28話 愚行
「この章も丸々不幸自慢なのであしからず。
まあ飛ばしてもいいですけどね。
智代はある日、足を滑らせて学校の階段から転げ落ち、歩けない程の怪我をしました。
でも智代は所構わずヒスを起こして暴れる嫌われ者のキチ○イなので誰も助けてくれませんでした。
それも当然です。智代はこの社会に必要のない人間です。
生きているだけで周りの人達に嫌な思いをさせて周りに迷惑をかけるだけのゴキブリみたいな存在です。
自己嫌悪に陥った智代はいつもみたいに大声を出し、みっともなくギャーギャー泣き喚きました。
当然の如く周りの人達は見て見ぬ振りをしました。まあ智代はキチ○イですからね。関わりたくないですよね。仕方ないですよねえ。
ですがそこにたまたま通りがかったある一人の男子生徒は違いました。その男子生徒は、なんとキチ○イの智代に「大丈夫?」と優しく声をかけ、手を差し伸べたのです」
「…………」
「その男子生徒はなんと智代を介抱し、智代を保健室まで連れて行きました。
親にも否定され続け、母親を廃人にし、学校でも腫れ者扱い。周りの人にはいつも迷惑ばかりかけていて、誰からもその存在を肯定されない。この社会において最下層に位置する、ゴミにも等しい智代を、彼は助けてくれたのです。
この瞬間、智代は思いました。この人が、自分を救ってくれる運命の人だと。
この人に好かれる事が自分に与えられた天命だと確信したのです。
そう気づいた時、智代は彼の全てが愛おしく思うようになりました。
彼の声、仕草、顔、息遣い、全てが愛おしくてたまらなくなりました。
それもその筈、智代は初めて誰かから優しくされたのです。完全に恋に落ちたのです。
その日以来、智代は彼に付きまとうことにしました。
世間一般の基準で見たら完全にヤバいメンヘラストーカーですよね。
彼の名前は相沢直樹さん。
顔は普通で成績は中の下。趣味も特にありませんが口では上手く言えない魅力があり、女の子によくモテる不思議な人物でした。
智代は直樹さんに近づきたいと思いましたが、彼に好意を寄せる女の子は大勢いました。
だから智代は話しかける勇気が持てず、直樹さんを陰から見守る生活を送っていました。
ですがある日智代は考えました。駄目人間のメンヘラでキチ○イな自分が直樹さんに好かれるにはどうすればいいのだろうかと。
智代は色々考えた上で様々な事を始めました。
まず第一に、智代は飲みたくなかった薬を情緒を安定させる為に毎日ちゃんと飲むようになりました。
ロクでもない精神科医の処方した薬だったので信用していませんでしたが、効き目だけは確かだったようです。
薬を毎日飲むようになり、これといった嫌な事が起きない限り、智代の情緒が乱れる事は殆どなくなりました。
そして智代はダイエットに励みました。
小太りだったのでシェイプアップの為に大規模な肉体改造を始めたのです。
コンビニ弁当やカップ麺中心の食事をやめ、栄養に気を使うようになり、毎日自炊するようになりました。
勿論食事制限だけでなく、毎日ランニングや筋トレをし、脂肪燃焼に勤しみました。
そして智代は化粧を勉強しました。
試行錯誤の上、一年半かけてなんとかメイク技術が形になりました。
髪も染め、暗かった雰囲気も一変し、辛うじて平均に届くくらいのルックスは手に入れられました。
例え作られた顔でも、素のブサイク面で勝負するよりは大分マシですからね。
派手な化粧も髪も思いっきり校則違反でしたけど、何故か教員に注意された事は一度もありませんでした。
多分先生方もキチ○イにはあまり関わりたくなかったんでしょうね。
勿論見た目だけではありません。
智代はコミュ力も鍛える為に毎日コンビニ店員相手に会話の練習もしました。オシャレなアパレル店員とも沢山会話の練習をしました。
その結果、智代はなんとか社交辞令程度の会話なら出来るくらいのコミュ力を会得しました。
さらに智代は男の子が好みそうなアニメを沢山視聴し、どんな女の子が男の子に好かれるかを研究しました。
智代は大して好きでもない美少女アニメを沢山見て勉強した結果、最も手軽で効果がありそうなのは見た目に反して実はオタク的な趣味があるキャラだと結論付けました。
それが今の智代の無理のあり過ぎるバカみたいなキャラ付けに繋がりました。
それらと並行して、前もって調べていた直樹さんの志望校に進学するべく、沢山受験勉強をしました。
智代はかなりバカだった為、偏差値が中の下辺りである直樹さんの志望校に受かる学力もなかったのです。
なので自分磨きと合わせて勉強をし、直樹さんと同じ高校に進学できるようにここでも愚行をしました。
色々と愚行を重ねた智代は、無事直樹さんの高校に合格しました。
でもいくら見た目を取り繕うと、中学ではやはり周りの生徒や教師達から智代はキチ○イとして認知されていました。
まああれだけのことやってたんだから当然ですよね。
そこで智代は高校入学に合わせて、直樹さんに接近する事を決意しました。
あ、ちなみに高校の入学試験の時は流石に黒染めしてすっぴんで行きましたよ?
智代は大好きな直樹さんと同じ高校に進学しましたが、残念ながらクラスは別クラス。
その上智代はヘタレだったので、直樹さんに話しかける勇気が湧きませんでした。
外見だけ明るく派手なギャル風に取り繕っても、所詮智代はコミュ障で根暗のクソメンヘラです。
嫌われたらどうしよう。変な風に思われたらどうしよう。誰かが自分がキチ○イメンヘラであると直樹さんに知らせたらどうしよう。
ついそんな悲観的なことを思ってしまい、智代は怖くて何もできなかったのです。
智代のヘタレっぷりはこれだけではありません。新しい学校にも馴染めずに案の定孤立しました。
店員ならなんとかなっても、いざって時に他人と話す勇気が出なかったのです。
気がつくとクラス内の人間関係は完全に出来上がり、智代は見事にぼっちになってしまいました。
智代に話しかけてくれる生徒はいませんでした。思いっきり校則違反の派手なギャル風メイクが災いしたのか、或いは智代と同じ中学の出身者が智代が精神病患者の問題児であることを漏らしたのか、真偽は智代にはわかりません。
ただ一つ言えたのは、やはり高校に入っても智代に居場所はなかったということです。
強いて居場所らしい場所をあげるとしたら、智代が偶然見つけた使われていない茶道部部室が唯一の居場所らしい居場所でした。
教室にいても心地が悪いので、智代は昼休みになると毎日そこで一人でお昼を食べていました。
そんな日々を繰り返していた智代でしたが、ある日奇跡が起きました。
なんと、智代の大好きな直樹さんが部室に来てくれたのです。
どうやら直樹さんも智代と同じく、イマイチ学校に馴染めずに困っていたようでした。
直樹さんには女子の友達は沢山いましたが、男子の友達がいなかったのです。他の男子生徒も大勢いる教室で女子と食べるのも抵抗があった為、直樹さんはいい食事場所を探していました。
そこで直樹さんは智代のいた茶道部部室まで偶然辿りついたのです。まさに奇跡ですね。
智代は大いに喜びました。嬉し過ぎて涙を堪えるのに苦労しました。
直樹さんと会って早々泣きだしたら確実に引かれますからね。どうやら直樹さんは、あの時助けた小太りな地味女が今目の前にいる智代だとは気付いていない様子でした。
それはかえって智代にとっては好都合でした。
だって直樹さんに中学時代に智代の起こした数々の問題行動を知られたら、直樹さんは確実に智代を嫌いになるに決まっていますから。
結局、智代はあがってしまって上手く直樹さんとは話せませんでした。
ですがその日以来、直樹さんは毎日部室に顔を出し、智代と一緒に昼ご飯を食べるようになりました。
まさに幸せな日々です。お昼休みの間だけとはいえ、大好きな人と毎日二人きりでいられたのです。
智代にとって紛れもなく人生の絶頂期と言えた時期だったでしょう。
でもこの幸せはすぐになくなりました。あの最低クソ女……、橘小夜がやってきたのです。
橘小夜も智代と同じくぼっちでした。理由は性格が度を超えて悪いからです。
その上直樹さんの事を病的なまでに好いています。しかも美人です。
しかも橘小夜は昔よく直樹さんと遊んでいた幼馴染らしく、なんでも幼少期には結婚する約束をした仲だとか。
どうも長らく地元を離れていたけど、最近になってこっちに引っ越したそうでした。
智代にとってこの性悪クソ女は完全に敵以外の何者でもありませんでした。
二人はお互い同じ学校だと気付かないまま進学し、学校内で孤立していた橘小夜と偶然再会した直樹さんが一人飯する穴場だと言ってこの茶道部部室を紹介したらしいです。
直樹さんって本当心が広いですよね。あんなクソ性悪の橘小夜にすら智代と同じように助けてあげるんですから。
ですがね、心の狭い智代は思っていたでしょうねえ。『私だけに優しくしてくれればいいのに……』って。
しかし不幸はこれだけではありません。
橘小夜が茶道部部室に来るようになったのと時を同じくして、直樹さんは部室には殆ど顔を出さなくなりました。なんでも理由は同性の友達が出来たからだそうです。
智代はその人を恨みました。その人さえいなければ、邪魔者が一人いるとは言え大好きな直樹さんと毎日一緒にご飯が食べれたのにと。
まあ後に智代は、その直樹さんの友達とも知り合うことになりますが、
っていうかあなたですよモエさん。
智代は大好きな直樹さんに擦り寄る橘小夜が大嫌いでしたが、直樹さんの気持ちを汲み取り毎日嫌々一緒に部室でお昼を食べていました。
二人の間に基本的に会話はありませんでした。
たまに橘小夜が口を開いたかと思うと、いつも智代に悪口を言います。
キモイ。臭い。ブス。ケバい。直樹から離れろ。ウザい。死ね。不潔。消えろ。
橘小夜は性格だけでなく、口も悪かったのです。
直樹さんがいない時、橘小夜はいつも智代の悪口を言います。
下手に騒ぎたてて直樹さんに嫌われたら嫌だと、智代はここでもいつも我慢していました。
智代の頓服薬の服用回数は橘小夜のせいで増えました。
智代の不幸はまだまだ続きます」




