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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第二章
63/102

27話 名前

 僕がカラオケ店から出てしばらく繁華街の道を歩いていた時、橘さんが後ろから追ってきた。


「ちょっと待ってよ!」


 僕は無視して歩き続けた。


「どうしたのよモエ?」

 橘さんは僕の真横を歩きながら語りかけてきた。


「皆とも全然話さないし……」

「一体何を話せって言うんだよ……」

「だからそう思って、私が話題を振ってあげたのに」

「僕はそうしろだなんて頼んでない……」

「でもあんた、彼女が欲しいって……」

「彼女なんて、もういらない……」

「どうしたのよあんた?こんな事くらいで拗ねちゃって」

「拗ねてない……。だからもう僕に構わないで……」

「どうしたのよ?男のヒステリーなんてみっともないわよ?」

 その発言を聞き、僕は顔をしかめた。


 そんな僕の様子を見て、ふざけた態度を取っていた橘さんは態度を改めた。


「ごめん、悪かったわ……。でも何に対してそれだけ怒ってるのか教えてよ。気に障る事したって言うなら謝るから」

 橘さんのその表情はあまりにも無垢で、僕が一体何に対してどのような怒りを感じているのかまるでわかっていない様子だった。




「やっぱりあんた……、何も変わってなかった……」

「何を言ってるの?」

「少しはマシになったかもと思った僕がバカだった……」

「そんなに合コン行くのが嫌だったの?」

「別にそういう訳じゃない……」

「じゃあなんなのよ?何にそんなに怒ってるのよ?」

「別に……。僕に構わず吉田達と絡んでればいいじゃん……。ずっとチヤホヤされてろよ……」

「どうしたのよモエ?私はあんたの為を思って……」

「全部自分の為だろ……」

 僕はそう言いながらその場で足を止めた。




「僕に性格が悪いって指摘されたから、それで性格良くしたら直樹とよりを戻せるって思ったんだろ?」

「そ、そんなこと……」

「自分は心を入れ替えたってアピールする為に、急に手のひら返して今まで散々バカにしていた僕にあれこれするようになったんだろ?」

「ち、違うわよ!わ、私は純粋にモエの為を思って……」

「純粋……?本当に?」

 僕は恫喝するように橘さんに問いただした。


「ごめん……。でもモエに彼女を作ってあげようと思ってるってのは本当よ?」

「どこまでが本気なんだよ……」

「そりゃ、直樹とよりを戻したいってのが第一だけど、でもあんたにだって感謝してるし、申し訳ない事してきたとも思ってるし……」

「それでこの合コン?バカじゃないの?」

「だってモエは、ずっと彼女が欲しいって、そう思っていたみたいだったから……」

「こんなバカなことして、僕に彼女が出来るなんて本気で思ってたの?」

「……ごめん」

 橘さんはそう言うと、申し訳なさそうに俯いた。

 



「橘さん、僕に彼女を作るのなら、もっと手っ取り早い方法があるよ」

「なに……?」

「橘さんが僕と付き合ってよ」

「え……」

 僕のそのおぞましい提案を聞き、橘さんの表情がかつてない程に曇った。


「橘さん、性格はとんでもなく悪くて、男に糞尿かけられて喜ぶ変態だけどさ、黙っていれば普通に美人だし。何より橘さん、女なんだから出来るでしょ?本気で謝罪する気があるなら出来るよね?」


 何故だろう……。

 何故僕はこんな酷い事を橘さんに言っているのだろう……。


「ああ、直樹以外の糞尿は嫌なんだっけ?別にいいよ。僕、そういう趣味ないから」

「そうじゃ……、なくて……」

「別にヤらせろって言ってる訳じゃないよ?手でも口でも、なんだったら足でもいいよ?」


 なんで今日の僕は、橘さんに対してこんなに酷い事ばかり言っているのだろう。


「ごめん……、なさい……」

 橘さんはそう言いながら、今にも泣きそうな顔をしていた。


「そうだよね?無理に決まってるよね?」

「……ごめん」

「でも橘さんが他の人たちに言ってきたのって、そういう事だよ?自分では絶対にしたくない事を、橘さんは誰かに押し付けようとしてたんだよ?それって人として最低だよね?」


 こんな事言うつもりなんてないのに、なんでこんな酷い言葉ばかりが僕の口から出て来るのだろう。


「ごめん……、なさい……」

 橘さんの目から涙が一滴垂れた。


「女の子っていいよね。困った時は泣けば全部済むんだもん。自分が泣けば相手は問答無用で悪者なんだもん。そりゃ痴漢冤罪がなくならない訳だよ」

「ごめんなさい……」

「でも僕は鬼じゃないから、橘さんの事、許すよ」

「ほ、ほんと……?」

 

 表情が少しだけ晴れた橘さんに対し、僕は追撃するかの如く告げた。


「ちゃんと謝って。この前謝ったのは精液の事だけだよね?今まで散々僕に酷いことしてきたよね?僕を友誼部だなんて訳のわからない部活に巻き込んだり。小鳥遊さんに嫌われろってあれこれ命令してきたり」

「ごめん……」

「キモイとか臭いとかゴミとかクズとか、散々罵倒してきた」

「ごめん……」

「面白おかしく僕の物真似して、キモい自己紹介して皆で嘲笑した」

「ごめん……」

「お礼とか言って小鳥遊さんのパンツを渡された時、凄く傷ついた。人の尊厳を踏みにじられた気持ちになった」

「ごめん……」

「僕に死ねって言ったこともあったよね?」

「ごめん……」

「まだまだ沢山あるよね?それ全部に対して、ちゃんと誠意を見せて謝ってよ。ごめんだけじゃなくてさ」


 そう言うと、橘さんは僕に対し問いかけた。


「どうすればいいの……?」

「簡単な事だよ。モエじゃなくて、僕の本当の名前をちゃんと言って、ちゃんと謝って」

「……………………」

 橘さんは黙った。




 そんな橘さんの様子を見て、僕の眉間に電流が流れるような感覚が走った。


「まさかと思うけど、言えないの……?」

「…………」

「詫びるつもりだった相手の、名前も知らなかったの……?」

「ごめん、なさい……」

「クラスメイトなんだから知ってるだろ!?言えよ!」

「ごめんなさい……!」

 僕の怒鳴り声を聞いた橘さんは身を震わせて怯えていた。


 そんな橘さんの姿を見て頭に血が上った僕は、橘さんの左頬に向かって平手打ちをした。

 パチンと大きな音が鳴り、橘さんは普段の態度からは想像も出来ないような大声を出し泣き出した。




「なんだよ……、あんた……」

「ごめんなさい……、ごめんなさい……」


 子供のように泣きじゃくりながら謝罪する橘さんを見て、更に僕は腹が立ち怒鳴りつけた。


「そりゃあんたは見た目くらいしか取り柄無いよ!?性格だって悪いし、ヤることしか頭にない!その上どうしようもなくバカでスカトロ趣味の変態だよ!?」

「ごめんなさい……」

「でも最近は……、ちょっとだけマシになってきたって、本気でそう思ってたのに!」

「ご……、ごめん……、なさい……」

 橘さんの声は震えていた。




「そりゃそうだよね!誰も僕の事なんて興味は持たない!僕が悩んでいても苦しんでいても、皆どうでもいいって思ってる!酷い時には笑う奴も出て来る!当たり前だよ!だって僕そういう人間だから!」


 その発言と共に、僕が日頃塞いでいた感情の蓋が完全に外れた。


「ねえ、橘さん。少しでも考えた事ある?僕がなんでキモオタのモエなんて呼ばれるようになって、なんで僕がクラスの連中にバカにされてるのにいつも我慢して学校に来ているか。橘さん少しでも考えた事ある!?ないよね!?」


 この発言をした時、僕は確信した。

 僕が日頃必死に抑えていた心のリミッターは今、完全に外れてる。


「不幸なのは橘さんだけじゃないんだよ!?僕だって相応に苦労してるんだよ!?そりゃあんたの家が滅茶苦茶なのはわかってるよ!?でも僕の家だって似たような物だよ!?父親も母親もいるけど、肝心な時に何もしてくれない!それどころか、やらないといけない事ばかり押し付けて、毎日毎日嫌な事ばかり言ってくる!」


 あれ?僕、なんでこんな事言っているんだろう?


「沢山勉強していい大学に入らないといい大人になれないって、そこだけもっともらしい親っぽい事言ってるけど、自分らが最悪のクズ大人の癖に何言ってるんだよ!?僕がどんなに酷い目に遭っても何もしない!話だってろくに聞いてくれない!」


 さっきからなに言ってるんだろう、僕。

 

「いつもいつも何かにつけて仕事が忙しいって、金がないなら子供なんて生むなよ!よくやったの言葉もなしにやりたくもない事ばかり強要されてるんだよ!当たり前のように僕にあれこれ押し付けるけど、少しはこっちの身にもなれよ!?」


 橘さんにこんな事言ってもしょうがないのに、なに言ってるんだろう、僕。


「アニメやパソコンみたいな暗い趣味じゃなくてもっと人と関われるスポーツとかを趣味にしろって偉そうに言うけど、誰がそうさせたんだよ!?あんたらだろ!?子供の世話を面倒がって、あんた等がクズ親でまともな育て方が出来ないから子供がこうなったんだよ!それを棚上げして、都合のいい時だけいい大人みたいな事言ってきて!」


 なんで僕、こんな橘さんに言っても絶対に訳のわからない話をしているんだろう……。


「惰性で育てられた僕がまともに育つわけないだろ!?あんた等、人を満足に育てられるくらい上等な人間なのかよ!?お前は駄目だ!周りの皆を見習え!?何がどこに出しても恥ずかしくない人間になれだ!?なにが人のせいにするなだ!?あんた等の方がどこに出しても恥ずかしいクズ親の癖に!」


 なんで僕、こんな話を橘さんにしているんだろう……。


「あれをしろこれをしろ!これをするなこういう人間になるな!あんた等が最低の人間の見本の癖に何言ってるんだよ!?いい加減にしろよ!?嫌な事沢山我慢して言われてる事もちゃんとやっているのに、労いの言葉もなく好き勝手な事ばかり言いやがって!毎日毎日文句の一つも言わずに我慢しているこっちの身にもなれよ!?」


 あれ、僕。誰に対して言っているんだろう?


「親友に裏切られて、先生にも親にも見捨てられて、誰も人が信じられなくなって、その上あんたのバカな行いに巻き込まれて、散々嫌な思いをさせられて、唯一僕に優しくしてくれた人はあんたが不登校になるまで追い込んで!それがどの面下げて今更友達面で僕の前に来てるんだよ!?」


 そういえば、僕の目から涙が流れていた。

 なんでだろう。自分でもよくわからない。


「親から虐待された挙句捨てられて、引き取られた親戚の家で肩身を狭い思いをして、学校でも酷い虐めを受けて、心の支えにしていた大好きな人も大嫌いな女に寝取られて、それでも挫けないでちゃんと反省して、泣き言も言わないで自分を変えようとして皆と上手くやれているあんたはそりゃ凄いよ!?立派だよ!?」


 ああ、僕。橘さんの事凄いって思ってたんだ。


「顔が良いってのもあるんだろうけど、それを除いたって十分凄いよ!コミュ力もある!行動力もある!明るくって下ネタが好きで愛嬌だってある!でも僕はあんたほど強くないんだよ!?そこいらのクソ虫にも劣る最低のゴミ陰キャなんだよ!?あんたみたいに人から好かれるような人間じゃないんだよ!?」


 僕、橘さんの事凄いって思ってて、橘さんは僕よりずっと悲惨な境遇なのにめげずに上手くやっているから羨ましく思ってたんだ。

 今になるまで自分でも気付かなかったよ。


「色々あったけどそれでもやっと少しは打ち解けたと思ったのに、なんであんたはこんな事するんだよ!?もしかしたら友達になれるかもって本気で思っていたのに、なんで名前すら覚えていないんだよ!?」


 そうか。僕は橘さんと友達になりたいって思っていたのか。

 だから橘さんが、悪意なしで僕に嫌な事をしてきた事や、僕の名前を覚えていなかった事にこれだけムカついていたんだ。


「こんな人の気持ちを完全に無視したような事して、ちょっとでもあんたの事、もしかしたら本当にいい人になったのかもって思った僕は何!?あんたバカだろ!?人をバカにするのもいい加減にしろよ!」


 バカは僕の方なのに、何言ってるんだろう……。




「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

 橘さんは何度も僕に謝りながら、また殴られる事を怯えてるのか、両腕で身体を庇ってビクビク震えていた。


 そしてその場にいた通行人達も、年頃の女の子に支離滅裂な事を言って怒鳴り散らす異様な姿の僕を奇異の目で見ていた。




 それに気付いた瞬間、僕は我に返った。


「ごめん……。どうかしてた……」

「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

 僕が我に帰っても尚、橘さんは怯えながら謝罪を続けていた。


「橘さんのやった事は、むしろ普通だよ……。女の子に変なラブレター渡したりエロい事頼み込むなら未だしも、彼女欲しいって言ってる奴を合コンに誘うだなんて、全然普通の事だよ……」


 今更フォローしても遅い。そんな事僕にだってわかってる。


「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

「そりゃ確かに行き届いてなかった所はあったよ……。でも橘さん、僕の為にわざわざお膳立てして、話題まで振ってくれたし、僕があの中でも馴染みやすい状況を作ろうとしていてくれたのは、自分でもわかってたんだよ……」

「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」


 僕が何を言っても、橘さんはごめんなさいごめんなさいと壊れたロボットのように繰り返すだけだった。


「ごめん。悪いのは全部僕だよ。僕が悪い……」

「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

「上手くやれなかったのも僕が悪いし、こんな八つ当たりを橘さんにしたのだって僕が悪い……。完全にどうかしていた……」

「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

「こんなのじゃ小鳥遊さんの事、ちっとも悪く言えないよね……。これじゃ前の橘さんの方が、ずっとマシだよね……」

「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

「何も変わっていないのは、僕の方なのに……、橘さんは、ちゃんと変われたのに……、本当に、ごめん……」

「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……」

「なんでこんな事を言ってしまったのか、自分でもよくわからないよ……。ごめん……、今日はもう帰るよ……」


 僕はそう言い、その場に立ちすくみ泣きながら延々と謝罪を続ける橘さんを放置して家に帰った。




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