表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第二章
61/102

25話 帰れコール

 僕が自分の性癖を教えたあの日以来、橘さんは女子に変な事を言うのをやめた。

 そして僕の性癖をバラした様子もなかった。


 橘さんは意外と約束はちゃんと守るタイプだったのだろうか。

 でもやっぱり、裏でまたロクでもない事を考えているのかもしれないので油断はできない。




 そんなある日の朝の事だった。




「毎日毎日あんたなんなの!?うちらのクラスに来ないでよ!」


 僕が教室に入ったその時、クラスメイトの女子が甲高い声を発していた。

 またしても小鳥遊さんが、直樹の元取り巻きである女子三名に絡まれていたのだ。


「あんたがいるせいでうちら迷惑してるの!」

「そうよ!本当ウザい!」

「いつもいつもイチャイチャイチャイチャ、彼氏とイチャつきたいなら家でやってよ!」


 元取り巻きの女子三名の怒声が教室内に鳴り響いていた。 




「別にいいでしょ……。皆には関係ないでしょ……」

「なに言ってるの!?毎日毎日見せつけるような事してきて、本当にウザい!」

「だったら見なきゃいいでしょ……?」

「あんたがどっか行きなさいよ!」

「なんで……?」

「迷惑だからに決まってるでしょ!」

「別にいいじゃない……」

「いい訳ないでしょ!?今すぐ自分の教室に帰りなさいよ!」


 一見するとただ小鳥遊さんに因縁を付けているだけのように見えたが、やはり女子三名の発言はこれ以上なく正論だった。

 少し可哀想な気もするが、どう考えても学校内で公序良俗を弁えていない小鳥遊さんが悪いので、正直あまり同情出来ない状況である。

 



 僕がそんな事を思っていたら、元取り巻きの女子三名は何故か手拍子を始めた。


「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」


 なんとその女子三名は小鳥遊さんを追い出すべく、帰れコールをはじめたのだ。

 

 妹さんの例もそうだが、直樹を好きになる子はやはり友誼部メンバーに限らず変な子が多いのだろうか。

 いくら小鳥遊さんを疎ましく思っているからと言って、帰れコールをするなんて流石にどうかしている。


 なんて事を思っていたら、なんとその三名以外の女子達までもが面白がって帰れコールに便乗しだした。

 それどころか、吉田達三名を含む男子数名まで便乗して帰れコールに参加していた。

 多分だが、小鳥遊さんに気持ち悪いって言われて振られた人も何人か混ざってる。


 それにしても小鳥遊さん、一体どれだけ嫌われているんだ……。




「「「「「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」」」」」


 小鳥遊さんに向けた帰れコールが、教室内に鳴り響いていた。


 指をさして笑う者。見て見ぬふりをする者。面白半分に便乗する者。

 加害者も傍観者も、誰も被害者を助けない。

 暴力を行使されてる訳じゃないが、どこかあの日の僕に似た光景だ。

 集団心理とか、人の無自覚な悪意というのは、まさしくこのような状況を指して言うのだろう。


 もっとも、この事態は小鳥遊さんの日頃の数々のKYな行動が生んだ結果だ。

 言ってしまえば完全に小鳥遊さんの自業自得だ。

 小鳥遊さんは男女の双方に嫌われるような事をごく日常的にしていた為、これも仕方のない事ではある。


 


 クラスメイトらの帰れコールが鳴り響く中、先に登校していた橘さんが僕に話しかけてきた。


「中々楽しい光景ね」


 最近このパターン多いなあ……。

 小鳥遊さんの身に何か起きる度に、橘さんが僕に話しかけてくる。


「あんたもそう思わない?」

「陰湿すぎだろ、あんた……」

「そう思うなら助けたら?」

「……嫌だ」

「そりゃそうよね。あいつ、虐めはされる方が悪いって言葉を地で行くような事ばかりしていたし」

 橘さんはニヤニヤ笑いながらそう言った。


「それにしたって、うちの教室に来るから絡まれるだろうに、自分のクラスで大人しくしてればいいのに……」

「直樹とイチャつきたいんでしょ?」

「それなら直樹を自分のクラスに呼べばいいじゃん……」

「だってあいつ、自分のクラスでも居場所ないもん。嫌われてるし」

「それならそれで、廊下とかで直樹と話せばいいじゃん……」

「多分他の連中に絡まれるリスクを承知で、直樹とイチャついてる所を私に見せたいんでしょ?」

「そんなバカな……」

「だってあいつ、バカでしょ」

「いや、でも一応学年順位はいつも一位でしょ……?」

「いや、どう考えてもあいつはバカでしょ。利口な奴なら絶対にこうはならないわ」

「そりゃそうかもしれないけど、あれでも一応全国模試ではいつもトップの優等生だし……」

「優等生どころか、どう見ても立派な問題児でしょ」

「…………」


 何も否定できなかった。




「「「「「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」」」」」


 小鳥遊さんに対する帰れコールは依然として鳴り止む気配はなく、当の小鳥遊さんはというと帰る素振りを見せずに何も言わずにただ俯くだけだった。




 そんな小鳥遊さんを見ながら、橘さんは楽しそうに言ってきた。


「いやぁ、本当に楽しい光景ね。まるで木の葉の里みたい。まさに卑の意思ね」


 橘さんはそう言った後、皆の帰れコールに便乗して手拍子を始めた。


「かーえーれ、かーえーれ」

「やめなさいよ」

「あんたもやりなさいよ」

「嫌だよ……」

「あんただって内心、ざまあみろって思ってるでしょ?」


 正直、否定出来なかった。


 そんな僕の様子を見かねたのか、橘さんは不敵な笑みを浮かべた。


「もっと自分の心に素直になりなさいよ。あいつが今まであんたに何をしてきたと思ってるの?ほら、モエも一緒に。かーえーれー、かーえーれー、かーえーれー、かーえーれー」

「………………」


 僕は今、かつて経験した事のない胸の高鳴りを感じていた。

 僕を散々傷つけた小鳥遊さんが、あの時の僕と似たような目に遭っている。


 僕はこの光景に、少しだけ愉悦を感じていた。

 ここにいる低俗な連中と同じく僕はこの状況を楽しんでいた。


 でもそれと同時に、そんな自分が嫌になり、どうしようもないやるせなさを感じてしまう……。

 


 

 そんな時、遅れて登校してきた直樹が教室に入ってきた。

 教室に入るや否や直樹は血相変えた顔をし、小鳥遊さんの手を掴み急いで教室の外へと連れて行った。


 それに伴い、皆の帰れコールも鳴り止んだ。




「あーあ、もう終わっちゃった。面白かったのに」

「…………」

「どうしたのあんた?そんな顔して」




 僕は今、非常に複雑な気持ちである。

 

 今、小鳥遊さんはあの時の僕と同じような状況になっていた訳だが、小鳥遊さんには助けてくれる人がいたのだ。

 僕は小鳥遊さんと違い、人を傷つけるような事は何もしていない。でもあの時、僕を助けてくれた人はいなかった。


 それがどうにも釈然としない。

 そりゃ僕と小鳥遊さんのスペックがあまりにもかけ離れているのはわかっている。

 でもだからと言って、無自覚に人を傷つけたり皆に嫌な思いばかりさせていた小鳥遊さんが誰かから助けられて、僕だけが無視されるという現実は、やはり納得できない。

 



「なんで小鳥遊さんには、庇ってくれる人がいるんだろう……」

「は?何言ってるのあんた?」

「小鳥遊さんは……、僕とは違うんだよね……」

「当たり前でしょ?」

「…………」




 小鳥遊さんは困っている時、助けてくれる人がいる。

 でも僕が困っていても、誰も僕を助けない。

 無視するか、嘲笑うか、そのどちらかだ。




 でもあの人だけは違った。

 あの人だけは僕を助けてくれた。あの人だけが僕の話をちゃんと聞いてくれた。


 今思うと、あの人ともっと仲良くしておけばよかったなあ……。

 そしたら、あんな事にはならなかったかもしれないのに……。




「なんでそんな事言うの!?自分の教室にいろって、直樹くんはあたしの事が嫌いなの!?直樹君はあたしに会いたくないの!?」


 僕が感傷に浸っていたその時、廊下の方から小鳥遊さんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 毎度おなじみ、いつもの小鳥遊さんのヒスである。




「まーた始まった」

 橘さんは呆れ気味な様子で言った。

 

「小鳥遊さん、なんであそこまで直樹に固執するんだろう……」

「さあ、あいつ薬でもやってるのかしら?あ、でも智代は薬やってたけど、あそこまで酷くはなかったわね」

「片桐さんのは安定剤の類だからなあ……」

「薬じゃないとしたら、変な宗教でもやってるのかしら?」


 ある意味ではそんな感じなのかもしれない……。


「直樹も大変ね、あんな変な女に好かれて」


 あんたが言うなよと言ってやろうと思ったが、明らかに小鳥遊さんの方が変だと思った為、言うのをやめた。


「あいつ絶対、フェラした後キスせがんで相手をげんなりさせるタイプよ」

「そう言うあんたはどうなのさ?」

「…………」

 橘さんは黙った。




「してたのか……」

「あいつやっぱ、頭おかしいわね」


 話逸らしたなこの人。


「でも気持ちはちょっとわかるわ」

「同じ穴のムジナだもんね」

「ちょっと気になる言い方だけど、あまり否定出来ないのが悔しいところね」

「ああ、一応橘さんも自分が直樹に同じような事してたって自覚あったんだね……」

「あんたに一つ感謝してることがあるわ」

 橘さんは唐突に言ってきた。


「感謝?どういう風の吹き回しだよ?」

「直樹に振られる前は私、他の人達と話そうだなんて思わなかった。精々直樹と付き合う為にあんたを利用してやろうと思ったくらい。でも直樹に振られて、他の奴ともよく絡むようになって、それで最近気付いたの」

「何に?」

「私やっぱり、どうもあんたが言う通り、平均よりいいルックスだったみたい」

「自慢かよ……」

「どうも世間一般の基準では、私って十分美人の部類みたいなのよ」

「だから自慢?」

「私ね、自分のことずっとブスだと思ってたのよ。前に中学時代虐められてたって言ったでしょ」

「言ってたっけ?」

「言ったわよ」


 そう言えば、友誼部が解散した日に直樹がやったあの修羅場謝罪会見の時に、そんなような事を言っていた気がする。




「その時の私のあだ名が根暗ブスだったのよ」

「橘さん、性格悪いけど根暗ではないでしょ……」

「その時の私は今よりずっと人見知りだったのよ。それに色々あったばかりで塞ぎこんでたし」

「まさかあんたが自分の事ブスだって思ってたのって、そのせいなの?」

「まあね。今思うと、ブス女達が美人の私に嫉妬してただけなんだろうけど。本当なんでそんな簡単な事に気付かなかったんでしょうねえ?」


 確かに橘さんは見た目だけなら結構美人だから、おブスな女子達から目をつけられても不思議はない。


「まあ直樹と再会してから人見知りはだいぶ良くなったんだけどね。でもその前の私は、自分は暗くてブスな女だってずっと思ってたのよ」

「周りの男子とかは助けてくれなかったの?」

「私、結構シャレにならないくらいの虐め受けてたから、男子もなるべく私と関わらないようにしてたのよ」

「前に男から言い寄られた事ないって言ってたけど、もしかしてそのせい?」

「そうね。だから直樹との思い出だけを心の支えにしてたって訳。直樹だけが醜い私を受け入れてくれるって思ってた。だから直樹にあれだけ固執していたの」

「なんつーか痛いなあ……」

「そうかもね。私はブスだし、暗いし、こんな私を受け入れてくれる人は直樹しかいないって思ってた訳なのよ。つい最近までずっと」


 この前の生ゴミの件といい、親の失踪の件といい、親戚の家での肩身の狭い生活といい、橘さんもなんだかんだで結構苦労しているんだなあ……。

 まあそれだけ色々あれば、こんな変な性格になるのもちょっと仕方ないような気がする……。




「だけど実際はそうじゃなかったの。別に直樹じゃなくても、私と付き合いたがってくれる人はいたのよ。あんたのお陰でそれに気づけたわ」

「そりゃよかったよ」

「ありがとう」


 まったく予想していなかった橘さんからの感謝の言葉に、思いがけず鳥肌が立ってしまった。


「ちょっとやめてよ……。橘さんに素直に感謝されるとか、なんか気持ち悪いよ……」

「折角人が感謝しているんだから素直に受け取りなさいよ」

「だって、裏がありそうでなんか怖いよ……」

「そう思いたいのなら勝手に思ってなさいよ」

「じゃあそうする」

「そうして」


 どうでもいいが今のやりとり、浦沢義雄感あったなあ。




「可愛いとか、面白いとか、虐められてた時や直樹と一緒にいた時には、そんな事言ってくれる人なんて絶対に現われないって思ってた」

「そりゃ結構な事で……」

「この前ね、私、うちのクラスの内山君に告られたのよ」

「そりゃよかったね」

「内山君、割とカッコいいしそこそこモテるんだけどね、でも断ったの」

「一応聞くけど、なんで?」

「直樹の事が好きだから」

「だろうねえ……」

「直樹じゃなくても付き合いたがってくれる人がいたのよ。普通に」

「よかったじゃん」

「他にも私を選んでくれる相手がいるってわかったのに、それでもやっぱり直樹が好きなの」

「なんであんな奴がいいの?いいとこなんて全然ないし不誠実でヘタレだし、浮気だってしたじゃん」

「理由なんて自分でもよくわからないわ」

「小学校低学年の時にした結婚の約束10年以上ひきずってるんだっけ?小学生の時の結婚の約束なんか、子供の遊びみたいなものでしょ?なら別に直樹に拘らなくても……」

「そうかもね。でも直樹以外の奴となんか絶対に付き合いたくないって思うの」

「なんで?」

「自分でもよくわからないわ。ただ直樹以外の人とは絶対にしたくないって思うの。直樹の出す糞尿なら土下座してでも飲みたいけど、他の人のは絶対に嫌だって思うの」


 わけがわからないよ……。


「直樹はヘタレだし、バカげた部活の為にラノベの難聴主人公の真似事するようなアホだし、オマケに椿みたいな阿婆擦れと浮気して私を振った酷い奴なのに。変でしょ?」

「恋は盲目って奴?僕にはよくわからないよ」

「でもそういう物なんじゃないの?」

「少なくとも、僕にはあんたの気持ちがさっぱりわからないよ」

「でも人が人を好きになる気持ちって、当人以外には理解できなかったり、くだらないって思ったりするものじゃないの?」

「そういうものなのかなあ……」

「あんただって、スペックだけで中身最悪の阿婆擦れ椿にあれだけ固執してたじゃない。私から見るとそっちの方が理解できないわ」

「別に僕は橘さんみたいに小鳥遊さんに固執してた訳じゃないよ」

「じゃあなんで手も繋いでくれないような相手と我慢して付き合ってた訳?」

「…………」




  僕は少し黙った後言った。


「……他に相手がいないから」

「じゃあその意味あるんだかないんだかよくわからないイメチェンはなに?あいつに気に入られたかったんじゃないの?」

「別に……。理由はどうあれ、折角付き合ってくれたんだから振られないように色々やってただけだよ。全部無駄だったけど……」

「虚しいわね」

「うるさいよ」


 僕がそう返すと、橘さんはクスリと笑った後、改まった様子で言った。


「椿は多分、直樹以外の人が見えていないんだと思う。直樹と結ばれる事だけが自分が幸せになる唯一の方法なんだって思ってる。やり方も態度も最悪だけど、椿は幸せになりたくって一生懸命なだけなんだと思うの」

「どうしたの急に?」

「最近なんとなくあいつの気持ちがわかってきたのよ。多分ね、直樹の彼女になりたいとか直樹を幸せにしたいって感情以上に、椿は自分が幸せになりたいって気持ちが強いのよ、きっと。私もそうだったから何となく気持ちはわかるわ」


 直樹に近づく女全てを邪魔者と判断し、小鳥遊さんに陰湿な嫌がらせばかりしていた以前の橘さんからは想像も出来ない程の大人な発言に、僕は驚いた。




「橘さん……、そんな冷静な物の見方出来たんだ……」

「ちょっとなによ?それじゃ私まるで普段はバカみたいじゃない」

「いや、バカでしょ……」



 

 幸せになりたくて一生懸命なだけか……。


 片桐さんもそうだったのかなあ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ