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ゆびきり。  作者: ami.
8/16

8話 夜道

 日が照っている庭の草陰。


 身をひそめる女の子の元に、一回り小さな男の子が「シー」っと言いながら近づいて来て一緒に草影に隠れだした。


 屋敷の方から誰かの名前を読んでいる声が聞こえてくる。



 その声がどんどん遠くなるのを聞いていた二人は、顔を見合わせてクスクス笑い出した。


 「しーっだよ」

 人差し指を唇に当てながら少し窘めるように言いながらも、笑いをこらえ切れていない女の子に男の子は顔を近づけた。


 ちゅっ


 「うん、しー。ないしょだね。」


 男の子も女の子の真似をして人差し指を唇に当てながら笑った。





 「えっ!?」


 朝の澄んだ空気に菫の声が朝の寝室に虚しく響いた。



 ―― 今のは昔の思い出なのか。それとも只の夢なのか。


 いきなり上半身を起こしたことも原因かも知れないが、頭の中がぐるぐる回りだしそうな酩酊感を朝から覚える菫だった。妄想にしても思い出にしても自分が、夢で見る天使の様なより様を汚してしまった様に感じたのだ。


 ―― どっちにしろ。これはダメでしょう……


 と夢の内容に布団の上に崩れ落ちたのだった。




 そんな夢を見た菫の気分は朝から下がりぱなしだった。

 この夢もかれこれ3週目も半分が過ぎて切れ切れだった思い出たちが、少しずつ所々つながる様になってきたのだ。


 そんな時にあんな夢を見てしまった菫はせっかく繋がってきた思い出たちも、羞恥と懺悔の気持ちから再び散れぢれに破いてしまいたいくらいだった。


 気分が下降するもう一つの原因は、青年から注文の入った着物たちの進行具合が思ったより進んでいないのもある。

 桃の節句の日に必要だから、せめてその2日前である3月1日には納品したい所なのだが今の進行状況を見ると本当にぎりぎり間に合うかといったところだ。


 無下には出来ない常連さんからの思わぬ注文が入ったことや、旦那が風邪をひいてしまったため若旦那が店にこもりっきりで菫が度々手伝いに駆り出されたのも原因だろう。


 そのしわ寄せは確実に進行の遅れに行っていた。


 何回か青年も着物の進行具合の確認と小物の注文のために訪れた様だが、菫は忙しく働き回っていたため反物を決めたあの日以来会ってはいなかった。


 そして、何故かあの青年の事が菫の頭に強く残っていた。




 今日はとうとう何時もは安全のためにも日が暮れぬ早い時間に家に帰す針子たちも何も文句も言わずに夕暮れ近い時間まで残っていた。


 流石に少女たちを家に送り出さないと日が暮れて危ないと菫が考え始めていたころ、同じ様に考えていたのか若旦那も店を早めに閉めて針子小屋の様子を見に来た。


 「途中で暗くなると危ないし、私が送って行きましょう。」

 自分も旦那の分も働いて疲れが溜まっているであろうのも関わらず、この人のいい若旦那は針子一人一人の事も考えてくれるのだ。


 ただ二十人程いる針子たち全員は送っては行けないだろう。


 まず同じ方向で帰るものを別れると3つに分かれる。


 呉服屋が町の栄えている中心街にあり北が大きな居住区になっているため其方に行くものが一番多く、これを若旦那が送って行く事に。そして東側の北組の比べたら半分ほどの人数は旦那に仕えている下男に頼んで送ってもらう事になった。



 ここで1つ困ったのが、1人だけ方向が微妙に違う菫であった。


 南に位置する裕福層と東の住宅地の境にあり、東組と帰ると一人だけのためにすごい遠回りさせてしまう事になるのだ。


 「こんな自分のためにわざわざ……申し訳ないです」

 「いや、菫。危ないから是非私に送らせてほしい」

 「そんな、まだ明るいですし一人で大丈夫です」

 「いや、菫さんそれは危ないです」

 「無自覚って怖い……」

 そんな申し訳無いことを自分一人のためにさせられない送りを断ろうとしたが、若旦那だけでなくお針子の娘達にも必死に止められてしまう。


 それならと中心部から南にまっすぐ続く大通りを使うと菫は提案した。

 まだ明るいうちに急いでいけばお屋敷までなら行けるだろう、何を隠そう菫の父親はその屋敷で護衛として働いている。

 なので、そこまで行けば父親の仕事終わりを待って一緒に帰ればいいので安全だ。



 その提案にも渋顔だった他の面々だが、こうして話している間にも刻々と暗くなって行くことを伝えて皆で足早に針子小屋を後にした。


 「私が送って行くから旦那の屋敷で待っててほしい」

 最後にもう一度若旦那から念押しとばかりに言われ、彼らの姿を見送ったはいいが菫は困っていた。


 ―― そんな事をしたら若旦那は一体最終的に帰れるの何時になってしまうのだろう。


 その事を考えると申し訳なさ過ぎて、足は旦那の家ではなく自然と南の大通りにむかっていた。




 ―― やっぱり、失敗だったかもしれません。

 2月の夕暮れはまだまだ沈むのが早い。まだ屋敷までの道の半ばで辺りはもうすぐ完全に闇に包まれてしまだろう。


 昼間は人で溢れかえる大通りももう、やんごとなき方達は早くに家路に着いたのだろう。

 ほんのたまに牛舎が過ぎて行くだけで、気づけば歩いている人は菫だけになってしまった。



 そして1番困った事に先ほどから後ろから誰か歩いてくる足音が聞こえて来るのだ。


 同じリズムで歩いてる足音が少しずつよく聞こえる様になって来ているのは、歩幅が菫よりも広いよって男性と言えるだろう。

 そもそも闇が迫って来るこの時間に、女性が無用心に外を歩いていることは考えられなかった。それを確かめる為に振り向くことすら怖ろしく、今はひたすら前に屋敷を目指して菫は先ほどより速度を上げて歩きだす。



 ―― 何で私は何時もこうなのだろうか。強がらずに若旦那に頼ってあの場で待っておけば良かったのに……


 今更後悔しても遅いと分かっていながらも、足元に目を向けると自分の影が良く見えた。



 気付けば完全に闇に呑まれたのもあるだろうが、目の前に浮かぶ自分の陰。

 そして周りをぼうっと照らす灯りに、後ろの人物が気付かぬ間に自分のすぐ後ろまで迫って来ている事が分かった。



 菫は何とも言えない恐怖に寒いはずの背筋を汗がつーと伝うのを感じる。


 寒さからか恐怖からか、歯がうまく噛み合わずにカチカチと音を立て、菫の心臓は今にも体から飛び出してしまいそうな程に激しく暴れる様に脈を打ち始めていた。


 せめて何か武器になるものをと自分の右手に持っている小物入れを探ろうとすると、右側にぬっと男性の手が見えた。




 ―― あっ、追いつかれてしまった。


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