22話 欲しい物
ある日の昼休み、僕はいつものように橘さんと一緒に昼食を食べていた。
だけど橘さんは何故か不機嫌そうな顔をしていた。
「どうしたの?そんな顔して」
「直樹と椿がいないわ……」
「そうだね」
いつもなら昼休みになると、必ずあの二人は教室で一緒にお昼を食べる。だが何故か今日はいなかった。
僕としては、あの二人がイチャイチャしながらお手製の重箱弁当を食べてる光景を見るととてつもなく不愉快な気持ちになる為、いない方がむしろ有難い。
「きっと校内のどこかでヤってるわ……」
「…………」
マジでありそう……。
「屋上……、は封鎖されてるわね……。となると非常用階段辺り?体育館裏って線もあるわね……。それにしてもムカつくわ。私だって直樹と校内でした事はないのに……」
なんていうか、ブレないなこの人……。
「大好きな直樹と同棲して散々ヤりまくったんだからいいじゃん別に。大抵の事はしたんでしょ?」
「良くないわよ。あのね、同棲して散々おしっこやうんち塗ってもらった仲なのに、あんなクソッタレの淫乱雌豚女に取られてそれでいいなんて言える訳ないでしょ?」
「食事中にうんことかおしっこの話しないでよ……」
「じゃあセックスとかちんぽとかまんこの話ならオーケーなの?」
「…………」
この人、下品過ぎて嫌になるわ……。
「ねえ。巨乳ってバカが多いらしいけど、椿もやっぱりバカなのかしら?」
「あんたは貧乳だけどバカでしょ……」
「なに言ってるの?私はスレンダーな美人で通ってるのよ」
ちょっと前まで私はブスだと何かと嘆いていたのに、男にチヤホヤされるようになった途端、今度は自分は美人だとのたまうか……。
「ねえ。直樹は椿のどこが気に入ったと思う?」
「顔じゃないの?あとスタイルとか」
「あいつ見た目だけはいいもんね」
「それに勉強も出来るし。お金持ちだし」
「あいつ本当スペック以外に良いところないわね」
「そうかも……」
真面目な話、以前好いていた僕ですら、小鳥遊さんのスペック以外の良いところが思いつかない……。
「逆に椿は直樹の何が良くて付き合ってるのかしら?」
「さあ、僕にもよくわからないよ」
「そもそも私、あいつがどういう奴かすら未だによくわからないんだけど。あいつの趣味とか好きな事とか聞いた事がないわ」
「確か橘さん、一年くらい小鳥遊さんと同じ部活仲間として過ごしてたんだよね?」
「ええ。確かに私は結構椿と長くいたわ。でもあいつのことって正直未だによくわからないの。あいつそもそも一体何が楽しくて生きてるの?」
「僕に聞かれても……」
「あんた一応あいつと付き合ってたんでしょ?」
「付き合っていたって言っても、本当恋人らしい事は何もしていないし……。いつも勉強ばかりしていたけど、それは親が厳しいから仕方なくって感じだったし……」
「やっぱあいつ、何を考えているかさっぱりわからないわ」
言われてみたら確かにその通りだ。
小鳥遊さんが自分の趣味や好きな事について語ってる所なんて見た事がない。
小鳥遊さんが話す事はいつも直樹の話題ばかりだ。
橘さんの性格も直樹に対する好意も常軌を逸した物だとは思うが、橘さんは自分のエゴに対して度を超える程忠実で、行動原理が直樹とヤる事なので割と明確でまだわかりやすい。
でも小鳥遊さんは、一体何がしたくて何を考えているのか本気でわからない。
目標も行動原理も不透明で、直樹に対するアプローチも全てテンプレ通りで型にはまりすぎていると言うべきか、なんていうか人間らしさという物をまるで感じられない。
あの異様な執着ぶりを見てると、単なる性欲や愛情の為と言うよりは、何か別の意図があるように思えて仕方がない。
自分の家庭環境が嫌で、親に決められた相手と結婚するのがとにかく嫌だったみたいだが、だからと言って何故直樹と交際する事にあれ程までに拘るのか。
何故小鳥遊さんは直樹に対してあれ程までに依存するのか、大好きな直樹と付き合えたにも関わらず何故小鳥遊さんはヒスを起こし続けるのか、その全てが僕にはわからない。
ここまでくると不思議を通り越して、不気味とさえ思えてしまう。
「もしかしてさ、あいつは中身がスカスカだからその分直樹に依存して、空っぽの心を直樹とヤる事で埋めようとしてるのかしらね?」
「そうかもね。そういえば、前に直樹は自分に初めてちゃんと説教してくれた人だから好きだとかって言ってたよ」
「ラノベのヒロインみたいなしょうもない惚れ理由ね」
「幼少期にした結婚の約束十年引きずってたあんたが言うなよ……」
「それはそれ、これはこれよ」
相変わらずのダブルスタンダード……。
「まさかと思うけどそれだけなの?それだけであいつは直樹にあれだけ依存してるの?」
「そういえば小鳥遊さん、前に直樹の事自分を救ってくれる王子さまで魔法使いだって言ってたよ」
僕がそう言うと、橘さんは腹を抱えて笑いだした。
「王子さまで魔法使いwあはははwなにそれ!痛いwキモすぎwwwシンデレラコンプレックスって本当にあったんだwwwww」
「いや、だからあんたも人の事言える立場じゃないからね?」
「バカじゃないのw何?直樹が魔法使いで王子様で自分の事救ってくれるって言ってたの?バカ過ぎるわwwwああwおケツが痒いwwwあいつどれだけ直樹に依存してるのよwwwww」
シンバルを持った猿の玩具みたいに両手を叩きながら、橘さんは下品な笑い声をあげていた。
「その言葉、あんたに思いっきり返ってるよ……」
ってか、ネットの駄文じゃないんだから草生やすなよ……。
どうでもいいけど、橘さんにスカトロ趣味があると知って以来、橘さんから常にうんこの臭いがするような気がして仕方がない。
「ところでモエ、あんた今欲しいものある?」
橘さんは藪から棒に言ってきた。
「なんのつもり?」
「だからお詫びよ。今まで色々と迷惑かけたお詫びに何かあげようと思って。ああ、小学生の女の子とかは駄目よ?犯罪になるから」
お詫びとか言ってるけど、明らかにおちょくってるだろこの人……。
「殴るよ?」
「なんで?」
この人もやっぱり、小鳥遊さんみたいに人の気持ちをくみ取れないタイプなのかなあ……。
「何でもいいから欲しい物言ってよ」
「現金」
僕がそう答えると、橘さんは財布を取り出し中身を確認しだした。
「いくらくらい?今あまり持ってないんだけど、3万あればソープで卒業出来るわよね?」
「まさかと思うけど、あんたそんなのが詫びになると思ってるの……?」
「ああ、18いってないと店入れないんだっけ?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「じゃあ何が欲しいの?美少女フィギュア?エロ漫画?同人誌?TENGA?ダッチワイフ?」
「何もいらないよ……。っていうか、あんたからは何ももらいたくない……」
「そう?でもなんか欲しい物くらいはあるでしょ?」
「ないって……」」
「なんかあるでしょ?」
しつこいなこの人……。
僕は少し考えた上で言った。
「彼女」
「え?」
「彼女が欲しい」
「彼女かぁ……」
「単に付き合うだけじゃなくて、ちゃんと恋人らしいことしてくれる彼女」
「ってことは、手すら握らせないような椿みたいのはNGと?」
「そう。無理でしょ?」
「要するにヤらせてくれる彼女が欲しいってことよね?」
相変わらずの俗物的発言……。
「私に任せて!」
橘さんは絶壁のような胸を張りながら高らかに告げた。
正直、不安すぎる……。
「そう言えば悠木さん、最近彼氏と別れたみたいよ?」
「だからなに?」
「彼女を作るチャンスよ!」
はあ?なにいってんだこいつ。
「しかも理由は彼氏の浮気。これならあんたにも分があるわ。あんたなら100パー浮気できないし」
「そりゃそうかもしれないけど、なんかその言い方嫌……」
「今なら確実に落ちるわ。話しかけてきなさいよ」
「そんな訳ないでしょ……。嫌だよ……」
「話しかけるのが恥ずかしいなら、私が代わりにいってくるわ」
「新手の嫌がらせかよ……。やめ……」
僕が止めようとしたその時、もう既に橘さんは悠木さんの元へと駆け寄っていた。
「悠木さん、今彼氏募集中なんですって?」
橘さんは、友人らと机をくっつけて一緒に昼食を食べていた悠木さんに話しかけた。
「そうだけど、だから何……?」
「モエと付き合わない?」
「はあ?」
「モエも今、彼女募集中なの。悠木さんも彼氏に振られたばかりで相手探しているのよね?だったら丁度いいじゃない」
「なんで私があんなのと……」
「まあそう言わないでよ。モエなら前の彼氏と違って浮気する確率はゼロよ」
「いや、普通に嫌なんだけど。キモイし」
「確かにモエはキモいけど、モエにだって良いところはいっぱいあるわ」
「例えば?」
「アニメに詳しい」
「それ良いところ?」
「他にも沢山あるわ。例えば……」
橘さんは発言の途中で口を噤み、しばらく黙りこんだ。
「とにかく、モエにだって良いところはいっぱいあるわ」
「嫌に決まってるでしょ」
「待ってよ。ああいうのはチンコデカいって相場が決まってるのよ。エロ漫画とかだと大体そうでしょ?」
「はぁ?」
「だから付き合いなさいよ。きっとあなたも満足出来るわ」
「ウザっ」
悠木さんのその発言の後、橘さんは僕の元へと戻ってきた。
「断られた」
「当たり前だよ……」
「次行きましょう次」
「やめてよ……、頼むから……」
「やらなくて後悔するより、やってから後悔した方がいいわ。だから行きましょう。さーて、次は誰にしようかしら?」
「あんた頭までうんこで出来てるのかよ……」
「成せばなる 成さねばならぬよ」
真顔でそう言いのける橘さんを見て、僕は大きくため息をついた。




