15話 NTR
「直樹がアイス食べたいって言ったからサーティーワンに行ったの。直樹ってね、アイスを頼む時こだわりがあってね、必ずトリ……」
「知ってる」
「え……?」
橘さんは面喰った顔をした。
「トリプルポップでストロベリーチーズケーキと抹茶とオレオクッキー&クリームを頼んで順番も指定する。そしたら上の二つがいい具合に溶けて最後のオレオクッキー&クリームがますます美味しくなるとかって……」
「なんで知ってるのよ……?」
「……小鳥遊さんから聞いた」
「なるほど……、あいつらしいわね……」
もっとも、こんな事を何故か律義に覚えている僕も、どうかしているとは思うが……。
「こっから先は、あんたもよく知ってるわよね?」
「見てたからね」
「あんたに会って、なんで付き合ってるのか問い詰められて、小鳥遊椿までやってきた」
「その後橘さん、小鳥遊さんにビンタされてアイスかけられたよね?」
「ええ、私はあいつに対して何も言えなかったわ……」
「なんで?橘さん口が達者なんだから、憎まれ口の一つや二つくらい……」
「別に小鳥遊椿がどんな風に思おうとどうでも良かったんだけどね、直樹に対しては前々から申し訳ないって思ってたから……」
「申し訳ない?」
「一応私、直樹の罪悪感にかこつけてこういうことする関係になった訳でしょ?」
「土下座してヤらせてもらって、そのままズルズルとって感じだもんね……」
「うん……。直樹が本当に好きなのは私じゃないって知ってたから。だから正直ね、直樹と付き合ってた事に後ろめたさを感じていたの」
この人にも一応罪悪感という感情があったのか……。
「だからあんたや小鳥遊椿に何を言われても言い返せなかったの……」
あの時妙に大人しかったのはそのせいか……。
っていうか、申し訳ないとか思ってるならスカトロプレイなんて強要するなよ……。
「でもあの日以来、直樹の私に対する態度が変わっていったわ……」
「どんな風に?」
「直樹はね、割とセックスに対して消極的だったの……」
「そりゃスカトロじゃねえ……」
「だから基本は普通にやっていたんだって。スカトロするのは精々三日に一度くらい」
「多いじゃん……」
「そんな事ないわよ」
「基準がわからないよ……」
「まあ普通にする分には頼めばそこまで嫌な顔しないでしてくれてたんだけどね、直樹は更にセックスに対して消極的になったの……」
「そこまでって事は、ちょっとは嫌だったんだね」
「………………」
橘さんは黙った。
そしてしばらくすると何食わぬ顔で話を再開した.
「直樹は頻繁に外出するようになったの。ジャンプは週に一度しか出ないのに、直樹は毎日ジャンプを立ち読みする為に外出するようになったの……」
「…………」
適当な口実作るにしてももう少し捻れよ……。
「明らかに浮気じゃん……」
「でも私はなるべく直樹が浮気してるって考えないようにしてた。もしかしたら本当にジャンプを毎日立ち読みしてるだけかもしれないし……」
「いや、それはないでしょ……」
「私としては信じたかったのよ……。でもね、心のどこかで、浮気されても仕方ないって思ってた。直樹は私を好いている訳じゃないのに、私の方から強引に迫ったから……。だから面と向かって直樹を問い詰める事が出来なかったの……」
「そりゃ……、まあ、ねぇ……」
「でもやっぱりどうしても気になった。だからある日、浮気を確かめる為に寝ている直樹に強引に手コキして精液の出を確かめたの」
「浮気の確認方法おかしいだろ……」
「そしたら案の定出が少なかったの……。私がいるから一人でするなんてあり得ないのに……」
「いや、そうだけどさ……」
「裏を取る為に直樹のスマホも見たわ」
「最初からそうしようよ……」
「どうやら私に隠れて小鳥遊椿と連絡を取り合ってるみたいだった……」
「ってかあいつ、妹さんにヤられそうになって財布すら持たなかった割に、スマホだけは持ってきてたんだね……。っていうか、浮気してるのにスマホに暗証番号設定しないとか不用心だなあ……」
「一々冷静に突っ込まないでよ」
「だからあんたの話には突っ込みどころしかないんだよ」
橘さんはため息をつき、話を再開した。
「その日、直樹はいつものようにジャンプを読むって言って家を出たわ。やっぱり誰と会ってるか気になった私は、言い逃れされないように直樹の後をつけたの。そして会っていた相手は案の定……」
「小鳥遊さん……、って訳か……」
「うん……。しかもあいつは事もあろうに、ラブホテルの前で直樹と待ち合わせていたわ……」
「うわぁ……」
「しかもあいつ、犬が飼い主に尻尾振るうような感じに、何食わぬ顔で嬉しそうに直樹に抱きついていたの……」
「まあ、小鳥遊さんの性格からして、そうしていても不思議はないよね……」
「そんな小鳥遊椿を見て、私は我慢できなくなって、二人の前に駆け寄って言ってやったわ。『このクソビッチ!』って」
「クソビッチって、あんたも大概だろ……」
「私は椿みたいなことはしない」
「いやいや……。十分酷い事沢山してたでしょ……」
「あれは直樹と付き合う為だから」
「いやいやいや、だったら小鳥遊さんの事言えないでしょ!」
「なんで?」
橘さんは真顔で首をかしげた。
この人、いくらなんでも常識が欠如し過ぎだろ……
「ってか、ウンコかけられるのが好きなのにクソビッチは嫌なんだ……」
「一々突っ込まないでよ……。話が進まないじゃない」
「だからあんたの話にはツッコミ所しかないんだよ」
「そう思うのはあんただけよ」
そうかなあ……?
「話を戻すわ。あのクソビッチは事もあろうに開き直ったわ。私が『このクソアマ!』って言ったら、あいつなんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「あいつ『それは小夜の方でしょ?』って言い返したのよ」
「え……」
「『だってあたしから直樹くんを取ったんだもん』って……」
「いや、間違ってはないけどさ……」
「私は頭にきて椿を思いっきりビンタしたわ」
「またビンタかよ……」
「そしたらあいつに殴り返されたわ」
「泥沼だなあ……」
「流石に直樹も止めに入ったわ」
「事の発端なのに……」
「私は直樹を問い詰めたわ。でも直樹はごめんって言うだけでロクに弁解しなかった……」
「あいつどれだけヘタレなんだよ……」
「でも小鳥遊椿の方は散々詭弁を垂れてたわ……」
「詭弁ってどんな?」
「『直樹くんの為にモエ君と付き合った』とか、『直樹くんの言いつけを守った』とか、『言いつけを守ったからご褒美をくれた』とか、訳のわからない事を沢山言っていたわ……」
「言いつけ……」
僕にもそんなような事を散々言ってたなあ……。
「あんた何か心当たりでもあるの?」
「いや、僕が振られた時も、小鳥遊さんにそんなような事を言われたから……」
「そういえば、直樹はこう言ってたわ。『俺はそんな事言った覚えはない。お前を傷つけた俺よりも、ちゃんと椿を好いてくれる奴と付き合えって言っただけだ』って」
「まさかと思うけど……」
「何か心当たりでもあったの?」
「もしかして、小鳥遊さんは直樹のその言葉を、僕と付き合えば最終的に直樹が付き合ってくれる約束だって、勝手に解釈したんじゃ……?」
「そうなの……?」
「いや、わからないけど……」
「やっぱりあいつ、頭がおかしすぎて訳がわからないわ……」
僕もそんな気がしてきた。
小鳥遊さんの思考回路は常軌を逸し過ぎていて、凡人の僕にはさっぱり理解できない……。
「あいつはこうも言ってたわ。『小夜と同じことをした。小夜は同情で直樹くんに擦り寄って、あたしから直樹くんを取っていった。だからあたしも直樹くんに同情させた。モエ君と付き合うのがどれほど苦痛なのか伝えた』って」
「なんか……、泣きたくなってきた……」
「直樹の為かどうか知らないけど、あいつあんたと付き合うのが相当嫌だったみたいよ?」
「手すら繋いでいないのに……」
「単にあんたがキモイからだって思ってたけど、あいつがイカれ過ぎているだけの様な気がしてきたわ……」
「そうかも……」
「あとあいつはこうも言ってたわ。『小夜がモエ君を脅したように、あたしも直樹くんを脅した』って」
「脅した……?」
「どうも直樹に、抱いてくれないとモエとするって言ったらしいの」
「え……」
「『直樹くんがしてくれないと、大嫌いなモエ君とする。それでもいいの?』って脅したって、自慢げに言ってたわ……」
橘さんの発言の意味が僕にはよくわからなかった。
「ごめん……。言っていることの意味がさっぱりわからないんだけど……」
「私にだってわからないわよ。『直樹くんはあたしのことが大好きだから、直樹くんはあたしがモエ君に抱かれるのは絶対に嫌だって言ってくれた』とか、『好きじゃない人相手ならこんな事思わない』とかって、あいつは散々詭弁を垂れていたわ」
「それってつまり……、小鳥遊さんは直樹と付き合う為のダシに僕を利用したって事……?」
「まあ、そうなるわね……。見事なまでのピエロね」
「ピエロ……」
「私だって直樹と付き合う為にあんたを利用してたけど、本当よくこんな事思いつくわね……。私でも流石にこんな事考えないわ……」
「…………」
信じられない……。
真面目な優等生だと思っていた小鳥遊さんが、そんな事をするだなんて……。
でも今朝の小鳥遊さんの僕に対する発言を思うと、この話がまんざら嘘だとも思えないのが怖いところだ……。
「『直樹くんの初めての相手になれなかったのは残念だけど、でも嬉しかった。小夜から直樹くんを取り戻せんだもん。直樹くんは小夜に汚されちゃったけど、あたしが綺麗にするからいい』って、あいつは言ってたわ』
「綺麗にって……、どうやって……?」
「さあ……?私の愛で浄化するって事なんじゃあないの……?」
「…………」
もしかしなくても、小鳥遊さんって頭がおかしいのか……?
「私は言ったわ。『あんた頭おかしいでしょ!』って」
「あんたが言うなって言おうと思ったけど、小鳥遊さんも大概おかしいね……」
「あいつはこれ見よがしに直樹とキスしたわ。ナメクジの交尾みたいに舌をレロレロ入れて、ダッコちゃんみたいに抱きついて……」
「いくらなんでも酷過ぎない……?」
「だから前々から言ってたでしょ。あいつは性格最悪だって……」
「…………」
一応曲がりなりにも僕は小鳥遊さんの彼氏だった訳だが、だから小鳥遊さんの性格があまりよろしくないという事も、小鳥遊さんはかなり常識が欠けているという事も十分に承知している。
でもだからと言って、ここまで非道な行いをするだなんて……。
正直あまり信じたくはない.
「私はそれを見て泣き叫んだわ。直樹からあいつを引き離そうと腕を掴んだら、顔面をグーで殴られたわ……」
「え……?」
「小鳥遊椿は嬉しそうに笑って言ったわ。『今までのお返し』、だって……」
「小鳥遊さんがそんなことを……」
「やっぱ性格悪いでしょ……。あいつ」
「……信じられない」
「別に信じなくてもいいけどね……」
橘さんの話にはかなりの脚色や誇張が含まれているという可能性も十分にあり得たが、今日の小鳥遊さんの僕に対する言動を思うと、それに近い事をやっていた可能性は十分にあり得る……。
あの人は明らかにまともじゃない。
「小鳥遊椿、あいつは悪魔よ……」
「あんたが言うなと言おうと思ったけど、どっちもどっちな気がしてきた……」
「何がどっちもどっちよ……。あいつのやってることの方がよっぽど酷いじゃない……」
「橘さんのやってきたことも酷いけど、小鳥遊さんのやってることも相当酷いよ……。男寝取って、目の前でキスして、抱きついて、殴って、泣かせるって、しかも綺麗にするって……。流石の直樹も引いてただろ……」
「直樹は何度も『ごめん』って言ってたけど、ラブホの前で鼻血出して大泣きする私を無視して、あの阿婆擦れと一緒にホテルに入って行ったわ……」
「酷過ぎるでしょ……、小鳥遊さんも直樹も……」
「きっと泣いてる私を尻目に、ヤりまくったんだわ……」
「…………」
僕の知らないところでそんな修羅場が繰り広げられてたなんて……。
いくらなんでも恐ろしすぎる……。
なんという愛憎劇だ……。
「まさに最悪を絵に描いて額に入れたような状況だったわ……」
「そうだね……」
「小鳥遊椿には多分良心はないわ……。きっと直樹とヤる事しか頭にないのよ……」
「あんただっ……。いや……、なんでもない」
自分で言いながら思ったが、橘さんの方がまだマシかもとちょっとだけ思えてきた……。
「それから私は、三日三晩ずっと食事もせずに部屋に籠って泣いていたわ。泣いて。泣き疲れて寝て、また泣いての繰り返し……。それでお腹がすいたから、コンビニでご飯食べて、今こうして公園の滑り台で永延と深愛を歌いながら過ごしていた所……」
「………………」
因果応報とか、人を呪わば穴二つという言葉があるが、流石にここまで来ると被害者が性悪の橘さんでも可哀想な気がしてきた……。




