17話 手作り弁当
あれから何日か経った。
リア充の考える事はやっぱり僕には理解できない。
直樹は何事もなかったかのように学校へ復帰した。
小鳥遊さんが直樹と一緒に学校へ通いたいとでも申し出たのか、僕や橘さんにバレた為もう交際を隠す必要が無くなったと判断したのか、はたまたある種の開き直りなのかどうか、いずれにしてもやはりあいつの考える事はわからない。
その上直樹は何故か以前にも増して無気力な様子だ。あんな美人と常に一緒にいるのに常時ダルそうな顔しているのに非常に腹が立つ。
しかもそんな直樹と一緒にいる小鳥遊さんは、かつてないほどに幸せそうにしているのにもっと腹が立つ。
というか、直樹の妹との近親相姦問題はどうなったのだろうか?
橘さんとの同棲生活が終わった今、直樹はちゃんと自分の家に帰っているのだろうか?
もしかして橘さんの時と同じように、小鳥遊さんの家に泊めてもらっているのだろうか?
それとも、小鳥遊さんというちゃんとした彼女が出来た為、妹さんには諦めてもらったのだろうか?
考えれば考える程わからない。
家庭環境。人間関係。性格。境遇。思考回路。趣向。
あいつの身の回りの全ての事が僕にとっては謎でしかない。
あまりにも訳がわからなさ過ぎて、あいつの事を考えれば考える程頭が痛くなる。
だから僕は考えるのをやめた
こんなどうでもいい事を考えたせいで頭痛に悩むなんて、いくらなんでも馬鹿馬鹿しすぎる。
*
そんなある日の昼休み、教室にて直樹と小鳥遊さんが一緒に仲良く重箱に詰められた手作り弁当を食べていた。
きっと早起きして小鳥遊さんが一生懸命作ったんだろうなあ。
死ねばいいのに。
これだけでも十分ムカつくのに更にムカつく事がある。
「はい、直樹くん。あーん」
「あ、あーん……」
とまあこんな感じに、直樹が橋移しで小鳥遊さんに弁当を食べさせてもらっているのだ。
しかも弁当を食べさせている小鳥遊さんは、とても幸せそうな顔をしているのが何とも妬ましい。
僕と付き合っている時は終始不愉快な顔をしていた上に、手すら握ってくれなかったのに……。
「なにが『あーん』よ。あんたもそう思うでしょ?」
自分の机に座り、茫然と直樹と小鳥遊さんの昼食風景を眺めていた僕は、横から橘さんに話しかけられた。
言い忘れていたが、直樹とほぼ同時期に橘さんも学校に復帰した。
直樹に振られたショックはもういいのだろうか。
直樹もそうだが、直樹の周りにいる人達の思考回路もどうにも理解しがたい。
それにしても、改めて考えると凄い。
自分の男を寝取った女を遠くから眺めて恨み事を吐く橘さん。
小鳥遊さんが直樹と付き合う為の当て馬として、無残に捨てられた僕。
事の発端にも関わらず、何食わぬ顔で小鳥遊さんの手作り重箱弁当を食べている直樹。
そしてそんな直樹と弁当を食べさせて、とても嬉しそうな顔をしている小鳥遊さん。
このメンツがこの狭い教室に一堂に会している。
凄まじく異様な光景だ。
友誼部があったの時から思ってはいたが、直樹の周りの人間関係はつくづく歪であると痛感する。
このメンバーに片桐さんや直樹の妹さんが加わればまさにロイヤルストレートフラッシュといった状況だ。
「売女め……」
橘さんは小鳥遊さんを睨み、そう呟いた。
ちなみにこの言葉、女性に対する最も失礼な罵倒語である。
実際に口に出したら間違いなく相手にぶん殴られるだろうから、日常生活で使うにはあまりオススメできない。
皆さんは絶対に言ってはいけませんよ。
それにしても、今橘さんは同じ教室の中で、竿姉妹である小鳥遊さんと同じ空気を吸っている訳だが、その心境とはいかなるものか……。
「直樹も椿も、元カレと元カノが同じ教室にいるって言うのに、よくぞまああんな風に堂々とイチャつけるわねえ」
「そう思うんだったら文句でも言えば?」
「言えるわけないでしょ。捨てられた身なんだから」
「気持ちはわかるよ……」
「死ねばいいのに」
その発言に呼応したかの如く、小鳥遊さんは一瞬橘さんの方を睨んだ。
そしてすぐに直樹の方へと視線を戻し、イチャつき行為を再開した。
「このハンバーグね、早起きして一生懸命こねたんだ」
「へ、へぇ……」
そんな何気ない会話をした後、小鳥遊さんは再び橘さんの方に視線を向けた。
その表情が僕には、こころなしがドヤ顔してるように思えた。
「何が一生懸命こねたよ。あいつの五肢チェーンソーで切断して、それをフードプロセッサーに突っ込んでひき肉にして、玉ねぎとパン粉混ぜてこねてフライパンで焼いて人肉ハンバーグにして、デビグラスソースかけて付け合わせのポテトと一緒に直樹に振舞ってやりたい気分だわ」
この人が言うと冗談に聞こえなくて怖いよ……。
「私の前でこれ見よがしに直樹とイチャついて、大方私が今までしてきた嫌がらせへの報復のつもりなんでしょうね。性格ブスの椿が考えそうな事だわ」
「あんたが言えたセリフかよ……」
「私はあいつの卑劣な行いには絶対に屈しないわ」
「卑劣なのはどっちだよ……」
もっとも、先日の小鳥遊さんの僕に対するありがとう発言や、橘さんの話を聞いて僕もようやく気付いた訳だが、小鳥遊さんも小鳥遊さんでかなり陰湿な性格をしているという事は疑いようのない事実だ。
まあ直樹の無神経さも小鳥遊さんがKYなのも別に今に始まった事ではないが、それでも元カノと元カレがいる教室で、こんな事を平然とやれるのはどうかしているとしか言いようがない。
「勿論私もこのまま黙って泣き寝入りする訳じゃないわ」
「また嫌がらせでもするの?」
「もうそんな事しないわよ。あんたに色々言われて目が覚めたわ」
「本当かよ?」
「そこで私は心を入れ替えることにしたわ」
「そうかい」
「そこでまずこれよ」
橘さんはそう言いながら、自分の鞄の中から弁当箱の入った包みを取り出した。
そして橘さんは、映画となりのトトロのカンタがサツキに傘渡すシーンの如く僕に弁当箱をつきつけた。
「はい」
「なにこれ?」
「あんたいつも購買のパンでしょ?」
最近僕は体脂肪を気にしていて、昼休みには学食か自分で作った弁当を食べているなんてことを橘さんはしる由はない。
「それを僕にどうしろと?」
「だから私、あんたのためにお弁当を作ってきたの」
「は……?」
「食べないの?」
「なに企んでるの?」
「何も企んでなんていないわよ。今までのお詫びよ」
「…………」
何言ってんだこの人……。
「橘さん……、手のひら返しって言葉知ってる……?」
「知ってるわよ。ナルトでよくやってる奴でしょ?」
「…………」
バカだとは思ってたけど、まさかここまでバカだったとは……。
「どうしたの?食べないの?」
「いや、だって…」
「まさか非処女が作った物なんて汚くて食べられないの?」
「違うって……」
「だってオタクは非処女が嫌いだってネットに……」
「違うよ!どう考えても裏があるでしょ!」
「裏なんてないわよ!100%お詫びの弁当よ!」
超胡散臭い……。
「っていうか、非処女なのはともかく、スカトロ趣味のある人の作る物はなんか食べたくない……」
「なんで?」
「何か変なものでも入れてるんじゃ……」
「入れないわよ」
「まさかトイレで出す物なんて入ってるんじゃ……」
「失敬な事言うわね。私は出されるのが専門で出す方は趣味じゃないの」
「尚のこと汚いよ……」
「とりあえず食べてよ」
「…………」
たまたまその日、僕は昼食を学食で済まそうと思い弁当を用意してなかったし、昼食代も浮く為素直にもらう事にした。
相手が橘さんなのが不満だけど、僕なんかが女の子の手作り弁当をもらう機会はまずないだろうし……。
弁当箱を開くと、中は冷凍食品ばかりが詰められていた。
「カレーじゃないんだ……」
「なんでカレーだと思ったの?」
「いや、キャラ的に……」
「あんた私をウンコキャラだとでも思ってるの?」
「違うの?」
「違うに決まってるでしょ。バカにしてるの?」
「うんこ塗られて喜んでる癖に……」
「それはそれ、これはこれ。うちはうち、よそはよそよ」
「…………」
この人と話してると疲れるなあ……。
「折角だから一緒に食べましょう」
橘さんはそう言うと、特に返答もしていないのに勝手に僕の机の前に自分の椅子を置いた。
*
僕は今までの人生で女子と二人で一緒に学校でお昼ご飯を食べた事は過去に一度しかない。
だけどあまり嬉しくない。
勿論相手がスカトロマニアだからだという事も理由の一つではあるが……。
「どう?美味しい?」
「美味しいっていうか……、冷凍食品だね。やっぱり」
「失礼ね、米は炊いたわよ」
「そりゃそうだろ……」
「だから言ったでしょ。変な物なんて入れてないって」
「はぁ……」
僕は小さくため息をついた。
「なによ、不満そうね?」
「大方……、僕と親しくなったかのような素振りをして、直樹の嫉妬心を煽ってよりを戻そうって魂胆なんでしょ?」
「…………」
橘さんは黙った。
「そ、そんな椿みたいな真似しないわ!」
「どうだか……」
とりあえず残すのも勿体ないので、僕は橘さんの作った冷凍食品だらけの弁当を食べ続ける事にした
「そういえば、私。この前アニメを見たのよ」
「そうかい」
「あんたが好きそうな奴よ」
「何さ……?」
「ソードアートオンライン」
「…………」
よりにもよって、何故そのアニメなんだ……。
「気持ちのわる……、じゃなかった。いいアニメよね!」
「…………」
橘さんが何故こんな話を僕に振ってきたのか。
恐らく僕に対する詫びの一環として、僕の喜びそうな話題をチョイスしたのだろう。
「……萌えアニメなんて大嫌いだ」
「え……?」
「あんなアニメ、もう見たくない……」
「あんた、あの手のTUEEE系とかハーレム物が好きだったんじゃなかったの?」
「あんなの嘘っぱちだよ……」
「ああ、あれはなろう産じゃないから好きじゃないのね?」
「そういう問題じゃない。萌えアニメも、ハーレムアニメも、萌えキャラも、TUEEEも異世界もなろう作品も全部嫌いだ……」
「どうしちゃったのあんた?」
「あんな話現実じゃあり得ない。だからあんな都合のいい女の子なんている訳がない。あんな都合のいい世界で大活躍して、女の子にチヤホヤされるなんてありえない。あんなの見て現実逃避してる奴は馬鹿だ」
「…………」
僕がそう言うと、橘さんは面喰った様子で口を開けていた。
「あんた本当にどうしちゃったのよ……。あんたらしくないわよ……?」
「僕らしいって何?家にこもってキモイアニメ見たり、教室でキモイ小説読んで現実逃避するのが橘さんの言う僕らしさなの?」
「あんた本当にどうしちゃったのよ……?気でも狂ったの……?」
「別に……。あんなので気持ちを紛らわしてもなんにもならない。僕の現実は何も変わらない。その事にようやく気づいたんだよ……」
「本当どうしちゃったのよあんた?キモオタのあんたがオタクやめたらただのキモになるわよ?」
「喧嘩売ってるのか!?」
思わず大声を出してしまったが、橘さんは特に動じることなくまるで可哀想な物でも見るかのような目を僕に向けた。
「今のあんた……。凄く変よ……」
「別に……。ただの現実逃避だったけど、最近あんなの見てもしょうがないって思うようになっただけだよ……」
「あんた、いつも休み時間にラノベ読んで、吉田達にからかわれてたじゃない……」
「なんか、男にとって都合の良すぎる美少女キャラとか、大勢の女の子に慕われている主人公見てると、イライラするんだよ……」
「なんでよ……?あんたあれだけハーレムとか萌えキャラとか大好きだったじゃない?あんたがアニメもラノベも嫌いになったら、一体何が楽しくて生きているのよ……?」
「何も楽しくないよ……」
「…………」
僕がそう言うと、柄にもなく橘さんは僕に同情的な視線を向けてきた。
「あんたも大変なのね……。あんなクソビッチにトラウマ植えつけられて、大好きな萌えアニメまで嫌いになるだなんて……」
「別に小鳥遊さんだけが原因って訳でもないけどさ……」
「あんたがアニメもラノベも見なくなったら、もうオナニーくらいしかやる事ないじゃない。そんな人生つまらないわよ?」
「今、食事中なんだけど……」
「それがどうかしたの?」
この人、前から下品なことをよく言う人だったけど、最近ますます下品になったような気がする……。
直樹との乱れまくった同棲生活のせいかなあ……。
「まあ、私が作った弁当でも食べて元気出しなさいよ」
「冷凍食品じゃ元気出ないよ……」
「一応デザートもあるけど、食べる?」
「なによ?」
「かりんとう」
「いらない」




