35話 交際
あれから何日か経った。
あの日をもって直樹を取り巻くうすら寒いハーレムは崩壊した。
橘さんはあの日以来学校に来なくなった。
直樹は片桐さんだけでなく、橘さんまで不登校に追い込んだ。
まあ僕としては、橘さんは性格が悪くてとにかくウザいからむしろ学校に来ない方が有難いのだが、直樹の不誠実さが原因で二人の女の子が不登校になったと思うとなんとも言えない気持ちになる。
直樹のあのおぞまし過ぎる謝罪会見で僕はある事を確信した。
あいつはどうしようもない程のバカで最低の駄目男だ。
片桐さんの人生は不幸続きだったが、一番の不幸は直樹なんかに救いを求めてしまった事だと僕は思う。
理由が理由だけにあまり勝手な事は言えないが、やっぱり片桐さんは他に良い相手を見つけるべきなのだろう。
片桐さんの心の穴を埋める事ができ、片桐さんが心に抱えている悩み全てを解消してくれるような素晴らしい相手がいるのかどうかはわからないが、それでも直樹なんかと付き合うよりはずっとマシな筈だ。
片桐さんの抱えている物はあまりにも大きい。だから片桐さんがあんな奴と付き合えたとしても、片桐さんが幸せになる事は決してないと思う。
もっとも、今の傷ついた片桐さんに対してそんなことを言える訳がないのだが……。
残った小鳥遊さんはというと、前以上に直樹にアプローチするようになった。
橘さんまでもが不登校になり、邪魔者のいなくなったのを好機と思ったのだろう。
直樹に今まで散々不誠実な態度を取られ挙句あんな恐ろしい目に遭っておきながら、これほどの行動力を発揮できるとはなんというバイタリティなのだろうか。
ここまで来ると恐怖すら覚えるレベルだ。
直樹を取り巻いていた他の女子達を尻目に親しげに談笑したり、人前で平然と直樹の腕に抱きついたり、人前で平然と手作り弁当を橋移しで直樹に食べさせたり、小鳥遊さんは完全にやりたい放題で、まるで直樹の彼女のように振舞っていた。
僕としては凄まじく不愉快になる光景だった。
自分の幼馴染兼親友である橘さんと、自分をあれだけ慕ってくれた片桐さんを不登校になる程追い詰めたにも関わらず、何食わぬ顔で直樹は小鳥遊さんみたいな美少女とイチャついている。
あんな事があった直後なのに、直樹は何食わぬ顔でこんな事をしている。
しかも直樹は今そこにいる小鳥遊さんに対しても、散々不誠実な態度を取って傷つけてきたにも関わらずにだ。
本当にムカつく。死ねばいいのに。
なんて事を思っていたある日、直樹は急に学校に来なくなった。
理由はわからない。時間差で罪悪感にかられたのだろうか。
しかし直樹が学校に来なくなったことを嘆く女子が結構いるということが、僕としては非常にムカつく。
*
直樹が学校に来なくなってから少し経ったそんなある日の放課後、帰り際の事だった。
「ねえ、モエ君」
校舎の下駄箱前にて、僕は小鳥遊さんに話しかけられた。
結構一緒にいたような気がするが、小鳥遊さんの方からこうして話しかけられたのは初めてだった。
でも小鳥遊さんは僕の事を嫌っている。だから多分僕にとって愉快な話題を振りにきた訳ではないのだろう。
「モエ君、今でもあたしの事、好きなの?」
小鳥遊さんが何を思ってこんな事を聞いてきたのかわからなかった。
好きだって言ったら小鳥遊さんは確実に嫌な思いをするだろうし、かといって別の事を言ったら彼女のプライドが傷つくと思ったからだ。
「直樹くんにね、言われたんだ。『俺は小夜と智代を傷つけた。小夜と智代をあそこまで追い詰めてしまった。お前だって傷つけた。だから俺は椿と付き合う資格はない』。って……」
やっぱり直樹の話か……。まあ、わかってはいたけど……。
「あたしはね、そんな事気にしないって言ったんだけどね、直樹くんはそうじゃなかったみたい……」
それで不登校か。やっぱりあいつは無責任な奴だ。
「直樹くんが言ったんだ。『俺じゃなくて、椿はちゃんと椿を好いてくれる男と付き合え』って……」
そりゃあ直樹にしては賢明な判断だ。
あいつより駄目な男なんてこの世には数える程しかいないだろうし、直樹よりまともな男なんてこの世にはいくらでもいる。
「だからね、モエ君。付き合おう」
今、この人なんて言った?
「ごめん、小鳥遊さん。今なんて言ったの?僕の聞き間違えじゃなければ、僕と付き合おうって言ったように聞こえたんだけど……」
「付き合おうって言ったの」
僕は耳を疑った。
もしその発言が本当だとすると、小鳥遊さんはこれ以上なく荒唐無稽なことを言っている。
「付き合うって、彼氏彼女の間柄になるってことだよね……?」
「うん、そうだよ」
「………………………………」
かくして僕と小鳥遊さんは付き合うことになった。
*
嫌な友誼部はなくなり、ウザい直樹とウザい橘さんが学校に来なくなり、僕の平穏な日常が完全に帰ってきた。その上大好きだった小鳥遊さんが僕の彼女になった。
いい事づくめだ。いい事づくめの筈なのだ。
なのに何故かあまり喜べない。
ハッキリ言って、全然嬉しくない。
僕は少し前まで、彼女がいるのに自分はリア充ではないと豪語する奴に対して、そんなのはただのリア充の自虐風自慢だと思っていた。
でも小鳥遊さんと付き合い始めた今になって、彼女がいるからと言って問答無用でリア充になるという認識は間違っていると思えてきた。
そういえば、昔こんなラノベがあった。
ヒロインは主人公が好きだが、主人公は凄くモテるのでヒロインに振り向いてくれない。
そこでヒロインは適当な男の子を彼氏に仕立て上げ、主人公の嫉妬心を煽る事にした。
その結果、ヒロインと主人公は無事結ばれた。
彼氏に仕立て上げられた男の子がどうなったかというと、途中でヒロインに無残に捨てられるのだ。
そしてその後、捨てられた男の子が物語に登場する事はない。
小鳥遊さんと今の僕の関係は、もしかしたらそのラノベと同じなのかもしれない……。
第一部 友誼部編 完




