1話 僕の彼女
皆さんは映画、時をかける少女に登場する高瀬宋次郎という男の子を知っているだろうか?
一応言っておきますが、30年ほど前にやっていた大林宣彦版の実写映画ではなく、細田守版のアニメ映画の方です。
一言で言うと、何かの間違いで青春アニメに紛れ込んでしまった僕等みたいな冴えない男子生徒だ。
宋次郎君は主要キャラ三人と仲がいい訳でもなく、ただの主人公のクラスメイトの内の一人にすぎない。
タイムリープ能力を得た主人公により、本来主人公の被る筈だった不幸を宋次郎君は被るハメになってしまい、学校内では虐めの対象になる。
ブチキレた宋次郎君はいじめっ子に飲み物をかけたり、消火器を振りまわし暴れるといった報復に出るが、それ以上の活躍描かれる事は特になく気が付くと物語から退場している。
一言で言うと不幸で不遇などうでもいい脇役キャラだ。
だが多分、この物語における僕の役割は彼に近い。
よくある物語だと、僕みたいなモテ男の友人ポジションの脇役が、モテ男に取り巻いているハーレム要因の美少女を片っ端から寝取り、てっとり早く読者にカタルシスを与えるような展開になるのがお約束だろう。
でもこれは現実。
そんな美味しい展開になる訳がない。
さて、こんな前置きをしておいて難だが、僕には今彼女がいる。
その人の名前は小鳥遊椿。
彼女のスペックは一言で言うと完璧だ。
全国模試ではいつも上位50位以内、スポーツテストは帰宅部にも関わらず多数の種目で県内の記録を塗り替え、その上家はお金持ちのお嬢様だ。
しかも超美人、スタイルもモデル並み。
道を歩けばすぐにナンパされるし、モデルやアイドルの勧誘だってしょっちゅう受けている。学校内でも当然男子から告白されまくっている。
小鳥遊さんは何から何までアニメのヒロインの様な……、いや、それ以上のスペックを持っている。
神様がパラメーターの配分を間違って作ったような女の子。それが小鳥遊さんだ。
こんなに素晴らしい人が彼女なのだから、皆僕を羨みたくなるだろう。
しかし小鳥遊さんにはただ一つだけ重大な欠点があるのだ。
それは僕に対する好意をこれっぽちも持ち合わせてはいないということだ。
いや、僕の事を嫌っているといった方が適切かもしれない。
小鳥遊さんはある種の潔癖症で、自分に好意を持つ男性に対してとてつもない嫌悪感を覚えるのだ。
なら何故小鳥遊さんは僕と付き合ってくれたのか、その理由はあまり考えたくない。
わかりきっているからだ……。
そのような事情もあり、僕らのデートは月二回までと決まっている。
本当は月一回だったけど、僕が小鳥遊さんに頼み込んで二回に増やしてもらったのだ。
こんな小鳥遊さんを優しいと思うかい?
僕は思わない。
そして今日は月に二回の貴重なデートの日。
僕と小鳥遊さんは一緒に映画を見に行くのであった。
*
「映画、どうだった?」
「つまらなかった」
「ははは、だよね……」
小鳥遊さんが途中で帰りたいと駄々をこねたので劇場から出た訳だが、間を持たせる為とは言え我ながらバカな質問をしたと思う。
単に話題だからという理由で、特に考えなしに怪獣特撮映画を小鳥遊さんと共に見たが、やはり人が大勢死んだり政治的なのは女の子は嫌いなのだろう。
僕は映画代2人分を支払う羽目になってしまったが、これは今後の為の勉強料だと思って甘んじて受け入れよう。
「もう帰っていい……?」
「え……?」
まてまてまて。
まだデート始めて一時間も経ってないぞ……。
「ま、まって!お昼、お昼を食べよう!」
「まだお昼ご飯には早いよ……?」
それは小鳥遊さんが映画の途中で帰りたいと言い出したから僕のデートプランが崩壊してそうなった訳で……。
なんて事を言っても仕方がない。
僕は小鳥遊さんに無理を言って付き合ってもらっている身だ。
当然彼女の要望は可能な限り聞き入れなければならない。それが日本男児における彼氏としての最低限度の務めなのだ。
だからこれは世間一般で行われるデートとなんら変わりない。
男が女の機嫌を延々と取り続け、常に女を満足させる為に奮起する。
一見するとサービス業と違いがないように思えるが、これが日本人の正しいデートの形なのだ。
*
幸いなことに、僕が予め予約していた洋食料理店は予約時間の一時間以上前にも関わらず入店を許してくれた。
今回僕が選んだ洋食店は食べログで調べた情報によると、若い男女がよくデートに使う店らしい。
確かに店の雰囲気はいいし、出て来る物もかなりオサレだ。そしてお値段もかなり張る。
僕は小鳥遊さんに無理を言って付き合ってもらっている身なので、当然会計は僕持ちだ。
でもそんな事はどうでもいい。
小鳥遊さんが喜んでさえくれれば僕はそれでいいのだ。
「もうお腹いっぱい」
「え……」
小鳥遊さんは出された食事を一口二口程度しか食べていなかった。
「これだけでいいの……?」
「いい、お腹いっぱいだから」
「…………」
結構早く昼食を取ることになってしまったから、あまりお腹に入らなかったのだろうか?
それとも小鳥遊さんはお嬢様だから、この店の料理は庶民的過ぎて口に合わなかったのだろうか?
いずれにしてもこのままではまずい。
折角の貴重なデート、小鳥遊さんを退屈させる訳にはいかない。
前回のデートだって小鳥遊さんを退屈させてしまい、僕がトイレに行ってる間に無断で帰られてしまった。
だから今回はなんとしてでも小鳥遊さんを楽しませなければならない。
「あ、あのさ小鳥遊さん!サザエさんの舞台って一応現代だって事、知ってる?」
僕は小鳥遊さんに楽しんでもらうべく、アニメの雑学を語る事にした。
「サザエさんは黒電話とかブラウン管のテレビとかレトロな家電を未だに使っているんだけど、舞台は一応現代だからスカイツリーやSMAPなんかは普通に出るんだよ!?」
「…………」
「でも昭和の雰囲気を出す為に携帯とかパソコンだけは意地でも出さない方針にしてるんだって!でも花沢さんのお父さんは普通に携帯使ってるからそこん所ガバガバだよね!ははは!」
「…………」
「第一、昭和の雰囲気出したいのに普通にデジカメやスカイツリーやチャイルドシートはあるし、本当サザエさんの世界ってなんなんだろねえ!」
「モエ君さ……」
僕の話を黙って聞いていた小鳥遊さんが口を開いた。
「モエ君、よく喋るね……。そんなに喋って疲れない……?」
小鳥遊さんはやっぱり退屈だったみたいだ。
「ごめん……」
ちなみにモエというのは僕のあだ名だ。
いつだったか休み時間に萌え系ラノベを呼んでいたら付けられた明らかな蔑称である。
最初からこの話を読んでいる人にとっては今更な解説だよね。
一応彼女だが、小鳥遊さんもこの名前で僕を呼ぶ。
そもそも小鳥遊さんが僕の本名をちゃんと知っているかすらも疑問だが、そんな事を言っても仕方がない。
僕がそんなような事を思っていたら、小鳥遊さんは鞄から参考書や筆記具等を取り出してテーブルに広げ始めた。
「え……、何してるの……?」
「勉強」
「僕、その、まだ食べてるんだけど……」
「だったら早く食べて」
「…………」
僕は急いで出された食事を平らげた
「別に今勉強しなくても……」
僕は恐る恐る小鳥遊さんに聞いた。
「もうすぐテストだから、勉強しないと」
「もうすぐって、まだ一カ月以上あるんだけど……」
「…………」
小鳥遊さんはとてつもなく不愉快そうな眼差しを僕に向けた。
「その……、ごめん……」
なんだか僕はいつもこんな風に小鳥遊さんに謝ってばかりいるような気がする。
*
小鳥遊さんは黙々と勉強を続けていた。
お昼時になり、客も増えてきた。
皿も下げられたし、そろそろ出て行かないと店の人に迷惑になる。
僕はその事を小鳥遊さんに伝えようと思ったが、どんな言葉をかければいいかわからず悩んでいた。
「今、一応デートの途中だよね……?」
「それがどうかしたの……?」
「いや、一応デートなんだし……、他にも色んな所行きたいなあって……」
「…………」
小鳥遊さんは再び不愉快そうな眼差しを僕に向けた。
「あたしが赤点取ってもいいって言うの……?」
「いや、別にそう言う訳じゃ……」
「モエ君あたしの家の事知ってるよね……?学年順位一位を取らないと怒られるの……」
「…………」
僕も小鳥遊さんの家は躾がかなり厳しいという事は知っているが、だからって何もこんな時に勉強なんてしなくてもいいだろうに……。
「そんなに勉強が大事なら……、無理して来なくてもよかったのに……」
僕が聞こえるか聞こえないかくらいの声で文句を言ったら、小鳥遊さんの表情がかなり雲った。
「モエ君が来いって言ったんでしょ……?」
「その……、ごめん……」
本当にさっきから僕は謝ってばかりだ。
「折角人が付き合ってあげてるのになんなの!?」
小鳥遊さんはテーブルをバンと叩き、突然僕を怒鳴りつけた。
小鳥遊さんの怒鳴り声に反応し、周りにいた人達が一斉に僕達の方を振り向いた。
「ごめん……」
僕は謝るしかなかった。
「そんな事言うならあたしもう帰る!」
「ごめん……」
僕は引きとめようと手を伸ばそうとしたが、小鳥遊さんは僕に目もくれる事もなく、広げた参考書や筆記具を片づけて帰って行ってしまった。
そして僕は大きくため息をつくのであった。
僕はずっと小鳥遊さんに憧れていて、色々な事情が重なりようやく付き合ってもらった訳だが、今回のように正直キツいと思うことも多い。
別にこういう事態は今回が初めてという訳ではないが、やるせない気持ちにはなる。
*
これは普通のデートだ。
彼氏なら誰だって彼女のヒスや我儘に悩まされる物だ。
順風満々な男女交際なんてアニメの中にしかない。
周りを見ると幸せそうにしているカップルが大勢いるが、多分彼らも見えない所で僕みたいな苦労をしているのだろう。
そうとでも思っていないとやりきれない……。
さっき僕は小鳥遊さんの唯一の欠点は僕を好いていないことだと言ったがすまない。あれは嘘だ。
小鳥遊さんは他人に対する思いやりがない。
あと常識もない。
性格も良くない。
基本的に大人しくて物静かだけど、嫌な事があると人前でも平然と大声を出す。
結構欠点あるじゃんと思った人、僕もそう思う。
でもこんな人でもやっとできた彼女だ。やっぱり別れたくはない。
勿論彼女があれ程のスペックと容姿を持つ美少女だからというのも理由ではある。
だがそれ以上に、小鳥遊さんに捨てられたら僕は恐らくこの先もう二度と彼女が出来る事はまずないという点が理由としては非常に強いのだ。
僕は誰もが軽蔑し嘲笑するキモオタだ。
だからこの機を逃すともう彼女なんて作る機会なんてある訳がない。
これが僕が小鳥遊さんを見限れない一番の理由なのだ。




