4話 自白
「ここじゃ人が多いわ。ついてきなさい」
橘さんはそう言うと僕の腕を強引に引っ張った。
当たり前だが、キモオタの僕が女の子にこんな事をされた事は今まで一度もない。
しかし全然嬉しくはなかった。
橘さんは明らかに僕に対して何か不都合な自体を招く為にこのような事をしていると、なんとなくわかったからだ。
*
僕は橘さんによって、普段授業をする校舎とは別の旧校舎へと連れてかれた。
橘さんはある部屋の前で足を止めると、あらかじめポケットにしまっていた鍵で部屋の戸を明けた。
部屋の内装には畳が敷き詰めてられており座敷になっていた。茶道部が使うような和室だった。
部屋には土間の様な空間があり、橘さんはそこで上履きを脱いで中に入った。橘さんが僕を招くように手を振った為、僕も続けて中に入った。
茶道部は僕の学校にはなかった筈だし、茶道の授業もない。
だが部屋の内装を見ればここが頻繁に利用されていると簡単に推測できた。
部屋には足の短い和式テーブルとそれを取り囲むように配置された座布団。お茶を入れる為の道具や掛軸や花瓶や高そうに飾られた皿といったいかにも茶道部部室にありそうな備品。
それに何故か漫画やノートパソコンやテレビやファミコンやニンテンドウ64やセガサターンと言った娯楽用品も多数置いてあった。
誰かがここを常用的に使用しているのは明らかだった。
となると誰が何の目的でこの部屋を利用しているのだろうか。
気にはなったが、今はそれを橘さんに尋ねられるような雰囲気ではなかった。
「ここなら誰も来ないわ」
こんな所に連れてきて一体橘さんは僕に何をするつもりなのだろうか。
っていうかだわって……。そんなアニメのキャラみたいな話し方する女子、初めて見たよ……。
「何が狙い?私の弱みでも握って何か企んでるの?」
「弱みなんてそんな……」
「だってあんた、あいつの制服に私が精液かける所見てたでしょ」
「み、見てないよ……!」
僕は嘘は言っていない。
正確に言うとよく見ていなかったから覚えていないのだ。
「僕は制服を取りに来ただけだよ……。お腹を痛めてトイレに行ってて、それで戻ってきたら教室で女子が着替えていて、入る訳にもいかないから教室の前で待ってたんだよ……」
「それで誰もいなくなったと思って教室に入ったら、私一人だけ残っていたと?」
「そ、そうだよ!でも急がないと授業に遅れるから、だから急いで服だけ取って教室を出たんだよ!だから何も見ていないんだ!信じてよ!」
「なるほどね。ところであんた、女の私が何で精液なんて用意できたか気にならない?」
別に気にならない。
「保険体育の授業で習わなかった?女からは精液出ないのよ」
そんな事言われるまでもなく知っている。
「だから本物の精液じゃないわ。卵と練乳使った疑似精液。AVとかでよく使うでしょ?」
正直言うと、橘さんが犯人だと自白した時からそんなことだろうと気付いていた。
橘さんは多分バカだ。僕が何をした訳でもないのに、勝手に自分が小鳥遊さんの制服に精液を付着させた犯人だと自白した。
おまけに女性である橘さんがどうやって精液を調達したのかも勝手に吐いた。
しかしわからない事が一つあった。
「なんで……、あんな事したの?」
「嫌いだから」
なるほど。そりゃ小鳥遊さん程の素晴らしい人なら嫉妬したくもなる。
妬ましくって嫌がらせしたがるのもわからない話ではない。
なにはともあれ、こんな卑劣な犯行を許す訳にはいかない。
橘さんの蛮行のせいで小鳥遊さんは多大な精神的苦痛を受け、僕もあらぬ疑いをかけられる羽目になった。
今すぐ先生に告発し、橘さんにしかるべき罰を与えてもらおう。
僕の大好きな小鳥遊さんにこんな酷い事をしたんだ。
きっと橘さんは退学になって、その後の人生設計にも響いて将来が御釈迦になるだろう。
「じゃ、じゃあそう言う事で……、僕もう帰るから……」
「何帰ろうとしてるのよゴミムシ」
橘さんは僕の逃亡を妨害するように肩を掴み罵倒語を浴びせてきた。
「秘密を知ったあんたをこのまま返す訳ないでしょ?それに私がなんで小鳥遊椿の事が嫌いなのか気にならない?」
別に気にならないが、この流れからすると橘さんは聞いてもいないのに話すのだろう。
「私ね、直樹と幼馴染なのよ」
「そうなんだ……」
「それで私、直樹の事がずっと前から大好きだったの。だけどね、小学校の時に訳あって私、転校する羽目になったのよ。転校の理由が恥ずかしながら家庭内のゴタゴタでね、転校先でも色々あって大変だったの。んで、色々あって地元のこの辺りでまた住む事になったのよ」
女って言うのは要点を掻い摘んで物事を話す事が出来ないと以前ネットの記事で見た事がある。
橘さんはまさにその通りだった。
何故橘さんが小鳥遊さんの事を嫌っているかって話をするといいながらも、まったく関係のない身の上話をしている。
「この高校入った時もあまり学校に馴染めなくってね、友達も出来なくって毎日トイレで便所飯してたのよ」
いいから要点を話してくれ。話さないなら僕を今すぐ帰らせてくれ。
「そんな時ね、直樹と再会したの。直樹は同じ学校だったの。直樹と再会した時ね。私は丁度トイレから弁当箱を持って出てきた所だったの。普通ならキモイとか変って思う所よね?でも直樹は何も言わないで、この部屋を私に教えてくれたの。昔教師が淫行したとかで茶道部は無期限休部状態だから穴場だって」
この用途不明の部室はそういう訳だったのか。是非とも僕も利用したいくらいだよ。
「でもね、直樹は殆どこの部屋には来てくれなかったのよ。だって直樹には一緒にお昼を食べる友達がいたから」
ごめん、それ多分僕だ。
「そんな時ね、私たまたまアニメを見たのよ。女の子が昔よく遊んだ幼馴染の主人公の男の子と高校で再開して、女の子は主人公とずっと一緒にいたいって理由で部活を立ち上げるのよ。一応建前は友達を作る為の部活って事になってるけど、本当は女の子が主人公とずっと一緒にいる為の部活だったの」
よくある話だね。異世界チート系作品好きの僕の趣味には合わなさそうだなあ。
「私もそのアニメの真似をしてこの部室を使って勝手に『友誼部』って部活を立ち上げたわ。そしたら直樹は快く入部してくれたの」
なんだよ友誼部って。涼宮ハルヒかよ。いや、どっちかというとはがないのパクリか。
いずれにしても現実と空想の区別はつけるべきでしょ。その場の思いつきでそんなラノベみたいな変な部活を立ち上げたら学校や他の生徒達に迷惑だろうに。
というかよく許可が出たなあ。
いや、非公認なのか?まあどうでもいいけど。
「だけどそのアニメの部活には何故か次々と美少女が入ってきて、女の子と主人公はどんどん疎遠になっちゃうの」
ハーレム物において幼馴染は負け組だから仕方ないね。
「結局は主人公は他の子と付き合っちゃって、途中幼馴染の女の子も主人公に告白するんだけど振られちゃうの。もし直樹と私もそうなったら嫌だって私は思ってたわ」
もういいから帰らせてくれよ。そんなつまらない話し聞きたくないから。
「私達の友誼部はあのアニメとは違う。だから私と直樹は二人きりで仲良くやっていける。それにどうせこんな得体の知れない変な部活誰も来ない。そもそも部員の募集すらしてないしね。でもそう思った矢先にあいつが来たの。あのアニメみたいに」
そりゃ大変だね。
「そう、小鳥遊椿よ」
っていうかこの話まだ続くの?早く帰らせてくれよ。