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リア充は死ね(再掲載)  作者: 佐藤田中
第一章
24/102

23話 ロクでもない事

「今日は皆でアニメを見ましょう」と橘さんは声高らかに告げた。 


 友誼部ではよくアニメや映画を見て過ごす。

 基本的に橘さんが作品をボロクソに批判、それに対し直樹や片桐さんがフォローし、僕と小鳥遊さんはただ黙って見ているだけ、といった感じの流れが出来上がっていた。


 まさかと思うがこれが橘さんの言った僕の退部祝いなのだろうか?

 これではいつもやっている友誼部の活動と何も変わらない。


 どうでもいいが、我が友誼部でこの手の上映会イベントをする際、DVDやBDを用いて視聴する事はまずない。

 稀に合法的公式配信といった手段で視聴する事もあるが、主な視聴手段はストリーミングされている違法動画サイトである。

 橘さん曰く「お金を払うのが勿体ない」との事である。やっぱり橘さんはどうしようもない性格だ。


 違法配信動画は大抵英語字幕が付いているが、この友誼部部員の中でそれを突っ込む人間はいない。

 一応オタクキャラで通っている片桐さんですら指摘しない。恐らく周りの空気に合わせているのだろう。




 僕がそんな事を思っている中、橘さんは部室のパソコンでアニメを再生した。

 今回橘さんがチョイスした作品は説明するまでもない程有名な某ハーレムアニメだ。

 ハーレム物としては割とオーソドックスな作品で、一昔前に流行った部活物のラノベが原作のアニメである。

 特筆すべき点と言えば、主人公がとんでもなくヘタレで、難聴で鈍感な主人公の作品と言えばまずこいつといった感じによく名前をあげられるという事だ。


 橘さんがこのアニメを使って何をしようとしているのか、僕にはまだわからない。




 僕ら一同はしばらくアニメを鑑賞していた。


「このアニメの部活、ボクらの友誼部にどことなく似てますね」

 片桐さんはアニメを見ながら指摘した。

 どうでもいいけど、この日片桐さんは総武高校の女子制服のコスプレを着ていた。


「ええ、そう。実は言うと、このアニメを見てから友誼部を作ろうって思いついたの」


 そういえば以前、女の子が幼馴染である主人公の男の子と再会して主人公と一緒にいたいが為に部活を立ち上げるといった内容のアニメを橘さんが見たという話を聞かされたっけ。

 なんでもそれがきっかけで橘さんはこの友誼部の設立を思いついたという話だ。

 まったくもって馬鹿馬鹿しい話だ。今更こんな物を見せて何を考えているのだろうか。


「この幼馴染キャラ、なんだか小夜に似てるな」

 直樹がこのアニメのメインヒロインである腹黒幼馴染キャラを指差し言った。


「私、こんなに性格悪くないわよ」

 堂々と否定するが、どう考えても橘さんはとんでもない程性格が悪い。

 このヒロインなんてちょっと腹黒いだけで橘さんに比べたら聖人そのものだろう。マザーテレサとヒトラーくらいの差がある。


「ねぇ、このお嬢様キャラの女の子、何だか椿に似ていない?」

「そうか?」

「ええ、似てるわ」

 橘さんがもう一人のメインヒロインであるポンコツお嬢様キャラを指差し言った。


「あたし、こんな性格じゃないし……」

 小鳥遊さんは嫌そうな顔をしながら否定した。


「美人で成績優秀でスポーツ万能で家が金持ち。その上性格は残念。まさに椿じゃない」

「…………」

 小鳥遊さんは不愉快そうな顔をして俯いていた。

 というか、好いている僕が言うのも難だけど、小鳥遊さんの性格はとてもじゃないけど残念なんて軽いレベルじゃ片付かないと思う……。

 色々とおかしいだろこの人。




『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 パソコンの画面内に、とてつもなく既視感の漂う映像が流れた。


 美人で完璧超人だけどちょっと抜けているお嬢様が、平凡で面白味のない主人公に告白するシーン。

 僕はつい最近、アニメではなく現実でこれとまったく同じような光景を目撃した。


「出たわね」

 橘さんは嬉しそうに言った。


「出たって何が?」

 直樹が橘さんに聞き返した。


「難聴スキルよ」

「難聴スキル?」

「ハーレム物のアニメとか漫画だとね、こういうのってよくあるの。主人公がヒロインからの好意に気付くと物語が一気に終わりに近付いちゃう。だからこうして、主人公は告白シーンになると都合よく耳が遠くなるの」

 橘さんは含みたっぷりに言った。


「へぇ、そうなんだ」

 直樹は他人行儀な態度で返した。


「なんで主人公はこんな態度を取るのかしらねえ」

「物語が終わってしまうからだろ?」

「いいえ、私が言ってるのはそう言うメタ的な話じゃなくて、本当の話」

「なんだよそれ?」

「もし仮に、主人公が女の子からの告白に気付いた上で無視してるとしたら、主人公は一体何を考えてそんな事をしてるんでしょうね?」


 橘さんはもしかすると、直樹の鈍感難聴主人公のような振る舞いを咎めるべく、このアニメを使って尋問しようとしているのだろうか?

 確かに僕は直樹のこのふざけた態度にはかなり腹を立てていた。

 まさか直樹の本心を暴く目的でこんな事をしているのだろうか?まさかこれが僕の退部祝いなのか?


 でも橘さんが、僕が直樹の不誠実な態度にムカついているという事を察して、それで行動を起こす程親切な人だとは到底思えない。間違いなく、何か裏がある筈だ。




「面白かったから今のシーンもう一回再生しよっと」

 橘さんはそう言って動画のシークバーをクリックした。


『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 つい最近僕が見た光景と似たシーンが再び流れる。


「おい小夜、なんでまた同じシーンを流すんだよ」

「なんでって、面白いからよ」

「面白いか?早く先に進めてくれよ」

 心なしか、直樹の態度は焦っているように見えた。


「私思うのよねぇ。主人公がこういう事をするのには、何か理由があるんじゃないかって」

「理由ってなんだよ?」

「付き合うのが面倒で適当な事を言って誤魔化してるとか、相手の気持ちを弄んで楽しんでいるとか、ちょっとした悪ふざけで言っているとか。理由は色々考えられるわねぇ」

「ははは……、そんな事ある訳ないだろ……」

 直樹は笑っていたが、その笑顔は明らかにひきつっていた。


 橘さんはそんな直樹の表情を見て不適に笑った。


「もしかしたら、嫌いだから……、とか?」

 橘さんのその言葉に反応し、小鳥遊さんが身震いをした。


「もう一回今のシーン見ちゃおうかしら?」

「おいおい、もういいだろこのくらいで」

 橘さんは止める直樹を無視し、再び動画のシークバーをクリックした。


『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 またしても既視感の漂う光景がディスプレイ上に流れ、小鳥遊さんが再び身震いした。


「私はね、嫌なら振ればいいって思うのよ。でもそれすらしないで聞こえないような態度を取って誤魔化すって事は、きっと相手のことを嫌っているんじゃないかって思えて仕方がないのよ」

「…………」

 橘さんの言葉に反応し、小鳥遊さんの顔は青ざめ、ガクガクと震えていた。


 今になってやっと橘さんの目的がわかった。橘さんは直樹の不誠実な態度を咎める気など毛頭ない。

 これは明らかに小鳥遊さんに精神的苦痛を与えるのが目的だ。

 

「おいおい、こんな美人で成績優秀なお嬢様を主人公が嫌う理由なんてないだろ?」

「わからないわよ?この子は成績優秀でスポーツ万能で家もお金持ちなお嬢様。だけど傲慢で無神経で非常識で人の気持ちを思いやれない。だから実はこの主人公はこのお嬢様のことを嫌っているのかもしれないわ」

 橘さんの嬉しそうなこの態度、これは明らかに小鳥遊さんの事を言っている。

 そりゃ小鳥遊さんの性格はあまり宜しいとは言えないし、確かにその通りかもしれないが、物凄く腹の立つ言い方だ……。




 橘さんは再び動画のシークバーをクリックした。


『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 小鳥遊さんは再び身震いした。表情は雲り、ブルブルと身を震わしていた。


「あはは!このシーン本当面白いわねぇ。見てよこのスルーされたと時のお嬢様キャラの顔、本当に笑えるわ!」

 この人は一体どれだけ陰湿なんだ?性格が悪いにも程がある。


「もう一回見ようかしら」

 橘さんは、落ち込む小鳥遊さんの表情を確認し、嬉しそうな顔をしながら再び動画のシークバーをクリックした。


『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 小鳥遊さんは再び痙攣し、今にも泣きそうな顔をしながら震えていた。


「付き合いたくないなら嫌だってハッキリ言えばいいのに、きっと大嫌いだからこういう優柔不断な態度を取っているのよ」

 誰かこのアマ黙らせろ。誰も黙らせないなら僕が殴ってでも止めてやる。




 僕がそう思った矢先、直樹が言った。

「おい小夜、もうそのくらいにしろよ」


 橘さんの陰湿な行いにも腹が立つが、こいつのあまりにも不誠実過ぎる態度にはもっと腹が立つ。

 小鳥遊さんに対して幾度となくあんな酷い態度を取ってきたのに、一体こいつは何を思ってこんな事を言っているのだろうか?

 偉そうに橘さんを咎められる立場でもないのは明らかなのに、白々しいにも程がある。


「なに言ってるの直樹?私はアニメの感想を言っているだけよ?」

「でも椿が嫌がってるだろ。今すぐやめろよ」

「何怒ってるの?私はアニメを見て感想を言ってるだけよお?」


 橘さんは再び動画のシークバーをクリックした


『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 ついに小鳥遊さんの目からポロリと一滴涙がこぼれ落ちた。


「本当に面白いわねぇ。現実でこんな振られ方している人がいたら是非とも見てみたいわ」

 橘さんはそう言いながら再び動画のシークバーをクリックした。


『私、あんたの事が好き!』

『え?なんだって?』

 橘さんは両手を叩きながら、再び陰湿な笑い声を部室内に響かせた。


 これ以上の不愉快な光景がかつてあっただろうか。

 もうここまで来ると女だろうと何だろうと関係ない。


 僕は拳を握り、この胸糞の悪い阿婆擦れに殴りかかろうとした。




 その時だった。

 部室内に叫び声が響いた。




 叫んだのは、さっきからずっと沈黙を貫いていた片桐さんだった。 


 片桐さんは奇声を発しながら部室の和式テーブルをひっくり返した。

 すると置いてあったパソコンや湯飲みや急須やらが部屋じゅうに散乱した。


 片桐さんは日本語とは到底思えない叫び声を発しながら、部室に備え付けられていた掛け軸を引きちぎり、 茶缶をぶちまけ、部室に添えてあった花瓶を思いっきり壁に叩きつけた。

 ゲーム機、漫画、テレビ、部室に置いてあった物という物が次々と、奇声を出しながら暴れる片桐さんの手によって破壊されていく。


 激情した片桐さんによって繰り広げられるあまりにも非現実的な光景に、僕の思考はまったく追いつかず、自分の脳では到底理解できないこの事態に僕はただ唖然とするだけだった。

 橘さんと小鳥遊さんも僕と同じ様子だったみたいで、この異様な光景を何も言わずに唖然とした表情で茫然と眺めていた。そして身の危険を感じたのか、二人は部室の外へと避難していった。

 直樹は片桐さんの両腕を掴み、破壊行動をやめさせようと試みていたが、片桐さんは直樹の静止を振りほどいてはその度に再び部屋の物を壊していた。



 片桐さんは先程テーブルから落ちたパソコンのディスプレイのケーブルを引きちぎると、それを両手で掴み部室の窓に向けて何度も叩きつけ、ガラスが割れるとそこから外へ向けてディスプレイを放り投げた。

 直樹は片桐さんを止めようと何度も片桐さんを抑えていたが、片桐さんはその度に直樹の静止を振りほどき再び部室の物を壊していた。


 片桐さんは部室の備品を壊しながら永延と支離滅裂な事を叫んでいたが、この状況で一つだけわかった事があった。

 片桐さんの化粧は溶け落ち顔は真っ赤に腫れあがり、目の周りは涙でいっぱいになっていた。




 この騒ぎに気付いたのか、ついに近くにいた先生が部室に入ってきた。

 最初は一人だった先生が途中で二人に増え、更に一人増え三人となった。

 先生方は相手がか弱い女子生徒であるにも関わらず、大の男三人がかりで片桐さんを必死に取り押さえていた。


 片桐さんはしばらく抵抗していたが、やがて我に返ったのか急に大人しくなり、啜り泣きながら先生達によりどこかへと連れていかれた。




 僕と直樹は、片桐さんの手によって荒らされた部室内に取り残された。

 僕達二人の間に交わされた言葉はなかった。




 今日この時をもって、この友誼部にて繰り広げられていた忌々しい茶番は終わった。


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