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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第一章
27/102

26話 お見舞い

 僕は今、片桐さんの家の前に来ている。

 目的は明日締め切りの進路希望調査書を片桐さんに書いてもらう為……、なんてのはただの口実で、本当の目的は片桐さんの安否確認の為である。 


 片桐さんの自宅は、築十数年といったところの割と新しく作られた感じの庭付き二階建ての一軒家だった。

 この家を大多数の日本人がイメージしやすい外観で例えると、クレヨンしんちゃんの野原一家の家の雰囲気にどことなく似ていた。




 僕は家のインターホンを押し、しばらくすると聞き慣れた声がしてきた。


『どちら様ですか……?』

 紛れもなく片桐さんの声だった。声に覇気はなく、明らかに元気がなかった。ちゃんとご飯を食べているのか心配になるような弱々しい声だった。


「えっと……。その、僕だよ」

『僕……?ああ、そのボソボソした声、モエさんですか……』

「あの、えっと。明日までのプリントがあって、先生に頼まれてそれを届けにきたよ」

 橘さんから丸投げされて来たなんて言えばきっと片桐さんは気を悪くするだろう。

 だから僕はその件に関しては伏せることにした。


『ああ、そうですか。今開けますから……」 

 片桐さんがそう言ってしばらくすると、玄関の戸が開いた。


 僕は久々に片桐さんの姿を見る事が出来た訳だが、いつもの片桐さんとは明らかに違う点がいくつもあった。

 まず今日の片桐さんはいつもの派手なギャル風メイクではなく、なんとも色気のないすっぴん姿だった。

 髪だってセットしていない様子でボサボサだった。

 更に服は見慣れた制服やコスプレ姿ではなく、何ともイケていないくたびれたパジャマを着ていた。

 しかもストレスのせいなのか明らかにやつれていた。寝不足なのか目の周りには隈も出来ていた。

 その上なんか変な臭いもする。多分お風呂もまともに入っていないのだろう。




「はるばる御苦労様です。本当すみません……」と片桐さんは弱々しく僕に謝罪した。

 いつもの不自然なくらい明るく振舞っている片桐さんの面影はまったくなかった。

 そんな片桐さんの姿を見ていたら、僕の心は罪悪感に苛まれた。


「その……、ごめん」

「なんでモエさんが謝るんですか……?」

「僕が橘さんにあんなこと言わなければ、こんなことにはならなかったのに……」

「こんな事……?ああ、あの事ですか。別にいいですよ。気にしなくて」

「ごめん……」

「モエさんは悪くないですよ。誰も悪くありません。悪いのは心の弱い私ですから」

 片桐さんは何も悪くないのにこんな風に謝る所を見ていると、申し訳なさで心がいっぱいになり息を吸うのですら苦しくなってしまう。


「そんな顔しないでくださいよ。まあ来てくれたのが直樹さんじゃなくて、モエさんで良かったですよ。ほんと」

「いや、でも……」

「こんなやつれた姿、直樹さんには見せられませんから。ほんと」

 こんな状況で精いっぱい強がりを言っている片桐さんを見ていると、僕の胸が締め付けられるように痛くなる。


 よく見たら、玄関先からかすかに見える片桐さんの家の内装はゴミや生活雑貨が散乱しておりとても汚れていた。さながらゴミ屋敷のような状況だった。

 片桐さんの家族は一体何をしているのだろうか……。


「そういえば部活、どうなったんですか?」

「その……、廃部が決まったよ」

「ああ、そうですか」

 片桐さんの反応はどうでも良さそうだった。


「リアクション、薄いんだね……」

「直樹さんと会いたくて行ってましたけど、正直小夜さんや椿さんと顔を合わせるのは苦痛でしたからね」

「橘さんも同じこと言ってたよ」

「ああ、そうなんですか」

「あの部活、楽しんでいる人いたのかなあ……?」

「さあ?少なくとも直樹さんは楽しんでいたようですけど。だから私達も付き合っていた訳ですし。まあ私が暴れたせいで廃部になったんでしょうけどね」

「ごめん……」

「いや、だからモエさんのせいじゃないですって」

「ごめん……」

「そもそも部活が続いたとして、今更直樹さんにどんな顔して会えって言うんですか?」

「ごめん……」

「だから、モエさんのせいじゃありませんって。ほんと」

 そんな事言われてもやはり罪の意識という物は拭えるものではない。

 とにかく僕は片桐さんに謝罪するしかなかった。


 落ち込む僕を察したのか、片桐さんは言ってきた。


「ああ、そうだ。せっかく来てくれましたし、お礼に面白いものを見せてあげますよ」

「面白い物?」

「女が男を部屋に入れる。これがどういう意味かわかりますか?」

「え……?」 

「まあ、単にあなたのことは男としてどうでもいいって思ってるだけなんですけどね。でなけりゃこんなゴミ屋敷に入れたりしませんよ」


 正直、ちょっとだけドキっとしたのは内緒だ。




*



 

 女の子の家に入るのは初めてだった。

 僕は生れてこの方女の子とはロクに縁がなかったから当然と言えば当然だ。

 少なくとも、僕は片桐さんが家に入れてくれる程度には信頼されている。でも片桐さんが僕をこのゴミ屋敷に入れた理由は僕を男としてはどうでもいいと思っているから。嬉しいような、寂しいような、微妙な気分になる。


 片桐さんの家の中には、片桐さんの家族等は誰もいなかった。




 そして僕は片桐さんの部屋に案内された。

 やっぱり片桐さんの部屋もゴミだの生活備品だのが散乱しており、とてもじゃないが年頃の女の子が生活するような部屋とは思えない散らかり具合だった。

 コンビニ弁当のプラスチックの容器とか、カップラーメンの容器だのが部屋中に散らかっていた。

 片桐さんの食生活も心配になる。

 ネズミやゴキブリでも住みついていそうな不衛生な部屋だった。よくこんな所で生活出来たものだ。


 片桐さんはそんな部屋の中、客である僕にお茶も出さず、ゴミの山をかきわけ何かを探していた。恐らくそれが僕に見せたい面白い物という奴なのだろう。

 そんなゴミでごった返した部屋だったが、一つだけ綺麗に整頓された物があった。

 部屋の壁にかけられたカレンダーである。マス目には一日単位で規則正しく小さめのビニール袋の様な物体がセロハンテープでくくりつけてあった。

 一体これはなんなのだろうか?


「モエさん、それが気になるんですか?」

 片桐さんが捜索作業を中断して僕に語りかけてきた。


「こうしないと飲み忘れたり、間違えて余分に飲んだりするんですよ」

「薬……?」

「はい。まあモエさんに薬の名前を言っても通じないと思いますけど、これが自律神経を安定させるので、こっちはまあ安眠剤みたいなものですね。でこっちが辛い時に飲む頓服薬で……、ってこんな話どうでもいいですよね。ああ、そう言えばモエさんには言ってませんでしたね。私、精神病患者なんです」

 知っているというかこの前聞いたというべきか、一体僕はなんて返せばいいんだろう……。


「あまり驚かないんですね。ああ、もしかして先生方から聞きましたか?」

「……うん」

「そうですか。私がこんなクソメンヘラだと知ってがっかりしましたか?」

「いや、薄々気づいていたよ……」

「そうですか。そりゃそうですよね。モエさんの前じゃ良くヒス起こしてましたし、薬だって何度も飲んでましたしね」

 僕はこの人に何を言ってあげればいいんだ……?片桐さんは一体どうしたら立ち直ってくれるんだろう。


「ああ、あったあった。見てくださいよこれ」

 片桐さんはゴミ山の中から目当ての物を見つけたようで、ほんの少しだけ嬉しそうな声を出し、僕に卒業アルバムと思しき物を見せてきた。


「これこれ、このページですよ」と片桐さんは小太りで地味な女子の写真を指差した。それが誰なのか簡単に予想がついた。


「このブス、誰だと思います?」

 わかっていたが僕は答えなかった。


「正解は私ですよ」

 まさかこれが片桐さんの言う面白い物なのだろうか?全然笑えない。むしろ悲しくなる。


「私実は高校デビューなんですよ」

「そ、そうなんだ……」

「ええ、ブスメンヘラが無様に愚行を重ねてケバいブスメンヘラになったんです」

 だからそう言う言い方やめてよ……。聞いてるこっちの方が悲しくなるよ……。


「それはそうとモエさん、今日は一体何を届けてくれたんですか?」

「えっと……、進路希望調査の紙を……」

「進路希望調査ですか。モエさんは将来どうしたいんですか?」

 僕は少し考えた上で言った。


「……介護職」

「介護なんてアニメーターの次に激務ですよ?なんでそんなのになりたいんです?」

「人員不足だから、僕みたいな駄目な奴でも他のよりは採用される可能性が高いかなって」

「夢がないですね」

「そういう片桐さんの夢はなんなの?」

「普通の人間になる事ですね」

 僕よりずっと夢がない……。


「ヒスを起こさない、物を壊さない、急に大声を出さない、薬に頼らない、周りに迷惑かけない、トラブルを起こさない。それが普通の人間です。そんな風に私はなりたいです」

 片桐さんの言う事はさっきから悲しい事ばかりだ。

 何か……、何か言って片桐さんを励ましたい。少しでもいいから、片桐さんに笑顔を取り戻してほしい。

 いや、片桐さんの日頃の笑顔は意図して作った作為的な笑顔だということはわかっている。

 でも僕は片桐さんにこれ以上こんな悲しい顔をしてほしくない。


「気休めかもしれないけどさ……、ヒスや大声なら小鳥遊さんもよく起こしてたよ……」

「でも椿さんは健常者ですし、薬にも頼ってませんよ」

「そうだけど……」

「それに椿さんはいきなりトチ狂って大暴れして、物を壊しまくるなんてこともしませんでしたしね。やっぱり変なのは私だけなんですよ」

「そ、そんなこと……」

「いつだったかモエさん、私に聞きましたよね。私みたいな人なら、別に直樹さんじゃなくても彼氏くらいできるんじゃないかって。これがその答えです」

 さっきから片桐さんは沢山悲観的な事を言っていたが、これが今日一番悲しかった。 


「とりあえずこの調査書には私も介護って書いておきますね。多分近い将来される側になるでしょうけど」

 片桐さんはさっきから自分で自分を傷つけるような発言ばかりしている。

 あんな事があった後だから仕方ないが、正直もうやめてほしい。聞いているこっちが辛くなる。


「あーあ、こんな事になるならオタク系ギャルキャラじゃなくて、邪鬼眼系ツンデレでロシアとボトムズが好きって設定のキャラ付けにでもしておけばよかったなあ……」

 そんな事した所で、きっと片桐さんにとっては辛い結果にしかならないだろうに……。


「モエさん。なんで私が無理なオタクキャラを演じていたかわかりますか?」

「直樹に好かれたかったから……?」

「ええ、オタクな女の子って需要があるんですよ。アニメとかでもよく見ますよね?うまるちゃんとか玉置さんとかきりりん氏とか柏崎せもぽぬめさんとかニャルラトホテプさんとか」

「確かによく見るけどさ……」

「オタク趣味の女の子。これを使えば意外性と親近感を簡単に出せるんですよ」

 橘さんも前にそんなような事言ってたなあ……。


「オタク設定によりこの子は僕と共通の趣味を持っている。僕の趣味を理解してくれている。だから僕を理解してくれる。という感覚を簡単に殿方に持たせる事が出来る訳です。美少女アニメが好きな女の子とかは特に」

「それ、アニメの話だよね……?」

「ええ、激ダサで根暗な私が手っ取り早く殿方から好かれる方法。それがオタクキャラをロールする事だと考えた訳です」

「だからそれ、アニメの話だよね?」

 橘さんや小鳥遊さんもだけど、やっぱ片桐さんも現実と空想の区別が曖昧なのかなあ……。


「ですがね、私はバカでした。直樹さんと話している内に彼にはオタク趣味なんて一切ないとわかりました。漫画だってワンピとかヒロアカとか磯兵衛とかあの辺しか読まないし、それどころか趣味すらあるのかあやふやな人ですから」

「だよね……」

 直樹って凄くつまらない奴だから……。


「完全に読み違えていました。でも今更引っ込みがつかなくなって、それで私は仕方なくオタクキャラを通してました」

 なんて言うか……、哀れ過ぎて何も言えない……。


「まあ、無理なキャラ付けで押し通してる時点で直樹さんと付き合うなんて最初から無理でしょうけど。かといって素のままじゃもっと無理ですね」

 そんな事ない。ありのままの片桐さんでいいんだ。なんて事、この部屋の惨状を見るととてもじゃないが言えなかった。


「なんでこうなっちゃったんでしょうね……。あーあ、どこで失敗しちゃったんだろう……」

 そんな事僕にわかる訳がない。


「最初から全部が間違ってたのかなあ……」

 片桐さんは何も間違ってはいない筈だ。

 もしも間違っているとしたら、直樹なんかを好きになった事なのだと僕は思う。もっとも、部外者であり片桐さんの事を何も知らない僕が言えた事ではないだろうが……。


「その、なんでそこまで直樹に固執するの?片桐さんも直樹に告白してたんだよね?」

「ええ、何度も告白しました。その度に無視されましたけど。やっぱり私の事嫌っていたんですかね。あ、でもそれなら椿さんも同じか。それなら少しは嬉しいかも。ははは」

 口ではこうは言っていたが、片桐さんは全然嬉しそうではなかった。


「何度告白を無視されても、それでも直樹を見限ろうとは思わなかったんだよね……?」

「ええ、私には他に相手なんていませんから」

「その……、そこまで酷い扱いを受け続けても、それでも片桐さんが直樹を好きでい続けた理由って、片桐さんが直樹を好きになった理由って、なんで?」

「聞きたいですか?」

「勿論片桐さんが嫌だって言うなら、言わなくてもいんだけど……」

「別に言ってもいいですけど、長くなりますよ?」


 以前片桐さんは僕の話をちゃんと聞いてくれた。

 橘さんに脅されているということも、嫌がらせの為に小鳥遊さんに嫌われるように命じられたということも、片桐さんは少しも疑うこともなく僕の話を全部信じてくれた。


「ぶっちゃけ不幸自慢ですよ」

「それで片桐さんが少しでも楽になるなら……、聞きたいよ」

 だから今度は僕が片桐さんの話を聞いてあげる番だ。


「そうですか。ではまず、どこから話しましょうかねえ……」

 これで片桐さんの気持ちが少しでも晴れてくれるなら本望だ。




「そうですか。ではまず、どこから話しましょうかねえ……」


 片桐さんは自身の過去を語り始めた。


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