33話 アニメ脳
いつぞやの光景を彷彿とさせる夕日に暮れた誰もいない教室にて、片桐さんを除く僕等友誼部メンバー四人は直樹の呼びかけにより集められた。
直樹、小鳥遊さん、橘さん、僕。
この四人でいると片桐さんが部室を荒らした日の事を思い出してしまう。
それだけではなく、友誼部として過ごした嫌な日々の事も思い出す。
正直、友誼部なんて歪な仲良しグループもどきとはもう二度と関わりたくはない。
ならば何故、僕が今日この場に来たかというと、直樹の真意を確かめる以外に他ならない。
何故直樹は片桐さんをあれ程傷つけるような行動をするに至ったのか、やはりそれは僕としても気になってしまう事だからだ。
「今日は皆に大事な話をしたいんだ」
直樹は勿体付けて皆に告げた。
「すまん!俺は今まで、椿や智代に酷い事をしてきた!本当にすまない!」
直樹は土下座しながら謝罪してきた。
「俺は確かに今まで椿や智代からの告白を何度も無視してきた。でもそれは、椿や智代の事が嫌いだからじゃないんだ!勿論嫌がらせや悪ふざけでもない!信じてくれ!」
嫌いじゃないとしたら何故片桐さんや小鳥遊さんに対してあんなことをしていたのだろうか。
仮にやむを得ない事情があったとしても、僕は決して直樹を許す事はないだろう。
僕がそんな事を思っていたら、橘さんが直樹に問いただした。
「嫌いじゃないなら、なんであんな事してたの?」
「……………………」
直樹は苦悶の表情をし、黙りこんだ。
「俺……、この部活が好きだ」
「部活?友誼部の事?」
「ああ、俺はこの友誼部が大好きなんだ……」
「それが椿達の告白を無視した事と何の関係があるって言うのよ?」
「毎日放課後遅くまで残って、皆でゲームしたり、アニメ見たり……、たまにカラオケとか祭りとかこの世の不思議探索に行ったり……、本当に楽しかったんだよ……」
「だからそれがどうしたって言うのよ?」
「こんな楽しい部活他にはない。だから俺は、卒業するまでずっと皆と一緒にいたいんだ」
「だからそれがどうしたのよ?」
「椿も、智代も、小夜も……、皆が俺を好いてることは知っていた……。だから俺が誰かと付き合ったら、今まで仲良くやってた友誼部の中に亀裂が生まれてしまう……。だから俺は今まで告白されてもずっと誤魔化してきたんだ……」
え……?まさかと思うけどそれが理由なのか……?
あまりにも理由がくだらなさ過ぎて、直樹の今言っている事ですら嘘ではないのかと勘繰ってしまう。
もしも直樹の言っている事が本当で、こんなアホな理由で今まで難聴主人公の真似事をしていたのだとしたら、こいつは間違いなく橘さん以上のバカだ。
流石の橘さんも小鳥遊さんも、僕と同じく直樹のこの発言には困惑している様子だった
「俺は友誼部として皆と楽しくやりたいんだ……。だから今は誰とも付き合う気はない。俺は元のみんなで仲良くやれた友誼部の関係に戻りたいんだ……」
マジでこいつ何を言っているんだ?まさかと思うけど、こいつ気付いていないのか?
こいつ以外の友誼部メンバーの全員の仲が物凄く悪いということに。
「ごめん。あんたの言ってる事、さっぱりわからない」
流石の橘さんも僕と同じく直樹の発言に混乱していた様子だった。
小鳥遊さんの方も同じみたいで何も言わずに戸惑いの表情を浮かべていた。
「あんたが誰とも付き合う気はないのはわかった。でもそれが、なんで難聴主人公の物真似に繋がる訳?」
「昔、こんな事があったんだ……。十年くらい前、小夜の父さんが家を出て行って、その事で小夜が俺もその内いなくなるんじゃないかって……、泣いていたんだよ」
直樹は唐突に橘さんとの昔の思い出を語り出した。
「それが今、一体何の関係があるっていうのよ……?」
橘さんは少し焦り気味に聞き返した。
「俺はその時、とっさに小夜に大きくなったら結婚するって言ったんだ……。そしたら小夜は泣きやんでくれて、大喜びで俺と結婚するんだってはしゃいでくれて……」
「だからそれが……、一体何の関係があるって言うのよ……?」
そう言えば、前に片桐さんがこの二人は幼少期に結婚する約束をしたとかって言っていた。橘さんはかなりアレな人だから、その約束を未だに引きずっていたとしても不思議ではない。
「実はそれ、昔見たアニメでそんな感じの事を言ってるシーンがあって……、そのアニメのキャラがそうやって泣いてる女の子をなだめていたから、その真似をしたんだ……」
「…………………………………………」
橘さんの表情が曇った。
なんとなく、直樹の考えが読めてきた。
「だから今回も、アニメの真似をしたらなんとかなると思ったんだ……。たまたま小夜が見せてくれたアニメで、そういうシーンがあったから……。そのアニメの女の子は主人公にこう言われると、特に言及もしないで引き下がって、次のシーンになるとまた主人公と普通に友達として過ごしていたんだ……。だから俺も、そうしたんだ……」
友誼部メンバーはみんな現実と空想の区別がつかない節があったが、やはりこいつもアニメ脳の類いだったのか……。
やっぱりバカだなこいつ。頭がどうかしているとしか思えん。
もはやここまで来ると、怒りを通り越してただ呆れるしかない。
「最初はそれで何とかなっていた……。勿論それが椿や智代を傷つけているってことは俺も分かっていた……。でもそれが、まさかあんなに智代を追い詰めていただなんて、俺は今になってやっと気付いたんだ。そのせいで椿にも沢山嫌な思いをさせた。本当にすまない……」
土下座していた直樹は、更に深々と床にめり込むくらい頭を下げた。
橘さんと小鳥遊さんと僕は、そんな直樹を見てただ困惑するだけだった。
「もしも俺が誰かと付き合ったら、友誼部はバラバラになってしまう……」
いや、最初からバラバラだったよ。
「俺はこれからも皆で仲良く、楽しく過ごしたいんだ!」
ちっとも仲良くなかったよ。
「部室は使えなくなったけど、だったら皆で他の場所を探そう!」
本当にバカだろこいつ。
まさかと思うけど、世にもおぞましい友誼部内のあの人間関係をこいつはただの愉快な仲良しグループの慣れ合いだったなんて本気で思い込んでいたのか?
今まで鈍感主人公の真似をしていたそうだが、マジで鈍感なのかこいつ?
あれだけ仲が悪いんだから普通気付くだろ?アホ過ぎるにも程があるだろ……。
こんなくだらない事の為に片桐さんはあそこまで追い詰められる羽目になったと思うと、とてつもなくいたたまれない気持ちになる。
「俺は誰とも付き合う気はない。皆で仲良くやりたいんだ!お願いだ!小夜も椿も納得してくれ!」
マジでなに言ってんだこいつ。頭がどうかしているとしか思えないぞ……。
「あはははは!!」
流石の橘さんも直樹のアホ過ぎる言動に呆れたのか、手を叩きながら急に笑い出した。
「なにそれ?それも何かのアニメの真似?まさかと思うけど、そんな事言われて皆納得するとでも思ってるの?椿だってそうよ。どう見ても煮え切らない感じでしょ?」
うん、そう思うのが普通だよね。
「……………………」
小鳥遊さんの方を見ても、やっぱり黙っていて直樹の発言に戸惑っている様子だった。
「俺だって真剣に……」
「真剣に考えてこれ?バカみたい!こんな茶番に付き合わせるなら私もう帰るわ!」
「待てよ!」
直樹は立ちあがり、その場を立ち去ろうとする橘さんの肩を掴み引き留めた。橘さんはそんな直樹の手を振りほどいた。
「なんなの?誰と付き合うかハッキリする気にでもなったの?バカな事言って煙に巻いても誰も納得しないわよ?」
今回ばかりは僕も橘さんと同意見だった。
「私達以外に好きな人がいるならそれでもいい。諦める。でももし、私らの中に好きな人がいて、その上で誰とも付き合わないって言ってるのなら、私は絶対納得しない」
「…………」
「あんたは誰が好きなの?誰も好きじゃないの?お願いだから本当の事を言って。それを聞かないと私は納得できない」
「……わかった。言うよ」
直樹は意を決したような表情をし、一呼吸置いた上で言った。
「俺、椿の事が好きだ」
マジかよ……。こいつ好きな相手にあんな事してたのかよ……。
やっぱりこいつ、頭がどうかしているだろ……。
「ほんと……?」
小鳥遊さんは首を傾げ、直樹に問いかけた。
「初めて会った時から、ずっと椿の事が好きだった……」
「ほんとに……?」
「ああ……」
小鳥遊さんは涙を流して喜んでいた。そしてそれを見ていた橘さんは絶句していた。
それらを見ていた僕は、ただ唖然とするだけだった。
「だけど友誼部の為に、卒業するまで付き合うのは我慢してくれないか……?」
この期に及んでこいつはなんつーとんでもない提案をしているんだ?
少し前に大炎上したどこぞのラノベの羽瀬川さんかよこいつは……。
こんな時までラノベの真似をして、本当にどうしようもない奴だ……。
それにしたって好きだけどあのクソ部活の為に交際は卒業まで待ってくれなんて、よくぞここまで馬鹿げた事思いつくよなあ……。
流石の小鳥遊さんも断るだろ……。
「うん!わかった!あたし、直樹くんの為に我慢する!」
ええーっ……、なんなのこの人……。
この状況で泣いて喜んでこんな事言えるなんてどう考えてもおかしいだろ……。
流石にこれは引くよ……。
前々から思ってたけど、小鳥遊さんも小鳥遊さんでかなりどうかしてるよなあ……。
「だから小夜もお願いだ。納得してくれ」
いやいやいや!無理に決まってるだろ!何考えてるんだよこいつ!?
直樹を崇拝してる小鳥遊さんは未だしも、橘さんの方は無理だろ!?
「うん、わかった」
ええー!やっぱりこの人も変だよー!
もうなんだよこいつ等……。完全に僕の理解が及ばない世界にいるよ……。
ここまで来るともう怖いとしか思えないよ……。
「納得してくれたか……」
「ええ」
橘さんは直樹に向けて満面の笑みを浮かべそう答えた。
そして橘さんは小鳥遊さんの方を振り返り、力いっぱい拳を握り小鳥遊さんの顔面目がけて思いっきり殴りこんだ




