19話 天使
世の中というのは常に何かしらの悪い事が起きている。
テロや戦争、様々な社会問題、人種差別や企業の不祥事と、挙げていったらキリがない。
そしてそういう悪い事は、僕の身近でも常に起きている。
急遽授業が中止になり、担任の細谷先生からある事を告げられた。
なんでもさっきの体育の授業中、隣のクラスのある男子の財布が盗まれたらしい。
我が校は別にバカ校という訳ではないが、度々この手の事件が起きる。
小鳥遊さんの制服に疑似精液をかけられたり、小鳥遊さんの下着等が盗まれたり、小鳥遊さんが制服のまま直樹と一緒にラブホテルに入って学校に苦情が届いたり、そういうの以外でも時々こういった事件が起きる。
単に現代の若者の心が荒んでいるのか、はたまたゆとり教育の弊害なのかどうかはわからない。
例によって、僕を含む全校生徒がまたしても持ち物検査をさせられる羽目になった訳だが、今回起きた出来事は僕とはまったく関係ない事だ。
だから僕にとっては今回の事件は持ち物検査をされた時点で終わりだ。
財布を盗まれた人には気の毒だとは思うが、僕には一切関係ない。
*
そう思っていたある休み時間の事だった。
「おい!モエ!財布盗んだのお前だろ!」
教室内にて自分の机に座っていた僕は、またしても吉田達にあらぬ疑いを掛けられていた。
何故かは知らないが、こういう事件が起きる度に某ヒーロー特撮のディケイドのように僕が真っ先に疑われる。
「なんで僕が……」
「どうせ盗んだ金で萌えフィギュア買う気なんだろ!」
「買わないし盗んでもいないって……」
「じゃあ薄い本でも買うのかw」
「買わないって……」
「嘘付くなよ!」
吉田の取り巻きである田中は、取り調べをする警察官のように僕の机をドンと叩いた。
こいつ等は僕がオタク趣味をやめたという事を知らない。
だけどこの状況で僕がその事を喋ったら、間違いなく余計に疑いが強まるだろう。
だから適当にあしらうことにした。
「小鳥遊に振られて溜まってるんだろ。そんで萌えフィギュアに擦りつける気なんだろ?」
「そんなことしないって……」
萌えフィギュア買って擦りつけるくらいなら、TENGAでも買った方がいいだろうに……。
リア充って皆バカなのかなあ。
なんて事を思っていたら、教室後方のロッカーに置いていた僕の鞄を吉田達は唐突に漁り始めた。
「ちょっと、何やってんだよ……?」
「なんだよ、教材ばかりで面白いもの何もないじゃん!」
「いや、だから何やってんの……?」
「つまんねえなあ。いつもみたいに萌えラノベくらい持ってきてねえのかよ?」
「いや、だからなんで僕の鞄漁って中身広げてるの……?」
「持ち物検査だよw」
「いや、さっき先生がやったでしょ……?」
「どっかに隠してるのかもしれないだろw」
「証拠もないのに、なんで僕を疑うんだよ……?」
「だってさっきの休み時間、お前いなかったじゃん!」
「いや、トイレに行ってたんだよ。って言うか、アリバイない人なら他にも大勢いるでしょ……?」
「お前が一番怪しいんだよwww」
「……なんで?」
「お前日頃の行い悪いし!」
一体僕の何が悪いっていうんだ?
僕は人畜無害なただの陰キャラだぞ?
そりゃ僕がキモイのは認めるけど、日頃の行いが悪いのはむしろこいつ等の方だろ。
退屈しのぎに僕みたいな冴えない陰キャラからかって、しょうもないことばかりしているこいつ等の方がよっぽど悪いことしてるだろうに。
リア充って本当にムカつく……。
直樹といい小鳥遊さんといいこいつ等といい、リア充は僕とは違って友達や恋人に恵まれてるくせに、どうしてこうも心が貧しいんだろう。
こいつらには他人に対する労りや思いやりが一切ない。
なんでこんな奴等を好く人がいて、僕を好いてくれる人は一人もいないんだろう……。
僕がそんな事を思っていたら、横から橘さんが割り込んできた。
「モエはやってないわよ」
その発言に対し、吉田達三名が一斉に橘さんの方を向いた。
この人、まさかと思うけど僕を庇う気なのか……?
「なんでわかるんだよ?」
「だってさっきの休み時間の時、私見てたもん。モエは財布なんて盗んでないわ」
「じゃあ橘さんはモエのアリバイ証明できんの?」
「ええ。だってモエ、さっきそこでスマホでdmm開いてみずなれいの足コキ動画見てたもん」
なんつーこと言ってんだよこの糞尿女!?
「きめえwお前そんな趣味なのかよw」
「違うって!そんな趣味ないって!」
「みずなれいとかババアじゃん!」
「あんなババア僕だって嫌だ!」
「知ってるじゃねえか!やっぱ抜いてんだろ!?」
「抜いてないって!」
みずなれいの食ザーAVには何度かお世話になった事があるが、今それを言うと余計に話が拗れそうなのでここでは黙っておこう。
「ってかお前足フェチなの?」
「違うって!」
「じゃあ何フェチなんだよ?」
「…………」
「なんで黙るんだよwww」
自分で言うのも難だが、僕は結構アブノーマルな性癖を持っている。
だからこいつ等なんかに言える訳がない。知られたら確実に卒業するまでその事をからかわれる。
僕がそう思いながら黙っていると、橘さんはまるで恩を売るかの如く助け船を出してきた。
「そんなにモエを虐めないでよ。モエも困ってるじゃない」
「橘さん、モエ庇うの?橘さんやさしーい」
そう言う吉田を尻目に、橘さんは僕の方を見てウィンクをした。
うぜえ。
つーかこうなったのあんたのせいだろ……。
「そう言えば橘さんって休み時間たまに本読んでるよね。何読んでるの?」
「カーマスートラ」
「「「すげえー!!」」」
吉田達三名は歓喜の声をあげた。
「古代インドの性愛論書じゃん!」
「世界最古の愛の教科書じゃん!」
「やっぱり橘さんただ者じゃねえわw」
まったく、何が男に言い寄られた事がないだ。
滅茶苦茶チヤホヤされてるじゃないか……。
「ねえ、橘さんって何カップ?」
「B72のAAカップ」
「マジかよ!?今夜のオカズにしよう!」
つーかこいつ等、教室でなんつー下品な会話しているんだ……。
しかも男女でこんな話を……、橘さんもよくこんな話できるよなあ……。
リア充の生態はやっぱりわからん……。
「あんたはチン長何センチ?」
「えwそんなのは計った事ねえよwww」
「じゃあ5cmくらい?」
「そんなに小さくねえしwwww」
「え、そう?見るからに短そうじゃない?それに細そう」
「あはははははは!」
「橘さんっておもしれー!」
何が面白いだ。単に下品なだけだろうが。
なんでこれで笑えるんだよ。
リア充の考える事は本当にわからん。
吉田達もこんな品性下劣な人のどこがいいんだろう。
類は友を呼ぶって奴なのか?
下品だから下品な人が良く見えるのか?
「そういや橘さん、最近よくモエと一緒にいるけど何かの罰ゲーム?」
「違うわよ」
「じゃあからかってるのw」
「それも違うわ」
「じゃあ騙してるとか?」
「それも違う」
「橘さん、モエなんかじゃなくて俺らともっと絡もうよ~!」
「ごめんね。私のせいでモエには沢山嫌な思いをさせたから、ちょっとでも罪滅ぼししないと」
「もしかして毎日モエとご飯食べてるのはそれの為?」
「ええ」
「橘さん超優しい~!」
「マジ天使だわ!」
どこがだよ……。
どうせ直樹に対するある種のアピールだろうに、こいつ等何もわかってない……。
やっぱりこいつ等、バカなのかなあ……。
「次、男子移動でしょ?行かなくていいの?」
「お、そうだな」
「じゃあまたな橘さん!」
「また話そうぜw」
そう言いながら吉田達3名は僕等の元を去って行った。
「……なんのつもり?」
僕は橘さんに問いただした。
「せめてものお詫びかしらね」
「いや、余計に印象悪くなってるんだけど……」
「そう照れないでよ」
橘さんはドヤ顔しながら僕に言ってきた。
うぜえ。
「いや、っていうかみずなれいって……」
「じゃあ麻美ゆまの方が良かった?」
「だからそういう問題じゃ……」
「じゃあどういう問題なのよ?」
「橘さんは下ネタに耐性あるからいいけど、僕はそうじゃないんだよ……?」
「そうね。あんた童貞だもんね」
「いや、童貞とか以前の問題で……。ってか、そりゃ好きな男と何度もスカトロプレイしたあんたには、もう恥も何もないだろうけどさ……」
「そう褒めないでよ」
「褒めてねえよ……」
「それに流石の私も、最低限の恥じらいくらいはあるわよ?」
「最低限って……、そもそもあんたに恥なんて概念あったのかよ……?」
「ほら、私人前で脱いだことないでしょ?」
「当たり前だよ……」
毎度の事だが、この人のズレ具合には本当に呆れる。
「モエ、精液かけたなんて脅してごめんなさい」
「え……、この状況で、今更それ謝るの……?」
「前々からちゃんと謝りたかったのよ」
「いやいやいや……」
「ごめんなさい。お詫びに私に出来る事なら何でもするわ。下の世話以外なら」
「…………」
何この人……。
まさかと思うが、この人はこれだけで今までの非道な行いが全てチャラになるとでも思ってるのだろうか……?
僕に散々嫌な思いをさせ、片桐さんも深く傷つけた。
それだけの事をしておいて、これっぽっちの善行と呼べるかどうかも怪しい行いをしただけで、映画版ジャイアン理論で全ての罪が帳消しになるとでも思っているのだろうか……。
もしそうだとしたら、かなりのバカだろ。
いや、この人相当バカだけどさ……。
つーかなんでもするって、どうせしょうもない事しかする気ないだろうに……。
っていうか、明らかにこれ、直樹とよりを戻したいが為のパフォーマンスだろ……。
いや……、でも直樹に振られて以来、暴言は吐くものの小鳥遊さんに嫌がらせはしなくなったって話だし、僕を小馬鹿にした態度は相変わらずだけど以前のようなあからさまな酷い事はされてはいない。
今回のみずなれいの件もズレまくってはいたが、一応は財布泥棒の疑いは誤魔化せた訳だし、これも橘さん的には僕に対する善行のつもりだったのかもしれない。
だからもしかしたら、本当に橘さんは改心したのかもしれない……。
でもやっぱり、改心したと判断するにはどうにも納得しがたい。
今回の件は、やはり常識で考えたら僕をバカにしているとしか思えない。
だけど橘さんは常人と比べるとかなりバカなので、善意を持ってこのような行いをしたという可能性も十分にあり得る。
しかしやっぱり僕には判断しかねる。
橘さんは本当に改心したのか、それとも単に僕をバカにして楽しんでいるのか、これら全てが直樹とよりを戻す為の橘さんの巧みな策略なのか、橘さんの真意は僕にはわからない。
ただ一つ言える事は、橘さんは相変わらずウザいが、前とウザさの感じがちょっと変わったという事だけだ。
なんていうか……、前以上に下品になった。
多分あれだ。
処女捨てたからだ。




