最終話 地獄
創作の世界には必ず救いがあるが現実は違う。
あいつらを除いて。
*
その日、僕は某求人サイトで見つけたある会社の面接の帰りだった。
僕の足取りは重かった。
何故なら、その面接が明らかな圧迫面接だったからだ。
僕の言うこと全てに上げ足を取られ、今までの僕の人生の全てを否定するような心ない言葉を投げかけられ、案の定色々な職場を転々としていることをなじられた。
前の職場の待遇の事を話したら、「そんくらいで音をあげる人うちにはいらない」的な事を遠まわしに言われた。
「はぁ……」
僕は大きくため息をついた。
「みんな死ねよ……」
僕は小さく呟いた。
もっとも、今日みたいな扱いを受けるのは別に今回が初めてではない。
不採用通知だって数えるのがアホらしくなる程もらったし、圧迫面接だってもう既に何回も経験している。
散々ほらを吹き、ありもしない数々のエネルギッシュな青春のエピソードをでっちあげ、根が暗いのに無理して明るく振舞っても、僕の心の奥底から溢れ出てくる負のオーラはそう簡単に隠し通せる物ではない。
経験豊富な面接官なら、一目見ただけで僕が会社に対して不利益しか招かない人材だときっと判断するだろう。
就く会社はどれもすぐに退職。その上学生時代は虐められていた。オマケにこれと言った取り柄もないコミュ障の駄目人間。
こんな最低の人材、雇ってくれる企業の方が稀だという事、僕だってわかってる。
あんな会社こっちから願い下げだというのが本音だが、僕みたいな人間がそんな贅沢を言える立場ではないという事を思うと、非常にやるせない気持ちになる。
気晴らしにネットで悪口を書いてやろうと思い、僕はスマホを起動した。
「くそっ……」
アクセス規制がかかっていた。
再び僕は大きなため息をついた。
そういえば大分前からずっと、あまり寝ていないような気がする。
日課だったジムに行く時間も心の余裕も、今の僕にはない。
そんな僕の目の前を、高校生くらいの年頃のカップルが通りかかった。
そういえば、今日が休日だという事を今更思い出した。
休日の昼間なんだから、そりゃ高校生のカップルくらいいても不思議ではない。
っていうか、休日に面接やる会社ってどうなんだ……。
そのカップルは、仲睦まじい様子で手を繋いでいた。
そんな彼らを見て、僕は昔の楽しかった頃のある思い出を思い返していた。
「あの頃は……、楽しかったよなあ……」
小さくそう呟くと、僕は再びため息をついた。
もしもあの時、僕がよくあるアニメの主人公みたいに片桐さんを優しく抱きしめていたら、アニメの主人公みたいにハッピーになれたのかなあ……。
もしもあの時、僕が片桐さんの元から離れなかったら、アニメの主人公みたいにハッピーになれたのかなあ……。
もしもあの時、僕が勇気を出してもう一度告白していたら、アニメの主人公みたいにハッピーになれたのかなあ……。
そんな数々の後悔の念が、僕の心を襲った。
もっとも、そんな後悔をしてもどうしようもない事くらい僕にだってわかっている。
現実はアニメとは違う。
過ぎてしまった時間は決して戻らない。
失ったものも決して戻らない。
「今、何やってんだろう……」
そんな事を呟いたあと、僕はふとスマホで時間を確認した。
バイトの時間が迫っていた。
無職だろうと失業中だろうと、生きていく以上はお金がいる。
奨学金の返済だってある。
飲食に軽作業。建築作業に引越し業務。
朝も昼も夜も、お金を稼げそうなバイトはなんだってやってきた。
面接で疲れたから、なんて甘えた理由で休むわけにはいかない。
何の才能もなく誰からも必要とされない僕にはこうするしかないのだ。
僕を支えてくれる人なんてこの世のどこにもいないのだから、自分が生きる為のお金は自分で稼ぐしかないのだ。
そう思い僕はとぼとぼとバイト先に向かうのであった。
*
バイト先に向かって歩いている時、小さな女の子を連れたある家族の姿が目に入った。
お父さんとお母さんが女の子を挟むように単横陣の体勢で仲良く手を繋いで、僕の歩いているのと同じ道を真正面から歩いていた。
ぱっと見、捕獲された宇宙人の写真みたいな構図だった。
その夫婦は若く、僕と同世代のようだった。
幸せそうな家族だった。
最近思うようになった。
カップルより同世代の子連れの方が遥かにキツい。
同じ人間の筈なのに、どうしてこうも差がつくのだろうか……。
僕なんか恋人や家庭どころか、仕事すらままならないのに……。
そんなことを心の中で嘆き、僕は歩きながら大きなため息をついた。
目の前にいるこの家族も、きっと待機児童問題に悩まされて、子供にプリキュアのグッズ欲しいってねだられて、高い学費払うのに苦労して、娘が学校で虐られて困ったり、受験が上手くいかなくて困ったり、年頃になったら不純異性交遊に勤しまれて困ったり、ある日突然ユーチューバーになるとか言われて困ったりするんだろうなあ。
別に羨ましくもないけどさ……。
心の中でそんな強がりを言いながら、僕はその家族とすれ違った。
『子供なんて出来ても……、満足に育てられる訳ないだろ……』
その時、何故かあの時のあいつの台詞が僕の脳内を過った。
僕はすぐさま振りかえった。
今僕の横を通りがかった夫婦を、僕は知っていた。
容姿、声、仕草。
あれから何年も経っていたので、雰囲気がやや変わっていて最初見た時は気付けなかったが、どれを取っても僕のよく知っている二人のものだった。
その夫婦は笑っていた。
子供と一緒に笑っていた。
幸せそうな顔をしながら、楽しそうに笑っていた。
そんな彼らを見て、僕はただ立ちすくむしかできなかった。
その家族の姿が見えなくなってから、僕は静かに呟いた。
「人を馬鹿にするのも、いい加減にしろよ……」
とにかく散々としか言えない僕の人生の中でも、未だかつて経験したことのないくらい不愉快な光景だった。
*
問い、ハーレム作品の主人公は何故女の子にモテるのか
答え、イカれてるから
問い、ハーレム作品の女の子は何故主人公以外の男を好きにならないのか
答え、イカれてるから
類は友を呼ぶという言葉がある。
善人は善人。凡人は凡人。異常者には異常者。
スタンド使い同士はひかれ合うのと同じように、同じ波長を持つ人間同士は次第にひかれ合うように世の中は出来ている。
だから必然的に、イカれてる奴はイカれてる奴にひかれる。
そして、ハーレム作品に出て来る女の子は全員イカれている。
勿論、ハーレム作品の主人公も同様にイカれている。
女の子はイカれているから、当然の如くイカれている主人公を好きになる。
イカれている人は、イカれている人に惹かれる。
イカれている奴はまともな人を好きにならない。
だからハーレム物の女の子は主人公以外の人を好きにならないのだ。
ハーレム物のヒロインはイカれてるから、ハーレム主人公がどれだけ酷いことをしようと絶対に嫌いにならない。
ハーレム主人公はハーレムヒロイン達から常に存在を肯定される。
主人公がどれだけ非道なことをしようと、ヒロインらは絶対に主人公を慕い、主人公の行動を常に正当化し続ける。
事実、直樹はずっとそうだったし、直樹の周りにいた女の子も皆イカれていた。
唯一まともだった片桐さんですら、直樹なんかを好きになったせいでイカれてしまった。
ハーレム作品において主人公に選ばれなかったヒロインはどうなるのか、そんな事は主人公の知ったことではない。
振られたヒロインが一生独身になろうと、振られたヒロインの人生が破滅しようと、それは主人公の関与する所ではない。
主人公は自分が選んだ女の子と幸せに暮らす。ただそれだけだ。
他のヒロインがどうなろうと関係はない。
直樹はこの物語の主人公だ。
そして橘さんは主人公である直樹に選ばれたこの物語のヒロインだ。
だから彼らは何をやっても許されるし、何をやっても正当化される。
小鳥遊さんを一生独り身にさせようと、僕みたいな脇役を傷つけようと、片桐さんの一生を破滅に追い込もうと、直樹達は自らの幸せの為なら何をやっても許される。
逆に僕は取るに足らない脇役だ。
だから何をやっても否定される。
主人公の直樹は橘さんを選んだ。そして橘さんは直樹に選ばれた。
ただそれだけの事だ。
あれから五年以上経った。
そりゃ僕だって、直樹や橘さんに一生喪に服すような態度を取れだなんて思っている訳ではない。
この空白期間の内に心身ともに疲労していた直樹が立ち直り橘さんと結ばれ、子供を産んだとしても何の不思議もない。
二人の間に何があったか僕には一切わからないし、想像もつかない。
でも橘さんは以前こう言っていた。
『誰だって辛い時に優しくされたら案外コロリと行くものよ』と。
橘さんが直樹にしたことは、きっとそういうことなのだろう。
以前同棲していた時ですら、橘さんに一度も好きだと言わなかった直樹だったが、さっき見た時の直樹はとても幸せそうな顔をしていた。
以上の事から、前みたいに橘さんが無理やり迫ったという可能性はありえないと察する事が出来る。
そもそもあんな事があったにも関わらず、直樹がまたしても雰囲気に流されて子供を産む事になったとは、とてもじゃないが考えられない。
望まない相手からの強引な行為により孕んだ子供と、好きな相手との合意の行為の上で生まれた子供。
その差は比べ物にならない程大きい。
子供を連れた直樹が何故あれだけ幸せそうな顔をしていたのか、理屈は通る。
多分橘さんは直樹が本当に苦しんでいたあの時、直樹の元から離れる事なく支え続けたのだろう。
その結果、今まで橘さんから一方的に好かれるだけだった直樹が橘さんの事を好きになり、相思相愛の関係になったと考えるのが自然だろう。
だから二人は結ばれる事ができたのだ。
だから二人は幸せになれたのだ。
もしもこれが何かの物語なら、素晴らしい純愛物語と言えるだろう。
まさに二人にとっては、最高のハッピーエンドなのだ。
大好きな人が辛い目に逢っている時に、何もできなかった僕。
大好きな人が辛い目に逢っている時、全てを捨てて支える事ができた橘さん。
どっちが不幸になり、どっちが幸せになるかなんて考えるまでもない。
でもやっぱり、頭では理解できても心の方はどうしても納得できない。
どう考えても、これは橘さんが片桐さんと直樹の一件を利用し、傷ついていた直樹の心に付け込んだという事に他ならないからだ。
直樹を悲劇の主人公として扱い、橘さんはその物語に登場する救いのヒロインとして振る舞い、結果二人は結ばれた。
当の二人がどう思っているかなんて知らないが、少なくとも僕から見たらあの二人の恋路は吐き気を催す程のおぞましい醜愛以外の何物でもない。
事実片桐さんとの一件がなければ、あの二人が本当の意味で結ばれることは間違いなくなかった筈だ。
片桐さんの幸せと引き換えに、あの二人は結ばれたのだ。
片桐さんの人生と引き換えに、あの二人は幸せになれたのだ。
これは人間のやる事ではない。
悪魔の所業だ。
橘さんと直樹のお陰で、僕はある重大な事実に気付いた。
この世界は異世界だ。
でもなろう作品でよく出てくるような理想郷的な世界ではない。
恐らく、様々な宗教で言われているような地獄に相当する世界だ。
だから僕達非リア充はこの世界においては常に差別の対象で、いつもロクな目に遭わないのだ。
事実、片桐さんもそうだった。
僕は前世ではきっともっとまともな世界にいた筈だ。
だけどきっと前世でとんでもなく悪い事をして、その結果地獄に落ちてこの腐った世界にキモオタとしての生を受けたのだろう。
この世界は悪い事に満ち溢れているし、この世界では悪い事が起きると特に救いもなく次々と悪い事が起きる。
悪い事は頻繁に起きるし、その上悪い事は重なる。でもいい事はたまにしか起きない。
その上たまにいい事が起きると、必ずそれを帳消しにする程の悪い事が起きる。
何故そうなるのか、その答えはこの世界が地獄という名の異世界だからだ。
この世界において、常に悪いことばかりが立て続けに起きているのは、きっとそういうことなのだろう。
だが例外はある。
それはリア充と呼ばれる人種だ。
僕みたいな非リア充の不幸を糧にする事で、リア充は自分の幸せを得る事ができる。
だから連中は、この地獄の中でも楽しく生きていける。
僕を散々苦しめてきた吉田達。僕を蔑んできた周りの連中。僕を裏切った伊織。中学時代に僕のアバラを二本折ったあのリア充やそれを見て嘲笑っていたリア充の友人ら。
彼らはその典型だ。
片桐さんの人生を破滅に追い込む事で自らの幸せを手に入れた橘さんと直樹は、その最たるものと言えるだろう。
あいつ等は人間ではなく、悪魔なのだ。
時折僕はリア充が自分とは違う生き物に見えた事があったが、それも当然の事だったのだ。
リア充は人間である僕とは完全に別の生き物なのだ。
だから連中は、この理不尽と不条理に満ち溢れた地獄でも楽しく生きていけるのだ。
リア充は自分さえ良ければいい、自分だけ豊かであればいいと思っている。
リア充は非リア充が不幸であれば、自分の幸福を再確認できるとすら思っている浅ましい生き物だ。
人間である非リア充の僕たちにとって、悪魔であるリア充の幸せは暴力以外の何物でもないのだ。
僕も片桐さんもただ幸せになりたかっただけなのに、この世界やリア充達はそんな気持ちすらも否定する。
僕ら非リア充は生きてるだけで常に存在を否定され続ける。
僕は周りから常に否定される事で激しく傷つき、性格が歪んだ。
片桐さんに至っては人生が破滅した。
でもリア充はどれだけ酷いことをしようと、その存在は絶対に肯定される。
何も悪い事をしていない僕や片桐さんはこんなに辛い目に遭っているのにも関わらず、リア充はどんな事があっても絶対に存在を肯定される。
奴等は僕等を軽んじ、虐げ、蔑み、利用する。
自分の幸せの為に平気で他人を傷つけ、他人の人生を簡単に破滅に追いやる。
虐められっ子を自殺に追い込んだリア充が、まったく悪びれることなく社会で大成して幸せな家庭を築くなんて話、どこででも聞く。
そういうことが平然と出来る人種……、いや悪魔こそがリア充なのだ。
未来ある多くの若者達が、トラックにひかれて都合のいい世界に生まれ変わって人生をやり直したいなんて荒んだ願望を持ってしまうのは、この世界が人間にとっては夢も希望もない地獄であるからに他ならない。
だから僕は、何も悪くなかったんだ。
僕は死んだ方がいい人間なんかじゃなかったんだ。
この世界では、僕や片桐さんみたいな人間は決して幸せにはなれないのだ。
幸せになれるのは悪魔だけだ。
直樹も橘さんも、悪魔だから幸せになれたのだ。
この世界は地獄という名の異世界だ。
この世界は腐っている。
こんな世界で上手くやれてるリア充も腐っている。
だからもう、僕は奴らを羨まない。
もう奴らを妬まない。
ただ恨み、憎むだけだ。
リア充は死ね
完