15話 愚痴
その日の友誼部の活動は、凄まじく気まずい空気の中でマリオパーティ3を最長モードである50ターンやる事だった。
マリオパーティ3は四人用ゲーム。そして友誼部の部員数は五人。
必然的に誰かが犠牲にならないといけない。そしてこういう時必ず僕がハブられる。だ
が今日は小鳥遊さんが自分から降りてゲームをする皆を尻目にずっと一人で勉強をしていた。
恐らくさっきの湯呑騒動に対してある種の申し訳なさを感じていたのだろう。
僕はこの部に入って初めて皆と一緒にゲームする事が出来たが、事情が事情だけに全然嬉しくなかった。
そして活動が終わり、僕等友誼部一同は解散となった。
下校する際、僕は帰り道が同じという事もあり、片桐さんと一緒に電車に乗りながら雑談をしていた。
この世の不思議探索が行われたあの日以来、僕と片桐さんは二人きりでいる時には話すようになった。
仲良くなったというよりは、愚痴をこぼし合う程度の仲になったというのが適切だろう。
「本当ムカつく……、あの人どれだけ非常識なんでしょうか」
片桐さんはご立腹で、どうもあの湯呑事件の事に腹を立てている様子だった。
あんな嫌な事があった訳だけど正直嬉しかった。女の子が自分の為に怒ってくれているなんて、僕にとっては貴重な経験だからだ。多分僕は人の愛に飢えているのだろう。
「まったくだよ。橘さんには本当困るよ」
「何言ってるんですか?椿さんの方ですよ。人をバイキン扱いして、小学生ですか?」
「そりゃ、僕が気持ち悪いってのは事実だし……」
「あなたがどうとか関係ないですって。椿さんは誰に対してもあんな感じですよ」
「誰に対してもって、僕以外にあんな態度取る訳……」
「以前にも似たような事がありましたよ。私その時たまたま側にいたんですけど、去年のバレンタインの時、椿さんがクラスの男子からチョコを貰ってたんです」
「逆チョコ?」
「ええ。でもそのチョコ、椿さんは貰った瞬間ゴミ箱に捨てたんです」
「え……?な、なんで!?」
「気持ち悪いって言ってましたよ。自分の事好いてる人から貰った物なんて、何が入ってるかわからないから食べられないって言うんですよ。本人に向かって平然と」
「ほ、本当にそんな事したの?」
「本当です。当然の如くその男子は怒ってました。でもあの人首をかしげて『なんでそんなに怒るの?』って言うんですよ。どうかしてますよ」
その話が事実だとしたら、小鳥遊さんは僕にだけ特別に嫌悪感を持っている訳じゃないという事になる。
小鳥遊さんは自分に好意を持つ全ての男子が嫌いで、直樹のみが例外で唯一自分から好意を寄せる対象という事になる。
「動機はどうあれ、あんなの嫌がらせでもなんでもないですよ。他の人なら笑って済む話です。相手が椿さんだからこそ成立した嫌がらせです。小夜さんも悪いけど椿さんはもっとタチが悪いですよ」
「前に橘さんから聞いたよ。小鳥遊さんは潔癖症だって」
「潔癖症にも程がありますよ。普段は物静かで大人しくって、いかにも男受けしそうな聖人君子の完璧美少女ですよって顔してるのに、実態はこれなんてムカつきますよ」
片桐さんは僕以外の皆の前ではネガティブな発言は決してしない。
僕の前でのみこういう毒を吐くのは、多分僕なら気を使う必要はないと考えているからだろう。
というか、直樹の前では自分の印象を悪くするような事は絶対にしないと言った方が適切だと思う。
「あんな人のどこがいいんです?なんで椿さんの事を好きになったんですか?」
「そりゃ……、まあ、素敵な人だから」
「どこがです?」
「勉強できるし……、運動も出来るし……、お嬢様だし……、可愛いし……、美人だし……、アニメのキャラみたいだし……」
「スペックの事ばかりじゃないですか。あの人があなたに何をしてくれたっていうんです?」
言われてみれば、確かに小鳥遊さんは僕に何もしてくれていない。
酷い言葉を投げかけ、僕を汚いものみたいに扱い、僕を傷つけてばかりいる。
思えば小鳥遊さんが僕の為に何かをしてくれた事は一度もない。
「私が言うのも難ですけど、椿さん、性格最悪じゃないですか」
確かに世間一般の基準で考えると小鳥遊さんの性格……、というより性質はあまり宜しいとは言えない。
「なんであんな人が直樹さんに付きまとってるんだか……。頭いいんだからもっといい学校行けば良かったのになんでうちの学校にきたんだろう。本当ウザい……」
一応小鳥遊さんは僕の好きな人で、目の前にいる片桐さんはその人を思いっきりディスってる。
でも片桐さんが僕の為に怒っているのはなんだかとても嬉しかった。
「あれと同じ事を直樹さんにやられたら、泣いて喜ぶだろうに……」
片桐さんは僕に親切にしてくれる。だけど片桐さんが好いているのはあくまで直樹だ。橘さんや小鳥遊さんと同じくこの人も直樹の事が好きなのだ。
だから僕に親切にしてくれるのは好意ではなくただの善意なのだ。わかりきった事だ。
「あのさ、片桐さんは橘さんや小鳥遊さんの事が嫌いなんだよね?」
「ええ、大嫌いです。一緒にいるのも苦痛です」
「だったらさ、なんでやめようと思わないの?部活」
「愚問ですね。好きな人と少しでも長くいたいからですよ」
「僕とは逆だね」
「モエさんは椿さんと一緒にいたくないんですか?」
「嫌われるくらいなら、僕は一緒にいたくはないかなあ……」
「好かれるように自分を変えるって手もあるでしょうが、まあ椿さんには通用しないでしょうね。あの人イカれてますから……」
「直樹に近づく為とは言え、大嫌いな小鳥遊さんや橘さんと一緒にいるのって疲れない? いかにも私達仲良しですみたいな態度まで取ってさ」
「そりゃ疲れますよ」
「しかもあんな無理なキャラ付けまでしてさあ」
「仕方ないですよ。小夜さんは直樹さんの幼馴染。小鳥遊さんは完璧超人。そんなのが隣にいる上に、他にも直樹さんを狙っている女子は沢山いるんです。だから私みたいなのはこうでもしないと……」
だからって、そんな心が疲れそうな程我慢する事はないだろうに。
「その、さ……。なんでそこまで直樹に固執するの?」
「前にも言いましたよね?他に相手がいないからですよ」
「なんで直樹なの?あいつのどこがいいの?」
「直樹さんは優しいからです」
なんかこの前もこんなやりとりを他の人とやったような気がする……。
「そうじゃなくて、片桐さんなら他に優しくしてくれる男はいくらでも……」「いません」
僕が質問している途中に、片桐さんはきっぱりと否定した。
片桐さんは僕の目から見ると結構綺麗な方だと思う。というか、十分可愛い部類に入る筈だ。だから直樹以外に相手がいないと言われてもどうにもピンとこない。
「いや、いるでしょ」
「だって私、男性から告白された事もないですし、ナンパされた事もありません」
「いや、普通そうでしょ」
「椿さんは何度もされてますよ?」
「あの人を比較対象にしちゃダメでしょ……。あの人色々凄いから……」
「漫画やアニメだと可愛い子は皆ナンパされたりよく告白されたりしていますよ?」
「現実とアニメは違うでしょ。最近の男は皆草食系なんだし、可愛いからって歩いてるだけですぐに男から告白される訳じゃないよ」
やっぱり橘さんと同じく、片桐さんも現実と空想の区別がついていない節があるのだろうか。
だからああいうアニメじみたキャラ付けをすれば直樹のハートを射止める事が出来ると考えたのだろうか……。
「あの抱かれたい男ランキング一位の福山雅治だって、道を歩いていて抱いてくださいなんて言われた事は一度もないって話だし、世の中そんなもんなんじゃないのかなあ」
「福山雅治は男ですよ」
「いや、そうだけど、そうじゃなくてさあ……。なんて言えばいいのかなあ……。片桐さんかなり綺麗なんだしさ、普通に他の男と友達になればいいんじゃないの?直樹じゃなくても他に男なんていくらでもいるだろうし、そしたら彼氏だってすぐに……」
「あなたが私の何を知っているんですか……?」
片桐さんの声のトーンが急に落ちた。
「あなたに私の何がわかるんです!?私の事何も知らない癖に、勝手なことばかり言わないでください!あなたは私がどんな風に育ってきたか知っているんですか!?私の親がどうなってるのか知ってるんですか!?私が今までどんな人生を歩んできたのかちゃんと知ってるんですか!?それなのに彼氏が出来るとか他に相手なんていくらでもいるとか、無責任な事言わないでください!」
「………………………………」
僕は片桐さんの怒声に怯え、しばらく茫然としていた。
「その……、ごめんなさい……」
本当言うと、片桐さんの事なんて知る訳がない。だって片桐さんとはほんの二週間前に知り合ったばかりなのだから。
僕が月並みな謝罪の言葉を述べると、片桐さんは鞄の中から水の入ったペットボトルと何かを取り出して飲んだ。
その後電車が止まった為、片桐さんは最寄り駅ではないが何も言わずに降りていった。
こういう事は別に今回が初めてではない。
片桐さんはたまに僕のふとした発言がきっかけとなり情緒が不安定になり、感情の制御が出来ていないような言動を取る事が多々ある。
片桐さんと初めてちゃんと会話した時にも一回あったし、あれ以降にも何回かあった。
恐らく片桐さんは日頃から我慢している事が多い為、些細な事が原因となり感情の蓋が取れてしまう事があるのだろう。
勿論片桐さんは直樹達の前では決してこんな態度は見せない。
多分片桐さんは僕になら嫌われてもいいと思っているからこそこういう態度が取れるのだろう。
これが良い事なのか悪い事なのかは一概には言えない。
他二人の友誼部の女子と同様に、片桐さんもなかなか難儀な性分をしている。
もしかすると、直樹に近づく女子はみんなこうなのだろうか?
それでも僕には片桐さんをどうしても嫌いになれない理由がある。
勿論彼女の容姿が小鳥遊さん程ではないにせよ良い方というのが理由の一つではある。
だがそれ以上に僕の話を唯一ちゃんと聞いてくれる相手は彼女だけしかいないという理由が強いのだ。
僕が友誼部内でのぞんざいな扱いに耐えられるのは、彼女の存在によるものが大きいという事は否定できない。