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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第一章
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31話 ムシのいい奴

 これがもしも何かの物語で僕がその物語の主人公だとしたら、片桐さんは僕の激励で無事立ち直って再び学校に来る筈だ。

 でもこれは現実。そんな都合のいい展開にはならない。


 家に訪問した翌日、僕は片桐さんのクラスに行って確認したが、片桐さんは相変わらず学校を休んでいた。

 そう簡単に片桐さんの心の傷が癒える訳がない。

 今まで必死で頑張ってきたのにその努力も無下にされ、あれだけ追い詰められていたんだ。

 僕が少し何か言った程度で吹っ切れたら、そもそもこんな事にはなっていない。 

 片桐さんの傷ついた心も片桐さんの家の事も片桐さんの病気も、僕にはどうする事もできない。

 僕がどれだけ片桐さんに感謝や激励の言葉を述べようと、どれだけ片桐さんに死んでほしくないと伝えようと、片桐さんの心が癒される事はないのだろう。


 いや、あれは激励なんて良い物ではない。

 片桐さんはこの世で生きている価値があるということをわかってもらうという名目で結局の所僕は片桐さんに慰めてもらう事を望んだ。

 だからあれは励ましではない。昨日橘さんが言った通りの傷の舐め合いだ。


 自分を駄目人間だと思っている片桐さんが、駄目人間である僕にいくら励まされようと、片桐さんの心にぽっかりと空いた穴を埋められる訳はない。

 だから片桐さんが僕に何をどう言われようと、片桐さんが自分の事を好きになることもないだろうし、片桐さんが自分はこの世で生きていてもいいんだという実感を持つこともないのかもしれない。


 もしそれが出来る人がいるとしたら、悔しいけどやはりあいつしかいないのだろう。


 片桐さんは今まで直樹と結ばれる事のみが、自分が幸せになる唯一の方法だと信じて生きてきた。

 片桐さんが救われるには、やっぱり直樹が片桐さんの気持ちをちゃんと受け入れるしかないのだと思う。


 でもやっぱり、僕としてはどうしても納得出来ない。

 あいつの何気ない善意で人生に絶望していた片桐さんが生きる希望を持てたのは確かだ。

 でもそれと同じく、あいつが今まで何度も片桐さんの事を傷つけてきたのも確かだ。

 片桐さんを救ったのは直樹であるが、片桐さんをここまで追い詰めたのもまた直樹なのだ。


 直樹が何を思ってあんなことをしていたのかは知らないが、僕には片桐さんの気持ちが痛いほどよくわかる。

 多分僕が片桐さんと同じ立場なら、思い人にどれだけ酷い扱いを受けようと相手を慕い続けていただろう。

 だから片桐さんに、他の男を見つけて新しい恋を探せだなんて無責任な事は言えない。 




 でもやっぱり、あんな奴が片桐さんの生きていく上での唯一の希望だと思うと、言葉では言い表せない程やるせない気持ちになってしまう。




*




 ある日の休み時間、教室にて寝た振りをしていた僕は直樹に話しかけられた。


「モエ、ちょっと話があるんだけどいいか?」


 基本的に授業で二人一組を作る時と昼食の時と部活の時以外に直樹に話しかけられる事はまずない。加えて、今僕と直樹は絶好に近しい状況にある。

 だから正直、今こいつに話しかけられても不快感しか湧かない。


「なあモエ、お前昨日智代の家に行ったんだよな?」

「だったらなんだよ……?」

「智代に謝りたいんだ。でも電話は繋がらないし、ラインも無視されるんだ。」

「だから?」

「小夜から聞いたんだ。昨日お前、智代の家に行ったんだよな?智代の様子はどうだった?元気にしてたか?謝りたいんだが、でも俺住所わからないし、だから住所を教えてくれよ。お前知っているんだろ?」

 どの面下げて言っているんだこいつは……。


「今まで片桐さんの好意を、何度も無視し続けてきた癖に……」

「……………………」

 僕がそう言うと、直樹は申し訳なさそうに俯いた。


「片桐さんに会わせる顔がないんじゃなかったのかよ?」

「やっぱり謝りたいんだ。お願いだ。小夜に聞いても住所は知らないって言うんだ。昨日先生から住所のメモをもらったのはお前だって聞いたから、だから教えてくれよ」

 別に今に始まった事じゃないが、こいつの発言は一々ムカつく。今回は特にだ。 


「っていうか、そもそも何を謝るんだよ?」

「その……、今まで智代から告白されても、何度も無視してきたから……」

「……ムシのいい奴」

「え……?」

「身勝手過ぎにも程があるだろ。今までどれだけ片桐さんを傷つけたと思ってるんだよ?まさか一回謝っただけで、全部帳消しに出来るとでも思ってるのかよ?」

「そりゃ……、そうだけどさ……」

「そもそも小鳥遊さんにも同じ事してたけどお前、片桐さんとは真剣に付き合う気ある訳?」

「それは……」

「じゃあ何?責任とって付き合う気もない癖に、とりあえずで謝るつもりだったの?そんな事されて片桐さんが喜ぶとでも思ってるの?バカじゃないの?今までずっと片桐さんからの告白を無視してきたからとりあえず謝るけど、やっぱり付き合う気はないからこれからもお友達として仲良くしようとでも言いたいの?この期に及んでまだ片桐さんを追い詰める気なの?」

「別に、そんな……」

「っていうかそもそも、お前なんでアニメの難聴主人公の真似事なんてしてたの?」

「…………………………………………」

「中二病?ごっこ遊び?現実と空想の区別がついてないの?なんなのお前?ああ、人から好かれた事もない僕にはわかることじゃないんだっけ?ならきっと説明されてもわかんないんだろうなあ」

「……んだよ」

 僕が煽るようにそう言うと、直樹はボソボソと何かを呟いた。


「は?」

「俺だって……、辛かったんだよ……」

「なにが?」

「あんな事……、俺だって、本当はしたくなかったんだよ……」

 直樹はそう言い残すと、教室から走ってどこかへと去ってしまった。まあ別に直樹がどこに行こうと僕にはどうでもいい事だ。

 それにしても今度は被害者面かよ。あれだけ片桐さんを傷つけたのに、本当にこいつは最低な奴だ。ここまで来ると呆れてものも言えない。


 僕は再び寝たふりを始めた。




 正直、直樹が片桐さんの家に訪問する事で、片桐さんが立ち直る可能性があるのではと少し思った。

 もしかしたら直樹のお見舞いがきっかけとなり、片桐さんが立ち直るかもしれないとも一瞬僕は思った。

 でも僕は直樹に片桐さんの家の場所は教えなかった。


 直樹は片桐さんに謝罪する気はあっても付き合う気はないというのがまず一つの理由だ。

 そしてもう一つ、今のやつれきった片桐さんが直樹にその姿を見られたら、片桐さんがもっと悲しむ可能性が高いと判断したからだ。


 そしてこれ以上に、単純に僕個人が直樹と片桐さんを会わせたくないと思ったのが一番の理由である。


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