、今度は濁流のように涙が溢れてきた。




「も、モエさん!?大丈夫ですか!?」


 心配する片桐さんの目の前で、僕は赤子のように泣き叫んだ。


 痛い訳でも悲しい訳でもないのに何故だか涙が止まらなかった。








 第二章 交際編   完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ