29話 大爆死
「まだまだ私の不幸自慢は続きますよー。
でも流石にそろそろ終わります。
ある日智代は直樹さんに橘小夜はあの部室を使って友誼部とかいう何ともバカげた部活を立ち上げたという知らせを聞かされました。
友誼部の目的は、建前上は友達がいない生徒が集まって皆で楽しい青春をエンジョイする為の部活です。でも本来の目的はどう考えても、橘小夜が智代を出し抜いて放課後も直樹さんを独り占めする為の口実作りです。
『あの部室は私と直樹さんの部室なのになんで!』と智代は激しい怒りを覚えましたが、直樹さんの手前我慢しました。
ですが心優しい直樹さんは、学校に馴染めなくて困っていた智代もこの部活に誘ってくれたのです。
橘小夜と同じ部活仲間になるのは正直最悪な気持ちでしたが、大好きな直樹さんからの誘いだったので智代は入部しました。
あんな人と直樹さんを二人きりでいさせたら何されるかわかりませんからね。何って?ナニに決まってるじゃないですか。
しかし、ここでも更に不幸が訪れました。
智代の知らないところでもう一人部員が入っていたのです。
その部員の名前は小鳥遊椿。
成績優秀スポーツ万能。家は金持ちのお嬢様。その上超美人。でも性格は最悪で、潔癖症で常識がなくて他人を思いやるということをまったく知らないサイコパス。
その上超自己中で脳味噌はお花畑。しかも普段は大人しい癖に、自分の気に食わないことがあるとすぐにヒスを起こす最低の女です。
一言で言うとスペックだけで中身がスカスカの発泡スチロール見たいなクソ女です。
そして智代が思う小鳥遊椿の一番嫌なところは、こいつも直樹さんの事を好いているという事でした。
こんなゴミクズ女が直樹さんにまとわりついているのです。いつも直樹さんに色目を使って、年中直樹さんに発情していて、直樹さんに媚びて媚びて媚びまくって、直樹さんの彼女になろうとしているのです。
智代にとってそれはとてつもなく不愉快なことでした。
そしてもう一つ嫌なのは、このクソ女も学校で孤立していた所を直樹さんが発見し、部活に誘ったということです。
小鳥遊椿は智代や橘小夜とまったく同じような境遇だったのです。
本当直樹さんって優しいですよね。あさましい智代はただ苛立つのみでしたが。
友誼部の女子三人は全員が直樹さんの事を好いています。
恋敵である為、お互いがお互いの事を嫌い合っています。
ですが部活を本気で楽しんでいる直樹さんの手前、堂々と相手の事を嫌っているような態度は取れませんでした。
かくして友誼部の仲良しごっこが始まりました。智代の頓服薬の服用回数も劇的に増えました。
友誼部としての活動は皆でゲームをしたり、アニメを見たり、カラオケに行ったり、その他色々なところに行ったり、基本的にダラダラする事です。
一見するとただの仲良しグループで友達同士がひたすら慣れ合う部活に見えますが、裏では大好きな直樹さんに取り入る為に互いに腹の探り合いばかりしています。
ですから直樹さんのいないところではお互いの悪口ばかり言い合っています。
いやぁ、改めて思うと本当凄まじく歪な部活ですよね。廃部になってよかったですねー。まあ私が廃部にしたんですけど。
友誼部として慣れ合い活動をしていく上である重大な事が発覚しました。
智代は一応直樹さんの前では、見た目は派手なギャルだけど中身はちょっとオタクというのを売りにキャラ付けをしていました。
ですが橘小夜も智代の演じていたキャラ同様にオタク趣味があったのです。キャラが被っていたのです。
まあオタクと言っても、ネットの評判に踊らされて作品を批判する事で暇を潰す典型的なアフィカスなんですが、そんな事直樹さんから見たらどっちも大差ないですよね。
このままではまずい。そう思った智代は更に強固な男受けしそうなキャラを取りつくろいました。
智代が参考にしたキャラはオタク系のハイテンション美少女キャラでした。少し前に流行っていたライトノベルの人気ヒロインを参考にしました。
智代は他にも男受けしそうな人気ヒロインの特色を沢山真似しました。
智代は直樹さんに好かれたい一心であれこれやりました。
一人称をボクにし、部活内では常に盛り上げ役に徹し、根は暗いのにかなり無理して明るく振舞うようになりました。
頻繁にコスプレをしたり、カラオケに行った際にオタ芸をしたり、萌え系の電波ソングばかり歌ったり、好きでもないのに美少女キャラを好きだとアピールしてエセ百合属性を付けてみたり、直樹さんの前では不自然なくらいの自己アピールをしていました。
この辺りでようやく智代は直樹さんにオタク的な趣味が一切ないということに気がつきました。智代はバカなので今までこんな簡単なことにも気がつかなかったのです。
ですがもうここまで来ると完全に引っ込みがつかなくなり、智代はキャラ設定の存続に躍起になっていました。またしても智代の頓服薬の服用回数は増えました。
なんで正攻法で行かなかったって?
他に智代みたいなクソメンヘラにどうしろって言うんですか?
敵は結婚の約束した幼馴染と完璧スペックの脳味噌スカスカ女ですよ?
生半可なことしても直樹さんと付き合える訳ないでしょ。
そして智代の無理なキャラ設定に友誼部の皆が慣れてきた時、ある事件が起こりました。
どこで突き止めたのかはわかりませんが、橘小夜が中学時代の智代がかなりの問題児であったという事を聞きつけたのです。
橘小夜は智代が精神病患者であり、中学時代はかなりヤンチャしていたという事を友誼部内で声高らかにバラしました。
他の生徒への暴力行為。学校の備品の破壊。中学で行った数々の奇行。その他諸々……。橘小夜は智代の悪行のほぼ全てを直樹さんにバラしました。
智代は思いました。(もう駄目だ……。私の人生完全に終わった……)と。
ですが直樹さんは言ってくれました。
「病気の事が本当だとしても、智代がそんな事をする訳がない」、と。
正直、涙が出る程嬉しかったです。
直樹さんは私が病気である事を知った後も私に対して怯えたり気持ち悪がるような事は決してなく、いつも自然に接してくれました。
そんな直樹さんを、私はますます愛おしく思うようになりました。そして私はついに直樹さんに告白する事を決めたのです。
ですが直樹さんの返した答えは「え?なんだって?」でした。
最初の一回目はもしかしてたまたま聞こえなかったのかと思い、私は何でもないと言ってとりあえずその場を収めました。
でも日を改めてした二度目の告白の答えも「え?なんだって?」でした。その後もそのまた後も、その更にあとも、何度告白しても、直樹さんは私の告白を無視し続けました。
私がこの無理なキャラ付けをするにあたって参考にした美少女アニメでは、よくこういう事をする主人公が出てきました。
それらの主人公が何故そのようなことをするのかというと、まあ決まった理由が設定されている事はまずないです。
物語がすぐに終わらないようにする為のメタ的な理由というのが通例です。
では現実でこのような態度を取っている直樹さんは、一体何を思ってこんな事をしているのでしょうか?
ただの悪ふざけ?からかっているだけ?私に対する嫌がらせ?私の事が嫌いなの?
色々考えましたが、私には何もわかりませんでした。わからなかったから、私は大嫌いな人達と依然として友達ごっこを継続しました。
この際、直樹さんが私の事を好いてなくても構わない。一緒にいることができればそれだけでいい。
そう自分に言い聞かせ、無理なキャラ付けを継続し、あの最低の部活でバカみたいな友情ごっこを続けました。
そして先日、私は橘小夜の卑劣な嫌がらせに耐えられなくなり、加えて日頃の無理が祟って暴走し、今に至ります。
散々愚行を重ねた結果がこれです。見事に大爆死です。
直樹さんにも完全に引かれました。
正直、もう疲れました……。
思えば病気になる前から、私は誰からも大事にされなかったです。母は面倒事の全てを私に押し付けた挙句勝手に壊れ、それにより私が病気になっても依然として父は私を無視し続けました。
私は生きているだけで常に誰かから存在を否定され続けるんです。
私もですね、某海賊漫画に出て来るお兄さんみたいに生まれてきてもよかったって実感が欲しかったんです。
生きていてもいいって、誰かから自分の存在を肯定されたかったんですよ。
私が直樹さんを好きになったのは、直樹さんなら私の存在を肯定してくれると思ってくれたからなんです。
でも現実は厳しいですね。あの漫画みたいに『愛してくれて……ありがとう!!!』なんて風には行きませんよ。
やっぱり私みたいなゴキブリは何をやっても駄目ですね。
他にいい女の子なんていくらでもいるのに、直樹さんが私なんかを選ぶ訳がないですよね。ははは……。
直樹さんではなく、代わりにモエさんが来たという事は、直樹さんは本気で私を見限ったんですね……。
あんな醜態晒したんだから、当然ですよね。直樹さんはもう、私を助けてはくれないんですね……。
私の人生もうおしまいです。私は生きてるだけで罪なんです。私には生きている価値がないんです。死んだ方がいい人間なんです。
この世界は本当に糞ですね。ちょっとばかしい事があっても、必ずそれを覆す程の悪い事が起こってしまう。今回の私がいい例ですね。
今だってこんなに酷いのに、私達が社会に出る頃にはもっと悪くなるんですよ?
景気も政治も環境問題もテロも戦争も民進党も、あれこれあって世の中どんどん駄目になる。私の身の周りも嫌な事ばかり。生きていてもロクなことになりません。
あーあ、私も乙女ゲーの悪役御嬢に転生して、主人公の踏み台にされるルートから外れようと足掻いている間に聖人扱いされて逆ハーレムを築きたいなー。そこで走ってるトラックに轢かれて死んだらそんな都合のいい世界にいけるかなぁー!行けたらいいなあー!
以上です。
ここまで読んでくれた人、お疲れ様です。
かなり長くなってしまいましたが、皆さん楽しんでくれました?
これにて私、片桐智代の卑屈な不幸自慢はおしまいです。
モエさんもお疲れ様です。
こんなつまらない話に何も言わずに付き合ってくれてありがとうございました」