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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第一章
26/102

25話 丸投げ

 あれは今から三年前、僕が中学二年の夏の日、プールの授業が終わって教室内で着替えていた時の事だった。

 僕はクラスのリア充に殴られていた。

 中学時代の僕は今よりもっと酷い環境で虐められていた。


 彼らの虐め行為は別に今回が初めてという訳ではない。

 物を隠されたり、授業中に嫌がらせをされたり、休み時間に僕に絡んできたり、冗談交じりに肩パンしてきたり、酷い時には一発殴らせろといきなり顔を殴られたり、そんな感じの事を僕は常日頃されていた。

 理由は陰気でキモイから、それだけである。

 先生方はこの事をちゃんと把握していたのか、単に黙認していたかは定かではない。


 彼らの虐め行為はいつもの事だったが、今日は少し事情が違っていた様子であるリア充の男子の機嫌がかなり悪かった。

 僕を殴った一応の理由はプールの授業中に僕がそのリア充に対して水をかけてしまったから……、らしい。

 実際そんなのはただの大義名分だ。そいつは今朝からずっと彼女に振られたと愚痴っていたから、たまたま目についた僕に因縁を付け憂さ晴らしをしようと思ったのだろう。


 そのリア充は僕に馬乗りになり、何度も何度も僕を殴りつけていた。僕は周りにいた人達に助けを求めた。

 だが皆無視して着替えを続行していた。

 中には一方的に殴られている僕を見て笑う者や、「もっとやれ」とはやし立てる者までいた。


 そのリア充は僕のクラスの中心的な人物で言わば皆の人気者だ。一方僕はいつも目立たないように他人の顔色を常に窺っていて、教室の片隅で陰キャラ仲間とアニメについて語り合っているような典型的な嫌われ者のキモオタだ。

 この状況でどちらが悪者なのかは明白だろう。

 人気者のリア充が、嫌われ者の非リア充である僕を成敗しているのだ。だから誰も止めたりなんかしない。 彼の行動には正当性があるのだ。

 僕みたいな社会的弱者は、社会的強者であるリア充達の顔色を常に伺わないといけない。

 僕は今日それを怠った。完全に僕の自業自得だ。だから誰も助けてくれないのだ。


 この頃の僕には一応ちゃんとした友達もいた。親友だっていた。でも彼らが僕を助けてくれる事はなかった。

 今この場に先生はいない。そして周りにいる生徒も友達も、そして親友さえも僕を助けてくれなかった。

 他の生徒たちだってそうだ。殴られている僕を見て笑うか、或いは見て見ぬ振りをするだけだった。

 でもこれは当然の事、弱肉強食が自然の摂理なのだ。


 何度も殴られている内に、とうとう僕は声が出せなくなった。

 これじゃあもう助けを呼ぶ事さえ出来やしない。でもどちらにせよ、僕が必死で助けを求めたところで誰も僕を助けはしない。




 この時僕は思った。

 誰も僕を助けてくれないのは、僕はこの世に必要のない人間だからなのだろうか。だから誰も庇ってくれないのだろうか。




 殴り疲れたのか、そのリア充は僕を解放した。

 満身創痍の僕は傷の手当てをしてもらう為に保健室を目指し地面を張って動いていた。

 何度も何度も殴られた為、僕は立つ事すらままならない程の怪我をしていたのだ。

 尋常じゃない程の痛みが僕の体中を走った。もしかすると骨を折られているのかもしれない。

 まともに歩けない程の怪我をした半裸の僕が必死に地面を張るという滑稽な姿を見て、リア充やその友人らは僕を嘲笑った。当然の如く僕の友人達や親友は僕を助けない。


 この世界に置いて強い者が弱い者や滑稽な者を笑う事は当然の事だ。

 弱い者が苦しんでいる所を見て見ぬ振りをするのも当然の事。

 悲しかろうと苦しかろうとこれは当然の事。弱肉強食が自然の摂理。

 だからこれも仕方のない事なのだ。 




 僕は保健室を目指してしばらく地面を張って動いていたが、途中で力尽きて校舎内の廊下で動けなくなってしまった。

 都合の悪い事に、先生方は誰も僕の近くを通らなかった。

 そして近くにいた生徒達も僕に対して見て見ぬ振りを貫いていた。半裸で歩けない程の怪我をしたキモオタが呻きながら地面を張っていたのだ。そりゃ無視したくもなる。




 そんな中、一人の女子生徒が僕のすぐ目の前を通りがかった。

 僕は痛みで声が出せなかったので、残った力を振り絞って手を伸ばし、彼女に助けを求めた。

 そんな僕の様子を見て、彼女は告げた。




「……気持ち悪い」




*




 ところ変わって現在。

 あの事件から何日か経った。あの日以来片桐さんはずっと学校を休んでいる。


 一応僕は片桐さんの連絡先を知っていた為、何度か「大丈夫?」といったメッセージをラインで送った。だが一度として返事は来なかった。

 勿論電話だって何度かした。でもやっぱり電話に出る事はなかった。


 正直、とても心配だった。

 そういう知らせが来ていない為、恐らく自殺しているといった事はないだろうが、それでもやっぱり心配だった。

 家で一体何をしているのだろうか、ちゃんとご飯は食べているのだろうか、自棄になって取り返しのつかないようなことをしているんじゃないか……。とにかく僕は心配だった。


 対する直樹はというと相変わらず女子にモテていた。

 小鳥遊さんも橘さんもその他女子達に混ざって相も変わらず直樹に取り巻いている。

 友誼部内での友達ごっこは終わったが、こうして傍から見ていると小鳥遊さんと橘さんは未だに友達ごっこを続けているかのように見えた。 


 理由はどうあれ、友誼部と関わる前の僕の日常が完全に戻ってきた。

 退屈な日々。つまらない学業。えこひいきする教師。ウザいリア充。

 ダルそうな直樹。そんな直樹に群がる女子達。そしてその中に混ざっている小鳥遊さんと橘さん。そしてそれらを傍から見ている僕。以前と殆ど変らない憂鬱で退屈で平穏な日常だ。


 その中で変わった所をあげるとしたら、二点ある。

 直樹を取り囲んでいる女子の中に片桐さんの姿がなくなったという事。

 それといつもダルそうな顔をしている直樹が、あの事件以来余計にダルそうな顔をするようになったという事だ。


 一方僕はというと依然として直樹と一切会話していないし、授業で二人組を組めと言われたらクラスの陰キャラグループの男子と組んでいるし、昼食だってトイレで一人で食べている。

 この前の不思議探索の時からそんな感じだったし、今更また話したいとも思えない。

 今ハッキリ言えるのは、僕は元からあいつが嫌いで片桐さんが事件を起こしたあの日以来もっと直樹の事を嫌いになったということだけだ。




*




 そんなある日の事だった。

「ねえ、モエ。ちょっといい?」

 僕は下校際、また橘さんに話しかけられた。


 結構前から思っていたが、正直この人とは話したくない。

 この前以来余計にそう思うようになった。この人と関わるとロクな事にならない。あの事件なんてその最たるものだ。


「私、教師連中から智代と友達だと思われてるのよ」

「……だから?」

「それで困ってるのよ」

「要点だけ言ってよ……」

「だから、私は教師連中から智代の友達だと思われてるの」

「だから頼むから要点を言ってよ……」

「だ!か!ら!私は教師連中から智代と友達だと思われてるの!」

 この人はどうやら要点という言葉の意味がわからないらしい。

 この人とはもう関わりたくない。だから話は手短に済ませてほしい。でもこの人はバカだから要点を掻い摘んで話を短くまとめる事が出来ない。

 面倒臭いから僕は黙って橘さんに勝手に喋らせることにした。




「私ね、何故か教師連中からは、心に病を抱える可哀想な智代の友達になってあげている親切な生徒って思われてるみたいなのよ」

 なんて酷い勘違いなんだ。実際は完全にその逆なのに……。


「友誼部なんてバカみたいな部活も智代と仲良くなる為の方便だって、教師連中は勝手に勘違いしてたみたいでね、それで今まであのクソ部活は黙認されてた訳なんだけど」

 だからなんだよ……。

 そんな事この前の事情聴取の時に先生から聞かされたからわかりきっているよ。頼むから要点言ってくれよ……。


「それで今までもよく教師連中に片桐の事よろしく頼むとか、片桐と仲良くしてやってくれよ的な事を言われてたんだけど、まあ私としても堂々と否定したら内申に響きそうだし、何より直樹の高感度が下がりそうだから面と向かって否定はしてこなかったんだけどね。だからね、さっき智代の担任からこれを渡されたのよ」

 橘さんは僕に進路希望調査の紙を見せてきた。

 ここにきてやっと要点を言ってきて、この人が何を言いたいのか僕はこの時全てを察した。

 ってか最初からこれを僕に見せろよ……。


「要するに、橘さんの代わりにそれを僕が片桐さんに届けてこいと……?」

「よくわかったわね。何でも締め切りは明日までらしいのよ。だからこれを私の代わりに智代に届けて書いてもらってきて」

「丸投げかよ……。頼まれたんだから自分で行けよ……」

「だってまた暴れそうで怖いし」

 その言葉を聞いた時、僕の頭の中でブチッと何かが切れるような音がした。




「あんたが片桐さんにそうさせたんだろ!?」




 僕の怒声に反応し、下校しようとしていた他の生徒が何人か僕の方を振り向いた。


「何言ってるの?直樹がそうさせたんでしょ?」

「半分はあんたのせいだろ!」

「まあそう怖い顔しないで、あんただって智代に会いたいんでしょ?」

「そりゃ、心配だけどさ……」

「私はね、シャイなあんたが智代に会う為の口実を与えに来たの」

 この前のお礼のパンツといい退部祝いといい、どこまでも恩着せがましい人だ……。

 わかってはいたが、この人はあの事件に対して罪悪感を一切覚えていない様子だった。


「単に自分が行きたくないだけだろ……」

「まあね。でもあんたは智代に会いたいんでしょ?」

「そりゃ、まあ……」

「だったらあんたが行った方がいいわ。私が嫌々いくよりもその方が智代も喜ぶわよ」

「……直樹が行った方が喜ぶだろうに」

「ああ、直樹は智代に会わせる顔がないって」

 本当に直樹はどこまでも無責任で自分勝手な奴だ……。


「で、行ってくれるの?」

 片桐さんの事は心配だから様子が見たいのは山々だった。

 あの日以来一切連絡は取れていないし、今片桐さんがどうなっているかも全然わからない。だから無事を確かめたかった。

 でもこれ以上この人の策略に乗るのもなんか嫌だ。


「なんで嫌がるのよ?あんた智代の事が心配じゃないの?」

「確かに心配だけど、もうあんたの言う事聞きたくないんだよ……」

「だってあんた、小鳥遊椿から智代に乗り換えたんでしょ?」

「は……?なんで……?」

「だってあんた小鳥遊椿と一緒にいる時いつも嫌そうな顔してるし」

 それは小鳥遊さんが僕といるといつも嫌そうな顔をするせいだ。


「それに小鳥遊椿のパンツ貰っても喜ばなかったじゃない」

 例え好きな相手でも、あんな形で盗んだ下着を渡されて喜ぶ奴はいない。


「あんたここ最近いつもイライラしてるようだけど。智代が好きだからあんなことになってムカついているんでしょ?」

「そんなんじゃないよ……」

 ムカついてるのは確かだけど。


「でもあんた、よく智代と話してたじゃない?」

「それは片桐さんが僕の話をよく聞いてくれただけで、好きとかそういうのじゃないよ」

「別に恥じる事はないわよ。ちょっとばかし優しくされて惚れちゃうなんてよくあることよ。男女問わずね」

 そう言えば小鳥遊さんも、直樹に一言説教されたからとか、直樹に優しくされたから好きになったとか言っていたっけ……。


「橘さんもそうなの?」

「そうって?」

「直樹にちょっと優しくされたから好きになったの?」

「まあ……、ね」

 やっぱりこの人も、小鳥遊さんと同じくちょろイン的な惚れ方をしたのだろうか……。


「そういえば部活、もう続けられないけどいいの?」

「いいわよ別に。あんな茶番」

 僕もそう思っていたが、やっぱりこの人も同じ事を思っていたのか。


「そりゃ直樹と一緒にいられる時間は減ったけど、それは小鳥遊椿も同じだし、っていうか直樹の為とは言えあんな連中と仲良しごっこするのは苦痛だったし」

 やっぱり、橘さんもあの茶番めいた友情ごっこは嫌だったのか……。


 そりゃそうだ。好きな男と少しでも長く一緒にいる為とは言え、あんな変な部活で好きな男を狙っている大嫌いな女達と友達面して一緒にいなければならないのだ。

 そんな歪な人間関係を維持し続けるのは相当な精神的負担となるだろう。


 だからこそ片桐さんは日頃の我慢で精神的に疲労してしまい、あの嫌がらせがきっかけとなり普段抑えていた感情が一気に噴き出してあんな事になってしまったのだろう。 




「で、行ってくれるの?」

「わかった……、行くよ」

「そうこなくっちゃ」

 やっぱり、この人に任せてはおけない。

 勿論あんなに不誠実で無責任な直樹にもこんな事を任かす気にはなれない。


「家の場所はここに書いてあるから」

 橘さんは持っていた地図と進路希望調査のプリントを僕に渡した。

 僕の自宅からは駅一本分ちょっとの距離で片桐さんの家は僕の家のすぐ近くだった。結構近所に住んでいるのに案外気付かないものだ。


「そういやあんた、やっぱり初めて女の子の家に行く事になるの?」

「まあ、そうだね」

「変なこと考えてない?」

「変なこと?」

「エロい事」

「橘さんじゃあるまいし……」

「いいんじゃないの?キモオタとメンヘラ、社会的弱者同士が傷の舐め合いしても誰も文句は言わないわ」

 橘さんの言い方には物凄くイラついたが、同時にそれもいいかもしれないと少し思ってしまった自分が情けない。




 橘さんの思惑に乗せられるのはかなり癪だったが、今回ばかりは有難いと思ってしまった。

 実際僕は片桐さんの様子が物凄く心配だったし、一刻も早く無事を確かめたいと思っていた。

 もっとも、片桐さんをこんな事態に陥れた原因を作ったのは橘さんである訳だが……。


 僕は今まであの友誼部で散々目に遭ってきた。

 部内では常にぞんざいな扱いを受け、橘さんの陰謀に付き合わされ、小鳥遊さんには嫌われて酷いことも沢山言われ、もっと酷いことも沢山言われて傷つき、直樹のウザさや不誠実さに苛立つ胸糞悪い毎日だった。

 最初は小鳥遊さんともしかすると仲良くなれるかもしれないとわずかな希望に身を委ねて自身を奮い立たせていたが、すぐに小鳥遊さんと僕が仲良くなるのは絶望的だとわかった。

 そして部活に行くのが苦痛で仕方がなくなった。


 こんな部活はすぐにでもやめたかったが、橘さんはそれを許してくれなかった。

 それどころか橘さんは僕を脅し続けた。

 僕は今まで毎日学校で憂鬱な日々を過ごしていたが、それ以上に友誼部での日常は苦痛に満ち溢れていた。


 それでも僕が自分を見失わずに部活に通い続ける事が出来たのは、ひとえに片桐さんのお陰だ。

 だからこんなことになってしまったのはとても嘆かわしく思っている。


 仮に僕が片桐さんに会ったところで、片桐さんが立ち直ってくれるとは限らない。

 でも片桐さんはこの最低な部活で唯一僕の友達に近しい人だった。片桐さんは何度も僕の話を聞いてくれたし、僕の言う事だってちゃんと信じてくれた。

 片桐さんだけは僕を見下さなかったし僕の事をバカにもしなかった。

 しかも片桐さんは落ち込んでいる僕を励ましてくれた。

 こんなことになってしまった原因の一端は僕にもある。だから片桐さんに謝りたい。

 片桐さんが落ち込んでいるのなら、あの時片桐さんが僕にしてくれたみたいに片桐さんを励ましたい。片桐さんに少しでも恩返しをしたい。




 そう思いながら僕は片桐さんの元へと向かうのであった。


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