18話 虐め
『余った負け犬キャラ同士のよしみでこの後モエは橘と付き合うのか?』なんて思っているそこのあなた。
一応忠告しておくが、この物語にそんな高橋留美子作品エアプ勢が考えるような展開はない。
たとえ主人公に振られようと、ハーレム物のヒロインは絶対に他の男には心を開かない。それがハーレム物のお約束だ。
だから頭がおかしくて性格悪いスカトロマニアの変態バカ女である橘さんと、僕が付き合う道理はない。
そういう展開を望んでも無駄だ。素直に諦めてくれ。
もっとも、そんなアホな展開を望んでいる人がいるかどうかは疑問であるが……。
そんな事はさておき、直樹は最近クラス内で孤立気味である。
小鳥遊さんが正式な彼女となった為、直樹を狙っていた女子達が急激に離れていったのだ。
なので最近の直樹は、小鳥遊さんと話している所しか見かけない。
今の直樹の状況は、さながらギャルゲーの共通ルートが終わって個別ルートに入ると特定ヒロイン以外の出番がなくなるの法則とどことなく似ている。
一方小鳥遊さんはというと、相変わらずそんな直樹に張り付いてずっとイチャイチャしている。
常に直樹と一緒にいて、人前で直樹の腕を組んだり抱きついたりと、公序良俗を弁えずにやりたい放題だ。
校内トップの優等生とは思えない程に不純異性交遊に勤しんでいる。
きっと見えない所では更に不純な事も沢山しているのだろう。
直樹はあんな美人な彼女が出来たにも関わらず以前にも増して常にダルそうな顔をしているが、小鳥遊さんの方はとっても幸せそうである。
そして橘さんはというと、最近クラスに急激に馴染んでいる。
どうもリア充連中にとっては、橘さんのウザさや下品さは面白いと映るらしい。
以前の橘さんは直樹以外の人間とは殆ど会話しようとしなかったが、今は色んなグループの男子と絡んでいる。
クラス内の男子からは面白くて可愛い人と好評で、言わばクラスのちょっとした人気者だ。
僕の目にはまるで『私はこんなに異性にモテるのよ』と言わんばかりの態度を直樹に対して誇示しているようにも思える。
元々変に行動力はあったが、処女を捨てたのがきっかけとなり外交的な性格になったのだろうか?
そんな橘さんだが、何故か女子と絡んでいる所は殆ど見かけない。
そういえば、橘さんは直樹とは一切絡まなくなった。
仮にも二人は親友だったにも関わらず、今は近くにいても会話すらしない。
さながら他人ごっこのような状態だ。
同じ屋根の下で毎日散々ヤりまくり、ちんぽをしゃぶり、ケツ穴を犯され、糞尿をかけてもらい、それだけの事をしたにも関わらず結局の所振られたから、単純に気まずくて話しかけにくいのだろうか?
はたまた、小鳥遊さんが直樹と橘さんとの接触を許していないのだろうか?
もしかすると、これも新たに橘さんの考えた悪巧みの一環なのだろうか?
いずれにしても僕にはわからない。
ただ橘さんとしては、間違いなく直樹とよりを戻す展開を望んでいるという事だけは確定的に明らかだろう。
一方僕はと言うと、相変わらずクラスでは蔑視と嘲笑の対象で皆からバカにされている。
勿論、あんなことがあった後なので直樹や小鳥遊さんとも一切会話してはいない。
多分、友誼部のメンバーだった者の中で僕の生活が一番変化が少ないと言えるだろう。
でも一つだけ変わった事がある。
最近橘さんによく絡まれるのだ。
休み時間等にも頻繁に話しかけられるし、昼食もいつも一緒に食べようと持ちかけてくる。
恐らく橘さんは、クラス内で孤立している僕に構う事で恩を売っているつもりなのだろう。
橘さんは相変わらずバカだし、相も変わらず突拍子もない事ばかり言っている。
しかし、前みたいにあからさまな嫌がらせを僕に強要したり、明確に僕に嫌な思いをさせる意図で嫌味を言う事はなくなった。
だから以前よりは幾分マシな付き合いが出来ているような気がする。
それでもやっぱりウザいけど……。
*
そんなある日の朝の事。
教室に入った途端、いつものように橘さんに絡まれた。
「おはよう、モエ」
「朝っぱらから話しかけて来るなよ……」
「つれないわね。何か嫌な事でもあった?」
「単にあんたがウザいだけだよ……」
「何よその態度。朝のオナニー中に母親が部屋に入ってきたから機嫌損ねてるの?」
やっぱウザいわこの人……。
その上バカだし……。
「あんたさ、オタク趣味やめて自分の殻に閉じこもるのやめたと思ったら、案外人と絡まないわよね」
「そりゃアニメ見るのやめたくらいで、対人性が身についたら苦労はないよ」
「普通今までアニメ見ていた時間を有効活用して、もっと他人と関わろうとか思ったりしない?」
「しない」
精々バイトかジムに行く程度だ。
「よく話しかけて来るし、吉田達と仲良くしたら?」
「僕をバカにしているような連中とどう仲良くしろと……」
「それもそうね」
「もっとも、あんたも似たようなものだけどね……」
「……?」
僕がそう言うと、橘さんは首をかしげた。
「あんたはいい加減自覚しろよ……」
「え?なにを?」
やっぱりこの人はバカだ……。
僕が心の中でそんな事を呟いていた、その時だった。
「あんた別のクラスなんだからうちのクラスに来ないでよ!」
クラスメイトの女子の発した甲高い声が教室内に鳴り響いた。
声のする方を振り向くと、小鳥遊さんがうちのクラスの女子三名に絡まれていた。
三名とも以前は直樹をよく取り巻いていた女子達だった。
「他のクラスに来ちゃいけないなんて決まりはないでしょ」
小鳥遊さんは不愉快な顔をしながら、女子三名をあしらっていた。
「決まりなんて知らない。つーか彼氏とイチャつきたいなら他でやってよ!」
「ウチらの前でやらないで!」
「マジで迷惑!」
女子三名は、一見するとただ小鳥遊さんに因縁を付けているだけのように見えたが、主張自体はこれ以上なく正論だった。
学校内での不純異性交遊なんて、健全な青少年にはあるまじき不道徳な行為だ。
「第一、教室で平然と彼氏とイチャつく方が校則違反なんじゃないの?」
「そんな校則ない」
「校則がよくても皆あんたのことウザいって思ってるの!だからはやくあんたの教室に戻りなさいよ!」
「別にいいでしょ。誰にも迷惑かけてないんだから……」
「何言ってるの!?超迷惑なの!だからもう来ないでよ!」
「本当は羨ましいだけなんでしょ?」
「は?あんた今なんて言った!?」
そんな事言ったら余計に相手を刺激するだろうに、やっぱり小鳥遊さんは人の気持ちを汲み取れない人だ。
あんなので今までよく村八にされずに生きてこれたなあ……。
そんな事を思っていたら、隣にいた橘さんが僕に話しかけてきた。
「あいつ見事に絡まれてるわね」
「そうだね」
「助けるの?」
「……僕にはもう関係ない」
「そりゃそうね」
そんな何気のないやり取りを橘さんとしていたら、少し遅れて登校してきた直樹が教室に入ってきた。
「何やってんだよ、お前ら……」
直樹がそう言うと、小鳥遊さんに絡んでいた女子三名は不機嫌な顔をし、その後何も言わず小鳥遊さんの元から去って行った。
そして小鳥遊さんは、まるで何事もなかったかのように嬉しそうな顔をしていつものように直樹に話しかけていた。
それを見ていた僕は、なんとなく嫌な気持ちになった。
橘さんも僕と同じ心境だったらしく、舌打ちしていた。
「死ねばいいのに……」
相変わらず口悪いなあこの人。
「やっぱあんた、ちっとも変ってないじゃん……」
「あんただって今、私と同じ事思ったでしょ?」
「…………」
僕は黙った。
「あーあ、あいつ今すぐイスラム国の聖戦士に拉致られて強姦されて、その後晒し首にされてyoutubeで全世界に配信されないかしら」
この人、相変わらず性格悪いよなあ……。
でも考えようによっては、この人が大好きな直樹を寝取られて何もしないで悪口言ってるだけなら、かなり丸くなった方という考え方も出来なくはないか。
言ってる事はかなり酷いけど……。
「されないわよねえ……。されたらいいなあ……。あんたもそう思うわよねえ?」
「……思わない」
「本当に?」
「……………………」
僕は黙った。
「その沈黙は何?」
「……特に意味はない」
「そう。そういや知ってる?あいつ、今虐められてるみたいよ?」
「虐め?」
「色々されてるみたいよ。物隠されたり、教科書破かれたり、机に墨汁ぶっかけられたり」
「あんたがやったの?」
「私じゃないわよ。私は更生したんだから」
「どうだか……」
この人なら他人の犯行に見せかけて、小鳥遊さんに嫌がらせするくらいの事は平然とやってのけそうだ。
「ほら、あいつ常識ないでしょ?だから今までもよく女子と揉めてたのよ」
「まあ薄々そんなような気はしてたけど……」
「でもそういうときは大抵男子が庇ってくれたんだけど、最近はそれもなくなったみたい」
「なんで?」
「あんたのお陰よ」
「僕……?」
「ほら、あいつ皆の前で『モエ君があたしと付き合って沢山嫌な思いをさせてくれたお陰で本命の直樹くんと付き合えた~!ありがと~う♪きゃぴ♡』的な事堂々と言ったでしょ?あれが原因みたい」
「悪意に満ち溢れた言い方だなあ……」
「私はそのシーン直接見てた訳じゃないけど、多分あいつのあんたに対する態度の方がよっぽど悪意に満ちてたんじゃないの?」
「…………」
何も言い返せなかった。
「そりゃまったく悪びれる事もなくあんなこと言って、公衆の面前で冴えないキモオタ泣かせてたら、どんなバカ男でもドン引きするわよ。そんな感じで男子からの人気もなくなったみたい」
「僕のせいなのか……?」
「まあそれだけじゃないみたいだけどね。今までだって告ってきた男子に片っ端から『気持ち悪い……』って言って振ってたし、日頃の行いも最悪だったし」
そういえば今思うとあの時、事が事なので僕を嘲笑う奴すらいなかった気がする……。
「で、元々椿を嫌っていた連中に完全に目を付けられたらしいわよ。前に私がやっていた時より酷いかは知らないけど、結構な頻度で女子に絡まれたり嫌がらせされたりしてるみたい」
「そうなんだ……」
「いい気味ね。モエもそう思うでしょ?」
「…………」
なんかあまり、素直に喜べない……。
「何その顔?」
「…………」
「あんたを散々利用して、酷い事ばかり言ってきたウザいバカまんこが酷い目に遭ってるのよ?」
「…………」
「もっと喜びなさいよ」
「…………」
「あんたを今まで利用して、散々傷つけた嫌なバカ女がこんな目に遭ってるんだから、天罰よ」
「その発言、全部自分に返ってるってことわかってる?」
「え?なんで?」
橘さんは一切悪びれる様子もなく首をかしげた。
この人、やっぱりバカだ……。
「これで直樹に振られでもしてくれたら最高なんだけどねえ……。なんであいつ、あんな阿婆擦れ庇うのかしら?ヤる事やってさっさと捨てればいいのに」
「僕を散々利用して酷い事を言ってきたバカ女って、橘さんも同じじゃん……」
「私はいいのよ。あいつよりはずっとマシな性格してるから」
え……、どこが……?




